02 オープニング(後編)
2015/12/27
修正加筆を行っています。
33層に降りたシャティル達はその後も危なげなく迷宮の怪物達を倒しつつ35層までやってきた。
この迷宮では5層毎に迷宮の造りに変化が生じ、大抵はボスと呼ばれる大型の魔物が居る大部屋が現れる。
今もシャティル達の目の前には、馬車が10台以上も並べる程の横幅と奥行きの、高さも4マトルもある空間が広がっていた。
そして、その空間の中央に、ぽつんと宝箱が一つ。
「どう見ても怪しいよね・・・・・・罠発動で敵がわんさか出てくるとか、ボスが出てくるとか」
呆れた声を出すミーナ。
「これだけ広ければ逆に好都合だけどな。殲滅系の依頼受けて観測板ももらってきてあるし、稼ぐチャンスだ」
「ま、シャティルの言うとおりだな。オルフェル、警戒を頼む。レティシアはミーナの護衛。ギルビー、ミスティとクアンは俺とここで待機。シャティルは俺達とミーナ達の間で待機な」
レドの指示に、ミーナが宝箱に近づき、そのそばにレティシアが控えた。オルフェルは赤銅色の左籠手で弓を構え、右手に矢を持つ。ギルビーとミスティはレドのそばで周囲を警戒し、その足下にクアンと呼ばれた猫がお座りした。
ミーナが宝箱に解錠道具を差し込んで操作していたが、途中でその手を止める。
「やっぱり、絶対罠発動するのってアタシのプライド許さないんだけど」
「良いからやれよ」
笑いながらシャティルが言い、レティシアが苦笑するのをちらと見つつ、ミーナは思い切って指先を動かした。
ビィィイイイイイイイイイイイ!!!!!!
途端に、けたたましく警報が鳴り響く。
「やっぱりか・・・・・・」
ジト目でミーナが振り向くと、そこには右手に親指を立てて褒め称える表情をした4人の男性陣達。
「普通逆でしょう!おかしいよ、あんたら!」
ミーナが呆れて叫ぶが、次の瞬間に自分を見つめる全員の表情が真面目な物となった事に気づく。
「ミーナ! 後ろ!」
シャティルが叫ぶのと、傍らのレティシアがミーナを抱えて仲間の元へ飛び退るのはほぼ同時だった。
レティシアに抱えられたままミーナが振り返ると、そこには黒い、いや、闇の渦が5つ並んで出現しており。
続いて渦の中心部から怪物を吐きだして、闇の渦が消失する。そこに残された怪物は―
巨大な雄鶏達、ただし、首から腹、そして尾に掛けて、は虫類の質感の青黒い皮膚が滑りと照つき、一方で背中や翼は黄色い羽毛に被われており、顔つきは鶏そのもの。蹴爪に毒を持ち、浴びた者を石化させる息を吐く
―コカトリスだ。
「コカトリスだ!石化ガスに気をつけろ、シャティルは奴らを引きつけてくれ! 俺が寝かす!」
レドがすかさず指示を出し、シャティルがそれに答えて前に突進する。
前方の2体の間をすり抜けざま、薙刀で鶏状の足に切りつけ敵意を集めると、2体のコカトリスはコケェーッと叫んでシャティルを追いかけ始める。その2体の叫びにつられて、他の3体もシャティル目掛けて集まってきた。
レドが触媒の砂を指先からこすり落としながら、想像系Lv3「眠り」の魔法をコカトリスの集団に掛けると、5体のコカトリスが立ったまま目を閉じて眠り始める。転ぶことなく器用に眠りこけている怪物達。そして同様にふらふらしているシャティル。
「こらぁっ! お前には掛けてないぞ!」
レドの叱責に目を開きウハハと破顔して戻ってくるシャティル。
まったくもう、あの男と来たら、と呆れるミーナ。レティシアとミスティも苦笑している中、レドが次の指示を飛ばす。
「よし、オルフェル、一体、弓で釣ってくれ」
「では、コカトリスならぬゴカトリス、撃たせてもらおう」
一瞬、仲間達に静寂が訪れた。
「オルフェル、それ、ゴードさんみたいなダジャレですね」
沈黙に耐えきれずに、ミスティが指摘する。ゴードと言うのはシャティルの祖父で当代随一の腕前を持つ剣聖であるが。
ウホン、と咳払いをしてオルフェルは矢をつがえた。顔が若干赤いのは先ほどの冗談とその後の指摘が恥ずかしかったのであろうか。
オルフェルが放った一矢は右端のコカトリスの頭部に命中し、その痛みにコカトリスが目覚めて叫び声を上げる。
「コケェエエエエッーーー!!!!」
射かけられたコカトリスは当然、オルフェル目掛けて向かってきたのだが、次の光景は彼らにも想定外のものであった。矢の刺さったコカトリスの叫びに他の4体が目覚めたのだ。
「目覚ましか・・・・・・」
ギルビーが呆然と呟く。
“チッ、眠りはこいつらには駄目だったのか”
自分の魔法の選択ミスだと後悔もつかの間、次の手をレドが考えようとした矢先、
「茨の束縛!」
ミスティの神言発言により、地面から茨が出現して、怪物達の足に絡みつきその行動を阻害する。
「ミスティ、ナイスだ!」
「わ、私、お役に立てました!?」
レドの賞賛と自身の行為にミスティが感激しているが、その間に他の仲間達は行動を起こしていた。
「束縛の効果が切れる前にさっさと倒すぞっ!」
オルフェルが続いて矢を放ち、そちらに注意をそらすコカトリスの左横から、跳躍したシャティルが薙刀を振りかぶって縦一文字に振り下ろす。首から先を切り落とされたコカトリスは、茨に拘束されたままビクンビクンと身体を硬直させて血を吹き上げる。
2体目のコカトリスは、ミーナが遠距離から石弩で頭部を狙い撃っていた。
シナギー族は体が小さいため、長弓は使えない。必然的に石弩を使う事になるのだが、移動の際に結構嵩張るのが問題である。現在レドが新しい武器を制作中ではあるのだが、今回は間に合わず、従来の石弩をミーナはそのまま用いていた。
オルフェルと並ぶ屈指の狙撃術を持つミーナによって、コカトリスの頭部は穴だらけにされ、遂には絶命する。
3体目のコカトリスの首元に、レティシアが光の細剣「レイタック」で切りつけている。
蛇のような表皮の首元は剛性と弾力を備え、さらには体液で滑り切断武器の切れ味を鈍らせるが、古代の解放騎士の乗り手の証でもある光の細剣は、コカトリスの表皮をものともせずに切り裂いていた。いかんせん、レティシアの身長とコカトリスの巨体との体格差と、切りつける位置の怪物の胸筋のせいで致命傷を与えられないでいるのだが。
ギルビーが、レティシアが戦っているその隙に、ツルハシを水平に構えて身体毎、回転運動を始める。鉱山夫として振るい続けて来たツルハシの先端は、狙い違わず怪物の鶏状の足の1本を打ち砕き、コカトリスの身体を崩すことに成功した。
倒れ込んだコカトリスの頭部にレイタックを突き刺し、レティシアが止めを刺したその時。
「レティ! 危ないっ!」
シャティルの叫びに顔を上げたレティシアの視界に、4体目と5体目のコカトリスが嘴を開き、今にも石化ブレスを吐こうとしているところが見えた。
咄嗟に避けようとするが、近くにギルビーも居たことが判断を一瞬遅らせる。
二条の石化ブレスがついに吐き出され、せめて石化に耐えようと目をつぶるレティシア。
彼女が次に見たのは、白い魔光に身体を仄かに輝かせながら、薙刀を前方で回転させてブレスを跳ね返しているシャティルであった。
騎士魔法。
戦士に許された、詠唱を必要とせず想いを力に変えて超人的な力を発揮する身体強化術。
本来であればレティシアも使えたはずであるが、長い眠りから覚めて記憶の一部を失っている彼女は、まだ使えないでいた。
騎士魔法の随一の使い手であるシャティルが、その超常的な反応速度でレティシアのカバーに入ったのであるが、銀髪の剣匠の光り輝く姿はレティシアに取って神々しい姿であり、羨ましく、そして悔しい。本来は彼の隣に並び立ち騎士魔法を使いこなしていたはずなのだ。今はまだ庇われる立場だが、いつかは並び立って、シャティルに認めてもらいたい。それは憧れなのか、恋い焦がれなのか。
庇っているレティシアがそんな気持ちで居るとはつゆ知らず、シャティルが繰り出しているのは、剣聖ゴード・ヴァンフォートが生み出したヴァンフォート流の技の一つ、「魔鏡の構え」
武器に騎士魔力を纏わせ、高速回転させて魔力の平坦面を生み出し魔法効果を反射する防御技が、コカトリスの石化ブレスを反射してレティシアとギルビーを守っている。
コカトリスが石化ブレスを吐き終わったところで、シャティルは“泣き鉈”を構え直し、高らかに宣言した。
「遊びはここまでだ!」
騎士魔法による超常的な身体能力とヴァンフォート流長柄術を組み合わせた技は音速を凌駕する残撃を繰り出す。
薙刀術、“走月輪”
シャティルは“泣き鉈”を石突きを前に右半身にして構え、袈裟掛けに振り下ろしそこから更に踏み込んだ瞬時の一回転斬撃を放った。
刀身と石突きが二段階に空を裂き最後の残撃が全てを飲み込んだ残撃波を前方に斬り放つ。2体のコカトリスは共に首を斜めに切り落とされ、巨体を後方に吹き飛ばされた。
「討伐完了っ!」
不敵に笑い、振り向いたシャティルが格好をつけて泣き鉈の石突きをドンと地面に突き立てたその時。
ピシッ!
驚愕するシャティル達の前で、泣き鉈が砕け散った。
「あらぁ・・・・・・泣き鉈も壊れちゃったねぇ」
ミーナの指摘にシャティルががっくりと肩を落とす。
「こいつの前の槍も壊れちゃったし、全力がだせねぇ。レド、早いとこなんとか頼むぜ。武器無しの剣匠なんて格好がつかん」
「判ってる。間に合わせだが、次の剣を作る計画は立ててある。しかしそれ以上に、テオストラ露天鉱床の採掘が再開されないと、良い鉄鉱石が手に入らない。本番用の武器を作るのはその後だ」
「それは判っちゃ居るんだが・・・・・・こうなると迷宮で暇つぶしも金策も出来ないな。今のうちに冒険者レベル上げとこうと思ったのにさぁ」
「とりあえず今回はこれで戻ろう。コカトリスの素材も少しは借金の足しになるしな」
レドの指示でコカトリスの素材を回収し始める一行を見ながら、猫のクアンは思案する。
『この試練の迷宮は剣神ヴァルフィンが造ったというけど、三千年前には無かったニャ。三千年前もヴァルフィンは僕らと敵対まではしていなかったけど・・・・・・あの戦闘マニアが何のためにこれを造ったのか気になるのニャ。いずれは最深部まで行かニャいと駄目かニャぁ。テオストラの事もラナエストの事も色々と気になるし帝国の追っ手もそのうちくるだろうしニャア』
「クアン!ボーッとしてると置いてくよ!」
レティシアがクアンに向かって呼びかけてきた。気がつくと素材回収は終わってもう脱出する準備をしていたようだ。シャティルが脱出用の魔法が記された転移石を準備している。
「今行くニャ。僕を置いていこうなんて酷いのニャ!」
クアンが駆け寄るとシャティルが転移石を発動させ、次の瞬間には一行は試練の迷宮の出口に姿を現した。周囲には他の冒険者は居らず、ギルドから派遣された衛士が二人、出口に待機している。
「さぁって、ギルド行って手続き済ませたら、そのまま“暴風亭”で宴会と行くかぁ?」
「丁度晩飯時でもあるしのう。美味いビールが飲みたいワイ」
シャティルとギルビーの掛け合いに、他の仲間も異論は無く。
「あっ、それなら、聞きそびれていた、みんなの出会いがどうだったか、今日こそは聞かせて?」
「そうじゃのう。ワシもミスティも旧鉱山で出会ってからしか知らぬし、レティシアに到っては加わったのは一番最後じゃしなぁ」
「アタシも平原で出会ってからだから、その前の事は聞きたいなっ」
レティシアとギルビー、ミーナが口々に希望を言い出した為、シャティルとレドは顔を見合わせた。
「それじゃあ、今日は酒飲み話に最初の時の話でもするか?」
「じゃ、レド頼むな」
「いや、お前の修行の時まで知らないよっ!」
賑やかな一行が迷宮を出て行くのを見送った後、衛士達は話し出した。
「最近ギルドでも評判の集団らしいな。すごい勢いで迷宮を踏破しているらしい」
「ほう、そうなのか」
「銀髪の男の襟元のバッジ見たか?あれが剣匠らしいぞ」
「ほほう、それは・・・・・・今度の武闘祭にも出るんだろうな」
「4年に一度の武闘祭。今回も楽しめそうだ」
季節は7月の上旬。9月の中旬には首都ラナエストにおいて4年に一度の武闘祭が開かれるため、大勢の旅行者や武芸者が集まり始めている時期ではあるが。
剣匠シャティル・ヴァンフォートとその仲間達の名が知れ渡るのはもう少し先の事である。
2015/12/27
元の第一部を前日譚として切り離しました。それに伴い、オープニングが加筆修正されています。