010 コボルドの呪い
2015/12/27
修正加筆を行っています。
クアンは、ミーナとレティシアを連れて小部屋の分岐から右側の通路を歩いていた。
連れられて、ではなく、連れて、だ。最初はミーナが先頭を歩く予定だったのだが、敵に先に発見されては困るので、レドが出発前に闇系Lv2「夜目」を掛けて、便利たいまつの火を消すことにした。ミーナの索敵技術はもっと明るくないと使えないため、猫型自動人形であるクアンが索敵センサーを使う事にしたのだ。
本音を言えば、クアンはシャティル達に同行しても、積極的に手を貸す気はない。レドに、知識の助言はするがそのまま教えたりはしない、と言ったのと同様、現代において技術水準を大幅に超えたクアンの存在は、自重しないで行動すれば、色々と文明にゆがみを生じる恐れがあるからだ。
今回に関して言えば、敵方の自動人形もそれなりの性能のようだったので、クアンにしてみれば、手助けしても良い範囲の線引きが可能になった、という点と、もう一点、レティシアは最優先の保護対象である、という事が理由である。そうでなければ、最初からデュラハンが死霊なのかそれ以外なのかは判断がついていたし助言も出来たのである。
坑道を進んでいると、あちらこちらから流れてくる水が次第に量を減らし、地下水の供給元を通り過ぎて上向きに歩いていることが感じられる。そうして、しばらく進むと、クアンは立ち止まった。
遠くでツルハシの音が聞こえる。
クアンはその旨を二人に伝え、そこからは慎重に物音を立てないよう、移動を開始した。
小部屋を出発前のギルビーとオルフェルによると、あの小部屋はテオストラの中央岩山の丁度外側に位置するらしい。デュラハン6体が居たところが中央岩山の中で、中心部かつ深い深度ほど、ミスリルやアダマンタイトが採掘でき、岩山表面部の深いところほど、良質な鉄鉱石が採れるのだそうだ。あの小部屋は鉄鉱石を求めて掘った名残であり、左右の通路も同様の目的で掘られた坑道だと推測される。
『テオストラ露天鉱床・・・・・・推測どおり、座標は合っているようだニャ。もっと下まで行ければ良いのだけどニャァ』
クアンは自分が知っていることを、どの段階で皆に告げるべきか判断出来ないで居る。
そのためにも、もう少し判断材料が欲しいところであった。
ミーナ、レティシア、クアンは、今やはっきりとツルハシの音が聞こえるところまで来た。
坑道内の岩肌に身体をへばり付かすようにして慎重に前に進むと、やがて、奥の小部屋でツルハシを振るっている者達が視界に入ってくる。
身長5アルムス程だろうか。細身だがそのシルエットは頭部が独特であった。下あごが若干前に出て、上あごは鼻と一緒にさらに前にでている。眼はヒュームよりも中央よりで額が狭く、頭頂部には三角形の耳が付いていた。コボルドだ。
彼らは、ドワーフやノームと同じく始まりは大地の精霊であったと言われている。しかし、精霊であり続けたノーム、鉱石の取り扱いに傾倒するあまり受肉し物質界にやってきたドワーフ族に対し、不浄神ナシュタインに唆されて受肉し物質界にやってきたのがコボルド族だと言われている。
そのため、ドワーフ族はコボルド族を不倶戴天の敵として認識するし、コボルド族は鉱石を採掘するだけでなく、他者の手に入るくらいならその鉱石を腐らせると言われている。
彼らは3匹でツルハシを振るい、採掘をしていた。ミーナ達がじっと観察していると、そのうち採掘を終わり、袋に鉱石を詰め始める。
そのうちの1匹が、何かを鞄から取り出した。ミーナにはそれが底の丸いガラス瓶に見えたが、コボルドがそれを先ほどまで採掘されていた壁面に、噴霧し始めた。
続いて、荷物を詰め終わったコボルドが、腰に紐で結わい付けていた小さなツルハシを手に持った。ミーナはそれをどこかで見た覚えがある事に気が付いた。
コボルドが、小さなツルハシを壁面にコーンと突き立てる。すると、他の2匹がそのコボルドの肩にそれぞれ手を置いた。続いて、手を置かれたコボルドがツルハシをひっくり反し、反対側の金槌でゴン、と壁面を叩いた瞬間―
コボルド達の姿が消えた。
「何?今の?!」
ミーナは慌ててコボルド達の消えた場所に駆けだした。レティシアとクアンも追いかける。
そこは、行き止まりになっている小部屋状の空間で、コボルド達は中央岩山側の壁面を掘っていたようだった。便利たいまつに火を付け、壁面の観察を開始するミーナ。
「見えなくなる、とかじゃニャくて、本当にあいつらは消えてしまったニャン」
「クアン、ここ、判る?」
ミーナが示したところは、岩肌とは違った質感で、鉱石であることが判った。しかし、その色は黒ずんでツヤが消えており、良い物には見えない。
クアンが壁面に近づくと、鉱石表面が濡れており、そこから垂れた液体が足下にも流れており―
クアンの前脚の先端が、溶けた。
「クアン!大丈夫?」
「大丈夫ニャ。これくらいなら、回りから材料補充出来るニャ」
レティシアの問いに、自分の足をじっと見たクアンは、そう言ってすぐに足を治し始める。
「コボルドが鉱石を腐らせる伝説の正体はこの液体ニャ」
「さっきの、ガラス瓶で吹き付けた!?」
「そうニャ。あれはおそらく、“コボルドの王水”ニャ。大抵の金属ならなんでも溶かしてその魔力を吸収する性質ニャンだけど、奴らは自分の手に入らない鉱石に吹き掛けて、腐らせるのニャ。僕も聞いてはいたけど初めて見たニャ」
「それは判ったけど、消えたのは?」
ミーナの指摘にクアンが答えたが、レティシアの言う消えた理由についてはまだ理由がはっきりしない。
「あのツルハシに秘密がありそうニャ。昔からコボルドは鉱山に出没すると言われてるけど、あれを使って出入りしている可能性が高いニャ」
「・・・・・・そう言えば、ラナエストの“試練の迷宮”のコボルドも、腰にツルハシ提げてたね」
「あーっ!それだ!さっきから、どっかで見たことあると思ってたのよねー!」
レティシアの指摘に、ミーナが合点のいった顔をした。
「次にコボルド見かけた時は生け捕りにして秘密を聞き出した方がいいね」
「テオストラを元に戻すにはあいつらの駆除も必要だしね・・・コボルドと蜘蛛女が裏で繋がってる可能性は?・・・あるわけ無いか」
「その可能性はかなり低そうだニャ。コボルドは知能が低いからニャ・・・戻ってみんなに報告するニャ。少なくとも、こっち方面に蜘蛛女はいない事がはっきりしたのニャ」
ミーナ達はレド達のいる休憩地点まで戻ることにしたのであった。しかし・・・
ミーナ達がコボルドの消えた場所から立ち去っておよそ10分後。
暗闇に、コボルドが突如出現した。1匹、2匹、3匹、4匹、5匹・・・
総勢6匹のコボルドは、再び、鉱石掘りを開始する。仲間が腐らせた鉄鉱石の表面を削り、再び、採掘作業を始めるのだった。
時を同じくして、テオストラ露天鉱床の最深部。トリントン商会の鉱山夫達が辿り着いた採掘現場である。
そこでは、やはりコボルド達が採掘作業を行っていた。
“最初の1匹”がもたらした“略奪のマトック”は非常に良い場所を覚えていた。
普段使う“探索のマトック”は、無作為に鉱石のある地下空洞を探して転移する。ナシュタイン神がコボルドに与えてくれた、神の知識を元に作成されている魔道具だ。
そして、“略奪のマトック”は、良い採掘場所が見つかった時に使用する特別なマトック。ピックの一突きで場所を覚え深紅に染まり、裏の金槌で帰ることが出来る。そして、もう一度だけ、ピックの一突きで、同じ所に来ることが可能なのだ。
コボルド達はこの二つの道具を使い、世界中の地下資源を求めて旅をしている。中には冒険者に殺されたり、地上に出てその地域に住み着いたりで帰ってこない者もいるが、基本的にはコボルド王国がコボルド族の中心地だ。
そして今、コボルド達は鉱石ラッシュで沸いている。これほど地下資源の豊富な場所は滅多にないことから、コボルド開拓団の者達はどんどんと侵入してきているのであった。
作業をしているコボルド達も、既に何度も採掘を繰り返し、手に入った物は袋に丁寧に詰め、その一方で帰る時には露出している鉱石に“コボルドの王水”を吹き掛けている。
持ち帰った鉱石は、良い物があればコボルド王に献上して褒美を貰うのだ。謁見の間のコボルド王の背後には、各地の村や冒険者から略奪し来た沢山のお宝が山となっている。そこから1品貰えることになっている。
王様のところまで届かない鉱石は、そのまま王水の流れるボルド川に捨てられる。
そうすると、鉱石の持つ魔力はボルド川に溶け込み、はるか地底のナシュタイン神殿に捧げられるとコボルド達は教えられていた。
今も、コボルドが帰り際に壁面の鉱石に“コボルドの王水”を吹き掛け、良質な鉄鉱石が汚されてゆく。王水はその性質状、鉱石を溶かしきって溶解能力を失うと、後は魔力を含んだ只の水となる。そのまま魔力ポーションとなる性質を持っており、これがナシュタイン神がコボルドを利用している理由でもある。その水が垂れてゆき、とある鉄鉱石に辿り着いた。
『あれ?ここはどこ?私はなんでこんなところに・・・?』
とある鉄鉱石が、魔力を受けて目覚めたのだった。
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