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幕話05 イーズの誘惑

2015/12/27

修正加筆を行っています。

本編から幕間に移動させました。

 シャティル達がテオストラ露天鉱床とコボルド王国の冒険を終えて帰還した翌日の事。


 シャティル達は王城へ報告に向かい、ミスティはギルビーと共にトリントン商会から黄竜キャンツの宿る鉄鉱石を取り戻してきた後のことである。


 ミスティがギルビーと別れてからラナエスト市内を彷徨う事、二時間程―

道行く人に尋ねながら、ミスティは漸く、アイーシャ教の大聖堂に辿り着いていた。

 

 大聖堂と言いつつも、建築規模はこじんまりとした教会であり、ラナエスト管区ではアイーシャ教の勢力が弱いことが伺える。この規模の教会であれば、シュナイエン帝国内ではかなりの数の教会が乱立しているのだが、ラナエストではここ一箇所にしかないのだそうだ。


 大聖堂前の街路を清掃していた尼僧に話掛け、アイーシャ神の聖印のネックレスを見せて、旅の僧侶であり内陣で祈祷させて欲しいと言ったところ、了解を貰えたので扉から中に入る。


 真っ直ぐに正面奥まで伸びる身廊の先に、祈祷を行う内陣がある。ミスティはそこへ向かい、跪いて祈祷を始めた。

 祈祷によって信仰の力を神の御許に送り届けるのが、信徒の役割である。しかし、ミスティのそれは、祈祷とはほど遠い。


 強制されたとは言え、ダルスティンらの仲間にされ、その間に幾人もの命を救う事が出来なかった。シャティル達に救われて助かったものの、戦闘時に特に訳に立った覚えもなく、ナシュタイン戦に至ってはあろうことか邪神に操られて仲間を襲う始末。

 シュナイエン帝国へ生存情報が伝わる事を恐れて教会に寄らずに生活していた自分は、神職者として失格なんじゃないだろうかと不安になり。


 さらに・・・・・・自分のうちに芽生えた、とある気持ち。助けられた、優しくされたからという刷り込みに近い感情でしかないのだ、と思い込もうとしても、いつもシャティルの事を考えている自分が居る。シャティルが他の女性と接していると、どうしようもなく醜く嫉妬してしまう。

 これではまるで、欲望の神ラルーシャの信徒ではないか、とミスティは自分に幻滅しているのだ。


 これらが総じて、今のミスティはアイーシャ神に自分が見捨てられるのではないか、とか、アイーシャ神の僧侶として我が身が失格なのではないかとか考えてしまい、祈祷は祈祷ならず懺悔となってしまっているのである。そして、その間違いに気付かないほどにミスティは追い詰められていたのであった。


『私はどうしたらいのでしょう?私はこれからもアイーシャ様にお仕えすることが許されるのでしょうか?私はあの人に対する気持ちをどうすればいいのでしょうか?』


 そんなミスティの内面の吐露に神が答えるはずもなく・・・・・・ところが。


「慈愛の神の教えであれば、愛は与えるもの、相手から奪おうとすべきではない。無償の愛を貫く事こそアイーシャ神の教えだね。理屈では理解していても感情で認められないから君の心はぐちゃぐちゃなんだよ。たしかにそれじゃあ、信仰を失ってもおかしくはないね。この際、宗旨替えした方が良い」


 背後から突然声を掛けられ、驚くミスティ。その声は男女の区別がつかない中性的な声質で、なにか魅了される声音であった。また、その言葉も他人に知られるはずもないミスティの内面を言い当てていることに驚いて振り向くと、そこには、静かな佇まいの人物が立っていた。


 茶色地に青い意匠の法衣を身につけ、束ねられた黒い長髪が左肩から胸元まで垂れている。

 流麗な顔だ。男性とも女性ともとれそうな中世的な顔立ちで、伏し目がちな細長の切れ上がった目をしている。左腰には直剣が下げられており、さらに左手には分厚い書物が抱えられていた。


「あ、あなたは・・・・・・?それに、何故、私の事を知っているのですか?」


 相手の口元が僅かに綻んだ。


「神託を受けてきたのさ。ここに、ボクの運命に関わる人物が居るってね」

「運命?」

「ボクの名前はイーズ・ラナフィット。大地母神ミラナースの神官戦士で、ボクの能力は他人の思考が読める事。だから、君の心の内も見えてしまうんだ」

「そんなことって・・・・・・信じられません。何か、手品の種があるはずです!」

「ま、その辺の事は正直どうでもいい」


 イーズはポケットから銀鎖に繋がれた護符らしきものを取り出した。茶色の十字架だが、一般に知られているものとは違い、交点から四方へ伸びる棒状の部分は均等な長さで、端末部が四つ葉のような意匠で広がっている。その中央の交点には赤い宝石が表から裏まで貫通して埋まっていた。


 イーズはそれを無造作にミスティの首に掛けた。

 呆然とその所作に見とれていたミスティがハッと気づき、護符を手に取って銀鎖を首から外す。


「何をするんですかっ!?」

「人は本来、他者からの愛を受けて幸福感を得、自らの愛を受け入れて貰ってやはり幸福感を得る。それを知っているからこそ嫉妬心も生まれる。それ全て愛だよ」


 イーズは囁きながらミスティの顔を覗き込んだ。近づくイーズの表情にミスティはどきりとする。


「君は知っていたかい?ただひたすらに無償の愛を振るうだけのアイーシャの教えは実は、自らに従順かつ無償で愛という魔力を提供する信者を作るためだという事を。一方、欲望のままに人の愛を奪うのも、独占欲と享楽という魔力をラルーシャへ提供させるためだけだと言う事を。そもそも、アイーシャとラルーシャは姉妹神なのだよ」


 違う、そんな訳はない。アイーシャ神の教えは素晴らしく、その無償の愛のおかげでシュナイエン帝国には孤児院が多いのだ。身寄りのない子供は私も含めて、アイーシャ神に救われたのだ。それにアイーシャ神とラルーシャ神の姉妹説は帝国では異端説とされている。


「その帝国孤児院が、実は帝国の人材育成機関として、軍やその他の機関に人材提出している側面を持っている事は君だって知っているだろう?その中には、人体実験に使われた子もいるかも知れないんだよ?今のボクの台詞は君の心の中から引き出した嘘偽りのない情報だ。それに比べたらさぁ」


 イーズは憂いのある表情から一転、朗らかな笑顔を見せた。


「生きとし生けるものは皆、自然体で愛し愛されて生きる。時として嫉妬に狂い、時としてその愛に命を捧げようとも、それでも大多数では自然な営みの結果、新たな命が大地に満ちる。その生命力こそが大地母神ミラナースの力となり、同時に全ての生物に、自然な有様に恩寵を与えるのさ。一夫多妻も一妻多夫も認めているよ。君には一番相応しい神様だと思うけど、どうかな?」


 イーズの囁きは甘美な毒のように、じわりとミスティの心に染み込んできた。


「土着の宗教とは言っても、この世界を支える大地の母はミラナースなんだ。君にはアイーシャよりもミラナースの方が相応しい。気が向いたら、その護符を天頂の満月の光にさらしてご覧。君をミラナースの祠へ導いてくれるだろう」

「い、いりませんっ!お返ししますっ!」


 ミスティはそう言ってイーズに近づこうとしたが、イーズは微動だにしないように見えつつもミスティから距離を取った。

 歩いたそぶりもなく、まるで大地が水平に移動したかのような動きだ。

 呆気にとられたミスティを尻目に、今度こそ出口まで歩きだすイーズ。そして、扉に手を掛けながらイーズが振り向いた。


「ボクはしばらくこの街に居るし、武闘祭にも出るつもりだよ。君の中で見せて貰った剣匠のシャティル君、面白そうだね。手合わせしたいものだ。またそのうち会おう!」


 イーズはそう言って大聖堂を出て行った。


 一体何者なのか、何をしたいのか。私に宗旨替えをさせる!?


 左手に返しそびれた護符を握りしめたまま、ミスティは困惑していたが、不思議とその護符を投げ捨てる気にはなれなかった。

 とりあえず皆と合流して、怪しい人と会った事を報告しよう。武闘祭でシャティルの強敵になる人かも知れないし。


 ミスティは握りしめていた護符をローブの隠しポケットに仕舞い込み、集合場所の“暴風亭”に向かう事にした。


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