026 冒険者ジーナロッテ
2015/12/27
修正加筆を行っています。
冒険者ギルド―
ラナート平原周辺の国家、ラナエスト、トルネスタン、ロンクー、そして東に離れたオウカヤーシュ。これらの国家間で認可された、互助組合である。
元々は農業、工業、商業と行った一般産業で何かしらの理由により食べていけなくなった人々の受け皿として発足しており、戦争難民や解雇された傭兵や騎士など、戦闘力のあるもの、もしくは身体一つしか資産のないものが身を立てることが出来るよう、設立された組織だ。
既に何百年も前から存在しており、その設立年次や初期の出資者等を知るものは居ない。しかしながら当たり前のように存在し受け入れられている、そんな組織である。
冒険者ギルドは現在では、一攫千金を夢見る冒険者達を取り仕切り、後ろ盾を失った国家離脱者へ身分証明を与え、依頼を受け付けて対応者を手配する人材派遣、魔物退治や旅行者の護衛といった警備、国営施設管理の外部委託、と言った役割を果たしている。
そのため、ギルド加入者はラナエストの試練の迷宮で実力を計り、ランク分けされた評価を身分証明証に記載し、ギルド発注の依頼の難易度と自分の実力を比べる事が出来るようになっている。なお、加入登録だけは簡単にできるが、初期ランクは1から開始、試練の迷宮10層踏破毎にランクが増えていく形式だ。一人前の冒険者と言われる中級のランクは50層踏破後のランク6から、凄腕と言われる上級のランクは100層踏破後のランク11からとされている。
ラナエストの冒険者ギルド本部であり、食堂兼宿屋でもある“暴風亭”は、中央噴水広場から南西側、大通りに面した角地という絶好の立地条件にあった。
非常に規模の大きな建物で、その偉容は地上三階建て、地下二階のもはや中規模な城である。実際に、有事の際には東西南北の小城と連動し、中央に侵入した外敵に備えた出城の役目も求められているのだ。いわば民兵用の拠点である。
ラナエストに来てからのゴードとシャティルは冒険者ギルドの宿泊棟に長期滞在しているのだが、これまでは内密な活動が多い為に魔法学院のレドの私室か工房街のギルビーの自宅を集合場所にすることが多かった。しかし今回は、テオストラ問題に一区切りつきそうだと言う事で、今晩、各々が用事を済ませた後にギルド食堂“暴風亭”に集合して、祝賀会を開くことにしている。
しかし、祝賀会の予定時刻よりかなり早い時間であるが、冒険者ギルドにはオルフェルとジーナロッテが居た。
ナシュタインの悪戯により人の身となったジーナロッテは、冒険者ギルドに登録して冒険者として身を立てる事にしたのである。
費用はシャティル持ちで女性陣により仕立てられたジーナロッテの装備は、オリーブ色のアンダータイツの上下に、下半身は動きやすい深緑色の膝上カーゴパンツ、その上に腰ベルトから下がった同色ソフトレザーの直垂防護を施し、上半身は同じく深緑色のソフトレザーの胸当てを装着し、その上から同色の袖無しベストを着込んでいる。
腕当てと脛当ては深緑のソフトレザー製で、黒のソフトブーツに深緑のターバンと言った出で立ちだ。
極力目立ちにくく、闇に溶ける系統色の動きやすい軽装を主眼としており、武器は二本の短剣と鞭を腰周りに装備し、身体の各所に投てき用の鉄針を配置している。
盗賊や暗殺者に近い軽装が主眼の仕立てであったのだが、ジーナロッテは実際に盗賊の持つ鍵開けや罠の取り扱いの技術が仕込まれていたらしい。その上で戦闘技術は短剣、投てき、格闘と習得しており、冒険者ギルドには軽戦士兼罠師で登録申請した。
身分証明証の発行待ちの間、ジーナロッテは上機嫌で椅子に座りながら両足をぶらぶらさせており、一方、その様子を見ているオルフェルの表情は浮かない。
「なぁ、ジーナロッテ。本当に冒険者になるのか?約束通り、俺達はお前を保護するし、いずれはコルムスの元に連れて行くんだぞ?」
「こんな身体になった以上、レドの自動人形っていう最初の設定はもう使えないでしょう。それにね」
ジーナロッテはオルフェルの顔を見つめて言った。
「作られた存在は、生身の生命に憧れる部分が必ずあると思うわ。私も、決して不満が有った訳じゃないけど、今こうしてると、やっぱり自分にもそういう部分が有ったって判るの。この命と身体でどう生きられるんだろうか、どんなことが出来るんだろうかって、結構ドキドキしてる。こんな感覚は、以前は得られなかったものよ」
そういったジーナロッテの表情が、今度はぐしゃりと泣きそうに歪んだ。
「だからこそ、命令があったとは言え、命を簡単に奪っていた事がどんなに罪深い事か・・・・・・心で感じるの。罪の意識に心が鷲づかみにされるような・・・・・・命は、持った瞬間に神々の支配下になるのかしら。作りものだった私が、こんな風な心を持つなんて・・・・・・だから、命を賭けた生き方をしてみたい。コルムス様に会うのはそれからにしたいの」
俯くジーナロッテに、オルフェルは何も言えなくなってしまった。
彼女を守ると言ったのは、単なる、敵であった自動人形との駆け引きであったはずだ。
さらに、コルムスの作ということで興味も沸いたし、彼に再会する為の大事な手がかりという打算的な考えもあった。
しかし、今やオルフェルの内にある気持ちは、言い難いものだ。
何故だろう?ジーナロッテを放っておきたくない。しっかり守らなければという気になっている。まさか、惚れたのか?この俺が。エルフの俺が、元作り物の、ナシュタインの悪戯によって生まれた存在を気に掛けるだと?
いや、コルムスの作品だからだ。俺の左腕と同じ製作者の作品だからこその同情?きっとそうだろう。俺は、ジーナロッテを連れてコルムスの元へ行かなければならない。その時まで守るのは俺にとって当然な事。
「判った。そこまで言うなら冒険者になることを止めはしない。しかし一人では行動するなよ。ミーナに頼んでシナギーのゲストハウスに泊めさせて貰おう。そして彼女らと一緒に行動をするんだ。俺も、手伝える事があれば手伝おう」
「別に手伝いなんていらないわ。それにあなたは、これからシャティルの防具造りで忙しくなるんじゃないの?」
「それはそれだ。そもそも、素材集めに色々動く必要はあるんだよ」
「それなら、ギルドに依頼を出して貰えば、受注してお仕事してきますけども」
すまし顔で言うジーナロッテに、オルフェルはどうにも調子が狂うのであった。
やがて、身分証明証が発行され、ジーナロッテはそれを手にまじまじと見つめた。
冒険者として登録されたということは、公的に人間として存在が認められたと言う事。
ナシュタインに与えられたこの命は、正直いつまで保たれるのか判らない。自分が奪ってしまった命はもう帰らないけれど、自分の命の終わりが来るいつかその日まで、精一杯生きてみよう。良かれ悪しかれ、それが自分の責任の取り方だ。ジーナロッテはそう心に誓うのであった。
夕暮れ時になり、冒険者ギルドへの人の出入りは激しくなってくる。探索を終えて帰ってきた冒険者、長旅の末に漸くラナエストに辿り着いた旅人、夕食のために立ち寄る者等がひっきりなしに出入りし、ギルドの受付カウンターは混雑している。
オルフェルとジーナロッテは仲間が全員が揃うまでの間、冒険者ギルドの待合広間の一角に腰を落ち着け、手持ちぶさたに受付カウンターに並んでいる人々を眺めていた。
茶色のベストに短剣を腰に差した男や群青色のマントを着た軽装の男性は特に大きな武器も荷物も見えず、軽戦士か盗賊だろうか。白色のマントとターバンに両手大剣を背負った男は見るからに風格のある戦士だ。深紅の金属鎧と盾を装備した整った顔立ちの男は何処かの騎士であろう。山から降りてきたばかりというような、手入れのされていない長髪と顎髭に毛皮の短衣を着た壮年男性は職人のように見える。長髪を後ろで束ね背中に太刀を背負った男はロンクーの侍であろう。
女性も結構多い。竪琴を抱えた吟遊詩人、茶色のローブに三角帽子を被った魔法使い、薄緑色のローブに銀髪の女性も魔法使いだろうか?神職のようにも見える。その他にも旅装の商人風の女性や、露出の多い衣装の女性は踊り子だろうか?褐色の肌のエルフも居た。弓を持っているので狩人だろう。
「アイツは・・・・・・!」
オルフェルが自分と同じ肌の色をしたエルフを見て驚きながら呟いた。
「知り合い?」
「ああ。ちょっと行ってくる」
オルフェルは立ち上がり、エルフ女性に近づいていった。
「シフォン!」
シフォンと呼ばれた女性は振り向いてオルフェルを見て驚いたようだ。
「オルフェル!」
「久しぶりだな。どうしてエルダーテウルを出る気になったんだ?」
シフォンはオルフェルの言葉に機嫌を悪くしたのか眉間に皺が寄っている。
「見聞を広めるために世界を見てくるよう、族長に言われたんだ。それで、まずはお前を追いかけろって・・・・・・ラナエストに来ても全然見つからなくて!何処行ってたんだ!?」
オルフェルは苦笑せざるを得なかった。
シフォンが自分の後をすぐ追ってきたとしても、ナギス村や旧鉱山への寄り道、王都へ着いてからもギルビーの家に厄介になって鍛冶仕事とテオストラ探索だ。冒険者ギルドには普段顔を出さないし、かなりの間すれ違っていたのでは無かろうか。
「工房街で聞き込みすれば少しは手がかり得られたかも知れないが、そっちには行ってないんだろう?」
「あっ!・・・・・・」
シフォンが、気が付かなかったとばかりに顔を赤らめた。
「一流鍛冶師目指してラナエストへ行くって言ったじゃないか。工房街に当たりをつけないなんて、相変わらずちょっと抜けてるなぁ」
「う、うるさいっ!普通だったらここに宿を取るだろうがっ!」
「鍛冶師探すにゃ高炉さがせってね。ともかく、受付の用事済ませてこい。後で仲間に紹介するよ」
そう言ってオルフェルはジーナロッテの元へ戻り、シフォンが受付を済ませて来るのを待つのであった。
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