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異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ  作者: 都島 周
第二部 ラナート平原動乱編
52/73

046 ナギス村の危機

2015/12/27

修正を行っています。

 ハギスフォートへの道中は夜を徹してのものであるが、流石に人馬の体力を考えると休憩は必要である。コーム達一行は街道沿いの空き地を見つけると、休憩を取ることに決めた。


 馬達を水路のそばまで連れて行き水を飲ませ、その後は思い思いに身体を休める騎士達。剣聖ゴードも身体を伸ばして草地に腰を降ろし、そう言えばエベラードはどうしてるかと見渡すと、丁度、コームがエベラードのそばへ行って話しかけているところであった。


「どうだ?身体はまだ平気か?」

「ノフィアス卿!この度は同行を許してくださりありがとうございます!はい、身体はまだ大丈夫です」


 エベラードが立ち上がって礼をするが、コームは無用だと手を振り、自分から腰を降ろした。手振りでエベラードにも腰を降ろさせる。


「鍛冶師ともなれば、やはり一般人よりは体力もあるようだな。君と話をしたいと思っていたんだ。あの武器なんだが、あの円盤状のモノ、滑車と言ったか。あれを使わないで普通の弓として作ると、どれくらいの大きさになるんだ?」

「そうですね・・・・・・大人5人が手を広げた位の弓張りが必要ですが、弦がぶれて飛距離は伸びないでしょうね」


 その違いにコームは驚くが、元々はシナギーの体格で強力な弓を開発しようとしたのがきっかけである。本来の能力のまま縮小化、逆に言えば同じ大きさで能力の拡大化と言うのはエベラードの研究の一つのテーマであった。


「それで、きっかけとなったシナギーにもあの武器を渡したのかい?」


 コームの何気ない質問に、エベラードが渋面となる。


「残念ながら、シナギーにはもっと良い武器を与えたのです。そちらも私の研究テーマですが・・・・・・一方でそちらの研究は今後進めない方が良いとも協力者から意見されまして。品評会には何を作るべきか迷っているところです」

「協力者?それにもっと良い武器とは?」

「魔法学院の大天才、レディアネス・クレイドですよ。彼と一緒に“銃”という飛び道具を開発したのですが、殺傷力が高すぎて一般には広められないと」


 どの程度の殺傷力かを問うコームに、棒杖ワンドくらいの大きさで、遠距離から魔獣を一撃で倒せる威力の矢を幼児でも扱えるような武器と応えるエベラード。


「正直、それで武具品評会に出ようと思っていたのですが、幼児でも扱える武器のレシピを公表するというのは流石にね・・・・・・」


エベラードの例えに納得も出来るが興味も持ってしまうコーム。


「その銃があればこれからの戦いはもっと楽になるのかな?」

「いや、巨人向けには今回の機械式投擲コンポジットジャベリンの方が役に立つのは間違いないです。巨人が大きすぎるので銃では人に対しての針ですよ」

「ふむ。ならば君がその“銃”を「針から魔槍に昇華」させればいいのだよ。私のピアシーレに匹敵する武器を開発すれば、それは品評会でも評価されるだろう」


 思いも掛けないコームの言葉に、エベラードは何かを感じた。それこそ、自分の悩みに光条が刺したかのような。


『そうか!いきなり小さくするのでは無く適正な大きさにして、単なる殺しの武器ではなく魔物と相対出来る武器とする。戦士が使うからこそ格上の敵とも戦える武器を目指せばいいんだ!』


 針の殺傷力では相手の身体の大きさと刺す急所次第で威力は頭打ちだ。魔槍ならば使い手によって格上とも戦い続ける事が出来る。鍛冶師はより優れた戦士に自分の武器を使って欲しいのだ。優れた戦士を助けうる武器を作りたいのだ。


「ありがとうございます!次に作り出す武器が見えたかも知れません!」


 コームはこれからの戦いに向けて糧となる情報が少しでも欲しかっただけなのだが、どうやら鍛冶師を刺激してしまった事に苦笑した。


「礼には及ばんよ。それよりも、まずはこれからの戦いを生き延びる事を考えよう。命あってこその武具品評会だからな。もう少ししたら出発だ」

 そう言ってコームは他の配下の様子を見に立ち去り、エベラードは早速、次に作るべき武器の構想を脳内で練り始める。剣聖ゴードはそんな2人の姿を眺めて笑みを浮かべるのであった。



 時は1日半ほど遡り、東方、ハギスフォートから南の平原。


 ハギスフォートを正午過ぎに草小舟グラスディンギーで出航したミーナ、オルフェル、シフォンの3人は、夏の日差しの中、青々とした稲の平原をかき分けて一路南へ、シナギー領ナギス村へと走りだした。


 いつもの陽気さを潜ませて無言で操船をするミーナ。オルフェルはミーナから望遠鏡を借りて東の山麓を索敵しており、2人の沈黙に、シフォンは手持ち無沙汰に空を眺める。遙か上空を一羽だけ、鳥の影が浮かんで見える。夏の割に幾分薄めの空色は薄雲が発生しかけているのだろうか。明日は雨かも知れない。


 出港して10分程過ぎた頃、オルフェルは遂に目的のものを見つける。巨人の別働隊だ。巨人達は平原の田を嫌いこれまでも山麓を進軍していたようで、なぎ倒された木々はずっと続いていたが、ようやくその姿に追いついたのである。列を成して草木を蹂躙し丘陵を行軍するその跡は、まるで竜巻が通り過ぎたかのようだ。エルフとしては、草木がむやみに破壊されていることはそれだけで怒りが沸く光景であった。


「ミーナ!居たぞ!奴らだ!」

「貸して!」


 ミーナは操船の手を休め、オルフェルから望遠鏡を奪い取って東を覗き込む。


「あんなにも沢山・・・・・・身体が大きいせいか、予想より進軍速いわね」

「ああ・・・・・・この分だと、奴らがナギス村に着くのは夜じゃないか?」

「そうね。後は、奴らが夜に寝てから行動を起こすのか、そのまま襲ってくるのか」


 ミーナは望遠鏡をオルフェルに渡し、ロープを操作して草小舟グラスディンギーの速度を上げた。


「とにかく、今はナギス村へ急ぐよ!オルフェルはなんか作戦考えといて!」

「作戦と言ってもなぁ・・・・・・」


 オルフェルはぼやきつつ再び望遠鏡を覗き見る。


 ハギスフォート太守クロッゼに、ナギス村へ救援に向かうと言ってオルフェル達はジーナロッテに後を頼んで出てきたのであった。しかし、いざ具体的に5千人の巨人を相手に作戦を練るとなると正直見当がつかない。ナギス村には外壁も無く、背後に丘陵を抱えているとは言っても平原に面した平地、住民は小柄なシナギー族だ。戦える者がどれだけ居るかも判らないし、武器の類いもどれだけあるのか。

 

『もしかして、絶体絶命ってやつか?!』


 王都に戻って剣聖ゴードを連れてきた方が良かったかも知れん、と思いつつ行程を考えると、ナギス村へ危機を伝えて住民を避難させるか、連れてこられるかどうか判らないゴードを捕まえに王都に行くかの二者択一になりそうだ。シャティル達も別行動していることを考えると、やはり自分達でなんとかするしかないのだろうか。


 オルフェルの脳裏に作戦が浮かばないまま、草小舟グラスディンギーは走り続ける。巨人の隊列は人数も多いため、ようやく先頭が見えるとその行軍延長はおよそ3ケリーにも続いていたのであった。


 

 行軍の先頭にいる巨人の左肩には、一匹の悪魔が腰掛けていた。その名はウルダイル。

 シュナイエン帝国魔導将軍ロウゼルによって呼び出された4匹の悪魔の内の1匹であり、ハギスフォート攻略を担うフォーリナムと組んでいる悪魔である。


 西方へ派遣されたダイグリル、ランサルムは飛竜を手懐け、ウォー・ヒルズのトロールや人狼を戦力としていたが、フォーリナムとウルダイルはジャイアント・ヒルズに真っ直ぐ向かい、巨人族の部族長達を服従させて巨人達を手中に収めていた。


 ウルダイルが引き連れる身の丈2マトル以上の巨人族は正確には丘巨人ヒル・ジャイアント族と言う。フォーリナムが指揮する巨人達は森巨人フォレスト・ジャイアント族であるが、人数比率では丘巨人ヒル・ジャイアント族の方が少ない。


 この二つの部族はそれほど仲が良いわけでは無く、一緒にしておいてもいざこざが多い事、また、戦略上、王都を襲撃する際に南側を退路にしてしまうため、ナギス村経由で南街道を封鎖する為にも、丘巨人ヒル・ジャイアント族のみを別働隊とする必要があったのだ。


 ナギス村の破壊如きは巨人10体もいれば十分だとウルダイルは考えており、むしろ厄介なのはラナート平原南東の水田地帯である。巨人族はその自重のため、水田地帯を渡れないのだ。その為、わざわざナギス村経由で南街道へ出る手間を掛けなければならない。


 今も、右側の水田の上、遠方をシナギー族の草小舟グラスディンギーが併走しているが、偵察されようが所詮は踏みつぶすべき虫けら程度にしか、ウルダイルも巨人達も認識していない。むしろ、ウルダイルが気になるのは遙か上空に見える一羽の鳥の影である。何か視線を感じるようで気にくわないのであった。



 ミーナの駆る草小舟グラスディンギーは行軍する巨人達の先頭を確認した後は、最大船速で南進し、ようやくナギス村が見えるところまでやってきた。

この辺りまで来ると、平原のあちこちに色とりどりの帆を張った草小舟グラスディンギーが浮かんでおり、水田の見回りや陸ハゼ、ナマズ、鰻蛙ウナトードらを対象とした釣り、大ネズミの駆除や野鳥を対象とした狩猟など、シナギー族は思い思いに活動をしている。


 そんなのんびりとした光景に似つかわしくない速さでミーナの船は疾走し、やがてナギス村の芝生港ターフポートに左舷をぶつけるような勢いで減速制動を掛ける。その激しい動きに、周囲のシナギー達が驚いて見つめる中、ミーナは手早く草小舟グラスディンギーを係留し、オルフェルとシフォンを伴って村長の家に走りこむのであった。



 シナギー族は好奇心旺盛な種族である。妖精に近いと言われているが、言い伝えでははるか古代に、好奇心のあまり精霊界から物質界に飛び出してきたと言われている。

 その折には、彼らはシナギーの王に率いられていたらしい。その後、シナギー族は“安住の地”ではなく“退屈しない地”を手に入れて住み着いのだが、ある時、天変地異によって王の治める“退屈しない地”は王諸共何処かへ消え去り、地上に残されたシナギー達は散り散りになった。そんな彼らが再び集まって暮らすようになったのが当時のナギス谷である。


 王の系譜に連なる者が旅するシナギーの休息地を作りたいと思ったのが始まりであったらしい。その後、谷間の小屋は拡張されやがて家々となって広がり、ナギス村となった後には王の子孫が村長となった。

 

 シナギー領ナギス村の村長アルリーノは、今年で56歳になる。ナギス村の村長と言うことは、シナギー領の領主と言うことでもあるが、ナギス村の歴史に基づき、シナギー王家の由緒正しき後継である。また、同時にナギス村にあるクルナフ神社の神主という一面もあった。


 今、アルリーノの前には王都から久々に帰ってきた緑風亭の娘、ミーナと連れのエルフの男女が居る。

 アルリーノとミーナの父マッサウは旧来の親友であり、当然その娘であるミーナの事も幼い頃から知っている。むしろ息子コイヨーの嫁に来てくれないかと常々思っていたくらいだ。

 6月末のミーナ達の旧鉱山冒険の話はマッサウからアルリーノの耳にも入っていたし、それをきっかけに王都と頻繁な行き来をする運搬業を辞めて剣匠と共に行動をするようになった事も当然知っていた。

 王都とナギス村を結ぶ運搬業に携わる者達はある種の外交特使的な意味合いもあり、アルリーノにとってミーナは公私に渡って大事にしてきた娘であり、その信用度合いは非常に高い。


 そのミーナが突然、息を切らして飛び込んで知らせてきた内容はアルリーノに取って非常に衝撃的な内容であった。


 ハギスフォートで戦争が発生し、別働隊の巨人族およそ5千人が今晩にも攻めてくる。

 その内容もさることながら、最も驚愕すべき事は。


 先客に予め知らされた内容が全て事実である、と言うことだ。


 アルリーノの内心の驚きを知る由も無く、ミーナは興奮して話す。


「村長、速ければ今晩にも、おそらく明日の朝には巨人達がここを襲ってくるわ。なんとか手を打たないと!」

「とは言ってもな、村の人口で約5千人だぞ。5千人の巨人相手にどうすれば立ち向かえる?!」


 逃げるしかない、と言うのがアルリーノの思いだ。


 オルフェルが思案していた作戦が使えるかどうか、アルリーノに問い質す。


草小舟グラスディンギーで艦隊戦はどうだろう?」

「お主らエルフの長弓ならばまだ良いが、シナギーのクロスボウでは射程も威力も足りん。巨人に石でも投げられれば沈められて終わりだ。せめてここに“巨人殺し”のコームでも居れば、船上から狙い撃ち出来るのだろうがなぁ」


 やっぱりか、とオルフェルは溜息をついた。草小舟グラスディンギーの艦隊戦に可能性はあったが、射程の長い強力な武器が揃って無いと有効性は低い。せめて丘陵地帯を封鎖して巨人が田んぼに入らざるを得ない状況が作れればまだいいのだが。


「オルフェル、何か手はないの~!?」


 ミーナが両手に拳を作って地団駄を踏むと今度はシフォンが発案する。


「魔法は?シナギーに精霊導師(シャーマン)とかはいないのか?エルフは大抵は精霊使い(エレメンタラー)なんだが」


 エルフ族は大抵は精霊に協力を仰ぐことが出来、ちょっとした精霊魔法が使えるのである。そういった精霊の力を行使出来る者を精霊使い(エレメンタラー)と言う。一方、より多くの種類の精霊の力を大規模に扱える者は精霊導師シャーマンと呼ばれるが、こちらは滅多には居ない。


「そうだ!ヤエニア婆は?!精霊導師シャーマンの力なら何か手はあるんじゃないの!?」


 ミーナの問いにアルリーノは悲しげな表情で応えた。


「ヤエニアはなぁ・・・・・・先月、老衰で亡くなったんだよ」


 思わぬ訃報に驚くミーナ。


「そうだったんだ・・・・・・」

「新たな精霊導師シャーマンを見つけるのは年に一度、8月の例大祭と決まって居ったのでな、今は村に後継者が居ないのだよ」


 アルリーノの言葉にミーナは意気消沈するが、そこに第三者の声が発せられた。


「村長、だから言ったじゃないか。“大いなるモノの目覚め”に立ち会う事。それが神託でありナギス村の希望だよ」


 男とも女とも区別のつかない中性的でなおかつ魅惑的な声音の人物が部屋の奥から出てきたのであった。


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