048 シナギー族
2015/12/27
修正を行っています。
白地に焦げ茶の斑紋を散らし、鋭い嘴と黄色い大きな爪。どう猛な猛禽類ではあるのだが、きょろりとした大きな目は愛嬌すら感じさせる。
オルフェルの腕と同じくらいの体長をした大鷹は、身体を確かめるかのように羽を少し膨らませて肩をすくませるかのような動きや、軽くその場で飛び跳ねたりした後、オルフェルに視線を止めた。
「No.X、クアンは猫の姿のようであるが、我はお主の記憶から、この姿を参考にさせてもらった」
「いや、動物になる必要があったのか?」
オルフェルの指摘にアイズが語り始める。
「潮時であろう。お前達の懸念する巨人達への対処は、この解放騎士では既に壊れており無理なのだ。我も主と共に果てるつもりであったが、シナギー王の後継である三千年前の村長ブラマーダとの約束により、1年に1日だけの目覚めとして今日まで残してきたのである。しかし、今回の状況では、このままではナギス村も蹂躙されアイゼンも壊されるばかり。また、この機体は迂闊に存在を知られると、当時の敵対者達が再びこの地を攻めるやも知れん。関連があるか判らぬが、現に上空に魔導艇が飛んでおる」
その為にクアンと同様に、魔導ブレインの機能を動物の姿に移したのだと言う。ただし、その身体はゴーレムでもなく自動人形とも違い、生体人形と言うのだそうだ。
「繊細ガラクタ野郎な自動人形の身体では空を飛ぶことが出来ないのでな、金属豚野郎のゴーレムでは飛ぶ事は出来ても優れた作り手でなければ機動性を確保出来んし、結果、生体人形としたのだ」
金属豚野郎とはクアンから何度も聞かされたが、繊細ガラクタ野郎とは初耳なミーナとオルフェル。しかし、それはこの際置いておく。
「しかし、大鷹となって一緒に戦ってくれるのか?それだけでは巨人の部隊と渡り合えるとは思えん!」
「ハッハー!策はある!それをこれから説明するからちょっと待つが良い」
アイズがそう言って後ろを振り返ると、再び解放騎士アイゼン・エルジオレッドは光に包まれ、そこから細長い光が取り出され、アイズの口に咥えられた。
光が収まると、アイズの口には短めの杖が現れる。アイズはヒョコッと一跳ねし、アルリーノの前に行って杖を出す。どうしたものかとアルリーノが思案していると、アイズが二度三度と嘴を突きだしてくるので、受け取るアルリーノ。
「オイオイ!早く受け取らないと我は喋れないではないか!」
胸の羽毛を膨らましたアイズは抗議しているようだ。
「いやぁ、アイズ殿、すまんすまん。何しろ、頭が追いついてないのだ。あなたの話では、今後は例大祭の儀式は出来ないのだろうか?」
「それを解決するためのその杖である。握って使おうと思えば杖が教えてくれるぞ。早速、使ってみるが良い」
アルリーノはこれまでアイズそのものだと思っていた解放騎士アイゼンが壊れていると言うことや、アイズが大鷹の姿になって独立したことから、毎年行っている例大祭の行事が出来なくなるのではと危惧していたのだ。しかし、この杖がそれらを解決すると聞くと安堵し、言われるとおり、早速使ってみようとする。
アルリーノが杖を振るうと、その顔は納得の表情を浮かべて叫び、同時にミーナとシフォンが驚いたような声を上げた。オルフェルには全く、何が起こったのか判らなかったが。
「ふむ、判ったぞ!今、ミーナとシフォンは精霊導師へと目覚めたのだな?!」
「そ、そうなのかな?」
ミーナは戸惑っているが、シフォンは外を眺めて目を細める。
「・・・・・・私は元々精霊使いだったが、これまで精霊は色の違う淡い光にしか見えなかった。それが今では、はっきりと姿形が見えるぞ」
シフォンが手を外に差し伸べると、風の精霊が誘われて手元までやってくる。緑の色調の活発そうな少女姿の精霊だ。
『周りでちょっと舞ってくれる?』
シフォンの願いに応えて、風の妖精が室内を舞い始め、それによって蒸した空気に微風が起こる。室内で風が吹き始めた事にオルフェルやアルリーノは驚き、ミーナはようやく精霊を視認出来るようになって感動している。
「精霊導師を生み出すことができる、か。大いなるモノとは、アイズや解放騎士では無くて、精霊導師そのものの事かも知れないなぁ」
イーズは大地母神の神官戦士でありミラナースの神力を行使出来るが、その他にも、精霊導師程ではないが精霊を感じる事が出来る。それは精霊使いの能力と同質であり、新たな精霊導師の誕生は四大精霊の神官戦士として喜ばしい事なのである。しかし、これはまだ本質的な解決にはなっていない。
イーズは解放騎士の残骸に近づき、表面に手を触れながらアイズに問う。
「新たな精霊導師の誕生は喜ばしい事として、近く迫る危機にはどう対処するか、早く教えて欲しいな」
普段から他人の心が読めるイーズに取って、心が読めないアイズに対してはつい急かしてしまうのだ。アイズはイーズにぎろりと視線を向けて告げた。
「ハッハー!なまじ心が読めるとせっかちになるようだな!第1に精霊導師を生み出すこと。第2にいくつかの武器と道具と作戦を渡そう。後はお主ら次第だが、もちろん我も付き従うぞ!」
イラッとする物言いに反論したくなるイーズではあったが、オルフェルが『とりあえず好きに語らせよう』と考えた心を読み取ってしまい、アイズに語らせる事にしたのであった。
時刻は16時過ぎ。珍しくナギス村の火の見櫓の鐘が鳴り響き、シナギー達は何事かと鐘の鳴る方を見上げ始めた。いっこうに鳴り止まない鐘に、何かしらの非常事態が発生したのだと人々は次第に、中央広場へ向かい始める。それは、平原に出航していた草小舟も例外では無く、やがて中央広場はシナギー達でごった返す程となり、この頃から巨人が攻めてくると言う噂が広がり始めていた。ミーナ達以外にも、草小舟で巨人を見つけた者が何人か居たのである。
不安がシナギー達に広がる中、村長アルリーノが現れたのだが、その登場の仕方が住民達の目を奪う。
アルリーノは両肩を大鷹に捕まれて、空から中央に設けられた小高い舞台に降り立ったのだ。
普段であれば催し物の際に使われる舞台。今回は真剣な、重大な話をしなければならないのだが、アルリーノがどう住民達に話しかけるべきか悩んで腰が重かったため、アイズが両肩をがっしと掴み、そのまま吊り上げて飛んでしまったのである。
アルリーノ自身は肩の痛みと空を飛ぶことに実は蒼白な強ばった顔をしていたのだが、なぜか見る者には面白い表情に見えたらしい。それらを総合した結果、広場に広がる不安や悲壮感は吹き飛んでしまった。
「住民諸君!」
アルリーノが呼びかけるが、シナギー達は口々に、何あれ!すごい!とか、面白そう!自分も飛びたい!とか、興味と興奮に沸き立ち、目の色が変わってしまっている。
「その大鷹ちょうだい!」
「村長だけ楽しむのはずるいぞ!」
「順番に掴んで貰うべきだと思うんだ!」
広場の外縁から様子を見ているミーナとシフォンであったが、シナギー族はエルフの半分ほどの背丈のため、シフォンには子供の集団が盛り上がって落ち着きが無いようにしか見えない。
「シナギーとは、落ち着きが無い種族なのだな?」
「“落ち着いたシナギーは寝てるシナギーだけだ”ってよく言われるよ!それに、あんな風に空飛べるなんてあたしでも羨ましいもの!」
ミーナも興奮している様子にシフォンは苦笑せざるを得なかった。
事態はそのうち、大鷹が足場を変えてアルリーノの頭に留まり、鷹の爪が頭に食い込んでアルリーノが痛がり始めたために場の喧噪が収まり始める。アルリーノの様子にシナギー達が引き始め、また、額から血を滴らせながら説明するアルリーノの言葉に、シナギー達に迫る脅威がようやく認識され始めたのだ。
巨人族がハギスフォートに東方から攻め入り、その別働隊がナギス村へ向かっていること、その数はおよそ5千人であること、この危機にクルナフが使いとして大鷹を送ってくださったこと。
それらの説明と共に、女子供老人は草小舟に乗って平原へ逃げるようにアルリーノが指示を出し、また、戦う気のあるものはこの場へ残るように言い渡され、最終的に広場に残った者は200人程であった。
アルリーノがその場でアイズから貰った杖“サーキット・リンカー”を使用した結果、その場で更に10人程の精霊導師が生み出される。その中には、50代以降の中年親父達が多く、アルリーノがよくよく考えてみれば、毎年例大祭でお詣りに行かず飲んだくれている者ばかりであった。
『こいつらときたら、ちゃんと素面でお詣りしてれば違った人生だったろうになぁ』
その場で試しに地面を盛り上げたり風を吹かしたりする中年シナギー達をなだめてアルリーノは作戦を指示し、各々が一度自宅へ戻って戦闘の準備をする。
「シナギー族は簡単に消えやしないぞ。巨人共よ、“足首”を洗って待ってるが良いさ」
皆が居なくなって閑散とした広場で、アルリーノが呟く。
「オイオイ、それを言うなら“首”じゃないのか?」
アイズの指摘に首を振って、シナギーでは足首と言うのだとアルリーノは答えた。
「・・・・・・首だと届かないからな」
どう反応して良いか判らず、アイズはアルリーノの頭を掴む足爪に、そっと力を込めた。
時刻は18時過ぎの夏の夕暮れ。鮮やかな赤から深い藍へのグラデーションに空が染まり、薄灰色の雲が浮島のように空に掛かる。
ラナート平原には、色とりどりの草小舟が浮かんでいる。住民達の避難のため、乗り合いで村中の船にシナギー達が乗って脱出したのだ。普段は自宅に仕舞っている小舟を出してきた者も居り、緑の海原に浮かぶ草小舟の集団は幻想的な光景を醸し出していた。
ナギス村の攻略など道中の楽しめるイベント程度にしか思っていない、悪魔ウルダイル。遠方からラナート平原の光景を見たウルダイルは、その日の行軍を終了し、夜は休む事に決めて丘巨人達に指示を出した。
一晩、シナギー達を恐怖に怯えさせ、明日の朝食がてら巨人共に喰らわせれば良いだろう。
そう思ったウルダイルは、今度は自前の羽で宙に浮いた。巨人の速度に合わせて一日行軍した事に飽き飽きしていたウルダイルは、ナギス村に残っているシナギーを相手に生命力でも吸収しようと思い立ち、夕暮れの空をナギス村へ向かう。
丘陵と木立を抜けてナギス村に近づいたところでウルダイルの周囲に光の檻が唐突に出現した。
「なにぃっ!?」
油断と言えば油断だが、突然現れた魔法と感じられた魔法力の瞬発性からするに、並大抵の使い手ではないとウルダイルは判断する。
右手から闇の刃を伸ばし、光の檻に打ちつける。相反する魔力が、濃密な闇の刃に軍配が上がり光の檻が破られる。
「誰だ!?出てこい!」
ウルダイルの声に、眼下の樹陰から1人の人物が現れる。
茶色地に青い意匠の法衣を身につけたその人物はイーズであった。
その顔は嫌悪に歪み気分が悪そうで、せっかくの綺麗な顔が台無しである。
「ボクの名前はイーズ。大地母神ミラナースの神官戦士だ。なるほど・・・・・・ウルダイル、か。シナギーの生命力を吸いに?とことん外道だね」
驚愕するウルダイル。目の前のこの優男は、心が読めるとしか思えない。普通であれば、呪文を用いて相手の心理を把握し心を絡め取って墜としていくのが面白いのだが、まさか自分が逆に心を読まれるとは。
「ボクの性別を見破ったのは大したものだ。何故判ったんだい?」
ウルダイルが答えるより早く、心の情報がイーズに伝わる。
「臭いか・・・・・・流石は悪魔と言うべきか、でも不愉快だな。それはともかく」
言葉を句切るイーズに、ウルダイルは冷や汗が流れ始める。まさか・・・・・・
「そのまさかさ。黒幕を聞こうと思ったのだけど、シュナイエン帝国、魔導将軍ロウゼルか」
『まずい、非常にまずい!この男だけはなんとしてでも殺さなければ!』
「そうだろうさ。でも生憎、殺意を向けられて穏やかで居られるほど、大地母神の教義は甘くない」
イーズは左手に持つ分厚い書物を瞬時にかき消し、右手で左腰の剣を抜き放つ。
「群れ飛ぶ害を屠りて大地の恵みを守りたまえ。武器強化」
霊的魔法元素を身体に呼び入れ、神言発言を発すると、イーズの持つ剣を中心に光輪が幾重にも重なり、剣身を中心に光輪が上下に伸び縮みする。
イーズがその剣を振るうと、光輪から直線上に太い光が伸び、丸太のような光がウルダイルを殴りつけた。
間合いがあるために予想していなかった一撃に、ウルダイルは地面に叩き付けられる。が、即座に起き上がり両の手から火球を連続して撃ち出す。イーズが張る障壁にぶつかって爆ぜる火球を目くらましに、イーズの側方へ回り込もうとすると、イーズは剣を振るいすかさず牽制した。
『そうか、心を読まれるのだから』
「当然、戦闘の考えも筒抜けさ」
イーズの振るう剣によって、ウルダイルは光の束に二度三度と殴られる。元々は害虫向けの魔法であり、切れ味が良いわけでは無い。しかし、その分打撃として痛みを受けるのは屈辱でもあった。
とは言え、何としてでもイーズを倒さなければ、召喚主であるロウゼルの事がバレてしまう。作戦自体は巨人が攻め込めば目的は達成されるだろう。ともなれば、残るは。
命に換えても、イーズを殺す。その強い意志にイーズが警戒するが、ウルダイルの企てはそれを上回った。
突如、右の手刀を自分の心臓に突き刺すウルダイル。
驚愕するイーズに飛び込んでくる情報は、『ざまぁみろ』と言うものしかなく、死の間際にウルダイルは呟く。
「俺の命を糧に、来い!ディヒランティス!」
ウルダイルの身体から黒い血が噴水のように湧き上がり、それが収まると同時にウルダイルの身体を引き裂いて漆黒の生物が姿を現した。
その姿はカマキリを擬人化したような、身の丈1マトルの生物。両手は鋭いカマとなっており、逆三角型の顔は、口から一対の牙のような顎が伸びている。
魔界に棲むと言われる魔物、ディヒランティスが召喚されたのであった。
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