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美しい女の悲劇の夢

お題企画第四弾です




 ――この婆の話を聞いておくれ。




 ある所に絶世の美女がおった。 美しく艶のある髪、キメ細やかなそばかす一つない白く血色のよい肌、そして見たものを魅了する紫色の瞳。


 彼女は生まれ持ったその容姿を誇りに思っておった。 周りも彼女を蝶よ花よと愛した。


 育っていくにつれて彼女の美しい純真無垢な心は歪み、薄汚れていってしまった。


 誰が悪いというのではない。 誰でも皆褒められれば鼻が伸びる。 まるで絵本の中の人形のように。


 褒められなくとも人間は純真無垢なままでは生きていけない。 嘘をつき、相手を蹴り落とす。 自分より劣ってる相手には優越感を、自分より優れている相手には劣等感を覚える。


 そのような小賢しくなるのが人間。 それは容姿が優れていようが劣っていようが変わらん。


 彼女は恋をした。 それは叶わぬ恋。 容姿だけではどうにもならぬ状況。


 そこから彼女、オヴィリアの人生は変わってしまった。




 「お母様、私好きな人ができましたわ!」


 嬉しそうに母親に言うと母はニコリと笑ってくれなかった。 ガシャンと持っていたティーカップを床に落としワナワナと震えた。


 「ゆ、許しません! 貴方は……。 貴方はっ!!」


 「奥様、それ以上は……」


 「そ、そうね。 とにかくオヴィリア。 部屋に行ってなさい」


 震えながら母が何かを言おうとした。 その時、傍らに立っていた執事が牽制すると我に返ったように頷き娘を部屋へと戻した。


 物静かで奥ゆかしい母しか知らなかったオヴィリアは驚き素直に従った。


 だが、部屋に戻っても母の見た事のない恐ろしい形相が頭から離れてくれなかった。


 その夜、夜中に目が覚めて彼女はいつも通り眠くなるまで屋敷の中を練り歩いていた。


 「あの子は(わたくし)達の宝でしょう!」


 「だからこそ、あの子の自由にしてやりなさい」


 「いや! いやよ!! あの子が他の人間の手に渡るのなんか!! 貴方だって何度もあの子を利用したでしょう!」


 父の書斎の前に近づくにつれて大きくなる母の金切り声にオヴィリアは不審に思い聞き耳を立ててしまった。 そして知りたくもない事実を聞いてしまう。


 「お前がいいというから!」


 「貴方の仕事が安泰なのだってあの子の睡眠時間が長いからなのでしょう!?」


 両親の言い合いの中で父と母が自分が眠っている間に何かをしてる。 そんな事実にオヴィリアは吐き気を覚え急いで自分の部屋へと戻ろうとした。


 ――カタンッ


 動揺しつま先で壁を蹴ってしまった。 そんな小さな音に彼女はビクつき、それと同時に両親の言い合いが止まりドアが開かれた。


 「オヴィリア……」


 「お母様、お父様……。 私は……」


 「聞いてしまったのね、(わたくし)の可愛い娘」


 絶望の色をあらわにする父と娘。 ただ唯一、冷めた目を向けるのは母一人だけだった。


 「なにも聞いておりません」


 「まぁ、嘘はよくありませんわ。 これも悪いムシがついたせいね。 大丈夫よ、安心なさい。 貴方は(わたくし)が守りますわ」


  背筋がゾクリと栗立つような舐めるような視線で笑う母に彼女は恐怖しか感じていなかった。 そして温室育ちのオヴィリアは耐え切れずに気絶する。






 「口挟むようでわりぃけど婆さん」


 「なんじゃ? 小童(こわっぱ)


 「その話、まだ続く?」


 「やめてもええんじゃぞ? この世界から出れぬだけじゃ」


 「……悪かったよ。 続きをどーぞ」






 ――気絶した所までじゃったな。 そうそう、それが彼女の地獄の始まりだったのじゃ。


 目が覚めた時、彼女は冷たい石造りの部屋に寝かされておった。 ネグリジェしか来ておらんかった彼女の体は冷えていた。 そして物音といえば何処からか滴り落ちている雫が石にぶつかる音だけじゃった。


 「だ、誰か! いませんか!!」


 目の前の鉄格子を掴み声を出すが反響するだけして消えていった。 一人なのだと実感した。


 「よぉ、嬢様」


 鉄格子の近くで座り込んだまま眠ってしまったオヴィリア。 目覚めた時目の前にいたのは小汚い男二人だった。 ニタニタと下卑た笑いを浮かべて。


 「な、なんなのですか! 貴方達は!! 私を家に帰しなさい!」


 「悪いがそいつはできないのだよ。 オヴィリア嬢」


 男達の後ろから出てきたのは何度かパーティーで会った事のある、父の仕事のお得意様だった。 綺麗なスーツに身を包みニッコリと人畜無害そうな笑顔を浮かべている。


 「貴方は……。 お父様の……」


 「おや、覚えていてくれたのかい。 それは有難いね」


 「出来ないってどういう事ですか」


 「君は売られたのだよ。 私達に。 君の家を半永久的に繁栄させられる代わりにね」


 怯えた彼女の目に絶望の色しかなくなった。 それを見て男は恍惚とした表情を浮かべた。 こうして、温室育ちのお嬢様は世の中の汚れた世界に引きずり込まれ、ただ流れに身を任せてしまった。 いや、それしか彼女は自分の心を守る方法を知らなかった。 美しい体が徐々に汚れていく。 そんな自分の体に吐き気を覚えなくなった頃、彼女の体に変化が現れた。


 「君、皺があるね」


 そう、何年と続いた地獄。 女の美しさは永遠ではない。 刹那の開花だったのだ。 そして、オヴィリアという花が散っていく。 皺一つない肌は徐々に皺が増えていき、そして、彼女の価値そのものが地に落ちた。 美しくもない中年と言われてしまう年になった女だ。


 彼女は地獄から解放され自分の顔を見た。 そして呆気にとられる。 美しいと持て囃されていた自分の顔はほうれい線をはじめとする世の女性達がそれとなくそうと必死になる皺が顔にあったのだ。


 そして自分が住んでいた屋敷を訪れた。 年老いた父と母が笑いながら若い男性と女性と笑い合っていた。 憎い。 心の底から彼女はそう思ってしまった。


 歩き疲れた体を引きずり彼女は街から離れ、森の中で体を休めていた。 心の中では絶対に復讐すると誓いながら憎しみに堕ちようとしていた。


 「どうしたんじゃ、醜い子」


 突然声をかけられてオヴィリアは驚いた。 目を開けると皺がありながらも綺麗だと思う普通の女性が立っていた。


 「家を失った」


 オヴィリアはそれだけ伝えると女性はそうかと頷き、続いて一緒に来るか? と問いかけた。


 「いい……の?」


 「いいんじゃよ、この老婆の暇潰しにお前さんならなってくれると思うからの。 後はお前さん次第じゃよ。 美しい娘」


 正に希望の光だった。 もしかしたら悪い人かも知れない。 そう思っても背中を向け音もなく歩く女性について行きたいと心の底から思い、軽くなった体を女性の後ろにつかせた。


 「お前さん、悪い人間かもしれないと思わんかったのかい?」


 月明かりが照らす道と呼んでもいいのか分からないあぜ道を歩きながら女性は薄汚れたオヴィリアに問いかけた。


 「思ったわ。 でも、それ以上に貴方について行きたいと思っただけよ」


 「そうかいそうかい。 名前を聞かせておくれ、美しい子」


 「リア。 貴方の名前は?」


 「リア、いい名だねぇ。 私はヴィナだ。 ヴィナでもヴィナ婆でも好きに呼んでおくれ」


 こうして彼女の転落人生が救われる出会いを果たしたのだった。


 数日して、ヴィナが魔女だと分かった。 そしてオヴィリア――いや、今はリアとなった女の心の奥底の切望にも気付いていた。 自分の人生を奪った者達に復讐を果たすという切望。 そしてリアは復讐のために魔女の弟子入りを申し出て悲しそうに老婆は頷き了承した。


 「リア。 お前まだ復讐したいのかい?」


 数年の月日が経ち、魔女として一人前となったリアに問いかけるヴィナにリアは少し躊躇いながら、でも力強く頷いた。


 「アイツ等が私の生きる道を歪ませなかったら貴方に会えなかったっていう事は理解してる。 それでも、私を売り飛ばしながら笑うアイツ等を許すことはできないわ」


 リアはこの数年、ずっと父や母の事を見続けた。 調べもした。 最初に見た時の男性は私を売り飛ばした後に生まれた息子。 隣で微笑んでいたのは息子の妻。 どこを探してもオヴィリアという娘がいた事実はなかった。


 「そうかい。 じゃあよく聞いておくれ、醜い子」


 ヴィナはたまにリアの事を醜い子と呼ぶ。 何故かはわからない。 だが、リアは気にしなかった。 美醜にはもう囚われていなかった。


 「お前は優しいいい子だ。 誓っておくれ、どれだけ酷い事をしても、その罪の意識を忘れないでおくれ。 そして、必ず、私の元に帰ってきておくれ」


 お前は私の光なのだからと笑うヴィナはしわくちゃのお婆さんでも美しいと思えた。 その言葉を噛み締めながらリアはヴィナに抱きつき必ず帰ってきます。 お師匠さまと震えた声で告げると行っておいでという言葉に背中を押され歩き出した。


 ヴィナに教えてもらった魔術を復讐という汚いモノに使うのは少し申し訳なく思っているが、リアの復讐の炎は消える事なく、何年も心の中で轟々と音を響かせながら燃やされていた。 これが終わったら、リアはヴィナと共に暮らし、ヴィナの為に何でもしようと心で誓った。 これはリアのけじめでもあった。 オヴィリアという存在を自分の中で過去のものにする為の。








 「お母様、お父様、ご無沙汰しております」


 魔術で音もなく屋敷に入り込み恭しくスカートを上げながらお辞儀をするリアに両親は絶句した。 息子夫婦は何が何だか分からず両親と突然やってきた来客を見合わせた。


 「貴方は、私の弟よ。 私は貴方達の平穏と引き換えに売られた娘よ」


 不安そうに眉を寄せる男に対して優しく笑いかけ恨みなど一切ないという声で告げる。 それに母が金切り声を上げた。


 「貴方のような人は存じ上げませんわ!! (わたくし)達の子供はこの子一人ですのよ!!」


 ねぇ貴方! と同意を求めるように夫を見上げる妻に夫はあ、あぁと戸惑いながら頷いた。


 「あらまぁ、嘘はいけませんわ。 お母様、お父様。 この家の事、全て知っていますわ。 2階の部屋の隅に小さな穴が空いてる事も。 月に一度お母様が壁紙を変えている事も」


 きっと変わっていないのでしょう? と笑う美しい女にその場にいた者全てが恐怖した。 それは、美しい紫水晶のような瞳が石榴石のような色に変わった為である。


 「謝罪は求めておりませんわ。 お母様、お父様。 ですが、私は生憎貴方方を許す事ができませんの。 ですから……これを受け取ってくださいまし」


 手を広げ何もなかった空間に現れた小さめの箱を四人の前に出した。 手を離した瞬間に箱は四つになりそれぞれの前に滑っていく。


 両親は恐怖をその目に宿し手を出そうとはしない。 だが、息子夫婦はあっさり触ってしまった。


 屋敷に悲鳴が上がる。 断末魔とも言えるであろうその声は更に両親を恐怖させるだけであった。


 「あらあら、優しいお母様とお父様に育てられて随分とこらえ性がありませんわね。 さ、この箱はお二人の為に私が作った物ですの。 触れて見てくださないな」


 怯える両親にふわりと笑いかけ手を軽く振ると両親の手は勝手に動き箱に近づいていく。


 「これは一体どう言うことなの!! オヴィリア!」


 「あら、私、一言もオヴィリアとは言っていませんよ? お母様。 やはり覚えていらしたんですね。 大丈夫ですよ。 貴方方の愛する息子夫婦は生きていますわ。 ですから安心なさってください。 偽りの愛を注いだ醜悪な親よ」


 彼女の名前を怒鳴る母に彼女は笑みを消さずにただ淡々と言った。 言い終わるが早いか触れるのが早いか。 そんなタイミングで二人は触れた。


 「あはは……。 あっはっはっはっ!! 苦しめ!! 私が味わった苦しみと同じ苦しみを!! あっはっはっはっ」


 泣きながらリアは叫んだ。 ただ愛されていたかった。 美しいが故に道具として大切にされていた自分が虚しくなった。 復讐は何も生まない。 ただ罪悪感と不快感だけだ。 だが、リアはこうしなければいけなかった。 何故なら、ヴィナと共に、ヴィナが息絶えるまで一緒にいたかったから。 過去を思い出し怒りと不安を募らせる毎日。 ヴィナがいつも心配してくれてたのは痛いほど分かった。 だからこそ、リアはオヴィリアを捨てる為に、決別する為に、復讐を果たした。 だが、この時のリアはまだ知らなかった。 復讐を遂げたら、罪の意識でうなされる事を。 自分で自分を責め立てる苦痛を。












 「それから、リアは苦しみながらも、尊敬する魔女と一緒に旅をし、過ごした。 これでしまいじゃよ。 幼き看守」


 「そうかい。 で、あんたはこれを看守どもに聞かせて何を求める? 同情か?」


 「なぁに、何も求めておらんよ。 リアはわしの母でな。 この世界ではあの人が生きた証拠など何処にも残っておらぬ。 だからこそ、外の世界に残して欲しいんじゃ。 記録としてでも」


 「父親が看守だったのか?」


 「ご名答じゃ。 さて、これで帰れるじゃろ。 小童(こわっぱ)。 自分を持って生きなされよ」


 「言われなくともな」


 そう言い残し椅子に座っていた月華(ユェファ)は消えた。


 「母さん。 貴方は最後は幸せじゃったかの?」


 そうした問いかけは小屋のようなログハウスに吸い込まれ消えた。













 =美しい女の悲劇の夢 完=


 お題:皺

 お題配布サイト様:http://99.jpn.org/ag/

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます

お題が全く生かされていない……

そして自分はキャラ達を絶望させたいようです……。

よろしかったら感想なんかを頂ければ嬉しく思います

本当にありがとうございました

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