032 魔導将軍ロウゼル
2015/12/27
修正を行っています。
ラナエストから北西に6千ケリー以上離れたシュナイエン帝国首都ライアート。その王城の一室で、暗色のローブに身を包んだ魔道士ザカエラは書物の山に埋もれていた。
書物に囲まれていることは彼にとって幸せである。片っ端から徹底的に読み漁り、読むと言う行為そのものが至上の喜びなのだ。しかし、そこになにがしかの結果を求められると弱冠興醒めしてしまう。臨む結果が得られないとなるとなおさらだ。
元々、書物が好きでそこから派生した研究対象が古代王国である。古代王国の存在したことの証明とその遺跡の調査、古代王国の遺産の発掘、これらがザカエラの生き甲斐となっていたが、2ヶ月前のラナート平原南東にある旧鉱山の探索によって皇宮書物庫の出入りを許され、この研究は加速するものと思っていた。ところがである。
古代王国に関連した文献は、一向に見つからなかった。
三千年前にあったと言われる古代竜王国、古代剣王国、古代魔法王国の名称が出てくるのは後世に作られたおとぎ話の中でのみ。古い文献を漁っても、一向に古代三王国の記述が出てこない。むしろ、綺麗さっぱり痕跡を消されたのではないかとザカエラは最近思い始めている。
三千年前というのは今で言うところのセフィリア暦元年より若干前であることから紀元前の時代だ。世界的な飢饉の中、天神降臨により救済が行われたことからセフィリア紀が始まったとされているが、当時の古代王国に関する記録的文献がとにかく出てこない。見つかっているものとすれば関係のないものばかり。
ストリアン大陸では帝国の西方に臨するフラジア国において天候不良により飢饉が発生し、帝国から温室栽培の技術協力と大規模な物資のやりとりがあっただとか、帝国東方の今で言う十二公国領のある地域の前身であるナイトソード王国が内乱により瓦解したとか。ラ・トゥール大陸でも飢饉により内乱が発生しいくつもの小国家に分裂して争いを繰り返したとか、ゲリングガイル大陸ではヴァイラス王朝が一夜にして姿を消してしまったとか。
そんな記述の中、ラナート地方では天変地異によって辺り一帯が壊滅し、それが天罰によるものと記されていたり、ロンクー王国東方にオウカヤーシュなる島々が発見されロンクー王国との交易が始まった等と記述がある。
文献からの手がかりが全くない中、そろそろ全く別の着眼点が必要かとザカエラが思案し始めていた頃、王城の小間使いがザカエラを呼びに来た。科学大臣のベンヒル、軍務省開発室長のレベンス、そして帝国軍魔導将軍ロウゼルが会合を開いており、参加を求めているというのだ。研究成果を求められているのであれば憂鬱な招集であることを考えながらも、ザカエラに拒否権はなかった。
ザカエラが案内された王城内の一室に入ると、右手にはベンヒル科学大臣、左手にレベンス開発室長、正面には金髪が豪奢な20代の美丈夫な男、ロウゼルが座っていた。ロウゼルはその風格と美貌たるや一国の王と言われても遜色のない男であるが、むしろ畏怖すべきは、既に齢50を超えているはずなのに外見が20代という謎である。膨大な魔力と魔法技術に優れ、使い魔として幾つもの悪魔契約を結んでいることから、その不老も悪魔契約によるものではないかと噂されている。
2ヶ月前に皇帝陛下への謁見を許された際は、作戦行動中ということで国内には居らず顔を合わせる機会が得られなかったが、ザカエラも軍魔導部の所属である以上、ロウゼルは上司に当たる人物であり、また、帝国魔法騎士団出身のザカエラには魔法の師に当たる人物でもあった。
着席を促され、ザカエラが座るとロウゼルが口を開いた。
「久しぶりだね、ザカエラ。研究好きもいいがあまり部屋に籠もりっぱなしなのは身体に良くないよ。知ってるかい?そういう引きこもりを“ニート”ってフラジアでは言うんだそうだ」
「お久しぶりでございます、ロウゼル様。引きこもりについては弁明の使用もありませぬ」
「君は昔から室内派な性格だったからねぇ。で、どうだい?皇宮書物庫をあさって、何か新しい発見があったかい?」
「残念ながら、目新しい発見は有りませぬ。むしろ発見がないことが私の自説をより強固にするやも知れません」
ロウゼルはザカエラに、その自説を言って見ろと視線で促した。ロウゼル自身は以前からザカエラの説を聞いている。つまりはこの場にいる他の二人にそれを聞かせろということであった。
「古代三王国のおとぎ話はありますが、文献には一切記録がありません。セフィリア暦元年より前の紀元前の時代に栄えていたはずですが、全く記録がないのです。今回、書物庫も探し回りましたが、あるのは三千年前の世界的な飢饉と当時の各地の国家体制に崩壊の兆しが見られたこと、ラナート平原を天変地異が襲って地形が変わった事、などです。正直、何者かが記録を消したとしか思えないほど不自然です」
ザカエラが一息ついたところでロウゼルが口を開いた。
「まるで古代王国が存在しなかったかのような歴史だね。しかし、我々は各地の遺跡や迷宮から、ごく稀に発見される古代秘宝を知っており、その知識がシュナイエン帝国の国力増強に繋がるのでは、と考えている。今日までもいくつかの古代遺物は発見されており、光の剣や浮遊する箱、超強度の剣などはその実例だ。つまり実在していた証拠はある。文献から手がかりが得られないとなれば、ザカエラ、君はこれからどうする?」
「そろそろ別のアプローチが必要かと考えていました。ベンヒル大臣殿、例の剣の分析はその後どうなりましたでしょうか?」
ベンヒルは忌々しげに口を歪めながらも、ザカエラに答えた。
「残念ながら、成分分析は終わって居らん。どうも我々にとって全く未知の金属が使われているようだ。副産物として、まったく同じ金属ではないが、従来より強固な合金の開発は進んでいるがな」
「未知の金属成分はそのままそういうものとして、あれと同じ金属を探す探査魔法を構築しようかと思っておりました。推測ですが、おそらくあれの発見された場所、各地のおとぎ話と文献にあるラナート平原の天変地異、これらを考慮しますと、ラナート平原周辺の丘陵地帯にはまだまだ遺物が埋まっているのではないでしょうか?それならば、魔導艇の完成を以て平原上空から探査魔法を広域的に行い、さらなる手がかりを探すしかないかと考えておりました」
ザカエラの発言を聞き、ロウゼルはレベンスを見る。
「レベンス、魔導艇の開発状況はどうだ?」
「ほぼ完成です。内装に後三日で完成となります」
予定通りの工程で製作が進んでいたのだろう、また出来映えにも自信があるのか、レベンスは自信たっぷりに答えた。
「ベンヒル、ラナエストに対する鍛冶師流出の作戦状況は?」
「テオストラの作戦は失敗と思われます。ラナエスト城下でテオストラ再開の公告が出され、大臣や大手鍛冶師に対する引き締めが行われた模様です。当初の予定よりは流出量は少ないかと」
ロウゼルは楽しそうな顔をした。20代の美形がそういう表情をすると、女性であれば騒がずにはいられない雰囲気を醸し出す。
「ウェンデからの連絡もないしねぇ。やられちゃったかな。思い通りにいかないのもまた、面白いものだよ。ザカエラの案を採用しよう。2日で魔導艇乗組員と魔導兵団、護衛騎士を選抜し、3日後出発だ。転移装置はもう積んであるのだろう?」
「もちろんでございます」
「ラナート平原はこれから次の作戦によって見物となるよ。文字通り高みの見物をしつつ、探索をしようじゃないか。ついでにそのまま武闘祭に皇帝陛下をご案内して、魔導艇のお披露目も出来れば国威は上々、そこで陛下から優れた鍛冶師を募集している事を発表してもらえば、一連の作戦の目的は充分じゃないかな」
ラナエスト王国の弱体化、鍛冶師の流出と帝国への勧誘、古代王国の痕跡の探索、これらによる帝国の国力増加が一連の作戦である。
ロウゼルの言葉はそれらの要素を隈無く取り込んであり、他の三人は感心するばかりであった。
「ところで、ロウゼル閣下、次の作戦とは具体的にどのような?」
レベンスが問う。
「ああ、そういえば次の作戦は僕主導だから詳細はまだ誰にも話していなかったね。もちろん、陛下には説明済みだけども」
ロウゼルはにこやかに微笑みながら続けた。
「使い魔を4匹、ラナート平原周辺に放ったのさ。今頃、亜人族が平原に攻め込むところだと思うよ。戦争を高みの見物出来るなんて魔導艇様々だね。今回の戦争は帝国の物資を使う必要もないし、兵力も減らさずに済むし、嫌がらせとしては最高の作戦だと自負しているよ」
その内容たるや、微笑みながら言う事柄ではない。自分達の知らぬうちに、よもやそんな壮大な作戦が組まれていたことに、ベンヒル、レベンス、ザカエラ共に驚愕するしかなかった。
「ラナエスト王国の実力がどれほどのものか、これで良く判るってものさ。あとは、この機会に帝国出身者が活躍してくれれば、尚良いねぇ」
屈託無く笑うロウゼルに、ザカエラは唐突に、二ヶ月前に皇帝陛下から休暇を与えられたダルスティンとダインの事を思い出した。
まさか、あの時に既にこの計画は組まれていたのか!
そう思うと、皇宮書物庫の手がかりが期待薄な事も想定済みであったのかも知れない。
ロウゼルの深謀遠慮にザカエラは冷や汗を掻き始めた。
ハギスフォート西門を抜けた王都へ続く街道は避難民で混雑している。殆どの商人が、商品も財産も全て持ち出すことは出来ず、泣く泣く持てるものだけで避難を始めているのだが、その大商人ロッパだけは違っていた。荷馬車3台に貴重品を詰め込み、使用人は歩かせてまで荷台の容積を確保していたが、いざ脱出と言うときに国軍の鎧を着た騎士が現れ、屋敷毎残った財産を全部買い取ると申し出があったのだ。
聞けば、義勇兵の休息や資材置き場として、大きな屋敷を見繕っていたとのこと。渡るに船とばかりに、騎士が買収の話を持ちかけてきたのであった。
しかし、そこはそれ、大商人を自負するロッパである。
向こうの言い値7千万コトスに対し、9千万でなければ売らないと突っぱね、結果見事9千万コトスで売却することに成功したのだ。
手付け金として1千万コトスの白金貨の入った袋と証文を手に荷馬車の中でロッパはほくそ笑んでいた。これだけあればラナエストで新たな店舗を構えるのも夢ではないだろう。なんなら他国へ渡ってもいい。こんな巨人が襲来するような地域に無理に住む必要もないのだ。馬車の揺れに白金貨の入った袋がカサリと鳴ったが、ロッパにとっては未来を暗示する良い音色なのであった。
西方都市アキネルと王都ラナエストは馬車で二日もあれば到達する距離だ。そのため、中間地点で一泊野営をするのが旅する者の常である。道中、旅人向けのちょっとした小規模な宿もあったりするのだが、そういった宿場を使用するのは大抵は一人旅の旅人である。集団となると、費用節約のため、見張りを立てつつ野営するのが常であり、街道沿いもその辺りを考慮して、所々に耕作していない野原が用意されていたりする。
隊商ナドリス達の野営場所もそういった街道沿いの、その日はまだ未使用の野原を丸々借りて、荷馬車三台を止め中央にたき火をして夕食を済ませていた。
旅慣れた商人兼神官の一団である。手慣れた様子の夕食の支度に、シャティルとレティシアは手伝す隙もなく逆に美味しい食事にありつくことが出来た。その後は護衛の4人が二交代で番をすることにして、レティシアとモニカの女性陣二人は後半の当番として先に就寝し、前半の当番はシャティルとバルフィードの男性陣二人が行うこととなった。
野原の周囲から枯れ草や倒木などを拾い集め、たき火を街道沿いの見通しの良い場所に移し替えて、二人の男はたき火を中心に直角よりも近い位置に座る。お互いに東西の街道先が警戒出来るようにするための座り方だ。
シャティルはバルフィードとどう会話すべきか逡巡したが、最初に話掛けたのはバルフィードだった。
「シャティル、と言ったな。銀の剣匠の噂も聞いたが、この前、剣聖ゴードと一緒にいたか?」
「ああ、ゴードは俺の祖父でもあり剣の師匠でもある。あんたが爺さんに喧嘩売ったときにその場に居たよ。逆に俺の方が手合わせお願いしたいんだが」
「あの場では飛び抜けて強さを感じたのは剣聖殿だけであったな。なぜあの時に俺に決闘を申し込まなかった?」
「あの時は武器が無かったんだよ。武器無しで手合わせ申しこむ訳にはいかないだろう。あの後、やっと俺用の武器を打って貰ったんだ」
シャティルのその言葉にバルフィードは納得がいった。臆病な男であれば先日は確かに黙ったままであったろう。しかし、今日一日一緒に行動して、臆病さとは真逆な快活さをシャティルからは受けており、むしろ血気盛んに見えるこの若者がなぜこの前は黙っていたのかが腑に落ちなかったのだ。
「あの酒場には強者がゴロゴロ居たのかもしれんな。酒と喧噪で判りづらかっただけかもしれん。今朝、お前と会った時には、これほどの剣士がまだ居たものかと実は感心していたのだ。巷で噂の、テオストラ幽霊騒動の解決者、銀の剣匠と聞いて俺の目も節穴だったと後悔していたところだ」
「そいつは光栄だな。それじゃあ、どうだい?爺さんとやる前に、俺と手合わせ願えないかい?」
「護衛依頼中にやるわけにもいくまいよ。武闘祭でやり合うも良し、その前にやるにしても、そうだな、剣聖殿とやる前に、まずはお前との勝負が先だろうな」
「よっし!約束だぜバルフィード!」
互いを認め合った二人の剣士は、野営の傍ら、眠気覚ましに互いの武勇譚を語り合うのであった。
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