037 作戦会議
2015/12/27
修正を行っています。
「風切り音を聞かれぬよう、北東へ進路を取れ。高度は200マトルを維持・・・・・・アキネル真北到達後、滑空にて城壁へ降下、籠の投棄後、好きに暴れるが良い」
悪魔ダイグリルが出した命令により、10頭の飛竜は戦場を大きく迂回し、北方からアキネルを急襲した。その足に人狼の詰まった木製の檻をぶら下げてだ。
飛竜は竜と違い、前脚を持たない。竜のような鱗の皮膚ももたず、分厚くはあるが四足獣と同様の皮の皮膚だ。身体の大きさも竜に比べれば小さい。それでも、頭から尾までで馬5頭くらいの大きさにはなり、人間にとっては驚異的な生物である。
トルネスタン王国の北東、ウォーヒルズを超えた先に、フルアーチ盆地がある。周囲を険しい山脈に囲まれ、外界とはほぼ途絶された地域に生息するのは飛竜と野性の獣のみで、人類側にはほとんど知られていない地方だ。地政学的にも隣接するトルネスタン王国、マシュラート公国、ソルスレート帝国のいずれにも属して居らず、そこは飛竜の楽園とでもいうべき地域であった。
シュナイエン帝国の魔導将軍ロウゼルによって呼び出された使い魔4匹のうち、ダイグリルとランサルムの2匹は、ウォーヒルズの戦力を操作する前に、フルアーチ盆地に立ち寄り、呪術で現地の飛竜を手なずけた。その数30頭。そして、そのままウォーヒルズに乗り込み、トロールの王ドルネと人狼の王ボルガにも制約の呪術を施し、戦争の準備を始めさせたのがアキネルを襲った災厄の始まりである。
人狼達に自らが入る檻を作らせる事は、人狼の誇りが邪魔をして最初は難儀したが、何体か四肢を引き千切ってみせるとそれ以降は素直に命令を聞くようになった。その分、人狼達は堪った鬱憤をぶつけるべき対象を熱望し、遂に今、飛竜に鳥かごの如き扱いをされると言う屈辱から解放され、アキネルの城壁上や市街の各地に降り立ったのである。
一つの檻に20匹弱の人狼が詰め込まれ、10頭の飛竜により運ばれた結果、総勢180匹程の人狼達がアキネルに侵入を果たしたのであった。
進行方向のかがり火を蹴り倒し、火のついた薪を近くの家々の木戸に放りながら、人狼達はアキネル市街を走る。目標は西の城門、北の通用門の破壊と敵司令官の暗殺だ。
時を同じくして、ダイグリルの号令によりアキネル西方で野営をしていたトロール及び人狼の軍団が進撃を開始。その雄叫びと地響きに西側の城壁上にいる兵士達は慌ただしく伝令を走らせる。
見張りの魔法使いが機転を利かした火球爆発の呪文により乾いた破裂音が鳴り響いたため、北東地区の見張りや仮眠中の兵士達は即座に行動を開始していた。
しかし、アキネルの街は1辺5ケリーの城塞に囲まれた正方形の形状である。人狼が北東から侵入した事実と飛竜の襲来は、西よりに設置された本城と守備兵の大部分にはまだ届かず、それはシャティル達義勇兵の泊まる借宿も同様であった。
時刻は飛竜襲来の少し前―
軍議室には、アキネル太守兼上級千人隊長フォラス、2人の副長、8人の千人隊長の他、義勇兵隊を率いるバルフィード、それにモニカとナドリスが居た。
モニカとナドリスに思わぬところで再会したバルフィードは驚いたが、聞けばナドリスはフォラスを手伝って後方支援部隊の手配と物資の配給を手伝っていると言う。なるほど、物資を動かす事に商人ほど適役は居ないと納得するバルフィード。
モニカについては、いつの間にかフォラスの作戦参謀的な立ち位置で何か画策しているらしい。これからの軍議でその案が開示されると聞いて、まずは軍議の動向を見据えることにしたバルフィードであった。
軍議は敵戦力の状況把握、自軍の体制、王都の支援状況などの確認から始まった。
敵兵力は遠見で見る限り、トロールと人狼の混成軍でおよそ1万。西方およそ1ケリーの距離の北寄りに、南北に半ケリーの横列陣形を取っているということだ。
それに対しアキネル軍はおよそ8千。王都からは現状の戦力比では騎士団の追加派兵はせず様子を見るという回答があったそうだ。派兵する場合は再生能力を持つ敵への対抗として、魔導兵団の派遣を考えていると言う。
騎兵が全力で駆ければアキネル~ラナエスト間は丸一日で走破出来るがすぐさま戦闘は出来ないであろう。対して魔導兵団であれば兵数は限られるが飛行や転移によりもっと速く到達可能らしい。
当面は現有戦力で戦うということで、続いてモニカとナドリスが紹介される。敵の再生能力の対策法を用意したという2人は、目の前にいくつかの道具や薬らしきものを並べていった。
肘から手程の、丁度1アルムスくらいの長さの白い円筒形の筒を手に取り蓋を外して反対側に取り付けるモニカ。
「これは、最近冒険者ギルドで取り扱いされ始めた“便利たいまつ”です。中に油と火打ち石が仕込まれており、こうやってボタンを押すと火が着きます」
モニカの操作で火が着き感嘆の声が一同から上がる。まだまだ普及していないソレは、レドが開発して冒険者ギルドに技術を売ったものであった。続いて、ガラス製の小さな小瓶を手に取る。上部に細長い蓋と水平に短い管が付いていた。
「こちらは香水を吹きかける小瓶ですが、中にはアキネル名産のナタル菜から抽出したナタル油を入れてあります。これを敵に向けて上を押すと、油が霧状になって吹きかけられます。そこに先ほどの便利たいまつで火を着けることによって、敵の再生能力を防ぐことが出来ます」
城壁上の防衛戦では、何人かに1人がこの道具を持って敵を焼くことによって、味方をフォローする作戦が提案される。
モニカはさらに、小瓶と同様の管の付いた、便利たいまつと同じくらいの大きさの銀色の金属管が掲げる。こちらは油に特殊なガスも合わせたもので、離れたところまで噴霧できるため、火と組合わせて直接攻撃も可能との事だった。
続いてモニカとナドリスが取り出したのがいくつかの薬のようなモノ。
「これは紅サンゴを砕いたモノとウツボカズラの葉を乾燥させたモノです。これらを水に溶かして雷系統の魔法を掛けると、敵の再生能力を止める毒ガスを生み出せます」
騎士として毒など使いたくないという意見が数人から出るが。
「判りやすく毒と言いましたが、これは実際には傷口の消毒に使うオキシドルという薬なんですよ。人狼やトロールの再生能力は、傷口を再生させる一種の菌なのです。このガスは我々にも有害ではありますが、時間が経つと水と空気に分解されて毒性は消えますので大地に毒を残すこともありません」
「使いどころをどうするかという処だが、バルフィード殿の魔剣ロックマスターで城壁周辺を堀のように変えて欲しいのだ。そこに水を貯めてこれらを投入し、魔法使いの雷系の魔法でオキシドルを発生させる。そうすれば、このガスを潜り抜けてくる敵は再生能力を失い、戦いやすくなるという寸法だ」
フォラスが説明を引き継ぎ作戦の全容が示されたのであった。
「俺の剣ならばその辺は造作もないが、ただし、城壁の外に出ねばなるまいな。それと、水はどうするのだ?」
「天候読みでは、おそらく明日の朝から1日は雨が降り続けると思います。それに、いざとなれば魔法で水も出せます」
「なるほど。ならば問題はないな。堀を作る役目は任せてくれ」
こうして防衛作戦の大筋が固まったのであるが、補足として、仕上げの雷系魔法はモニカがバルフィードと同様に外に出て魔法をかけるとの事で、その護衛はバルフィード達義勇兵で行うことになった。
バルフィードとしては義勇兵の魔法使いに任せてはどうかと提案したのだが、そこはモニカが、作戦立案者の責任として自分で魔法を使いたいとの事。ならば自分達がモニカをしっかり護衛しよう、という流れになったのだ。また、その他にも。
「光翼騎士のラーバスターさんに、上空から紅サンゴとウツボカズラの葉を堀に投下して欲しいのですがお願い出来るでしょうか?投げ入れる予定でしたが飛べる方にやってもらえると成功確率は上がります」
「確かにそうだな。それは俺から話しておこう」
その後はこの戦争を仕掛けたのが人狼とトロールなのか、それとも他に裏で糸を引く者が居るのか、という話題になったが何分情報がない。ハギスフォートの巨人襲来の件もあり、何者かが居るとは思われるのだが。判明したのはネイガからの情報で、トロールの王の名がドルネ、人狼の王がボルガという名ということだけであった。
軍議ももう終わる頃、バルフィードは外から聞こえる何かの音に気がついた。
その正体を探る様子の怪訝な顔をした者が他にも何人か、気がついているようだが。
アキネル太守府のこの軍議室は地上4階の高さにあり、通常、外に人は居ない。そして、風斬り音が重く、羽毛よりは皮膜のような羽ばたきの音。
長い戦闘経験の中で、バルフィードは過去にこの音を聞いた覚えがあった。アレは確か・・・・・・
「おい!そこの窓から離れろ!」
バルフィードが叫ぶのと、窓をぶち破って馬よりも大きな飛竜の頭が飛び込んでくるのは同時であった。
どう猛なハ虫類の顎が開かれ、喉の奥にチラと炎が見え始める。体内に火炎袋という内蔵を持つ飛竜は、口から火炎の息を吐くことが出来るのだ。
自分がブレスの放射線上に居ると判断して会議卓の上に横っ飛びで逃げるバルフィード。
視界の隅でナドリスと銀色の何かが見えたような気がしたが。
室内への火炎の放射を想像したバルフィード含め騎士達が次に目撃したのは、くぐもった爆発音と共に飛び散る飛竜の頭部。
爆発の音と衝撃、肉片と血しぶきにより被害無しとはいかないが、軍議室に居た者が皆無事であることは確かであった。
ナドリスが咄嗟に、飛竜の口に銀色の、油とガスの詰まった金属管をぶち込んだ事に漸く理解が追いついたバルフィード。
「ナドリス、咄嗟とは言え、良くやってくれたなぁ」
「自分でも何が何だか・・・・・・」
どうやら動転した結果の動きのようであったが、それが一同の命を救ったのは確かであった。
「まさか敵に飛竜が居るとは・・・・・・」
フォラス太守の呟きに一同が慄然とした時、北東からの飛竜と人狼の侵入を兵士が漸く報告に駆けつけてきた。
「間違いなく人狼とトロール以外の存在が黒幕に居ますね」
「それは間違いないな。とはいえ、今は後背の飛竜と市街に入った人狼をどうにかしないとな」
モニカとフォラスの会話にバルフィードが参加する。
「人狼共の狙いは判るか?」
「後方攪乱なら市内でただ暴れること。侵攻支援なら西門もしくは北の通用門の解放、何か破壊力があれば城壁の破壊。後は強襲突破として敵司令官の暗殺、そんなとこでしょうか」
「元より重点的に守備しているところではあるが、壁の内側である分、守備兵も油断してるやもしれぬな。私に向かって全部来るなら話は早いのだが」
冗談とも本気とも付かぬフォラスの台詞に周りの隊長達は苦笑いするが。
「それと飛竜をどうするかだが」
「弓兵は城壁に居るからな。ここは義勇兵で対応しよう。正規兵ではないほうが色々できそうだ。特にアルティレイオンが居る。俺もあいつらと市内をまずは回る!」
「バルフィード殿、頼む。よし!皆は西門と北通用門に増援を回せ!市内の巡回兵も回せ!私は太守府の外に陣取る!近くに飛竜が来たらそれも取るぞ!槍、投擲武器も用意だ!」
フォラスの檄に一同は威勢良く応え、それぞれ行動すべく散っていった。
白く淡い燐光がアキネルの夜空を垂直に飛び上がり、上空を羽ばたく飛竜と交錯する。飛竜は頭から尾までを一瞬で両断され左右に分断されて墜落し、その傍ら、白い燐光は2階建て住居の屋根に降り立った。
少し離れたところでは、光の翼が宵闇の中を翻り、これもまた飛竜と交錯して離れる。街路に墜落した飛竜の頭蓋は縦一文字に割られていた。
光の翼が白い燐光のそばへ着地する。
「なんだかおかしいと思って来てみれば、飛竜が来るとはね。しかも、いつのまにか人狼まで入り込んでやがる」
屋根の上から街路を見下ろし次の敵を見つけていたのはシャティルであった。
「じゃあ手分けしよう。飛竜は僕が光翼騎士の名誉に掛けて仕留めるよ」
アルティはそう言って光の翼を広げ、夜空に飛び立った。
「たぶん、こっちの光を敵と認識すれば奴らの方から群がってくるだろうからね」
「ああ。そっちはよろしく頼んだ!」
再会した親友の頼もしい姿を見送ると、シャティルは眼下の人狼達を見据えて不敵に微笑んだ。
「こっちも負けてらんねえな!」
屋根を蹴って人狼の群れに突っ込んだシャティルの周囲で血煙が上がり、数体の人狼の身体が上下に分断される。さて、次は、と思ったシャティルが見た光景は―
無事な人狼が、切り離された仲間の身体をくっつけ始めた。中には明らかに上下が違う組み合わせもあったり。
「ちょっ!正直その光景は想定外だわ!」
風が吹き空が動いて、あらわになる月。降り注ぐ月光にシャティルは舌打ちする。
「ちっ、よりによって満月かよ」
人狼達の再生力が最大になる時期なのであった。見れば、上下にその身体を切り離したはずなのに、傷口を接触させると見る間に回復している。そうした、戦闘不能に近い状態から復活する者、さらに周辺から集まってくる者。
シャティルは、無数の人狼に囲まれたのであった。
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同時に、初期からブクマし続けてくれている方々には尚更に感謝です。皆様のおかげでモチベーションが持続出来ています。




