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01 オープニング(前編)

2015/12/27

修正加筆を行っています。


 縦横1マトル四方の空間は、この世界の建物の標準サイズだ。逆に標準サイズだから1であり、決めた人がマトル・ワグナーという魔法使いであったと言われている。

 

 長身の大人を基準としたと言われる、縦横1マトル(2m)四方の空間を石造りの通路とした迷宮は、5層潜る事に冒険者レベルが+1される仕組みで、45層まで到達してレベル10ともなるとようやくベテラン扱いされるよう、冒険者ギルドが管理している。


 地下32層を探検する一行も、ベテランの称号目指して迷宮に挑んでいる最中であった。


 先頭を歩く銀の長髪の青年が薙刀ナギナタを振るうたび、前方から押し寄せる豚顔の亜人「オーク」が倒れてゆく。

迷宮の通路内では薙刀ナギナタは振り回しに支障があるが、彼は突き主体で槍のように扱い、オークを寄せ付けないでいた。

 たまに数で押し込んで攻撃をかいくぐる者が居ても、青年の傍らに居る小柄な金髪の少女が、光で出来た剣身の細剣で突き仕留め、その足下では銀毛に黒縞の入った猫がちょろちょろと彷徨いている。


「レティシア、ナイスフォロー!」

「どういたしましてっ。それより、クアン、邪魔っ!」


 銀髪の青年に答えながらオークを仕留めつつも、足下をうろつく猫を邪険にする少女であるが。


「酷いニャ。ボクは計算してるから、決してレティの足の踏む場所には居ないのニャ」


 そう言いながらクアンと呼ばれた猫、いや、猫型の自動人形オートマータは身を翻して隊列中央のエルフとシナギーの元へ移動する。


 そこでは細目のエルフ男性と一見幼女と見間違うシナギー族の女性が、それぞれ長弓と石弩で亜人集団後方の魔法使いと思しき杖を持った者達に、呪文詠唱をさせる間もなく仕留めていた。


「オルフェル、エルフって夜目が利いたんだっけ?」

「ドワーフには負けるよ。遠視能力は高いと思うが。ミーナはどうなんだ?」

「シナギーは全然駄目だよ。でも精霊導師シャーマンなら精霊が教えてくれるらしいけどね」


 オルフェルと呼ばれたエルフとミーナと呼ばれたシナギーは、そんな会話をしながらも迷宮の薄明かりの中で確実に一撃一殺で敵を仕留めていく。二人ともかなりの腕前のようだ。


 二人の後ろでは長杖を抱えた女僧侶がいざというときの怪我の回復や防御のために備えているが、仲間の腕が良いために手持ち無沙汰であった。せっかく新調した杖もまだ試す事すら出来ていない。

しかし、周囲に気を配っていると、後方から足音が聞こえてきた。振り向くと後ろからもオークの集団が接近して来ている。そのうちの一人が石弓を構えているのを見て、女僧侶が咄嗟に神言を放つ。


防止盾ナルク!」


 後方に向けた神言発言ゴッドルーンにより、淡い光の盾が空中に出現してオークが放った矢を止める。


「助かったわい、ミスティ。さて、後ろからも来たぞい。レド、どうする?」

「ギルビー、任せてくれ。まとめて処理する」


 ドワーフ男性がツルハシを構えて後方に備えながら仲間に呼びかけ、レドと呼ばれた同じく後方に居て暗緑色のローブに身を包んだ若い魔法使いが、懐から触媒の石炭を取り出し、呪文の詠唱を始める。


 呪文発言エンドルーンと共に、炎系Lv6「火球爆発」の魔法を後方から来たオークの集団の中央で爆発させると、残響の後に焦臭が漂った。

 前方のオーク達も壊滅し血臭が漂い始め、辺りは静かになる。


「オークの所持品調べたら、先へ進もう」


 レドの言葉に、シナギーのミーナ、エルフのオルフェル、銀髪の青年と金髪の少女レティシアが所持品を検めていく。


「大した物持ってないわね。一人500コトス位かな」


 ミーナが手早く所持品を見ていく。500コトスならば大体、外食一食分の金額だ。


「さすがに32層だからそこそこの強さのオークだったんだよね?装備品は上層のオークに比べると良さそうだけど」


 レティシアの問いには銀髪の青年とオルフェルが答えた。


「上層のは木とか青銅の武器だからなぁ。さすがにこいつらは鉄製の武器持ってるが」

「とは言ってもくず鉄だな。それでも今のご時世じゃ貴重だ」

「使える物は回収してさっさと行こう。シャティルの借金回収のためにもな」

「うっせえよ、レド!別に返さないって手もあるんだけど?」


 冷徹に方針を示す魔法使いに、シャティルと呼ばれた銀髪の青年が不敵にうそぶくが。


「“剣匠ソードマスター”の銘が地に落ちるぞ。それに、お前のその手にある“泣き鉈”の元はなんだ?」


 レドがにやりと笑って言う。それまで黙っていたミスティがむくれた顔で言った。


「元は私の祈祷用の杖ですよ!」

「鉈の部分はアタシの鉈だったし、二人の女を泣かせて作った薙刀ナギナタだものね」


 ミスティとミーナのツッコミに、シャティルはげんなりとした表情になる。


「その言い方はヤメロ!代わりの武器はもう新調しただろう?」

「シャティルじゃなくてレドとオルフェルとギルビーが作ってくれたからねっ」


 にんまりと言うシナギー女性の腰には、黒檀エボニーの柄に燈色の紐で滑り止めが施され、柄頭には銀の象眼台座に赤い宝石が埋まった高級そうな鉈がぶら下げられていた。新調したばかりの魔法の鉈、「緑風の風(グルウィン・ベイル)」である。


「代金は全部俺が肩代わりだからな。それにこれから更にシャティルの刀作らなきゃならないんだ。ガンガン働いてもらうぜ」

「判ってるって! 冗談だよ冗談! さぁ、さっさと行くぜっ!」

 

シャティルと呼ばれた銀髪の剣匠ソードマスターは先頭に立って先へ進み始めるのであった。



 ストリアン大陸中央の大穀倉地帯、ラナート平原。


 北は万年雪に覆われた天険ウルスラント山脈、南はラウルウッド大森林、西と東はウォーヒルズ、ジャイアントヒルズといった人狼や巨人等の亜人族が棲む丘陵地帯に挟まれており、平原を四分割する十字の街道が東西南北に走っているこの辺りは、ラナエスト王国が治めている。


 十字街道の中央に位置するのは、王国名と同じ名の、王都ラナエスト。ラナート平原を南北に流れるヨネス川を水源としてその東岸に沿うように作られた王都は、人口6万人が住む、中原の交易都市だ。


 中原の穀倉地帯とも呼ばれるラナート平原では、ウルスラント山麓の源流から流れ出るヨネス川が南北街道に沿ってゆるやかに蛇行しつつ流れており、ヨネス川左岸では水車や風車などを利用した灌漑用水が整備され、十字街道の北東地区は麦が、南東地区は水稲が栽培されており、一方、ヨネス川右岸の平原西方では野菜栽培が主流だ。


 南のイルディナ海へ面した港町ルモンズからの海産物も加えたこれら食料品の交易はもちろんだが、何よりも、王都ラナエストから20ケリーほど北にあるテオストラ露天鉱床からは良質の鉱石が採掘され、それらを元にした武器防具の開発が盛んであることから、鍛冶師の集う都市としても知られている。


 王都ラナエスト北西の城壁沿い、平原では珍しい小高い丘の上に、ラナエスト王城がある。その東隣には剣神ヴァルフィンの神殿があり、神殿から見下ろせる東側に闘技場、さらにその東側が街の北門及び北大通りに隣接している。


 この剣神ヴァルフィン神殿のお膝元にある闘技場地下に、「試練の迷宮」という地下迷宮ダンジョンがある。

 なぜ重要施設である城や神殿のすぐそばに物騒な地下迷宮があるのか、知っているものはいない。それでも、いつから存在しているかも知らぬその地下迷宮ダンジョンは、日夜、騎士団員や冒険者、魔法学院の生徒までもが訓練や一攫千金を夢見て訪れている。


 訓練はともかく、なぜ一攫千金が可能かというと、試練の迷宮に棲息するモンスターは途切れることがないためだ。

 通常の生物であるスライムやコウモリ、ネズミ、などと言った自然に棲息して生態系を作り出しているものもいるが、ここの特色は、魔力の影響で変質した動物、いわゆる幻獣や魔獣の他、迷宮で命を落とした冒険者や流刑措置で放り込まれた犯罪者のなれの果ての亡者アンデッド、出自の判らない魔法生物やゴーレムなどが多く棲息している。


 アンデッドの落とす生前の財産や幻獣、魔獣、ゴーレムなどから剥ぎ取れる素材などは、売ると良い値段になる。買い取りについても、職人が直接買い付けることもあれば、商店や冒険者ギルドで引き取って貰うことも可能であり、冒険者には手頃な訓練所兼稼ぎ場所となっているのだ。


 魔法学院の魔術師達によれば、迷宮のどこかにある魔力溜まりが、他の地域の魔力溜まりとつながっており、他から幻獣や魔獣を招き入れているのではないか、と言う説が主流らしい。

 また、魔法生物やゴーレムもいることから、不穏な魔法使いが住み着いているのでは、と言う噂もある。

 もっとも、剣神ヴァルフィンの信者は単純に、神が用意してくれた試練、で片付けてしまうのだが。



「普通の冒険者は、北のブルフォス村で腕を磨いてから王都で腕試しするものなんだけどな」


 北方のウルスラント山脈の麓にあるブルフォス村は、野外活動の依頼クエストも多く、別名“冒険者の育成場”と呼ばれており、駆けだしの冒険者達には極めて優しい環境であることから、冒険者はブルフォス村で腕を磨いてから王都へ来て腕試しをするのが主流である。


 レドの説明になるほどと思いつつも、自分達には当てはまらないだろうと言うのが、シャティルの素直な感想だ。

 何しろ、シャティルが王都へ向かう途中で出会ったこの仲間達は、いずれも腕利きなのだ。


 剣匠となるべくラウルウッド大森林に籠もって6年、修行を終えて刀の新調と王都で9月に開催される武闘祭への出場を目的としていたシャティルに様々な出会いと冒険が待っていた。


 迎えに来てくれた昔なじみの若き魔法使い、レディアネス・クレイド。レドと愛称で呼ばれ、魔法学院長ウォルスを祖父に持ち、16歳ながらにしてラナエスト魔法学院の導師を務めている若き天才魔法使いだ。


 エルフのオルフェル。ラナエストで鍛冶師として身を立てるべく、エルフ族の里エルダーテウルを旅立ってきたオルフェルは、鍛冶師であると同時に凄腕の狩人でもある。その左腕は赤銅色の義手であるが、その昔、里を襲ったドラゴンを退治した際に負傷したものであるという。


 シナギーのミーナ。草小舟グラスディンギーでナギス村と王都の間の運搬業をしていた彼女は見た目は人族ヒュームの子供だが、シナギー族としては立派な大人だ。森守レンジャーとしての技術や盗賊シーフの鍵開け技術に優れている。


 ドワーフのギルビー。王都に来る前の旧鉱山で出会った縁で一緒に行動するようになった。彫金師が本業であるが、採掘作業で鍛えた腕前で戦士もこなす。王都に工房兼用の一軒家を構えているため、オルフェルが居候する他、仲間の溜まり場にもさせてもらっている。


 僧侶のミスティ。彼女もギルビーと同じく旧鉱山で仲間になった。元はシュナイエン帝国出身で帝国の調査隊に無理矢理同行させられていたのだ。仲間に裏切られた所を助け出し、一緒に行動するようになった。


 そして、レティシアとクアン。旧鉱山に埋もれていた三千年前の遺物“解放騎士リベレーション・ナイト”から現れた少女と、その“魔導コンピューター”なるものを載せ替えた猫型の自動人形オートマータ

 現代を生きるためにシャティル達と行動を共にするようになったのだが、レティシアは元は騎士であり、光の剣“レイタック”は解放騎士リベレーション・ナイト乗りの証でもあるという。三千年の眠りのせいで記憶を失っていると言うことだが、その戦闘技術は十分実戦に通用するものであった。


 こうした仲間達との冒険に不安など全くなく、試練の迷宮を進むのも、冒険者ギルドの規定にそったベテランの資格が欲しいがためである。


「借金返済と武器新調のためでもあるけどな」


 シャティルの感想にレドがすかさず釘を刺し、うっと胸を押さえる振りをするシャティル。

 なにしろ、王都に来る前に起こってしまった冒険で劣化していた刀を失い、レドの杖、ミスティの杖、ミーナの鉈を利用してその場で槍や薙刀を作成して凌いでいたのだ。それらの弁償と、刀を新調するための素材や資金集めが急務なのである。折しも、テオストラ鉱床が採掘禁止となっており、王都では鉱石不足が顕著となっていた。武闘祭と同時に開かれる武具品評会もこのままでは開催が危ぶまれているのだが、それ以上に。


 刀のない剣匠ソードマスターなどあまりにも立場がない。


 先日、この迷宮で出会ったロンクー出身の侍、レギンも剣匠ソードマスターであった。しかも、あろうことかレギンは、レティシアに一目惚れして声を掛けて来たのである。

 

『レティも嫌っているし保護者としては見過ごせねぇなぁ。いずれ対決するためにもやはり武器が欲しい』


 借金返済のため、誇りのため。称号のため。

 そんな訳でシャティル達は試練の迷宮に潜っているのである。


2015/12/27

元の第一部を前日譚として切り離しました。それに伴い、オープニングが加筆修正されています。


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