029 巫女鍛冶師と問題王子
もっと後に書くつもりだったのですが・・・・・・いろいろなストレスから一気に書けてしまった・・・・・・
ウォーヒルズ―
トルネスタン王国とラナート平原の中間に位置する丘陵地帯は、街道から眺める分には一件、のどかで牧歌的な光景だ。トルネスタン王国は苦心して街道沿いの森林を切り開き、街道から100マトルほどの範囲は牧草地帯となっている。
街道脇には森林を切り開いたときの伐採材を利用した柵が張り巡られ、牧草地帯には野生の牛や馬達が住み着いているのだ。
酪農をしている訳では無く、あくまでも野生のままにしており、柵も所々開け放たれている。動物達はここから自由に出入りするのだが、牧草地帯は草食動物達には過ごしやすく、牛や馬の他、羊やウサギも入り込み、さらにはその小動物を餌に野犬や狼が番犬代わりに住み着いている。
なぜトルネスタン王国が苦心して開墾し、そのくせ酪農を行っていないのかというと、そもそもこの牧草地帯は緩衝帯として作られたものだからだ。
古来より、この地域は巨人族の亜種であるトロール族や、人間と獣双方の特製を持つ闇の眷属ライカンスロープ種などが棲息しており、周辺のヒューム族と衝突していた。
街道沿いまで木々があったころには、旅人が森林に隠れ潜むそれらの怪物達に襲われる事が日常であったのである。
現在では、牧草地帯のおかげで怪物達が街道まで来る前に視認することが出来るし、草食動物が多く集まることから怪物達の飢えも満たされるのか、街道沿いの襲撃はほとんどない。
このほか、定期的な街道警備騎士の巡回や、丘陵地帯奥にある阿寺周辺に住む一族、闇狩人によるトロール達の間引きの効果もあり、街道の安全は比較的良好なのであるが。
それでもこの時代、一人旅の旅人というのはなかなか勇気がいる行動である。
晴天の下、遠目に灰色に見えるマントをかぶったその旅人は、護衛も付けず街道を東へ向かって歩いていた。場所はトルネスタン王国首都トルネアと、ラナエスト王国の西の玄関口アキネルの丁度中間の辺り。どちらに向かうにしても50ケリーほどの距離があり、徒歩では丸一日はかかるであろう。
そんなところを歩く旅人を見つけたのもまた、一頭の馬に乗った一人の旅人であった。頭にフードを被りその風体はまだ見えないが、左腰に一本の長剣をさしている。柄頭にルビーの象眼があり、鞘も白塗りに銀縁の豪奢な造りだ。
馬の腹に添えて鐙を踏むその足つきを見ると、おそらく男性であろう。
蹄を闊歩させながら次第に前方の旅人に近づいていくと、騎乗の旅人は警戒を招かぬようフードを外した。
黒髪の長髪、右目に皮の眼帯をした精悍な顔つきの若者は、前方の旅人に声を掛けた。
「おおい、そこのお方!」
張りのある明るい声だ。
呼びかけられた旅人は、歩みを止めて振り向く。こちらもフードを被っていたが、自分に声を掛けてきた男を見て多少警戒を解いたのか、フードを取り払った。
色白な綺麗な顔とまっすぐな黒髪を垂らした若い女性だ。切れ長な細い目をしている。大人びた顔立ちだが輪郭からすると意外と幼いのかもしれない感じだ。
女性に近づいていった騎乗の若者は、女性の手前で馬から降り、手綱を引いて近づいた。
「このようなところを一人旅なんて珍しくて声を掛けさせてもらった。見たところ東へ向かうようだが、良かったら一緒に行かないか?」
「私にとって貴方を信用する理由も情報もありませぬ。一人旅は慣れているので、どうぞお先にお進みください」
思ったより冷たい返事に若者は鼻白んだが。
「いやいや、女性ならなおさら一人にする訳にはいくまいよ。俺の名前はトリス。ラナエストの武闘祭見物に向かう冒険者だ。なんなら冒険者証も見せようか」
トリスはそう言って懐から冒険者ギルドの証明カード取り出した。ぎこちない様子の取り出し方に違和感があったが、取り出したカードを投げ渡してきたので、その違和感は女性の脳裏の片隅に追いやられた。
証明カードを他人に投げ渡すという、それ自体が不用心な行為ではあるのだが、そこはトリスが女性をある程度信用しているのか、なにかあってもすぐに取り戻せる自信があるのか。
信用を得るためには先に相手を信じなければならない。この若者がそれを自然と行っている事は好感が持てるが、同時にどっか世間知らずな感じする。となれば、この若者の正体は・・・・・・
「良いでしょう。貴方のことを信用しましょう。私はターニャと申します。ロンクー出身の鍛冶師です」
「ほう!あなたは鍛冶師なのか!とてもそうは見えないな。むしろ神官の類いかと思ったよ」
トリスがそういうのも無理も無い。ターニャの格好は、灰色のマントの下が白い東洋風の袖の広い衣服で、下側は緋色の袴と呼ばれる履き物であったからだ。腹部には銀地の幅広な帯を締めている。
「国では巫女鍛冶師と呼ばれていましたよ。神に奉納する道具を作る鍛冶師の家に生まれたのです」
「では、神事も取り扱うということかい?」
トリスの質問にうなづくターニャ。
立ち話も難なので、二人は移動することにした。トリスが騎乗し、ターニャを引き上げて後ろに座らせる。ターニャはトリスの背中にしがみついてきた。
背中に押しつけられる意外な感触に、神の采配に感謝するトリス。しかし、次の瞬間にはトリスは冷水を掛けられた気分になった。
「それでは、お願いしますね、トリス王子」
「え!?」
「トリスと名乗り、片眼に左手の義手、振るうのは名剣デュランダルと来ればそれはトルネスタンの勇者トリスタン王子ではないのですか?」
ターニャがくすりと笑いながらトリスの耳元で囁いた。
「片眼なのは偶然だよ。左手が義手だと言った覚えも無いぞ。剣だってただの剣だ」
「その左手、さっきカードを取り出すときの仕草が自然ではありませんでした。それに何よりもその剣。私には剣の声が聞こえるのですよ。デュランダルから自己紹介されたのです」
「そんな馬鹿な!?」
「デュランダルとは良い関係の用ですね。何事にも馬鹿が付くような男だがそこが気に入っていると言ってますよ」
「・・・・・・」
トリス、いや、トリスタン王子はもう、黙るしか無かった。お忍びどころかこっそりと城を抜け出してきたのだが、一人旅の旅人を気にして声を掛けたら正体がバレてしまうとは。
旅人相手なら正体はバレないかと踏んだのだが、まさか、剣の声を聞ける人間が居るなんて事も想定外だ。想定外だが。
「俺はトリスだ。あくまでもトリス、冒険者だ!」
「あの証明カードはお忍び用ですか?」
「ちゃんと冒険者ギルドで発行してもらった、正規の物だぞ」
「では、そういうことにしておきましょうか。ともかく、アキネルまでの同行、よろしくお願いします」
「別にラナエストまで一緒に行っても良いんだぜ?」
トリスはそう言いながら、馬足を速めた。これならば日が暮れる前にアキネルまで到着出来るであろう。
正体がバレてしまったとはいえ、せっかく知り合えた美人との二人旅、なんとかして同じ宿を取り、もっと親交を深めたいものだと思いつつ、トリスは馬を進めるのであった。
「王子!王子はおらぬのか!?」
セバース・ディアンは城内の廊下を歩きながらあちこちの衛士やメイドに声を荒げていた。彼の後ろには数人の衛士とメイドが付き従い、行き交う者達と情報を交換しているが。
「やはり、どこにもおりませぬ」
「武器庫からデュランダルも持ち出されております」
「馬房から一頭、姿が消えております」
「ええい!誰か手引きした者がいるのだろうが!その者に行き先を吐かせろ!」
「セバス、そこまでにしておけ」
荒ぶるセバース・ディアンに声を掛けたのはトルネスタン国王、ガロウド3世であった。壮年の偉丈夫であるが、4年前の戦争で捕虜となった際に身体のあちこちの腱を斬られ、もはや剣を握って戦場に出ることは叶わずと言われている。そのため、近々、王子に王位を譲るのでは?と噂されている国王だ。
「陛下!しかし、王子がまた授業を抜け出し、あまつさえデュランダルまで持ち出したとあっては!」
セバース・ディアンはトルネスタン王家の家庭教師であり、ガロウド王自身も昔、師事したことがある古株で、正直、ガロウド自身も苦手としている男ではあるのだが。
「ラナエスト武闘祭に忍んで行ったのだよ。ついでに妃捜しも兼ねてな」
「そんな安直な理由で勝手な行動を!陛下が手引きしたのですか!?下の者に示しが付きませぬぞ!」
「そう、怒るな・・・・・・あやつが本気になったら誰にも後は追えぬよ。俺にだけ告げていったのは心配掛けないよう配慮したのだ」
「そもそも一国の王子が気軽に出かけては駄目じゃ無いですか!」
「立場に左右されず本人の自由意志で嫁を探したいというのは自然なことであろう。正攻法では叶わぬ事だからこそ、こっそり出たのじゃ」
「そう言えば陛下も昔、同様の事をしてましたな!」
はてな、と嘘ぶいたガロウド王はメイド達を引き連れてその場を去ってしまった。
「くっ、そうとなれば儂もこうしてはおれん。しばらく暇をもらうぞ。儂もラナエストへ向かう!」
「セバース殿、騎士団からも人出を」
「いらぬ!トルネスタン騎士が出歩いていては王子の外出がバレてしまうわ!儂一人で行く!」
セバースは旅支度をすべく、自室へ向かった。
“これでは監視が外れてしまうでは無いか!あの放蕩王子にも困った者だ!なんとしても見つけなければ!”
実はトルネスタン王城ではセバースの思惑とは裏腹に、城内の者達は密かに王子を応援している。4年前に独力で王城を取り返した勇者王子。しかも普段から快活で人気があり、トリスタン王子は城内に支持者が圧倒的に多いのだ。妃捜しも成立すれば即位が現実化することもあり、さらには口うるさいセバースが城から居なくなるとなれば、皆がトリスタンを応援するのは当然なのであった。
急に寒気を感じたトリスは、身体をぶるるっと震わせた。
「どうしました?トリス?」
「いや、ちょっと寒気がしてな。きっと誰か悪い噂でもしてるんだろう」
「風邪でなければいいのですが。アキネルには温泉もあるそうですよ」
「そうだな。あれは暖まるし疲れも取れる。一緒にどうだい?」
途端に背後から冷ややかな気配がした。
「奉納武器の焼き入れをあなたの血で行って良いのであれば構いませんが」
「遠慮しときまっす!」
若干、背後の冷気が減ったことに安堵しつつも、ターニャとの掛け合いが楽しくて、国を出た甲斐があったと上機嫌なトリスタン王子であった。
お読み頂いてありがとうございます。
感想、評価、レビュー等頂けると嬉しいです。
PC環境がなかなか納得のいく物にならず(新環境のキーボードが合わなかったり、マウスの右クリックが反応遅かったり、↓キーが壊れたり・・・・・・)、外伝もままならずでストレスが溜まっていた折、書き始めたら今回はあっという間でした。
やはり私はこの作品が好きなようです^^;
外伝よりこちらを見に来てくれる人が今でも多くて少しでも報いたい事もあり、こちらの完結を解除します。
続きは申し訳ありませんが気長にお待ちください。




