036 城壁の中
2015/12/27
修正を行っています。
『なんだありゃあ!』
変身したネイガを見たシャティルが驚くのも無理もない。その異様な風体もさることながら、肉体の繰り出す一撃一撃が、人間離れしているのだ。
闇狩人の闘法の秘密は、一族秘伝のその装備にある。
特殊な素材と製法で作られた全身装備は、騎士魔法を強制的に発動させ、しかも生命魔力と精神魔力を合わせて生み出す騎士魔力の純化率を限りなく高める装備なのだ。
発動時の燐光がもし見えれば、それは限りなく純白に近い白光であっただろう。しかし闇狩人の戦装束“ジョルト・ウォー・チャクラ”通称“ジョルトゥー”はそれを見せない。騎士魔力を一切外に漏らさず、代わりに着用者の体内に強制的に押し込める為、未熟な者ほど身体に対する負担が大きく、長時間着用出来ない仕様となっている。また、その性質上、外部に騎士魔力を出すことが出来ない為、シャティルのように武器に魔力を帯びさせることは出来ない。
つまり、闇狩人の攻撃力は、肉体のみを用いた完全な物理攻撃力のみなのであった。
もしこの場にレドが居れば、“ジョルトゥー”の仕組みの解明と攻撃力に対する魔力追加の可能性について熱中しかねない装備であろう。
ネイガの繰り出す拳が、蹴りが、再生不可能な衝撃で人狼達を剔っていく。
人狼達は目の前に現れた天敵に戦意を喪失し始めていた。
トリスが人狼達と戦うのは初めてではない。トルネスタン王国の戦士であれば必ず戦ったことがある、否、戦わなければならない忌むべき敵。4年前トルネスタン王国が奇襲を受け王城が落城寸前となった。父王ガロウド三世を人質に取られ、トリス自身も右眼と左腕を失ったあの戦争で、自身の復讐と父の救出、国と王城の奪還を果たした際も、人狼達は敵の先兵であったのだ。
その為、宝剣デュランダルの手の内は知れ渡っている。
出し惜しみするものでもないかとトリスは思い、右手のデュランダルを構えてトリスは呟いた。
「デュランダル、大剣光刃!」
デュランダルの剣身から同じ幅の光の刃が左右に広がり、さらに切っ先から光の刃が伸びて三倍もの長さに到る。
圧倒的な間合いと光刃による切れ味、しかもそれを片手で楽に振るうのだ。トリスの前の人狼は易々と切り裂かれ、細切れにされることで人狼の再生力を上回る致死ダメージを与えられるのであった。
『デュランダル・・・・・・レイタックと同じ機能・・・・・・』
城壁上で戦士達の戦闘を観察していたクアンは、レティシアの持つ解放騎士乗りの証、光の刃を生み出す剣レイタックとデュランダルが同じ機能ではないかと考え、自身の記憶領域を検索する。
『古代剣王国で作られた魔剣、解放騎士NO.Ⅱアージェン・リッターの騎士トール・ネイラーンの武器か』
自分達の居た時代の痕跡を思いも掛けぬ形で見ることが出来たクアンには、感慨深いものがあったが、それともう一つ。
『トルネスタンという国には、古代の遺産が他にもあるかも知れないニャ』
貴重な情報をクアンはしっかりと記録するのであった。
ラーバスター・アルティレイオンの戦いは一言で言えば堅実かつ果敢な闘法であった。
防御は盾も剣も確実に敵の攻撃を防ぎ、なおかつ相手が攻め手を外す前にこちらから押し離して敵の体幹をぐらつかす。その上で攻めに振るう剣筋は最短距離を鋭く動く正道騎士剣術。
防御が敵の隙を作り、最速の剣閃で攻撃を振るう。それは、国が違えども騎士としての剣術を修めたアンジュと同質の剣術であった。しかし。
『なんだ?!あの剣術は!』
アンジュが横目に注視していたアルティレイオンの剣術はそれだけではなかった。正道騎士剣術ならば、一の剣から二の剣へとつないでいく軌跡はたとえれば三角形である。腕力で振るい腕力で引き上げる。隙があるときだけ体重を掛けた大ぶりな一撃となる。
しかし、アルティレイオンの剣術は、二の剣につなぐ際に弧を描く。身体全体の動きを用いて腕に不可をかけず、それでいて正道騎士剣術に劣らない速さで剣を回すのだ。結果、柔剛取り混ぜた、演舞のような華麗な剣術を魅せるのだ。
『あいつめ・・・・・・うちの流派を正道剣術に巧く融合させてやがる』
シャティルが感心するのも束の間、アルティに左右から一体ずつの人狼が襲いかかる。同時に3体を相手にするアルティにシャティルが加勢に行こうとしたその時。
アルティの肩甲骨の辺りから出現した光の翼が、前面をコートを羽織るかのように瞬時に展開し、人狼の爪を防ぐ。そして翼の表面から羽を模した光が無数に射出され、人狼達に突き刺さると同時に発火した。
「あれが・・・・・・光翼騎士か!」
己の強さに絶対の自信を持つアンジュも、流石にアルティレイオンの強さには冷や汗が出る。
剣術だけならまだしも、光翼が厄介だ。四年前の武闘祭でも、光翼騎士と魔法戦士の壮絶な戦いがあったとは聞いていたがこれほどとは・・・・・・光翼騎士と戦うときには相応の準備が必要だと心にとめるアンジュであった。
「さってと。それじゃ、残りは俺がさっさと斬るか」
シャティルが視線を戦場全体に戻して残敵に向き合う。
無造作に近場の人狼に駆け寄るかに見えた次の瞬間、誰もがシャティルを見失った。
否、見ては居るのだが、それは大きく踏み込んで右手のルイン・ブリンガーを振り切った姿だ。しかもその刀身は燃えている。
いつ抜いたのか?!
ズルリと、人狼の胴体が両断されてさらに傷口が発火する。
シャティルは続けて前に進み出て、中段に太刀を構える。警戒しつつもシャティルを取り囲む人狼達。しかしそれに構わずゆらりと上体が後ろに振れたかのように見えた次には、踏み込んで人狼の頭を唐竹に割り発火させる。
仲間の首に埋まったままのシャティルの太刀を見て、犠牲の隙に左右から人狼達が襲いかかったが、それらの攻撃は太刀が跳ね上がって全て打ち返され、それだけではなく人狼達はバランスを崩す。その隙を逃さず動いたシャティルは、足捌きによる身体の位置調整と回転による刀剣の閃き、その一太刀、1回転毎に周囲の人狼を切り裂いた。
『攻撃の重心を見極め、回転と螺旋の力で自分の攻撃重心を相手の攻撃重心をずらした場所に当て、その結果相手に隙を作る。さすがはヴァンフォート流の継承者だな』
自身もある程度ヴァンフォート流を教えてもらったアルティは、シャティルの剣術を理解していたが、それにしてもその動きは想像以上のものであった。おそらく他の者には流麗な演舞にしか見えぬであろう剣匠の舞。親友にしてライバルでもあるシャティルの強さをしばらくぶりに見たアルティは、武闘祭に出た場合ぶつかる可能性を考えると背筋にぞくりとした感覚を感じるのであった。
「よぉっし!次はどいつだ!?」
シャティルが周囲の人狼達を斬って捨て、視線を周囲に回すと、丁度、バルフィードが大剣で人狼を唐竹に両断し、切っ先が触れた地面から伸びた土の槍が人狼の分断された身体に突き刺さって止めを刺したところであった。おそらくそれが最後の敵であったのだろう、もはや周囲に動く敵は居ない。
「あ、あれ?もう終わり?」
「よぉーし、撤収だぁ!戻るぞ!」
バルフィードの号令の元に、一同は西門からアキネル内に戻り、門が閉ざされる。
まだまだ暴れ足りない感のあるシャティル達であったが、バルフィードの指揮により見張りや順番、休憩所などの手配がされ、シャティル達は城壁に近い宿屋を示されたのでひとまずそこに落ち着くことにしたのであった。
「ターニャ、君もここに居たのか」
「お疲れ様です、トリス。馬達もここの厩舎につないでありますよ。アルティレイオンさん、あなたの馬もそちらへ」
「ありがとうございます、ターニャさん」
トリス達は食堂の椅子に腰を落ち着け、それぞれが一息つく。
バルフィードだけはフォラス太守と今後の作戦等の打ち合わせのために居なかったが、他の面々は宿の主人が差し入れしてくれた水と軽食を口にしつつ、知り合ったばかりだが談笑を始める。
トリスはターニャと一緒に、同郷であることからネイガと同席した。トルネスタン王子ではあるが、闇狩人とは滅多に会う機会もなく、また、その戦闘を直接見る機会もなかったのだ。
一方、久しぶりの再会を果たしたシャティルはアルティと一緒で、シャティルに優先されなかったためにレティシアは再びアンジュに捕まってしまっていた。
「アルティ、久しぶりだなぁ。すっかり騎士らしくなっちまって。それに、あの剣技。ウチの流派を巧く取り入れてるんだな」
「君と別れた後はまだ身体が小さかったからな。ヴァンフォート流ならば同期の身体の大きな者とも互角に戦えたよ。最も、実践的過ぎて練習中は危険ですぐ使用を禁じたんだが。身体が大きくなってきて、正道剣術も無理無く振るえるようになったので、それと組み合わせるようになったんだ。けれど、今日の君の技を見せられると脱帽だね。流石、剣匠になったんだねぇ」
「まぁな。武闘祭で優勝すれば剣聖にもなれる。ただ、一筋縄ではいかないんだろうなぁ。ここにいる連中だけでも皆凄いよ。アルティも出るんだろう?」
「正直迷ってるよ。国の事情もあって今はあまり武闘祭に積極的に出る気になれないんだ。とりあえずは自由に行動する許可は貰っているので、君らと共に行動したいとは思っているが。そうだ、レドはどうしてる?」
「レドとは2ヶ月前に再会して、それから一緒に行動してるよ。今回は別行動してるけどな。あいつと会ってから、色々と仲間も増えて、結構冒険もしてるんだぜ」
「仲間はどんな人達が居るんだい?」
嬉しそうに話すシャティルに、アルティも興味引かれるものがあった。
「出会いの経緯はまた場所を変えて話したいところだが、エルフのオルフェル、ドワーフのギルビー、シナギーのミーナ、僧侶のミスティ、それから戦士のレティシア。その他にも色々増えるかも知れない。とりあえず、今一緒に来ているのはレティシアだ。そうだ!」
シャティルはそこで初めて、レティシアをアルティに紹介しなければと思ったのだが。
レティシアに呼びかけるシャティルに、レティシアは少し不機嫌に応じ、しかも一緒にアンジュまでやってくる。
「シャティル、連れが居るならもっと速く紹介してくれよ」
「確かにまずったかもしれん」
「君のガサツさは相変わらずだな」
小声で話す二人であった。
「ああ、レティシア。こいつはラーバスター・アルティレイオンだ。アルティとレドと俺は4年前に再会を誓い合った仲間なのさ。」
「戦場で軽く挨拶はさせてもらいましたが改めまして。ラーバスター・アルティレイオンです。アルティと呼んでください。シャティルも人が悪い。連れが居るなら先に紹介してくれよ」
途中からわざとシャティルを非難するアルティ。二人にすまんと謝るシャティル。
「レティシア・セリエンティスです。この子は猫のクアン。こちらこそ、よろしくお願いします」
アルティのフォローにより、レティシアの機嫌は若干直ったようだが。クアンが猫のふりをしてシャティルの足をタシタシと前足で攻撃し始める。
「そして私がシュナイエン帝国騎士、アンジュ・ソリュウトだ。噂に名高い光翼騎士の戦い、見せて貰ったよ」
「いや、赤鎧は呼んでないんだけど」
シャティルが突っ込むが。
「何を言うか、そもそも君がレティシア嬢を放っておくのがいけないのだ。都合の良いときだけ女性を呼ぶものではない」
「そこだけはアンジュさんに同意」
意外にも厳しいレティシアの台詞にシャティルは追い詰められたが、レティシアの攻撃はそれだけではなかった。
「でもアンジュさんの紳士というか騎士道的な部分がただの気障な男と区別が付かないのも困りものです」
想定外のレティシアの毒舌にアンジュがショックを受ける。
「な、なんてことだ、そんな風に見られるだなんて!」
「もっと酷い人もいますから、アンジュさんはまだマシですけど」
ジト目でプレッシャーを与えるレティシアであった。
「ハックシュッ!」
盛大なくしゃみを上げる男。
アキネルとラナエスト間を結ぶ街道の途中で、ロンク―の剣匠レギンは馬で駆け続けていた。
冒険者ギルドでシャティルとレティシアがアキネルへ向かう隊商の護衛依頼を受けていたことと、ラナエストでも広がり始めた東西の都市で戦争が始まったと言う情報。それらを考慮してレギンは自身も義勇兵として参加すべく、また、レティシアの事も気になり馬を走らせたのだ。
『まっててくださいよ、レティシア!私が今助けに行きます。そして私の強さをその目に焼き付けてあげましょう!』
レティシアに酷い人呼ばわりされているとも知らず、レティシアの前で強さを見せつけている自分の、都合の良い妄想に浸りながら、レギンはひたすらに馬を走らせるのであった。
―アキネル、夜半。
月が分厚い雲に隠された闇夜であった。城壁の上の各所で燃やされたかがり火だけが、侵入者対策として周囲を照らしている。その一方で見張りの者は出来るだけ灯りから離れて自身の姿を闇に紛らせ、闇になれた目で周囲を警戒している。敵は夜襲を掛けてくるものと予想しているが、今のところ動きはまだだ。
一方、城壁の内側である都市内では、大半の兵士達が仮眠を取っており、動くものは警邏巡回をする兵士が歩き回る程度である。
城壁北東の角に潜む見張りの兵は、幾分緊張を欠いていた。なにしろ、敵が攻めてくるのは西側なのだ。流石にこちらにトロールや人狼共が来ればすぐに目立つ。実際、アキネルの中心から東半分側の配置は西側の4割程度であり、戦略上も西側に重きを置くのは当然なのであったが。
不意に、どこからか風が吹く音が聞こえてくる。風、しかも強風が吹いてきたか?見張り兵が腰を上げ、城壁上にそっと上体を出すと、相変わらず風の吹く音が聞こえる。しかし、次の瞬間、兵士は風が吹いていない事に気が付いた。
『強風の音じゃなくてこれは、風切り音!?空に何か居る!?』
慌てて空を見上げるが、闇夜のため姿が見えず、音の発生源も方角がまだ分からないが、やがて・・・・・・風切り音が強くなり、次第に方角が判明してきた。北だ。
兵士が北方の空を凝視するのと、他の場所で見張りをしている魔法使いが火球爆発の魔法を夜空に打ち上げたのは同時であった。
軽く響く破裂音と共に夜空に火球が爆発し、空を飛んでくるモノの姿が照らし出されたが。
『飛竜!?それにアレ・・・・・・』
夜空を滑空してくる飛竜と、それの足にぶら下がっているモノの追加情報を認識仕切る前に、兵士はそのモノと衝突して城壁から内側へ吹き飛ばされた。
薄れゆく意識の中、兵士が見たものは自分と衝突して砕け散る粗雑な木製の檻と、それから解放されて飛び降りる人狼達の姿。
城塞都市アキネル内部に、人狼達が侵入したのであった。
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