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異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ  作者: 都島 周
第二部 ラナート平原動乱編
37/73

031 ダムフレス

2015/12/27

修正を行っています。

 ラナート平原の東にある城塞都市ハギスフォート。対巨人向けに高さ10マトルもある城壁に囲まれた都市だ。東西に大きな城門があり、南北には農作業者向けの通用門しかない。1辺およそ2ケリーの正方形の城壁に囲まれており、街の中心の東寄りには太守府である城がそびえ立っている。


 ハギスフォート東門からまっすぐ東へ30ケリーも行くと、平原は終焉しそこからは丘陵地帯“ジャイアント・ヒルズ”が始まる。東街道はそのまま丘陵地帯を抜けて侍の国ロンク―皇国を経由し、さらにその先に進むとやがて海岸にたどり着く。その海の向こうに薄く見える島影がオウカヤーシュ島だ。このジャイアント・ヒルズから東側は、「東方」と呼ばれ、その独特の文化は東方文明と言われ、対してラナエスト以西は西方文明と東方から呼ばれている。


 ジャイアント・ヒルズは古くから巨人族の住み処であり、ハギスフォートに暮らす狩人は平原から一山までしか入らないようにしている。そこから先は巨人やゴブリン、ホブゴブリンと言った亜人達が生息しているからだ。しかし、平原東方の耕作地は、ジャイアント・ヒルズに降り注いだ雨水を元とする、丘陵内にある無数の自然に形成されたため池が水源となっている。

 そのため、ハギスフォート駐留騎士は東街道の警備とともに、比較的浅い範囲の丘陵地帯もパトロールの道程に含まれているのだが。


 毎日が、同じ事の繰り返しにより、つつがなく「異常なし」の報告をするのが警備の者の常であった。街道までは巨人達も滅多に来ることはなく、たまに見るのはゴブリン程度。ゴブリンの大型種であるホブゴブリンも滅多には見ない。しかし、その日は違ったのだ。


 ため池まで到達するまでもなく、山縁の梢の間に巨人達の頭が無数に見え、思わず馬を止めて頭がおかしくなったのかと自問するが、改めて見ても同僚と同じ光景を再確認してしまうだけであった。その為、距離を取って継続監視に二人残しつつ、残る一人は全速力で報告に戻ったのである。


 ハギスフォート城門を守る騎士達は、血相を変えて全力で駆け戻ってくる騎士の「巨人族襲来だ!!」という声を、実に15年ぶりに聞いたのであった。



 ハギスフォート太守でもある上級千人隊長クロッゼは、凶報を聞き即座に幹部を招集し、対応策を指示した。ハギスフォートの駐留騎士は5千人。その家族8千人。都市機能を維持するための文官や商業者、職人等が7千人。農業従事者が6千人。旅行者が4千人。計3万人の住民が居る状況で、非戦闘員の王都への避難、義勇兵の募集(武器職人や料理人、癒やし手等の後方支援者含む)、籠城戦の準備等を開始し、さらには偵察部隊の増強と王都への魔法通信による状況報告および増援要請、騎士達の活動順番ローテーション等を決めてゆく。流石にラナエスト王国の主要都市を任されるだけあってその手腕は落ち着いたものであった。


 こうしてハギスフォートが臨戦態勢に入り、西門からは非戦闘員の避難行動が始まった頃、ミーナ達の乗る草小舟グラスディンギーがハギスフォートに到着したのである。


 避難を開始した住民達から道すがら事情を聞いたオルフェル達は、まずは当初の目的を果たしてから義勇兵として戦闘に参加しようと話し合い、冒険者ギルドから紹介してもらった地図を頼りに目的の店舗へ向かった。


「ラナエストから買い付けに来てくれたのかい?!ありがてえがこんな時に運がなかったなぁ、アンタ!」


 避難のために荷造りをしている店主や店員達。店の中は木箱や大きな布に包まれた皮製品が積み重ねられ、一方でまだ手つかずに並べられたままの商品も多数見受けられた。


「ヌエの皮を求めてきたんだ。東方の魔物の皮を探すにはこの店が一番だって聞いてね」

「ヌエか!確かにあるっちゃあるが・・・・・・かなりの高額商品だから真っ先にしまっちまったなぁ。取り出すのがちょいと面倒だ」

「そこをなんとか頼むよ!」

「あ~、その辺の放り出していくつもりだった商品も多少買ってくれるんならいいけどな」


 避難するために全部の在庫を持ち歩くことは出来ず、泣く泣く価値の低いものを店内に放置していくつもりだったらしい。足下を見られた感じもあるが、オルフェルは品物を見て、とある皮がある事に気がついた。


「なぁ、店主さん、ダムフレスって知ってるかい?」

「なんだい、そりゃあ。聞いたことがねぇなぁ」


 オルフェルの放った言葉にシフォンがピクリと反応したが、誰もその様子には気づいていなかった。


「ふうむ・・・・・・それじゃ、そこにある火蜥蜴サラマンダーの皮を全部一緒に買い取ろう。それで、ヌエの皮を売ってくれるかい?」

「・・・・・・判った。ちょっと待っててくれ!」


 程なくして、ヌエの皮と大量の火蜥蜴サラマンダーの皮を買い付けることが出来たオルフェルは、店を出てから続いて道具屋を探し、そこで大量のガラス瓶とスライムから抽出できるスライムオイル、香草のミントを購入して、義勇兵の参集場所へ向かったのであった。


「オルフェル、ダムフレスを作るのか?」


 シフォンの問いにオルフェルは頷く。


「里では禁忌とされているものだぞ?」

「場所が違うからな。この状況ではあった方が良いだろう」


 ミーナがそれって何?と聞くが、後で判るよ、とだけ答えて歩くオルフェル。

 そして、参集場所へ到着すると、受付の騎士に先ほどの店主へしたのと同じ質問をする。


「ダムフレス?聞いたことがないが」

「それならば、隊長殿に面会させてくれないか?エルフに伝わる秘術の一種でね、この度の戦争に役に立てそうかと思うんだ」


 受付の騎士は、眼前のエルフの予想外の申し出にどうしたものかと思案を巡らせた。左腕に赤銅色の大きな籠手をしたエルフ男性は鍛冶師にして狩人だという。もう一人の褐色肌のエルフ女性も狩人だと。一見ヒュームの幼女と見間違うシナギー族の女性は森守レンジャーで、一人だけヒュームの女性は軽戦士にして罠師。彼らの身分は冒険者証で証されていて怪しい者ではない。とはいえ、内容のわからない申し出と素性を良く知らない初対面の者達をこの忙しい時期の上級千人隊長にわざわざ会わせて良いものか。思わず同族であるジーナロッテの顔を見つめてしまうと、彼女が口を開いた。


「このエルフ達はエルダーテウルの出身でドラゴン討伐もしたことがある程の腕前よ。彼の左籠手には竜の鱗が使われているのが証拠。それに貴方、テオストラ解放の件は聞いていない?私達はその時に銀の剣匠シルバー・ソードマスターと一緒に組んでいた仲間なの。彼の提案はプラスにはなってもマイナスにはならないわ」


 厳密にはジーナロッテはテオストラの件で仲間ではなかったが、その辺りは無視して都合の良い説明をした結果、明確な証拠はなくともどうやら信用してもらえたようだった。一行は太守にして上級千人隊長クロッゼに目通りを許されたのである。


 太守室で面会したクロッゼは、短髪に顎髭を刈り揃えた男で、理知的な印象をオルフェルに与えた。挨拶を済ませ、ダムフレスという薬品の効果を説明すると、クロッゼがしばし考え込む。


 籠城戦をするつもりのクロッゼにしてみれば、たまたま城下で入手出来た火蜥蜴サラマンダーの皮、ミント、スライムオイルを用いて火球爆発の魔法と同規模の薬品を作ることが可能だというのだ。城壁を利用した防御戦に有効であることは間違いない。


 威力を押さえた試作品を作ってもらい効果を確認する事は必要だとクロッゼが思案した時、伝令が報告を持ってきた。


「報告します!敵部隊の一部が、丘陵沿いに南方へ進路を変えております!その数およそ5千!」


 ハギスフォートを取り囲むつもりなら、西進の後に分散すればいいだけである。奇襲で背後に回るにしては、行動が筒抜けだ。敵は一体・・・・・・


「南方に別目的がある?巨人が5千程度の兵力で?」


 クロッゼが疑問を思わず口に出すと、回答が意外な所から発せられた。


「ここから南方向にある特別な所なんて、シナギー領のナギス村しかないじゃない・・・・・・」


 ミーナが青ざめた顔で言う。

 オルフェルの決断は早かった。


「クロッゼ太守。申し訳ないがナギス村が危ないとなれば、私達は救援に行かなければならない。ダムフレスの作り方は教えるから、行かせてもらえないか?」

「駄目だオルフェル!ダムフレスの製法そのものを公開するのは危険すぎる!」


 シフォンが反論するが、ダムフレスの力はここの防衛に重要だというオルフェル。


 クロッゼは議論するエルフ達を見、顔が青ざめたシナギーを見た。シナギー族なんて常に陽気な印象しか持っていなかったが、どちらかというと非常時には怯えるものだと思っていた。しかし、どうして、この娘は力の無い怯えた目ではない。じっと耐えて、然る後に憤然と戦う意思を込めた目をしているではないか。クロッゼはここであることに気がついた。


「そうか!君は草小舟グラスディンギーを持っているのだな?その足ならば奴らより先にナギス村へ行くことも出来るし、平原ならば船で狙撃戦も可能か!」

「もちろん!風向きにもよるけど、3時間もあれば村まで行けるわ。それに、シナギーだからって巨人に舐められて溜まるもんですかっ!」

「あー、それならばこういうのはどう?ダムフレスの製法は私が覚えて防衛隊に薬品は提供する。貴方たち3人はナギス村へ向かうって事でどう?これなら製法をばらまくことにもならないし、適材適所でしょ?」


 ジーナロッテの提案に、シフォンが納得するも、今度はオルフェルがジーナロッテを一人置いていく訳には、と反対し始めたが。最終的には全員がこれで納得したのであった。それからは慌ただしくもオルフェルがジーナロッテにダムフレス調合の手ほどきを行い、クロッゼが調合部屋の用意と幾つかの道具の手配をしてくれることとなった。



 ハギスフォート西門近くに係留していた草小舟グラスディンギーを見送るジーナロッテに船上からオルフェルが声を掛けた。


「いいか、ジーナロッテ。くれぐれも無理するなよ!それから、皮の分量欲張ると、瓶が手元で爆発するからな!ぜったい間違うなよ!」

「判ってるって!過保護ねぇ」


 どうもオルフェルは、ジーナロッテが人間化してからと言うもの、過保護なきらいがある。それが約束による責任感だとしても、それは自動人形オートマータであった時の事であり、もう無効としても良いものとジーナロッテは思っているのだが。

 そして、オルフェルの過保護をあまり良く思っていない者がここにはもう一人。


「ジーナロッテ。オルフェルがあなたをなぜそこまで気に掛けているのか、私には判らないけれど・・・・・・正直、じっくりと話を聞きたいところなんだけどね。今は時間が無いから行くわ。その代わり、ちゃんと無事で居てね!」

「別に対した理由はないけどね。でもまぁ、事が片付いたら予定どおり試練の迷宮に行くんでしょ?戻りを待ってるわ」


 シフォンが手を差し出し、二人が握手したところでミーナが声を掛けた。


「それじゃ、行ってくるね!向こうが片づいたらこっちに加勢に来るから!」


 帆が風を受け、草小舟グラスディンギーが滑るようにハギスフォートを離れていく。ジーナロッテは手を振って見送った。


“さてと、私の命を賭けてやれることがあるのなら、やってみせましょう!”


 ジーナロッテは踵を返してダムフレスの調合部屋に向かうのであった。


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