035 城門前
2015/12/27
修正を行っています。
時刻はその日の朝まで遡る。
トルネスタンからアキネルへ続く街道沿いで、自称冒険者のトリス(その実はトルネスタン王子のトリスタンである)とロンク―の巫女鍛冶師のターニャは、身を寄せ合ってたき火に当たりつつ夜を過ごした。
アキネルまでは残すところ後半日程の距離である。目覚めた二人は携帯食を囓りながら歩き出し、身体がほぐれたところで馬に跨がった。
それから一時間程進んだころ、街道上に騎影が一つ見え始める。どんどん近づいているので向こうは止まっているようだが・・・・・・やがて、ハッキリしてきた姿は、白銀の鎧に身を包んだ短い金髪の騎士だ。
トリス達が近づくと、騎士が振り返る。兜を被っていないのかと思ったら額に見えたのはサークレット。女性用の装飾品としてが主流だが、フルフェイスの兜の重さや視界の狭さを嫌って、最小限の部位のみ守るサークレットを好む者も冒険者には少なからずいる。しかし、騎士でサークレットを着用するのはトリスの知る限り、一国の騎士達のみだ。
「光翼騎士!?」
「いかにも。私の名はラーバスター・アルティレイオン。貴方方もアキネルへ?」
「ああ。俺はトリス。こちらはターニャ。たまたま街道で出会ってラナエストへ同行していたところだ。あなたはここで何を?」
「あれが見えますか?」
アルティレイオンが示したのはこの先の進路だ。ようやく丘陵地帯を抜けてこの先はラナート平原に入り、その先にラナエスト王国の西の玄関口アキネルがあるのだが。
薄い影が、陽炎のようにうごめいて地平線にぼんやりと見える。
「なんだ?あれは?」
「ウォーヒルズの亜人や人狼共が戦争を仕掛けたようです。アキネルへ行くにはあれを突破するか、飛び越えるかするしかありません」
「なんてこった・・・・・・」
トリスにしてみればこれは一大事であった。トルネスタン王国はウォーヒルズの軍勢が東西に危険を及ぼさぬよう、日頃からトロールや人狼達を牽制していたのだが、一体どこにこれだけの勢力を用意していたのか。トルネスタン王国がラナエスト王国に迷惑を掛けてしまっている状況なのだ。せめてトルネスタン王国としても騎士団を派遣し、背後から挟撃を掛けねば国としての立場がない。
「飛び越える場合、馬を手放さなければならないのでそれは最後の手段として、これからどうしようかと思案していたところです」
一般人には無理だが光翼騎士は空を飛べるために余計な選択肢が増えていたのであった。
「このまま戦争が終わるのを待つという手はどうですの?」
ターニャの問いは利己的なものではなく現状確認の一助である。
「もし戦争が終わるのを待つ場合、亜人達が負ければ敗走の波に飲み込まれるでしょうね。亜人達が勝ってアキネル陥落というのも問題外ですし」
「引き返すか突破するしかないということか」
アルティレイオンが頷く。
「むしろ、この機会にアキネル防衛に協力するのが騎士としての名誉なんですけどね」
「違いない。ただし、突破するならもう少し同行者が居れば良いんだが。個別に少人数で突っ込んではやられるのが落ちだしな」
「他の旅行者が来るかどうか、もうしばらく待ってみますか。実は私も同じ考えで止まっていたようなものです。誰も来なければ飛ぶしかないかなぁと思っていました」
3人はしばらくの間、後続の旅人が来るかどうか待つことにしたのであった。
それからおよそ3時間後。
街道を東進してくる、一台の馬車と一騎の騎影が見えてきた。
トリス達3人を見つけて、馬車は減速し始めたが騎馬はそのまま突進してきてトリス達の前で急制動を掛けて止まる。その乗り手を見てトリスは顔が引きつった。
「セ、セバース!?」
「見つけましたぞトリス殿!」
それはトリスのお忍び行を捕まえるべく追ってきた執事のセバース・ディアンであった。
「さぁっ、すぐさま戻ってくだされ!御身にこのような勝手な事、許されていないのはご存じでしょう!爺が見つけたからには戻って頂きますぞ!」
トリスは額に右手を当てて消沈した。待っていた後続がこれで、色々な意味でがっかりである。
続いて止まった馬車は、遠くマシュラート公国から武闘祭観光に向かう富豪の家族連れという話であった。
トリス達は現在の状況を説明した。
「そういうわけでセバース、すぐ戻ってお前は騎士団を出動させろ」
「何をおっしゃいますか!トリス殿も一緒にお戻りくだされ!御身が戻る事が第一でございまする!」
トリスはセバースが老いて往年の判断力が衰えてきているとは感じていたが、この時それを確信した。この老執事は事が済んだら隠居させたほうが本人のためにも良いだろう。
「セバース、今更だがお前の物言いで完全に俺の正体はバレてしまったぞ。それにお前はもう判断力が衰えているようだな。トルネスタンの誇りに賭けてまずは俺が参戦しないことには面子が立たんのだ。俺はこれから敵陣を突破しアキネル防衛に参加する。お前はすぐ戻り騎士団の出陣を伝えろ」
トリスの物言いにセバースは言葉を失い、しかし次には了承して踵を返して、街道を駆けだした。
「トリス、あなたはもしかして・・・・・・?」
アルティレイオンの問いかけにトリスは苦笑する。
「トルネスタン王国のトリスタンが俺の正体だ。だがまぁ、普段は気ままな冒険者さ。今回は国の責任を果たすためにも、王子としてこの戦争に参加しなければならないがな」
一行はそれから、覚悟を決めて戦線を突破することにした。困ったのはマシュラート公国の富豪ロキスタの馬車であるが、突破するか今からトルネスタンまで戻るかの選択肢の中でトリスとアルティレイオンに付き従う事にした。トリスタン王子の武勇が決め手となったらしい。
一行は右にトリス、左にアルティレイオンが並び、後ろにロキスタ家の馬車が付く。ターニャも馬車に移動してもらおうかとトリスは思ったが、ターニャはそのままトリスの後ろに居ると言い張った。防御系の魔法が使えると言って、ターニャは突貫の直前にヴァルフィン神の加護の魔法と防御結界の魔法を掛ける。
敵影がはっきりと見えるところまで近づくと一行は速度を上げた。アルティレイオンの背中から光の翼が展開され、それが収束して両肩の上で二条の馬上槍のようになると、光の槍が前方に発射されて敵陣に穴を開ける。
続いてトリスが宝剣デュランダルを抜刀してその力を解放する。
「出撃せよ、万機光刃!」
デュランダルの刃から光の現し身が次々と周囲に撃ち出される。その数は優に100を超え、トリス達を守るかのように周囲に滞空した後、近接する人狼やトロール達にある刃は突き刺し、ある刃は切り裂き、またある刃は攻撃を受け止める。
前方に立ちふさがる敵を切り伏せ、敵陣を突破するとトリス達は馬車を先行させ、殿を守りつつ追っ手を牽制しながら走り続けた。
アキネルの城門が見え始めもう少しのところで、人狼の追っ手が数を増やし群がってくる。
デュランダルの光刃も無限ではなく再チャージが必要なため今は使えない。近づくそばから剣を振り回して牽制しつつ、いざとなれば自分は降りて騎士魔法で戦おうとトリスが考えていたその時、前方から大気を吹き飛ばす轟音が聞こえ、側面に居た人狼達が吹き飛ばされた。続いて、左側の側面の敵が、大気毎切り裂かれて飛び散らされる。
『アキネルからの援護か!』
そのまま駆け続け、トリスは白ターバンに隻眼の大剣を持った戦士とすれ違った。
馬車とターニャがアキネルに入り次第、取って返す事を心に誓い、トリスは馬を走らせる。
アルティレイオンは大気を斬る残撃に援護された時、鳥肌が立った。技の鋭さに覚えのある流派の予感がしたのだ。そのまま走り続け、馬車の影から現れた銀髪の男と一瞬にして目が合い、アルティレイオンは驚く。
「そのまま行けっ!」
銀髪の男の発した声が懐かしく、また一瞬にして互いが互いの存在を確認した、そんな感覚にアルティレイオンの口元に笑みが浮かんだ。
一行は城門を潜るとようやく馬を止めた。ターニャに馬二頭を任せ、トリスとアルティレイオンは再び城門へ向かう。城門は重鎧の騎士達が壁を造り外敵を通さないようにしていたが、手伝わせてくれと叫んでこじ開けた。
トリス達が外へ出ると、白ターバンの戦士が駆け戻ってきた。さらに前方では銀髪の剣士が駆け戻ってきているが人狼達が追っている。周囲には赤い鎧を着た騎士、紺色の長袖の上下を着た男、灰色の裾付きの短衣を着た金髪の少女が居た。
「救援感謝する!俺はトルネスタンのトリスタンだ!トルネスタン騎士団が来れば挟撃出来るが二日後となる。まずは俺が参戦させてもらう!」
「光翼騎士のラーバスター・アルティレイオン。参戦させていただく!」
「バルフィード・レイフォーンだ!とりあえずこの場は俺の指揮に入ってくれ!シャティルが戻ったら壁を作る。残敵掃討したら撤収だ!」
トリスの挨拶に周囲が驚くが活気づき、続けてシャティルが戻るまでのわずかな間にネイガ、アンジュ、レティシアがトリス達と挨拶を交わした。
シャティルが引き連れてきた人狼は40匹程。本来であれば振り切る事は簡単なのだが、この機会に敵戦力の削り取りと、バルフィードの指揮、味方の戦いぶりを見たくてわざと速度を落としていたのだ。
城壁まで近づくと、魔法使いの援護で背後から城壁まで囲むように半円型の土の壁が出現した。半径にして30マトルほどの範囲か。シャティルはそのまま城門付近まで走り、背後へ向き直る。
「さあ、あとは残敵倒すだけだ!」
「任せたまえ!」
「やるか!」
アンジュは長剣を抜刀し、ネイガは無手のまま構えを取った。
「さっきは助かった。俺はトルネスタンのトリスだ!」
「剣匠のシャティル・ヴァンフォートだ」
バルフィードと同様に隻眼の他、オルフェルの様に左手が義手の戦士とシャティルは挨拶を交わす。そして。
「シャティル!久しぶりだ!」
「いよお!アルティ!お前、俺よりデカくなったな!」
二人は右手で拳を作り、互いに打ち合わせて挨拶を交わした。
「積もる話は後だ。まずは奴らを倒そうぜ!」
ニヤリと笑ってシャティルが人狼達を見据える。
バルフィードは人狼が自分のそばに来ないうちに、魔剣ロックマスターを抜き放ち地面に突き刺した。
次の瞬間、ズブズブと足が地面に埋まり始め、驚愕の声を上げる人狼達。酷い者は腰まで浸かっている。
“岩の支配者”の銘を持つ魔剣は、一定範囲にある岩石のみならず鉱石資源全てを支配することが出来る。バルフィードの意思によってロックマスターは人狼達の足下を液状化させて泥濘にはめ込み、人狼達の進軍速度を分散させたのだ。
アンジュは人狼の爪を盾で防ぎ、体制が崩れた人狼の首を右手の長剣が一瞬にしてはね飛ばす。続けて襲い来る人狼達の攻撃は確実に盾で防ぎ、不思議と同じように体制を崩す人狼達の首をはね飛ばしていく。即死級の剣筋が一撃毎に確実に人狼を仕留めていく手際は見事なものであった。
『剣筋が正道かつ振りが凄まじく速いな。しかもあの盾、何かありそうだ』
しっかりと観察しているシャティルである。
レティシアは人狼の攻撃を素早く躱しつつ細剣を心臓目掛けて突き刺し、すかさず距離を取る。普通であれば致命傷ではあるのだが、レティシアの目の前で傷口が塞がり始めた。
「これが人狼の再生力なのね」
人狼がニヤリと笑い、再び両手の爪を揃えて襲いかかる。
再生能力を持つ敵を倒す場合、傷口を焼くかシャティルやアンジュの様に急所部位を大きく切り離すしかない。しかし、レティシアの細腕では重さのある武器を素早く振り回すには向かないために刺突重視の細剣を使っていたのだ。その欠点を補うのが光の剣レイタックなのであるが、あれは目立つために使うのは最後の手段。となれば、残る手段は。
『騎士魔法。使ってみるしか!』
記憶喪失のため使い方を忘れている技法だが、元々使えていたのは解放騎士乗りであったことから間違いない。シャティルから教えてもらっている心構えを元に普段から練習していたのだが、今ひとつで発動出来ないで居たのだ。
人狼の攻撃をかいくぐりながら、気合いを入れることによって生命魔力の活性化をイメージ。ここで、精神を集中させるようでさせない、一点を見るようで広く全体を意識するイメージをボリュームアップして精神魔力を生命魔力と合わせていく。敵の攻撃を必死に躱しながらの行為は一種のトランスに近い状態となり、やがて。
レティシアの身体がうっすらと青味のある白色に光る。
次の瞬間、レティシアを襲っていた人狼は両手と首を切り飛ばされていた。
『出来た!これで少しはシャティルと並んで戦うって言えるかも!』
そのまま、次の敵に向かうレティシアを城壁上から見ていたクアンは、レティシアが本来の力を取り戻しつつある事を満足気に眺めているのであった。
人狼を相手に武器を持たず戦うネイガは、拳による殴打や蹴りを使っている。その打撃は一撃毎に人狼を吹き飛ばすほどの威力があるが、やはり再生能力のある人狼を簡単に仕留めることは出来ない。
『やっぱ本気出すしかねえか!』
ネイガはベルトの鈍色のバックルに隠されたスイッチを操作した。
次の瞬間、ネイガの全身が一瞬だけぼやけるように見え、現れたのは全身を被う紺色の衣服と胸部、腹部、籠手や足を被う防具。そして特徴的なのは蜂を模したフルフェイスの仮面。闇狩人の戦装束である。
秘術によって作成された、騎士魔法の効率をひたすらに着用者に還元させる戦装束がネイガの本気の姿であった。
変身したネイガが一瞬で人狼との距離を詰めその顔面に拳を放つと、人狼の頭は粉々になって吹き飛ぶ。続いて少し離れた敵へ放った跳び蹴りは人狼の腹部を蹴りちぎった。
変身したネイガの出現に、人狼達が怯えて後ずさり始める。
「闇狩人が一族、ネイガ!死にたくなければかかってこい!」
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闇狩人のジョブは特殊な格闘家です。




