044 王城会議1
ブルフォス村、夕刻―
飛竜や魔竜兵、トシュレペを撃退したのが正午頃。一時は勝利に沸き立ったが、最後に駆けつけた一団がソルスレート帝国の騎士団ということが知れると冒険者達には微妙な雰囲気が広まり、さらにはサレイアと領主の会見の情報が漏れ伝わると、ブルフォス村接収を目的とする地竜騎士団に対してはブルフォス村への逗留は認めない、と、村民や冒険者達からの地竜騎士団に対する視線は敵意あるものに変化した。
村民や冒険者達と、誇りあるトンネル掘削を終えて休息を求める地竜騎士団との間に、一時は一触即発状態まで険悪になったのだが、これを仲裁したのは意外にも吟遊詩人のラサヤである。ラサヤは領主への会見を申し込み、ブルフォス村へ来たばかりで日が浅く、自分ならば感情的にならずに中立の立場で仲裁できること、その他いくつかの作戦を提示して、仲裁役を買って出たのだ。
「事が事だけに急に決まるものでもありません。立場はともかく、お互いが行った事は認めるに値する事でもあるでしょう。王都には早馬を出すとのこと。また、トンネルを掘った技術力を活かせば駐留地を開発することも可能ではないでしょうか?場所と資材はブルフォス村としても協力をするそうです。ひとまずは村外で待機してくださいますか?」
ラサヤのこの言葉により、ガイアット団長以下、地竜騎士団は村外の耕地に野営を行うことになったのである。
ブルフォス村の用意した休耕地には、再設定されたハイドバーによって、山際で岩を砕く7本槍から岩塊が送られてくる。地竜騎士団の誇る作業用ゴーレム“ガイアート”が掘削をした後に岩塊を砕いて地ならしを行い、一方、冒険者ギルドから派遣された冒険者達が総出で山から木材を切り出していた。今晩はテントによる野営となるが、明日には木造の山小屋風な建物が並び立つことになるであろう。
地竜騎士団の魔法使い達はブルフォス村の冒険者の魔法使い達と協力し、魔法を使って地面に細い穴を掘り始めていた。地竜騎士団が開発した、物質変化系の魔法を独自に組み合わせ・改変を行った魔法「地中探査」。本来はトンネル掘削時の先進導坑とするための魔法であるのだが、火山帯に近い処で地面に垂直に使うと、温泉を掘り当てる可能性があるのだそうだ。
ウルスラント山脈はラナート平原側では知られていないが、ソルスレート帝国側では温泉が各地にあり、ウルスラントが火山帯であるという知識はソルスレート帝国側では良く知られているらしい。
最初、地竜騎士団から温泉があるかどうか聞かれ、ブルフォス村の住民は温泉そのものを知らなかった。ラナエスト王国内にそもそも温泉というものは無いため、それを知るものは居なかったのだが、ロンクー王国に行ったことのある冒険者に知っている者がおり、温泉は良いものだと力説、その結果、冒険者の魔法使い達も手伝うことにしたのである。
午後から掘り進めた温泉作業は、夕方になって遂に成功し、沸きだした温泉に地竜騎士団も冒険者達も喝采を上げ、魔法使い達は急ぎ浴槽部分の整備と、平行して進められていた井戸水からの配管や温度調整をする。
後に魔法土木という技術分野が整備されるきっかけがこの日の作業であったことが、後世の歴史書には記されることとなる。
ブルフォス村の領主館の一室に、領主のジオスナー、冒険者ギルド長のライヘム、吟遊詩人のラサヤに魔術師のスフィが集まっていた。
「イアンはまだ戻らんのか?」
「片道30ケリーあると聞いたからな。いかにスカイボードとはいえ、往復60ケリーにはまだ時間がかかるだろう」
ライヘムの問いにスフィが答えるが、イアンはその機動力を活かしてトンネルが開通した事実を確認に行ってるのであった。ガイアットらが居る以上、トンネルは開通しているのであろうが、やはりブルフォス村としては直接の確認を必要としたのである。
「奴らは駐留地を確かにものすごい速さで整備している。温泉なるものも成功したらしいし、明日には立派な駐留地が完成しそうだ、本当にあれで良かったのか?」
ジオスナーの不安げな顔に、ラサヤが応える。
「足りないのは下水道だけみたいですね、下水道への接続の許可と、村との物資交流の許可、これは交渉カードになります」
「しかし、無理矢理ブルフォス村を占領すればそんなものは必要なくなるだろう?」
「彼らの総数は40人弱。ブルフォス村の冒険者は1000人以上ですよ。すぐに強引なことは出来ません。問題は、トンネルを使って増援が来た時ですが、それはラナエスト王国との全面戦争となります。向こうにそこまでの覚悟があるのか?また、軍事的に見てもこちらは入り口を塞いで待ち構えるだけで、内部に煙でも毒ガスでも入れてやれば片はつくでしょう。だからこそ、向こうは穏便にしたいのですよ」
「では、奴らの狙う落としどころとは?」
「トンネルを利用した交易と、トンネル使用料の徴収、それに託けた部隊の駐留でしょう。南進が国是であったソルスレート帝国にしてみれば、足掛かりがとにかく欲しいのです。ラナエスト側とすれば、駐留地を極端に大きくせずに向こうの戦力をほどほどにしておいて、後は経済交流で勝負すれば良いのです。問題なのは」
ラサヤが一端区切って言った。
「旅人や商人においては、このトンネルの価値を高く評価するということです。これをラナエスト側の判断で閉じてしまっては、この国の評価が下がるだけですね。逆にそこが帝国の有利な交渉条件です」
ジオスナーが納得いった表情になる中、ライヘムが一つの懸念を口にする。
「氷帝竜スフィルがどう動くのか判らん。これまでの山越えを妨害していた経緯からすれば、地中を通り抜けられたというのは奴にとって屈辱なのではないか?」
つまり、ブルフォス村へ再び飛来してくるのではないかという懸念である。それについてはスフィが口を開いた。
「氷帝竜がソルスレート帝国の南進を阻んでいたのは、ウルスラント山脈が人間同士の縄張り争いに使われることを嫌っておったからだ。なにしろ、山脈は自分の持ち物と認識しておるからな。トンネルにより争い無く山脈を通過するだけであれば、怒りはせんだろう」
「ふむ。スフィ殿がそう言うのであれば問題は無いのであろう」
自身の正体が氷帝竜スフィルとは明かしていないが、氷帝竜の生態研究を表向きの理由にしているスフィの発言は、ライヘムを納得させるものであった。
「ところで、ラサヤ。お主の言うとおり早馬にお主の手紙を持たせたが、先ほどの言葉を聞くに、軍事にも通じていそうだな。一体お主は何者なのだ?そろそろ教えてくれんか?」
ジオスナーの言葉にラサヤは苦笑しつつ顔の前で手を払った。
「嫌ですよー。私は只の吟遊詩人って言ったじゃないですか。ただ・・・・・・」
一同が次の言葉を待つと。
「勉強を教えてくれた先生が、ノキア先生だっただけです」
ノキア・エトランゼ。ラナエスト王国の宮廷魔術師にしてLv12の凄腕魔法使いの名に、さすがにスフィも驚くのであった。
時は同じ頃、ラナエスト王城にて。
ブルフォス村からの早馬が到着し、2通の手紙が王城に届けられた。1通は国王モルヴィス・エスフォート30世宛てに、もう1通は宮廷魔術師ノキア・エトランゼ宛てに。
もちろん、内容はブルフォス村領主ジオスナーから国への緊急報告と、かつての教え子である吟遊詩人ラサヤから師であるノキアへの、ブルフォス村の状況報告である。
元々、アキネルとハギスフォート、東西の戦争に関して今後の対応を検討することになっていたのだが、ブルフォス村までもが狙われたこと、さらにはソルスレート帝国の出現。国王モルヴィスは予定を早めて招集を掛け、王城内の会議室には王国の重鎮達と1人の客人が集まった。
会議室に居るのは8人の男女。
黒の長髪に豊かな顎髭を蓄えた威丈夫は国王モルヴィス・エスフォート30世。
隣に居る国王を若くして野性的かつ金髪にしたかのような青年は王子ウィルフリード・エスフォート。
白ローブ姿に艶やかな黒髪の20代に見える女性宮廷魔術師、ノキア・エトランゼ。
白銀の鎧に身を包む40代の壮健な男、騎士団長ユーノス・ランドガルド。
同じく白銀の鎧姿の30代の優男は副騎士団長のコーム・ノフィアス。
黒色の前開きローブに革鎧を着た野性味ある巻き毛の男は魔導団長ガロウド・グリンス。
小柄で巻き毛の財務大臣のシヴァース・ケティアス
そして最後の1人は客人として、白髪を無造作に後頭部で縛った精悍な顔つきの老人、剣聖ゴード・ヴァンフォート。
会議は騎士団長ユーノスからのアキネルの戦況報告から始まった。
「アキネルのフォラスからの報告です。敵軍は人狼、トロールからなる混成軍でおよそ1万。アキネル西方1ケリーの北寄りに陣取っているとの事。対するアキネル軍はおよそ8千。なお、義勇兵は200人程の参加で、その中には砂漠の獅子王バルフィード、トルネスタンのトリスタン王子、シュナイエン帝国騎士アンジュ、光翼騎士アルティレイオン、闇狩人のネイガ、銀の剣匠シャティルと言った強者達が参加しているとの事です」
一同からほう、と感嘆の声が上がる。
「トリスタン王子がいち早く駆けつけたか。今回の戦、トルネスタンに責を負わせるつもりもないが、彼の国としてもこの戦には焦ったであろうな」
「ウォーヒルズの大部分はトルネスタン王国の管轄ですからね。自分達の手抜きと思われたくもないでしょうし。闇狩人が珍しく表に出てきているのもそのせいでしょうか」
モルヴィス国王の言葉にユーノスが返すが。
「大方トリスの事だ、武闘祭目当てでたまたま居合わせたんだと思うぜ。騎士団が一緒でないことがその証拠さ」
旧知の仲のウィルフリード王子が失礼にも扱き下ろすが、見事に事情を当てているのは流石である。
「それにしても光翼騎士にシュナイエン騎士か。確かアルティレイオンと言えば、シャティルの知り合いのはずだ。アンジュってのは聞いたことがないな」
「シュナイエンと聞くと色々と疑ってしまうがな、武闘祭見物か、もしかしたら出場希望かも知れん。アルティレイオンとは確かゴードから聞いたことがあったな」
モルヴィスの問いにゴードが答えた。
「シャティルとレドの友人でな、4年前の武闘祭の時に少し剣を教えた。見事、光翼騎士となって来たか。思わぬ処でシャティルと再会したようじゃ」
「シャティルがアキネルへ居ることは知って居ったのか?」
「いや、暇つぶしに冒険者ギルドに行くとは言っておったがな。彼奴もつくづくトラブルに巻き込まれる奴じゃ」
ゴードはかかと笑う。
「砂漠の獅子王殿が居合わせたというのも、フォラス太守は運が良いですな」
コームの言葉にノキアとガロウドを覗く武人達が一様に頷く。
「彼の御仁には手合わせを申し込まれたぞ。そのうち闘技場を貸して貰わんとなぁ」
「「なんと!」」
剣聖と戦おうとするバルフィードの意思に、それを受けるゴードに、武人としての驚愕と敬意、そして立場上自分達には出来ない悔しさが、思わず言葉を合致させる結果となってしまうユーノスとコームの2人。
「2人とも落ち着けよ。とりあえずアキネルの情報はそれで全部か?そんで今後の対応は?」
これまで黙っていたガロウドが話を元に戻す。ガロウドはこの中ではウィルフリード王子に次いで若いが、年長者や権威と言うものを嫌い、常々傍若無人な言葉使いをする。しかしそれが許されるだけの実績を上げている男であった。
ユーノスがコホン、と咳払いをして表情を改め、報告を再開した。
「フォラスの元に義勇兵から有能な参謀がついたようですな。ナドリスという旅の商人が物資と後方支援を任されているようです。アイーシャの神官達を抱えているだとか。それから、モニカと名乗る魔法使いがフォラスを補佐して戦況分析と作戦立案を行っているとか」
ユーノスの報告にノキアがピクリと反応した。
「騎士団長殿、そのモニカという魔法使いのフルネームは判りますか?」
ユーノスは報告書を見てモニカのフルネームを確認し、驚いてノキアを見返した。
「モニカ・エトランゼ・・・・・・まさか!?」
ノキアは若干顔を赤らめ、静かに頷いた。
「ええ・・・・・・私の、妹ですわ」
居合わせた一同から驚愕の声が漏れ、モルヴィスが問いにした。
「妹がおったのか?!」
「あの子は争い事は嫌いだったのですが、なぜこんなことになったのやら・・・・・・」
「血だな」
ガロウドの断定にコームが苦笑する。ガロウドとノキアは仲が悪いのだ。いや、本当は逆なのかも知れないが、2人の魔法Lvの違いからか、ガロウドはノキアに素直に接することがない。
会議はその後、アキネル戦線に対する増援派兵をどうするかという議題に移ったが、アキネルの戦力比では騎士団の追加派兵はせず様子を見る事で問題ないという結論に落ち着いた。
派兵する場合はどの部隊を出すかという議題になった折。
「再生能力持ちが多いのなら俺が行くのが妥当だろう」
ガロウドのその言葉に、再生能力を持つ敵への対抗と転移魔法による機動性を考慮し、魔導兵団が向かうものとして決定されたのであった。
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