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幕話01 3人の自重しない職人達

2015/12/27

全体編集により、修正加筆を行っています。

 王都ラナエスト-人口6万人が住む、中原の大都市。

 

 市内は東西南北を走る主要街路によって大きく四分割されており、そのうちの北西区画の南側四分の一区画が工房街を成している。


 その日、シナギー族のミーナは、工房街にあるドワーフのギルビーの家に招かれていた。

 旧鉱山の冒険を終え、ラナエストに戻ってから3日目の事である。


 シナギー族のゲストハウスに宿泊しているミーナは、一緒に泊まっているミスティ、レティシア、そして猫のクアンと一緒に、歩いていた。


 ゲストハウスは南大通り沿いの南門近くにあり、そこから北上すること1.5ケリー歩くと中央噴水広場がある。

 広場回りは四方の大通りが合流する回転流式交差点となっており、沢山の人や荷馬車がひっきりなしに時計回りに流れては再び四方に散って行く。

 その周辺の大通りは四方ともにそれぞれ特色ある大規模な市場を形成しており、特に西側の大通りは武器や防具、道具がずらりと並んだ見本市のような光景だ。


「メイス~、メイスいかがっすかぁ~~!」

「槍が安いよ~!今日は槍がお買い得だよ~!」

「らっしゃい!らっしゃい!今なら長柄戦斧ハルバードが5万コトスポッキリ!値段はポッキリでも折れないから安心しな~!」


「な、何です?野菜でも売るかのようなこの呼びかけは?」


 ミスティが初めて見る光景に驚いている。


「ラナエスト名物だね~。この道具市場は。見て回るだけでも結構楽しいよ」


 ミーナの説明に、レティシアとクアンも興味深そうに辺りを見渡していた。

 ミーナは草小舟を使って何度も買い出しや運送の仕事をしているので、この辺も初見ではない。しかし、そんなミーナもこれまでじっくりと西大通り市場を見たことは無かったため、目新しいものや面白いものが沢山見られて好奇心旺盛なシナギー族としては上機嫌であった。


 しかし、そこはミーナである。だんだんと突っ込みせずにはいられないくらい、この市場の商人は様々な連中がいた。


「短剣はどうだい?護身用から暗殺用まで何でもあるよ~!」


 そんな目立つ呼びかけで暗殺用が買えるか-!


「男は黙ってハンマー!」


 既に黙ってないですけどー!


「3Lサイズ婦人用レザーアーマー入荷しましたー!そこのお嬢さん如何ですか~!」


 どうせヒュームサイズじゃん!・・・・・・当てつけか!


 ミスティが呼び込みに捕まって断れないでいる間、最初はやせ我慢していたミーナもつい本音がでたり。


 レティシアはふと、陳列棚にある短剣に目を止めた。

柄、鍔、鞘が銀の派手な装飾で、鍔元と剣身の交差位置に赤い宝石が埋め込まれている。

 儀礼用の祝福された聖剣(クリス・ナイフ)だ。良く見ると宝石の周囲の象眼台座に「STR+1」と刻まれている。値段は80万コトス。隣の同サイズの普通のナイフが5万コトスなので、ものすごい価格差だ。

 見ているとミーナも傍らに来て覗いてきた。


「へぇ~!たっかいね~!さすがはSTR+1!」

「あの・・・STR+1って?」

「ん!レティシアの記憶にはないのね?」

「うん・・・」

「それはね・・・・・・そういや、私もよく知らないや。魔法で腕力がアップするとしか」


 笑って誤魔化すミーナに、愛想笑いするしかないレティシア。


「ま、まぁこういうのは、これから会う連中のほうが詳しいでしょ!さ、いこいこ!」


 そう言ってミーナはその場を誤魔化し、レティシアの背中を押した。


「ミスティ!遅れちゃうから行くわよ!」


 ミーナの助け船に、ミスティもどうにか店員の誘いを断れたので3人で店を出た。


 中央噴水広場を左に曲がり、今度は西大通りを一ケリー程行くと、北へ折れる補助街路が現れる。右折してこの補助街路へ入ると、ここから0.3ケリー程の区間が、通称“工房街”だ。


 西大通りの市場にも様々な武具や道具が売られているが、この工房街はそのうちラナエスト産の供給源であり、一見すると露天形式の店舗はない。どちらかというと、一見さんお断りに近い雰囲気を醸し出す路地であり、ここが工房街を示すのは、各家々(店舗ではない)の玄関に掛かっている看板と、どこかから時折聞こえてくる槌音、そして金属加工場特有の、金属や薬品独特の臭いがすることだ。


 案内の地図の通り歩くと、そこがどうやらギルビーの工房兼住居のようだった。白っぽい風化岩の趣のある煉瓦調の外壁だ。


 幅6マトルの敷地のうち、向かって左側1マトルは敷石がしいてあって、どうやら裏庭に回る通路らしい。残り5マトルが建物で、奥行きはざっと12マトルの長細い敷地だ。


 敷石のある通路の角に建物への採光にも工夫された入り口がある。ドア上部に掛かっている看板はもしかした彫金師ギルビーの手作りなのかもしれない。

 草木をモチーフにした繊細な装飾が施された中に、“ギルビー装飾店”と表示されていた


 ドアを開けると、階段を二段あがってそこは応接用スペースとなっていた。

 入り口から入って向かいの壁にはネックレスやアンクレット、短剣等の展示されたショーケース。

 アンティークテーブルの上にも指輪やイヤリングを飾った格子状のショーケースが並んでおり、彫金師の工房であることを伺わせるインテリアだ。

 応接スペースの奥は、ローチェストで下部空間だけ間仕切りされており、その次のエリアには耐火煉瓦と思われる素材で造られた、大きなドーム状の高炉がある。

 そのさらに奥にリビングやキッチンなどが配置されて、奥の庭に面した窓からも陽光が差している。リビングには見知った顔が揃っていた。


「おう!良く来たな!ささ、上がってくれい!」


 ギルビーが好々爺のごとくニッコリとして声を掛けてきた。

『まだ30代じゃなかったっけ?』

 ふとそんなことを気にしつつ、上がらせて貰う。


 リビングにはオルフェル、レド、シャティルが待っていた。ミーナ達が座るのを待って、シャティルが話し出す。


「さて、今日集まって貰ったのは、この前の旧鉱山の冒険の戦利品の精算について、だ」


 戦利品なんてあったっけ?とミーナは不思議に思ったが・・・

 シャティルはおそらく足下に置いていたのであろう、麻袋を二つ、テーブル上にズシンと置いた。


「これは、クァーツェの回りにあった、まん丸い石を売った報酬なんだ」

「あれ!持ってきてたの?いつの間に・・・」

「一応、念のため、集められるだけ集めて20個持ってきてた。で、あれがどうも魔法の触媒に使えたらしくてな」


ミーナが呆れたがシャティルは笑顔だ。レドがポシェットから“回転する自立球”を取り出しながら言う。


「俺が使ってる“回転する自立球”と同じ性質の魔力元素マナを持っていることが判明したんだ。もっとも、こちらは使うと目減りして最後には消失するんだけどな。この触媒性質は極めて貴重で、俺が使った「斥力壁」は使いたくても使えない、魔法使い垂涎の魔法なんだよ。そのおかげで、この石は1個10万コトスで学院に買い取ってもらえた。」

「10万!?・・・すごい!」

「10万って・・・どれくらいの価値なの?」

「一般庶民が1カ月遊んで暮らせるくらいかな」

 

 驚くミーナに訪ねたレティシアもなるほど、と納得する。


「魔法学院ではこっそり冒険者を雇って、回収に行かせるようだよ」

「それってずるくない?」

「今回の1個10万が破格なだけで、実際には1万の価値があるか無いかだよ。これ造るのにそれくらいしか掛かってないもの」


 自立球を持ち上げて見せるレド。


「でも、そのレシピは公開しないんでしょ?」

「ああ。戦闘時のアドバンテージだからな。こいつももう少し装飾して機構を隠してもっと高尚にみせなきゃな」


 レドはミーナにニヤリとしてみせた。


「話を戻して、こいつを分配するんだが、ギルビーとオルフェルは鉱山で鉱石が手に入ったのでそれでいいと言っている。なので、5人で分配して一人頭40万コトスってとこだ」


 シャティルは金貨を40枚ずつ仕分けした。ちなみに金貨1枚は1万コトスもしくは銀貨100枚相当である。


「まってください!私は助けられた方で、こんなお金は頂けません」

「僕もまったく同じだよ。このお金は受け取れないよ」

 

 ミスティとレティシアが言い出した。男性陣は顔を見交わした。


「私はシャティルの案で賛成よ。二人とも、これから初めての土地で色々必要になるんだから貰っておきなさい」


 ミーナがそう言っても納得しない表情をしている二人。

 すると、今まで黙っていたクアンが話し出した。


「それなら二人とも、20万はありがたく貰った上で、それぞれ20万ずつ、レドに渡してあげて。レドは二人の装備の新調も兼ねて、色々と物入りなんだ」


 そういうことなら、と二人は合わせて40万コトスをレドに差し出した。


「別に俺としては無くても良かったんだが・・・そうだな、それならこの分、これから準備する装備品に使わせて貰おうか」

 

 レドはそう言って素直に貨幣を受け取った。


「それでだ、今日はもう一つ」


 シャティルがそういうと、オルフェルが紫の風呂敷に包んだものを取り出した。


「こいつのお代で俺はギルビーに10万、オルフェルに15万、レドに15万払わなければならない」


 シャティルはそう言って、自分の目の前の40枚の金貨を崩して分配した。


「これでゼロ!」

「後は借金か?」

「そのうち稼ぎに行ってくるよ・・・」


 面白そうに言うレドに、諦めた表情でシャティルが返した。

 一方、ミーナ達女性陣は今のやりとりの意味が判らず。


「いったい、どういうことなの?」


 ミーナが問うと、シャティルは紫の包みから一つのものを取り出してミーナの目の前に置いた。


 それは、見たこともない形をした、鉈だった。


 柄の長さは0.5アルムスほどで黒檀エボニーで出来ている。握りにはオレンジ色の紐が滑り止めに巻かれており、刃な緑掛かった黒。

 刃先と峰が若干ふくらんでおり胴体部分が若干薄い。柄頭には銀の象眼台座に赤い宝石が埋まっている。


 象眼台座には「STR+2」と掘ってあった。


「鉈の代わりだよ。ラナエストでは今、鉱石不足で中々良いものが売って無くてな、3人に頼んで作ってもらったんだが・・・・・・こいつら自重しやがらねぇ」


 シャティルは悔しそうに俯いた。だがすぐに顔を上げてぶち切れる。


「なぁ~にが、「色々試したいこともあるし一石二鳥だ」だよ!やりすぎだっつーの!」


 シャティルの剣幕を笑い飛ばすギルビー、オルフェル、レドの3人。

 きょとん、としたミーナに、オルフェルが説明を開始した。


「落盤跡から持ってきたインゴットがあっただろう。レドの魔法の鞄にいれてもらった奴が」


「うん」


「あれを使って鉈を造ったのさ。ミーナでも扱いやすいように、引き戻し(テイクバック)振り下ろし(スマッシュ)が楽なよう、刃の肉厚を変えて重心位置の調整がしてある。柄は、手持ちの木材使っただけだったんだが・・・」


「そこに、どうせなら、とワシが手持ちの宝石を提供し、台座を仕込んだのじゃ」


「で、さらに、俺が、宝石に「魔力付与」の魔法と「永続効果」の魔法を掛けたところ、ギルビーの宝石カットの腕が良いものだから、相乗効果でなんとSTR+2がついちゃった」


 呆然とするミーナ。


「さらに、その持ち手に使ってる紐はヒポグリフの尾だ。キーワード“ラクリマ”で装備者の魔力を消費して風刃の魔法を発動出来る。」


「・・・それって、とんでもない仕上がりじゃないの!」


「売れば500万はくだらんなぁ」


「そんな訳で、シャティルには予想外の出費だったが、それでも普通に買うよりはずっと安いし、俺たちも職人の腕が振るえてさっぱりしたのさ」


 ミーナは、ようやく、シャティルの嘆きと事態の異常さが理解できた。


 事もあろうに、この3人は、自分が弁償してもらう予定の1本5万もしない鉈に、100倍の価値の国宝級の能力を付加してのけ、さらに予定外のお代をシャティルに請求したのだ。


「ところで、STR+の“プラス”ってどういう意味なの?」


 レティシアが疑問を口にした。それに対してレドが答える。


「大体+1一つにつき、ある程度目に見える程度の能力底上げと言われているけど、感覚的な物差ししかないから、その上昇率は定かではないんだ。ただし、筋力だけは大体の指標がある。米の収穫用の小袋一つ10kg、これが目安だ。この鉈は+2なので20kg相当分まで筋力強化される。なのでミーナがこれを装備すると、10kgの米の小袋を持つ感覚で、30kgの米袋を持てるってことだ」


「・・・・・・なんか・・・・・・絵にすると面白そう」

「しなくてよろしい!」


 ミーナはレティシアにぴしゃりと言うと、少し心を落ち着けた。


 決して、彼らに悪気は無いのだ。問題は、シャティルの支払いが少し可哀想なのと、あまりにも立派過ぎて、普段装備して歩くと目立ちそうなことで。

 それに、今気がついた。たぶん、シャティルへの請求以上に、3人とも自腹を切っているのではないだろうか。


「ねぇ・・・・・・鞘と、それから柄頭に普段被せるキャップのようなものを用意出来ないかしら。それならば、私も普段から装備できると思う」


「キャップは鞘と紐でつないでおけばいいだろうな。うん、それくらいならすぐだよ」


「それじゃオルフェル、それをお願い。それで・・・・・・ギルビー、オルフェル、レド、あなた達も大分持ち出しが有ったのでしょう?・・・・・・どうも、ありがとうね。大事にするよ」


 ミーナは深々と頭を下げた。


「シャティルも、ありがとうね。確かに、代わりの鉈を頂きました」

「いいってことよ。さっきまでのは半分は冗談だ。やっぱり良いものプレゼントしたかったしな。コトスなら、魔物退治でもしてくればすぐ稼げるしね」

「半分なんですか?」


 ミスティの質問に、苦しげな表情をするシャティル。


「まだレドとミスティの杖、それに宴会コースが残っている・・・早く、刀手に入れないとなぁ・・・借金が増えそうだ」

「ま、心配しなくても、お代は身体で払って貰うから」


 レドがさらっと言ってのけ、シャティルがため息を吐く。そこへ、話題を変えようとオルフェルがミーナに質問をした。


「その鉈には銘を付けるのかい?」

「そうね・・・剣匠泣かせの鉈、と行きたいところだけど、シナギー領でみんなと出会ったことを記念して」


 ミーナは直感で名前を決めた。


緑風の鉈(グルウィン・ベイル)にする」


 後に、シナギー族の国宝となる1本の鉈は、こうして誕生したのであった。



【後書き】

幕間劇を書いてみました。

王都ラナエストの雰囲気を少しでも感じてもらえればなぁ、と思っています。


ブクマ、感想、評価など頂けると嬉しいです。


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