表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/73

幕話03 武具開発と品評会規定

2015/12/27

旧幕間話の「鍛冶事情」を一度本編に編集しましたが、やはり幕間話に戻しました。


 王都ラナエストは、ラナート平原を南北に流れるヨネス川東岸に沿うように、3ケリー(3km)四方の正方形の敷地に直径三ケリー、高さ15マトル(30m)の円形に連なる城壁をはめ込んだ構造をしている。


 街は主要街路なりに大きく4等分されており、そのうち北東の城壁よりにラナエスト魔法学院が位置し、その周辺区域は他の学校なども含めた学生街を形成している。また、城壁外側の四隅に当たる地域には植物園があり、魔法学院が管理しながら薬草や果実の育成と収穫を行っている。


 学生街の南側には隣接して娯楽街があり、学生達の息抜きや外部からの観光客、休養中の騎士団や冒険者など、様々な客で日夜賑わっており、ラナエスト名物の一つ、“飛金街コラウェイ”と呼ばれている。


 ラナエストに魔法学院(正確には前身の“賢者の塔”)が建立されたのは1500年程前。元々は遠く北方のウルスラント山脈に住まう氷帝竜“スフィル”が冬になると山から降りてきてラナート平原で狩猟する事があり、これによる被害を抑えるために、監視の役目で建てられたのだが、昨今ではそのような事は起こっておらず、氷帝竜の恐怖は、ラナエストではおとぎ話とされている。


 その日、ミーナ、シャティル、レティシア、ミスティの4人と猫(猫型自動人形)のクアンは、レディアネス・クレイドが所属するラナエスト魔法学院にやってきた。

 ギルビーとオルフェルの二人は既に中に入っているはずだ。


 魔法学院の正門は2マトルもある高い鉄柵に様々な曲線の意匠が施されており、柵の天辺には泥棒返しの尖った支柱が沢山並んでいる。


・・・所々に、様々な色の布きれが刺さったまま、風に旗めいているのが、不気味だ。


 もっと不気味なのは、両脇に立つ守護騎士ガーディアン。全身が重鎧の騎士であるが、中身が居ないのだ。魔法で動く鎧騎士なのである。


「レディアネス・クレイドと会う約束をしている」


 シャティルがそう言い、事前にレドに渡されていた杖のミニチュアデザインのバッジを示すと、ガーディアンは「しばしお待ちを」と言った。

 30秒ほどして、再びガーディアンが話し出す。


「レディアネス導師と確認が取れました。こちらからどうぞ」


 正門脇の通用門を開けて貰い、一行はそこから入る。ちなみに、クアンは首輪部分にバッジを付けており、既に何度も出入りしているがフリーパスらしい。

 それが、レドの手配の結果なのか、ガーディアンに相手にされていないのか、どちらかは判らないが。


 魔法学院の敷地に入ると、正門から玄関までは大きな石畳が続いており、左右の両脇には石灯籠が並び、その上に守護悪魔ガーゴイルが留まっている。


 ガーゴイルは古くから使われている石のゴーレムと、それを真似たただの石像と2種類あり、通常は石像であることが普通だ。果たして魔法学院のこれは動くのか否か・・・


 ミーナが気になって立ち止まり振り向いてみたが、ガーゴイルは犬のように両手両足を一箇所に近づけて石灯籠の上に座ったままだ。コウモリのような翼も閉じたまま。


『まぁ、本物でも侵入者排除が目的だから動くわけ無いか』


 そう思い、今の間に先に進んでしまったシャティル達に追いつこうと小走りになり、運悪く石畳につまづいて転びかけた。


『おっと!』

 咄嗟に腕をつかまれ、転ぶことが回避されたミーナ。


「あ、ありがと・・・」

 腕を掴んでくれた仲間にお礼を言おうとしたミーナは、固まった。


「お気を付けて」


 それは、石灯籠から飛び降りながら腕を取ってニヤリと笑う、ガーゴイルだった。



 学院の校舎内に入ってからは、クアンの先導で進み、やがてレドの部屋に辿り着いた。

 シャティルがノックすると、ドアが勝手に開く。


 そこが、ラナエスト魔法学院きっての大天才、史上最年少導師と呼ばれる、レディアネス・クレイドの部屋だった。


 6マトル四方の部屋の中央に丸テーブルがあり、その周辺に所狭しと背の低い本棚やチェストが置かれている。窓際にはベッドと机、その脇には木の枝のような外套掛けがあり、レドが外出時に使っている暗緑色のひしゃげた鍔広帽が掛かっていた。窓がない壁は本棚と整理棚だらけになっており、奥に続く扉が一枚ある。


 丸テーブルには、レド、ギルビー、オルフェルの他、二人のヒュームの男が居た。

 一人は短髪で眉毛が太いのが印象的な柔和な顔、もう一人は細面の神経質そうな細目の顔で、二人とも顔の割に身体が大きくがっしりしている。


 レドに案内されて室内に入った一行は、丸テーブルにミーナとミスティ、机前の椅子にレティシア、ベッドにシャティルとクアン、というように分散して、腰を降ろした。

 レドが初見の二人を紹介する。


「こちらは、鍛冶師のシンガとエベラード。シンガは現五本指の一人、セキテツさんの弟子で、エベラードは同じく五本指のトリントン武具店に勤めている。二人とも腕の良い鍛冶師だよ」


 一同は互いに自己紹介を交わした。それによると、シンガとエベラードは幼なじみで28歳。レドがこれまで道具を作成する際に鍛冶技術を教えて貰ったり、逆に魔法付与の技術を教えたりしている間柄で、特にシンガは“刀鍛冶”でもある。


 元々、剣聖ゴードがシャティルの刀の作成をお願いしようとしていたのは五本指で旧知のセキテツであったが、セキテツが怪我により今は槌が持てないことから、シンガに刀を作成してもらうことで決まっているらしい。ただし、材料が無くてすぐには無理なのだそうだが。

 一方、エベラードの方と言えば、同じ鍛冶師でも大分傾向が違うらしく、今日はむしろエベラードが主体の話なのだそうだ。


「エベラードはどちらかというと精密な加工が得意でね。前にミーナに相談されていた、飛び道具の件で相談していたんだ」

「あ~!あのことか!」


 ミーナが以前愚痴っていた、クロスボウをもっとコンパクトに出来ないかという相談だ。


 レドが部屋の奥から持ってきてテーブルの上に置いたのは、何か丸い部品が沢山付いた弓幅が小さなクロスボウと、1アルムスもない円筒に剣の柄を付けてカブトムシの角をいくつか付けたような見たことのない道具だった。


「クロスボウを改良してコンパクトに、と試作した結果がこれだ。中身の細かな部品はエベラードに作ってもらった」


 それは、大小様々な円盤が10個も付いていて、弦が前後左右に行ったり来たりしており、説明によるとそれで弦張りに必要な長さを稼いでいるんだそうだ。

 ご丁寧に、矢を撃った反動でクロスボウ上部がスライドし、矢の自動装填までが可能ならしい。


「ただ、この武器は思ったより小型化できなかった、と言うことと、この仕組みは大きくしたらシナギー族以外でも使えるので、あまりミーナの要請に応えられた気がしないんだよなぁ」

「むしろ大型化して対巨人向けとかの大型クロスボウにしたほうがいいかもしれませんね」


 エベラードは既に大型化した物を造り始めているらしい。近年では戦争が滅多にないが、東方の城塞都市ハギスフォートはジャイアント・ヒルズから来襲する巨人に備えた拠点であることから、上手くいけばそちらに売り込みが出来そうだとの事であった。


「と、言うわけで次がこれだ」


 レドは続いて円筒に柄を付けた道具を取り上げた。カブトムシの角のようなものは、撃鉄と引き金と言うらしい。考えて見れば、似たようなもっと単純化された構造はクロスボウにも付いていた。


「この武器は“銃”と言う。撃鉄を起こすと、中で便利たいまつと同じように火が起こる。それを触媒にして、引き金を引くと炎の矢が発射される仕組みだ。小さくまとめるために魔法から命中に関する部分は外さざるを得なかったが、逆に小さな飛び道具としては上手く出来たと思う」

「何発撃てるの?」

「普通の魔法と違ってゲートは開けないので、使用者の精神魔力マインドマナと触媒の炎のマナを使う。柄頭からオイルを補充出来るけど、ミーナの魔力基準でおそらく50発くらい。オイル自体は撃鉄を起こす時間にもよるけど五千発くらいかな」


 レドの説明にミーナは感心した。これならば身体の小さな自分でも取り扱い出来そうだ。


「魔法の演習場があるからそこで試し打ちしてみるかい?」


 一も二もなく賛同するミーナであった。


 演習場は魔法学院の敷地内にある運動場の隣にあった。50マトルほど離れた先に円形の的が置いてあり、一人につき1マトルの幅で空間が区切られている。同時に10人が魔法の練習が出来るようだ。


 ミーナは銃を構える。クロスボウと同様に左手で本体を支え、筒先の水晶を覗き見ると、遠くの物が近くに見える。「遠隔視」の魔法が掛かっているらしい。これで狙いを付けて、右手で引き金を引く。


“シュッ!”


 筒先から炎の矢が発射され、狙い過たず的の中心を貫いた。続けて撃鉄を起こし引き金を引く動作を繰り返すと、二発目、三発目と的に命中していく。命中した炎の矢はすぐには消えず、その炎で着矢地点とその周囲を燃やしている。


「どうだい?感想は?」

「撃鉄を起こす度に照準がぶれるのよ。引き金を引くだけで連発できればなお良いわね。それと、武器としては強力だけど、私は使えないわ」

「どうして?!」


 まさか全否定されるとは思っていなかった為、レドは驚いてミーナに訪ねた。


森守レンジャーの私が、森が火事になるような武器使うわけにはいかないし、そもそも、これで狩りをしたら獲物がみんな丸焼けなっちゃうわよ」


 そこまで気が付かなかった、とレドは頭を抱え込んだ。そんなレドを尻目にエベラードが言う。


「気に入って頂けなかったのは残念ですが、新しい武器の概念として非常に興味深い物を見せて貰いました。手伝った甲斐があったものです」


 エベラードがシンガに向き直る。


「シンガ、俺はこの銃を基本にしたものを今回の品評会用に造ることに決めたぞ」

「そうか・・・しかし、今のトリントンじゃ、お前の個人参加申請(エントリー)を許可しないのではなかったか?」

「だろうな・・・店はやめることになると思うよ。その時は、お前のとこの工房貸して貰いたいのだが」

「ううむ・・・師匠は今回の品評会規定に反発して、俺のエントリーすら認めてくれないからなぁ・・・そこの説得から始めなければならん」

「その、品評会規定というのは従来のものと変わったのか?一体どんな風に?」


オルフェルが訪ねると、シンガ、エベラード、ギルビーが互いに補足しながら説明を始めた。


 ラナエスト武具品評会(コンテスト)は4年に一度、武闘祭開催と同時に開かれる装備品の優劣を競うコンテストだ。


 参加者は装備品を一品提出すると、武闘祭予選期間中に審査される。

 審査員は王室から一人、ヴァルフィン神殿から姫巫女、品評会を運営する開発大臣、騎士団長、副騎士団長、魔導団長、魔法学院院長、現五本指の5人の12人の他、武闘祭本戦出場予定に決まる8人を含めて総勢20人になる。


 審査員の関係から、武闘祭予選終了後に審査され、優れた作品として上位10作品が武闘祭本戦の間、ヴァルフィン神殿に展示される。

 また、その際に武闘祭本戦出場者が望めば、展示品から一品を借りて本戦で使う事も可能であり、これはその武具と開発者の知名度が一気に上がる仕掛けだ。

 そのため、品評会参加者は、武闘祭参加者に武闘祭で自分の武器を使って貰うよう働きかけ、同時にその支援者パトロンになるケースも多々発生する。


 品評会の上位5名はそれ以降次の品評会までの4年間、“五本指”の称号と看板の使用が認められ、毎年の給金として300万コトス支給される。

 一方、毎年2品の武具の献上が義務づけられており、生活費と武具材料費、開発費や職人の雇用費を考えると、300万コトスというのは決して余裕のある給金ではない。


 今回、新たに規定改正となったのは、給金が1000万コトスに跳ね上がり、その代わり、献上義務が年間10品となったこと。


 これが今、ラナエストの鍛冶業界では大問題になっている。実質一品当たりの給金額が下がっており、さらにこの本数は、個人経営をしている鍛冶師に対して粗製濫造しなければノルマを果たせない数量なのだ。武具一つの準備・技術開発・作成に良い物であれば2ヶ月は掛かる。新しい技術を開発しないで量産品を作成するか、職人を大量に抱え込んで経営規模を拡大しない限り、この新規定に対応することは難しい。


 一方的な大手贔屓の規定であり、技術開発を行う余裕がなくなることから個人経営潰しだという職人堅気な鍛冶師達の反発。

 武具の製造販売・輸出拡大と、時代は武具の量産化を求められており、鍛冶師は大型商店化していくべきだ、と言う開発大臣や大手商会達の主張。


 国王は今回の新規定反対派であったようだが、実際に新規定でも対応可能な鍛冶師がおり、武具産業の具体的な将来見通し数量や国庫の収支などが示されると、規定改定を飲まざるを得なかったと鍛冶ギルドでは聞いている。


 それに加え、テオストラ鉱山の鉱石供給停止という問題が拍車を掛け、一部職人の品評会ボイコットやギルド離脱などがにわかにささやかれ始めているのだ。


「そんな訳でセキテツ師匠は次の品評会に出るつもりがないし、俺にも出ることを許してくれないんですよ」


 そんな背景があったのかとオルフェル含め、シャティル達は納得した。


「俺、この品評会で表彰されたら、サニアと結婚するつもりでいたんだけどなぁ・・・」

「その代わり、そこのシャティル君の刀を立派な物造って認めて貰えばいいじゃないか」

「それで認めてくれればいいが・・・いずれにしても鉱石だ。それと、乾留石炭コークスもそろそろ足りなくなりそうだ」


 二人の会話を聞いていたレドは、そろそろテオストラ鉱山の問題に本腰を入れざるを得ないと考えていた。鉱石の枯渇というのは本当なのか、また、最近では幽霊騒ぎも聞こえてきている。


学院長じいさんと話し合って王宮の情報を入手するか』


 レドは調査準備を始める決意をしたが、同時に溯って先ほどの失敗を反省しなければならなかった。


『次に出かける前にミーナの武器の問題はなんとかしないとな。やはり魔法の銃に撃鉄は要らなかったか・・・エベラードの刺激になっただけ良しとするか』


 この時はテオストラ露天鉱床の問題が、直接自分達で解決することになるとは、レド達は思いも寄らなかったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ