020 現れしモノ
2015/12/27
修正加筆を行っています。
「今のうちだ!」
シャティルは大波の影響から戦線へ復帰しつつあるコボルド・ガード達に駆け寄り、先頭の一体が突き出してきた槍を左に剣で払いつつ、右足でコボルド・ガードの左腕を蹴り上げて盾を浮かせた。無防備な腹にフレイム・タングスを一突きし発火させ、今度はコボルド・ガードを後方へ押し出すかのように蹴り飛ばす。
火だるまとなった仲間を回避した他のコボルド・ガードは、その隙をギルビーとレティシアに斬りかかられ、さらにミーナとオルフェルに狙い撃ちされて崩れ落ちた。
残る雑魚はコボルド・ウォーリアーとプリーストの2体だが、シャティルはこれらを仲間に任せ、コボルド・キングを倒すことにした。いかに竜の幽霊に惑わされているとは言え、取り巻きを全部先に倒すと警戒されるかもしれない。しかし今なら、コボルド・キングは隙だらけであったのだ。
シャティルはコボルド・キングの背後に素早く回り込み、身長差があるためにジャンプして延髄に横薙ぎの一閃。それだけでコボルド・キングはその巨体をぐらりと傾かせ、前のめりに倒れ込む。
「あっさりしたものねぇ。これじゃ私が勝てる訳はないわ」
入り口で参戦を控えていたジーナロッテが、クアンやアリシアに呟く。
「なかなかの強さだと思うニャン。特にシャティルは、流石は剣匠ニャ」
「三千年前なら竜騎士に勧誘しているわね。ともかく、これでゴッデスもノクスも助かったわ」
すっかり安心仕切っている2人と1匹であったが・・・・・・
『ナシュタイン神よ!申し訳ありません。これ以上御身に使える事は出来なさそうです!』
王が倒れる様を見たコボルド・プリーストは、自らの最後を覚悟して仕える神に懺悔したが、よもやそれに答えが返ってくるとは全く予想していなかった。ところが。
『そこにある財宝を掴んで泉に飛び込むのだ。そうすればお前は我が下に召してやろう』
脳裏に響く甘美なる甘い囁きにプリーストは驚き、しかし次には我に返って行動することにした。
玉座の裏にある財宝を掴むのだ。そして泉に飛び込むのだ!
コボルド・キングが倒れた事により恐慌をきたしたコボルド・ウォーリアーは、闇雲に逃げだそうとして背中を向けたところをギルビーにツルハシで殴られて絶命し、残り一体。しかし、最後に残ったコボルド・プリーストは予想外の行動にでた。
玉座の裏に回り込み、乱雑に積み重ねてあった金銀宝石といった財宝を鷲づかみ、さらに奥にある小さな泉に向かってその身を投げ出したのだ。
良く見れば泉の水は細い水路を伝って広場左側の壁際まで走り、そこから壁沿いに何処かへ流れているようだった。おそらく、先ほど乱戦した大広間の川につながっていると予想される――つまり、泉はコボルドの王水の源泉なのだ。当然、そこに身投げしたコボルド・プリーストは、断末魔の叫びを上げつつ、身体が溶かされていく。
その凄惨な状況にさすがのシャティル達も息を飲み、動きを止めてしまう。
その時である。
コボルド・プリーストの身体から黒い霧状のモノが沸き上がり、その気体は広間の入り口で参戦を控えていたジーナロッテに突進し、吸い込まれていったのだ。アリシアとクアンが慌ててジーナロッテから距離を取る。
「ジーナロッテ!」
オルフェルが叫ぶがジーナロッテはそれに答えず俯いていた。しかし、次に顔を上げた時には、その顔はジーナロッテのモノではなく、細面で怜悧な美形男性のものとなっていた。髪は金短髪の巻き毛と変化し、口元には皮肉げなゆがんだ笑みが浮かんでいる。
「やはり、虚ろな魂とその入れ物というのは贄の相性が良いね。僕の名はナシュタイン。君らに不浄の王と呼ばれているモノだよ」
ナシュタインが甘美な若い男性の声で話すと、ジーナロッテの着ていたウェンデの物だったローブが黒い炎に一瞬にして包まれ、次には全身を覆う硬質で光沢のある黒い鎧姿と変化した。
「このコボルド王国は僕に集まる供物の質が良くてねぇ、特に最近のテオストラ鉱山の鉱石は最高だったんだ。ところが、君らはそれを邪魔しにきた」
そう言ってシャティル達を睨め付ける視線は、これまでに感じた事のない異様なプレッシャーを放つ。そして理解してしまうのだ、理屈ではなく感覚で。目の前にいるのが紛う事なき神なのだと。
「僕としてはここに出てこられるかどうかは賭けだったよ。最後のコボルドが頑張ってくれたおかげで、しかも丁度良い寄代があったおかげで、こうして分身を出す事が出来たんだ」
ナシュタインはそう言って、自分の股に手を添えた。黒の鎧越しに、股間が膨らんだことが判る。
「うん。僕はこの体型のほうが好きだな。両性具有を完璧な存在と解釈するのか、不浄な存在と解釈するのか、法の神々の見解を聞きたいところだが、生憎僕は混沌に属している」
ニヤリと笑うナシュタイン。
ナシュタインの外観は、男性の顔なのに身体はジーナロッテのままなのか女性の身体付きである。元々の豊かな胸はそのままに、くびれた腰つきや肉感的な身体の曲線美を有しており、その一方で股間には明らかに男性と思われる隆起が存在していた。
その倒錯するかのようなアンバランスな美貌は男女問わず魅了し、吹き出す色気になぶられるかのような気配を肌で感じ、甘い香りと美声に芯まで痺れるかのような感覚に囚われかける。
『こいつは危険だ!』
シャティルは「無想の構え」を取る。
修練によって身についた自然体の構えで、精神異常を無効化できる構えだ。これで敵の精神異常系の攻撃は無効に出来るだろう。しかし、他の仲間はどうだろうか。
シャティルが振り返ると、オルフェル、ギルビー、レドはどうにか耐性して正気でいるようだった。しかし・・・・・・
ミーナ、レティシア、ミスティの3人は明らかに様子が変だった。
ミスティはジーナロッテの側にいたのでナシュタインに一番近い。ミスティはナシュタインに歩み寄りその右脇に立った。
「私は間違っていました。愛を与えてくれるのはナシュタイン様じゃありませんか。シャティル、あなたも一緒にナシュタイン様にお仕えしましょう?」
上気した顔で語りかけてくるミスティ。その表情は恋する乙女か淫猥な淑女か。目線一つで女のイメージが劇的に変化することに衝撃を受けるシャティル。
レティシアはコボルドを仕留めた位置から身を翻して後ろへ下がり、ナシュタインとシャティル達の中間辺り、双方を斜めに見える位置に陣取ってレイピアを構えた。ただし、シャティルに向けてだ。
「ナシュタイン様に剣を向けるなら、僕、シャティルを許さないからね」
シャティルに向かって厳しい表情を見せるレティシアだが、時折ナシュタインに視線を這わせ、その都度目尻が緩み頬が紅潮し、恋する乙女の表情になっている。シャティルの心は言いようのない混乱と痛みに千々に掻き乱されたが、無想の構えにより平常心に戻される。しかし、レティシアを見る度に心が乱れ、構えによって平常に戻され、それを何度も繰り返すのは最早平常心とは言えないのではないか。
「みんなも、こっちにおいでよ!ナシュタイン様にお仕えすれば楽しいことが一杯あると思うよ!」
ミーナがニコニコしながらナシュタインの左側に並び立つ。
いつも天真爛漫なミーナ。突っ込みが厳しくも、その掛け合いが楽しいミーナ。草小舟を駆る時の凛々しいミーナ。緑風の鉈を受け取った時の笑顔のミーナ。
あのミーナの笑顔までもナシュタインに歪められ、その対象が自分達ではなくナシュタインに向くのかと思うと、シャティルはやるせない。奥歯をギリッと咬んで憤りが身を焦がすが、やはり無想の構えによって心が乱れるのは一瞬だけだ。
畜生!なんだってんだ、この状況は!
シャティルは無想の構えを好んで使うのだが、今回に限って言えば使えば使うほど追い詰められていく気がしている。
むしろ使わずに、激情に駆られて暴れたいのだ。
「一つ、勝負をしようじゃないか。君らが負ければ僕としては手駒を増やして、これまで以上に楽が出来る。君らが勝てば・・・・・・それはそれで僕にはやりようがあるからどちらでもいいんだ。まぁ、褒美に“略奪のマトック”からテオストラの記録を消し去ろうじゃないか」
ナシュタインがそう言って右手で指を鳴らすと、レティシアがナシュタインを背後に庇うように位置を変え、ミスティが前に出て杖を構える。ミーナは氷竜銃の銃口をシャティルに向けた。
ナシュタインは愉悦にゆがんだ笑顔で叫んだ。
「さぁ、勝負だ!」
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