039 ブルフォス村
2015/12/27
修正を行っています。
ラナート平原の北端にあるブルフォス村は言わば“辺境”であるが、だからこそ、冒険者が多い。
王都ラナエストとテオストラ露天鉱床経由で結ばれる北街道、およそ150ケリー。徒歩なら3日、馬車なら1日の距離ではあるが、北街道の終点はそのままブルフォス村の正門へ呑み込まれており、村の背後にはウルスラント山脈がそびえ立つ。
村近郊は水田や畑が耕され、少し西にはヨネス川が流れている。流石にラナエスト付近と比べ、上流部であるために川幅は10アルムス程に狭まっているが、特に橋もなく、川を渡るためには一端山へ入って川幅の更に狭い源流を渡るか、水に浸かりながら渡河するかしかない。
そのため、ブルフォス村付近のヨネス川西岸は人の手が余り入っておらず、山麓からの雨水を含んだ広大な湿地帯“モオト湿原”を形成していた。野鳥達の宝庫であるモオト湿原は、主に狩人や冒険者のみが出入りしている。
一方、ウルスラント山麓には村人の手がける果樹園や田畑があるが、村の近隣を離れれば自生する果樹や穀類もあちこちにあり、棲息する動物も含め、狩猟採集に最適な広大な野外活動圏を形成している。中には自然の洞窟も多々ある事、まれに人工の地下迷宮も小規模ながら確認されている。
アキネルやハギスフォート、ラナエストと比べ、都市内の滞在費も安く、狩猟採集だけでもその日の生活が成り立つブルフォス村近辺は、生活していく為の財政事情、冒険者の実力に見合った狩猟難易度など、駆けだしの冒険者達には極めて優しいことから、“冒険者の育成場”と呼ばれ、ラナエスト王国の冒険者の主な活動拠点とされているのであった。
正門を抜けると馬車二台がすれ違えるほどの石畳の街路がまっすぐと伸び、板柵の外壁側から動物の厩舎、倉庫の順に立ち並び、奥へ進むにつれて商店や飲食店、宿泊施設が見えてくる。
街路は村の中央まで来ると、中央広場を囲むように左右に分岐して環状に伸び、さらに村内の各方面に分岐していくのだが、そこから先の街路は馬車一台分の幅しか無く、石畳は歩行者の幅のみで後は赤土に雑草の路面が多い。街路樹にはランダーチと呼ばれる木が植えられており、青々としたトゲの塊がぶら下がっているが、秋には茶色く色づいて落下し、中から芳醇な香りと甘みのあるクリという木の実が採れるのが、住民達の嗜好の一つだ。
村内では山からの豊富な湧水をくみ上げる井戸が点在し、その一方で山麓中腹に設けた取水施設から村内まで、水路も構築されている。また、主立った街路には下水施設も整備され、流末の処理施設からは良質な肥料が供給されている。
中央広場の山側に村の領主館や冒険者ギルド、生鮮食品売り場が並んでいるが、元々はこの辺りが村の外縁であった。しかし、ブルフォス村の人口およそ6千人に対し冒険者の流入は年々増え続けている。
現在では1千人程が冒険者であり、村の人口は7千人を超える勢いだ。
中央広場から北側は山の斜面に沿って家々が立ち並び、冒険者向けの装備品や道具を扱う商店も北側の街路沿いに展開されている。なにしろ、冒険者が普段出入りするのは村の北側から山門の方面なのだ。
利便性と集客、冒険者を受け入れる余地を考えて現在も山側へ拡張され続けているのが現在のブルフォス村であった。
ギルビー達がブルフォス村の冒険者ギルド宿泊棟で一泊した翌日。
食堂で朝食の際、先日馬車で一緒になった吟遊詩人のラサヤ、踊り子のリンネと再会し軽く挨拶を交わしたギルビーとミスティは、朝食後、元々の予定どおり、ギルビーに彫金細工を依頼したブルフォス村在住の商人リザールの住宅へ向かうことにした。
なお、イアンは冒険者ギルドの指名依頼で早朝から出かけることになってしまい、リザールの住居までの案内は結局スフィ一人にお願いすることになってしまったのであるが、スフィは事もなく快諾してくれている。
もっとも、一人で案内を押しつけられた(もしくは一人で置いていかれた?)事に関し、「借りは後からイアンに返してもらうから問題無い」と冷酷な笑みを浮かべたスフィを見て、この二人は一体どんな関係なのかミスティは思案し、ギルビーは唯々、イアンに同情するのであった。
ギルドを出ると、真夏の快晴の下ではあるが、ウルスラント山麓にある為なのか、気温は暑すぎず過ごしやすい。ギルド前の中央広場では今日を休養日に当てたのか、木陰で芝生に寝転がっている者や剣の稽古をする戦士、本を開いている魔術師風の者などが見える。
「のどかでいい感じのところですねぇ」
「ワシも来たのは初めてじゃが、いいところじゃのう。冒険者の育成場というのも頷ける話じゃ」
「その昔は“氷帝竜の住まう麓”としてもっと殺伐としておった、らしいがな」
スフィが冷ややかに続ける。
「ほれ、あれらの塔も昨日話したとおり、元は竜対策の施設なのだが・・・・・・見た感じ、手入れされておらぬようだな。あれでは再び竜に襲われたときに使えるかどうか」
スフィの指さす先には村の外からも見えた塔があった。中央広場の左右に2基見える。
「ふむ、氷帝竜はずっと眠りについていると聞いておるが、備えが疎かになるのは考え物じゃな」
「ギルドにも口酸っぱく言っているが、煙たがられるばかりだよ。せめて維持管理の依頼を定期的に出していればまだ良いのだが」
ギルビーは昨日の村門の衛兵がスフィに怯んでいる光景を思い出した。“毒舌”と称されるスフィであるが、短い付き合いながらもギルビーは好感を抱いていた。この冷静な女魔法使いは自らを律しない、怠け者に容赦がないだけなのだ・・・・・・イアンに対する接し方だけは、冗談というか虐めるような嗜好に見えるのだが。
ともあれ、ギルビー達はリザールの下へ歩き始めた。
ギルビーが向かう相手、リザールは商人として日頃からブルフォス村と王都ラナエストを往復しており、近く婚礼を迎える娘タニアへの贈り物をと、以前王都を訪れた際にギルビーに注文をしていた。いつ出来るか判らない為、完成した暁にはギルビーの方から届ける約束をしていた事が今回のブルフォス村来訪の目的である。
ギルビー達が向かっているリザールの店舗兼住宅は、冒険者ギルドから裏手、山寄りの街路から一本路地裏にあり、初見では中々判りづらい場所にあったが、着いてみればギルドから徒歩10分も掛からない距離であった。
こぢんまりとした雑貨屋であるが、冒険者向けの雑貨を中心に取り扱っており、武具や主立った装備品よりも、野営活動を充実できるキャンプ道具や虫除け、調査用薬品、調味料など、生活様式重視の品揃えで根強い人気を取得し、繁盛しているらしい。今も何人かの冒険者が店内で品物を見て回っている。
カウンターの奥にいる女性店員にスフィが声を掛ける。
「久し振りだな、アンジー。リザールは居るか?」
「あらぁ!スフィさん、お久し振りっ!王都に行ってたんじゃなかったの?」
「知り合いがこっちに用事があって案内してきたのだ。こちらはドワーフのギルビー。リザールに頼まれたものを届けに来た」
ギルビーの名前を聞いて思い当たることがあったのであろう。驚いた表情をすぐに消して、アンジーはギルビー達に待つように言うと、奥へ向かっていった。
やがて、アンジーは線の細い中年男性と赤毛の女性を連れてきた。どちらかというと学者的な、ひょろっとした優男と、目がぱっちりと大きな、そして胸も大きな大柄な体の娘だ。
「ギルビーさん!お久しぶりです。もう出来たのですか?!」
「ああ、思ったより早く完成したのでな。丁度時間も空いたことじゃし。あまり遅くなると武闘祭をゆっくり見られんワイ」
「あははっ、確かに。とは言え、ありがとうございます、ギルビーさん」
「礼を言うのはまだ早いぞ。まずは品物を見てくれんと。お主が娘のタニアさんか?」
ギルビーが娘に話掛けると、タニアが頷いて挨拶をしてきた。
「お父さんから聞きました。私へのプレゼントをお願いしてたなんて、驚きました」
「聞いていたとおりのイメージであったわ。似合うといいんじゃがの」
ギルビーは荷物から品物を取り出した。臙脂色のビロード生地の巾着袋が、金色のリボンで口が締められている。
リボンをほどいてギルビーが中から取りだした物は、銀細工の首飾りであった。掌大の大きさの、細い銀の鎖を束ねて編み込んだような作りで、全体的なシルエットは翼を広げた鳥のようだ。しかし頭の部分は小さく、胴体と尾羽に当たる部分も細くて翼が三日月を伏せたような形状。各所に小さな赤い宝石がちりばめられ、中央には小指の先ほどの大きさの赤い宝石が据えられている。全体的に透明感のある光沢に包まれていた。
ギルビーがリザールに渡すと、リザールがタニアの首元に掛けてやる。編み込まれた作りの首飾りは、タニアの胸元の曲線に吸い付くように収まり、翼は胸元に広がって尾羽は谷間に潜り込んだ。
「何か・・・・・・付け心地が良いですね」
「新しい技法でな。胸の大きな娘さんじゃと聞いていたから、板状の物はやめて鎖中心とした。それから銀の鎖をガラスの成分で被覆してあるので、ずっと付けていても肌がかぶれない筈じゃ。」
胸の件でミスティがじろりとギルビーを睨み、タニアは顔を赤らめ、アンジーはリザールを睨みつけたのだが、続くギルビーの説明に彼女らの表情は一変した。
「友人の魔法使いが面白がって協力してくれてのう。それに魔法を込めてもらっておる。首飾り本体に“対刃”、宝石に“対火”じゃ。特別強力なものではないが、嫁ぐ新妻にはそういった効果は案外重宝するんじゃないかと思ってのう」
「まぁ、なんて羨ましい!」
「素敵っ!」
っと、アンジーとタニアの母子が声を上げる一方、リザールは、
「ギルビーさん、そ、そのう・・・・・・お代は如何ほどに・・・・・・?」
思いも掛けず、首飾りが魔法道具になってしまったのだ。リザールにしてみれば顔も青ざめるものであるが。
「儂と、レディアネス・クレイドという魔法使いからの祝いだと思ってくれれば良い。代金は当初のとおり10万コトスのままじゃ」
その言葉にホッとしたリザールは代金として白金貨1枚をギルビーに渡し、アンジーがお礼に店の商品をいくつか詰め合わせた麻袋を追加でくれたのでギルビーも礼を言って、一行は店舗を後にした。
「中々、お主も良い仕事をするのだな。そのうち私も何かお願いしてもよいか?」
「構わんぞい。納品は時間次第じゃが、ギルビー装飾店はいつでも注文を受け付けておる」
スフィの問いに誇らしげに答えるギルビーに、自分もお金を貯めてそのうち何かお願いしようかしらと考えるミスティであった。
一行はその後、冒険者向けの商店を見て回り、ミスティとスフィがいくつか買い物をして冒険者ギルドへの帰路についたのだが、ギルド前まで来ると向かいの中央広場から音楽が聞こえてくる。
見ると、広場の一角で見覚えのある二人組の女性が歌と踊りを披露している。周囲には結構な人数の客が集まっていた。
袖無しの短衣と膝上の短いズボンに薄衣の羽織を着込んだ二人。
栗色の髪を束ねた、木製の弦楽器リュートを演奏しているのは吟遊詩人のラサヤだ。黒髪の長髪と薄衣を舞わせながら、手足の金属冠をシャランシャランとリズムに合わせて鳴らしつつ妖艶に舞うのは踊り子のリンネ。
「ほほう、見事なものじゃな」
食い入るように見始めて広場に足を運び始めたギルビーを見て、スフィと取り残されたミスティはため息をついた。
「ギルビーもやっぱり男なんですね」
「良いではないか。慈愛の神の信徒はヤキモチを焼くものではないぞ。色恋には寛容であるべきだろう」
「それじゃラルーシャ信徒と一緒ですよ!野放図な享楽はアイーシャ神の教えではありません!」
「無償の愛をばらまくアイーシャの教えとやることは大差ないと思うがな。そもそもあの二人は姉妹なのだし似たもの同士だぞ」
「神様を見てきたかのような、ましてや人と同じような言い方はやめてください!」
「ふむ、気を悪くしたなら謝ろう。だが、シュナイエン帝国内の教えと他の地域とでは違いがあるようだな。ミスティ、お主、一度考え直した方が良いのかもしれん」
スフィの指摘にドキリとするミスティ。以前、大地母神の神官イーズとの出会いを思い出してしまう。宗旨替えなんて、そんな・・・・・・
「自分を客観的に見つめ、これまで自分が知らなかった事も知った上で、改めて考えるのだな。脊髄反射で自分と異なる意見を否定するのは宗教家に多いが、盲進はいつか破滅を呼ぶぞ」
スフィはそこまで言うと前に進み出た。
「ほれ、私達も行くぞ。私の目から見てもラサヤ達の芸は見事なものだ。特に魔力も乗っている事に気付いていたか?あれは一見の価値があるぞ」
スフィの言葉にミスティは驚き、先を行くスフィに慌てて付いていくのであった。
ミーンミーンミンミン、ジワジワワ~、ミーンミーンミンミン、ジワジワワ~
ウルスラント山脈の麓、ブルフォス村から西方へそれほど離れていない山中にイアンは居た。
冒険者ギルドからの指名依頼で、山中の異変を調べるように頼まれたのだ。場所も村から近くこれまでも同様の依頼は出ていることから、報酬も安くちょっとしたお使い程度の依頼でしかない。しかし、異変について幅広く調査と冒険者の意見を集めている事から、久しぶりに王都から戻ったイアンにも白羽の矢が立ったのであった。
「依頼書のとおりだとこの辺だな」
独り言を言いつつ目的地に着いたイアン。何の変哲もない山中の林の中で、これまでにも調査に来た冒険者のおかげであろう、下生えの刈られて歩きやすくなった山道を進んできたのだが。
「夏真っ盛りに朝から山入ると、暑いは五月蠅いわ・・・・・・こんだけ蝉鳴いてると他に何も聞こえねーしなぁ。昔は良くクワガタ取りに山入ったものだけど」
遠い昔の、ここではない遙か遠くの故郷の事を思い出すイアン。
「オオクワガタも値段下がったしなぁ。こっちの巨大クワガタもし持ち帰れたら大儲け・・・・・・いや、色々ややこしい事になったり下手したら捕まりそうだが」
苦笑しつつ、さてどうしたものかと腰に手を当てて立ち止まり、周囲に耳を澄ませてみる。そのまま少しすると、ふと、足裏に微かな振動を感じた気がしたが次の瞬間。
・・・・・・・・・・・・ッ
蝉達が、急に鳴くのを止めた。
それからしばらくの間、断続的に何かの振動が、大きいもの、小さなもの、集中させたような感じから拡散させたような感じなど、いくつかの振動をイアンは感じ、それが落ち着くと。
・・・・・・ーァジーワジーワミンミンミーン
再び、蝉達が盛大に鳴き始めた。
「間違いない。地中に何か居るな。それにあの感じ、どっかで似たような憶えがある・・・・・・」
イアンは自分の記憶を探り始めた。元の世界では東北出身で地震の来たときの感覚は慣れがあるが、それとも違う。地中で何かをぶつけたり爆破したりするような・・・・・・
「トンネルかっ!!」
まさか、こんな科学技術の発達していないファンタジー世界で、地中にトンネルを掘っている奴が居る!?そんな一体どうやって!?
愕然とするイアンに、急に巨大な影が掛かる。朝から快晴で雲一つ無い空なのに、ハッと気が付いて上空を見上げるイアンの目に映ったのは・・・・・・
『飛竜!?』
それは、編隊を組んで低空で飛ぶ飛竜の群れであった。向かう先は東。
低空であることを考えると、目的地は・・・・・・ブルフォス村。
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