温かい夢
一日一短編のお題企画第三弾です。
「イデデデデッ」
「このくらいなんて事ないでしょー?」
「いやいや、洒落になってない。 なってないから先生いいいいい!!!」
ほぼ白一色の小さめの建物に若い男の悲鳴が響き渡る。 その後に続くは女の笑い声。
『平和か。 この檻は』
少し賑わう街に突如現れた長い黒髪を持った中華系の民族衣装を着た少年。 目にかかる程の前髪を一回掻き上げてため息をついた。
――ペコン
いつも通り空中に現れるパネル。
――ルール:人を傷つけてはならない
クリア条件:ギブスをつけた少年を治す
パネルに表示されたルールとはこの世界、《ドリーミー・ケージ》の最低規則。 そしてクリア条件とは、看守――つまり黒髪の少年が《ドリーミー・ケージ》と呼ばれる本の世界から脱出方法である。
黒髪の少年、月華はさらに深い溜息をこぼす。
「めんどくさそう……」
心の底から出た言葉は街を走り抜ける風の音に流されていった。
「よう、兄ちゃん看守さんかい?」
突然強面の男に肩を組まれて問いかけられるが月華は物怖じせずに頷いた。
「そうかそうか。 なら、ちょいとこっち来てくんなぁ」
来てくれと言っているが男は月華の肩を押してそのまま一軒の酒場に入っていく。
『看守が嫌いな普通の檻か?』
囚人というものは看守というものを嫌う。 たまに看守に恩があったりいい思いをしていた囚人はいるにはいるが、大体は嫌っている為、月華もボコられると覚悟しどうやって倒そうか思案していたら……。
「よう! マスター! ちょっと美味いメシでもこの小さな看守さんに食わせてやってくれい!」
「お! 看守かぁ! いいぜ! 小僧、嫌いなもんとかはあるかい?」
企んでいる様子もなくカウンター席に座り強面の男はカウンターの向こうにいる中年の男に言うと中年の男も頷き問いかけてくる。
『な、なんだ? ただの厚意……。 違うな、ただ油断させておいて薬でも混ぜる気か?』「あ、なんでも大丈夫っす」
「そいつはいい! こいつに言ってやれよ! こいつ、こんな図体しておきながら魚が苦手なんだよ」
「マスター; そういうのは言わないでくれよぉ……」
毒気を抜かれるような陽気な雰囲気に月華は困惑しながら警戒を解こうとはしなかった。
『やりづらい……』
内心頭を抱えたくなる気持ちをなんとか押し込めて月華は笑う。
強面の男はザイオンといい、身の上話を始める。
困っていると酒場の中央にいた女性が苦笑いを浮かべながらいつもなんだと言って月華の横にはミルクの入ったジョッキ、ザイオンの隣にはビールの入ったジョッキを置く。
「苦笑いすんなよ、ティナ!」
ザイオンは少し拗ねたように口を尖らせて女性、ティナに文句を言う。
「苦笑いしか出ないんだよザイオン!」
いっつもいっつもハイテンションなあんたにはね! と文句で返すティナに月華は更に困惑した。
「看守さんや、ここの人間はあんたをどうこうしようというつもりはないよ。 この街唯一の医者が元看守だったからね」
ニコリと笑いかけながらティナは月華の心の中を見据えたように言った。
「その医者は今どこに?」
月華は驚きながらすぐに笑みを浮かべてティナやザイオンに問いかける。
「今は街の東はずれに居を構えているよ。 他の建物と違って真っ白い建物さ」
「もうちょっとで出来るから食ったら行くといいぜ、小さな看守さん」
ティナが答えそれに続くようにマスターが声をかける。
小さく頷き月華は慣れない温かさの中料理ができるのを待った。
「ここか」
舌鼓を打つような美味い料理をザイオンにご馳走になった後月華は一人で東のはずれまで来ていた。
この街の建物は基本はレンガ造りなのだが、その建物だけは異質で屋根以外真っ白だった。
「いだい!! いだいってせんぜいぃぃ!!」
建物の中から悲鳴が聞こえる。 どうやら少年のようだ。
『唯一の医者だから、ここにクリア条件があるわけか』
「しっかりしなさいよもう~! 自業自得でしょ!?」
「いや、それにしたってぇぇぇ!! こっれマジ痛い!!!」
女性もいるようで言い合っている。
入ろうか入らまいか迷っていると、大人しくしてな! という声の後にガチャリとドアが開かれた。
「あら、珍しい服着てるわね」
「あ、あんたが元看守の医者?」
「……そうよ~。 そういうあんたは看守さんね」
月華を見ると驚いたように目を丸くする白衣を着た金髪の女。 和やかだがどこか警戒し合っているような雰囲気を醸し出す。
「あぁ、聞きたい事が……「その前に手伝ってちょうだい。 怪我してないんでしょ?」え……、あ、あぁ。 分かった」
月華の言葉を遮り女は有無も言わせぬ声色で言うと月華は困惑したまま頷いた。
「よしっ! じゃあちょっとこっち来て、歩きながら自己紹介でもしましょ」
森の中に入っていく女を追いかけ月華も森へと入る。
「私は、ファオ。 元看守だけど今はこの街の医者をしてるわ」
「俺は月華。 ただの看守だ」
「ユェファ……。 言いにくい名前ね」
「人の名前にケチつけないでくれるか?」
「これは失礼失礼。 まぁ、よろしくね、ユファ」
「ェどこいった」
「だって言いにくいんだもの~。 ファ同士仲良くやりましょ?」
「こいつおかしい」
「せめてそういうのは思うだけにしなさいよ」
「……つか、なんの為に森に入ったんだ? ファオ」
「うっわ、クール。 薬草よ」
あそこにいたなら聞こえてたでしょう? 今骨折した子がいるのよ。 痛み止めよ。 と笑うファオ。
月華はなるほどと頷いた。 それと同時に居心地が悪い感覚を覚えていた。
温かい雰囲気も、誰かと冗談交じりの言い合いをするのも、屈託のない笑みを投げかけられるのも、初めてだった。
でも違和感というかデジャヴも感じていた。
『前も誰かとこうして温かい雰囲気の中、笑いかけられたような……。 いや、そんな事はないだろう』
月華は頭の中に浮かんだ、誰かの笑顔をかき消した。 あまり元の《ドリーミー・ケージ》の事は覚えていないが覚えているのは血の匂い、ドブの臭い。 そんな世界にこんな温かい落ち着かない場所などあるわけがないと自分に言い聞かせた。
そして、薬草が多く自生している場所に着くとファオは月華に見せて沢山集めてほしいと袋を渡され、月華は小さくため息をついてしゃがみこむ。 背中に幸せ逃げるぞー。 という言葉を受けながら。 ただ黙々と。
「よし、こんぐらいかな。 ユファ~、そろそろ帰ろう」
二人で取り始めて数十分経った時にファオは腰を叩きながら月華に呼びかける。
「月華だっつーのに」
不機嫌そうに口をへの字に歪めながら月華はファオの近くに来て二人は森の中を歩く。
「ユファってさ、元いた世界のこと、覚えてるの?」
「あんまり。 あんたは看守の時のこと覚えてんの?」
「バッチリよ。 でも、元いた世界のことは覚えてないわ」
「……そんなもんだろ。 看守はただ見廻るだけだ」
それより俺はあんたに聞きたい事が……。 そう言いかけて月華はやめた。
見上げたファオの顔がとても苦しそうだったから、月華は何でもないと口をつぐんだ。
「クリア条件って、なんなの?」
「ギブスをした少年を治せってよ」
「あら、じゃあ、こき使わせてもらうわよ」
不意に訪れた沈黙を破るファオの問いかけに月華は正直に答えるとファオはにたりと悪巧みをする子供のように笑って月華の頭を撫でた。
「へいへい」
もう反論するのも面倒なのか月華は払う事無くため息混じりに頷いた。
『看守から囚人になった理由。 あとで聞けばいいか』
月華は木々が生い茂り薄暗い森を眺めながら思った。
それから数日以上、月華は落ち着かない世界に留まることになる。
ギブスをした少年はライといい、ライが骨折した理由は木登りしていたら普通に落ちたらしく右腕を折ったらしい。
ギブスとは、ギプスの訛りで、恐らくこの世界の言葉は訛りが入っているのだろう。 そして、ファオが作ったというギブスは不格好だったために固定する際に激痛が走るのだそうだ。
ライは突然現れた月華に事細かにファオのずさんさや、街の事などを話した。
ファオは年の近い話し相手が出来て嬉しいのだろうと言っていて月華はまたそこでも居心地が悪くなった。
「よー! 小さい看守さん!」
マスターに外で会うと毎回そう呼ばれる。
「小さいって付けるのやめてくれって言ったよな」
「気にすんな気にすんな。 身長伸びないぞ」
「大きなお世話だよ!」
睨みながら言ってもマスターは笑ってバシバシと月華の背中を叩き月華はその手を払う。
「あ、今日辺り、ファオが邪魔するらしいぜ」
「あの先生が? じゃあ、ライの奴大分良くなってるのか?」
「そうみたいだな。 前より痛み止めを使う頻度が減った」
「そうかそうか。 じゃあ、夜迎え着てやってくれよな、看守さん」
先生は酒好きだが下戸だからと笑うマスターに釣られて月華も口の端が上がる。
そう、ライの骨折の状態は大分良くなった。 不格好なギブスをしていたのにも関わらずきちんとくっつき始めている骨。
なんともしぶといと口から溢れファオに大笑いされライに怒られたのはまだ記憶に新しかった。
もうそろそろ、月華がこの《ドリーミー・ケージ》から出られる目処が立ちそうだった。
ライは新しく出来た友人がどこかに行ってしまうのを嫌がってはいるが、仕方ない。 それが月華の役目なのだから。
ファオから看守から囚人になった経緯はまだ聞き出せていない。
聞こうとすると何かしら邪魔が入るためだ。
動物にタックルされたり、妻と喧嘩したという男が泣きながら駆け込んだり。
ファオすらも意図的に話したくないようで邪魔が入らないとたったかと薬生成に逃げ込む。
月華が看守になってからこんなに長期間いた《ドリーミー・ケージ》はなかった。 温かい雰囲気にも慣れ始めてしまっている。
そんな自分に気付くと月華は森の中にある泉で叱咤する。 そんな日々からの開放を月華は心待ちにしていた。
その日の夜、酒場のマスターから電話があり月華は昼間の言葉通りファオの迎えに出向き、肩を貸しながら歩いた。
「ねぇ、ユファ」
この数週間、ずっとファオは月華の事をユファと呼び続けた。
「あんた、私が何で生きながらにして看守からまた囚人になったか、気になってるんでしょ?」
酔いが回っているのかファオは一向に言いたくなかったような話題を自ら振る。 月華はそりゃあなと答えると赤くなった顔でファオが笑いながら教えてあげると言った。
「まぁ、事実ではないけどね。 私のただの推測よ」
最初にそう言ってファオは話し始めた。
「私が看守になったのはね、突然私がいた所の核に言われたから。 なりたくてなった訳じゃない。 そして色々な世界に行って、悲しい世界ばかりでもう嫌になってたわ。 そして報告書と一緒に看守を次の世界で辞めるというメモを出した。 次の世界がここで、私はお産の手伝いがクリア条件だった。 勿論手伝ったわ。 そして、司書が私のメモの通りにしてくれたのね、クリアしたのにパネルもなにも出る事はなく私はここの住人になった」
これが私が看守から囚人になった時の話よ、と儚く笑うファオに月華は納得が行かなかった。
そんなメモ一つで司書が看守をやめさせてくれるだろうかというのもあったし、それより、司書の存在も霞のような存在の為にわかには信じられなかった。
でもファオを見て月華は真実なのだろうと思った。 長年人を騙し続けてきたから分かる。 嘘を言ってるか言ってないかは。
月華はそうかよと言って白い建物の中のファオの部屋にファオを寝かした。
「貴方は、看守続けたいの?」
「……俺はこの檻が嫌いだ。 それに、きっとあんたみたいな繊細な気持ちなんて理解できねぇ。 所詮、囚人だ。 ただ見廻るだけ。 同じ所にいるのなんか反吐が出る」
「……そう……。 貴方は、小さくても、看守様ね」
「褒め言葉として受け取っておくぜ」
それ以来ファオは月華の事をきちんとユェファと呼び距離をあけた。
それから数日、ライの怪我が治り月華はいつも通り、《牢獄図書館》に戻り、報告書をまとめた。
ファオの事は触れずに。 ただ温かく居心地の悪い世界として報告をした。
月華はしばらく座り込んだままでいたが、その《ドリーミー・ケージ》の本、白い建物と森が描かれた表紙の本を拾い上げ本棚に戻しカウンターへと向かった。
「あんな所、二度とゴメンだ」
搾り出すように、言い聞かせるように月華は呟き、その言葉は思いのほか《牢獄図書館》に響いた。
=温かい夢 完=
お題:ギブス
お題配布元:http://99.jpn.org/ag/
今回はそこまで暗くしないようにとしてみました。
よろしかったら感想なんかを頂ければと思っている次第でございます。
お読みいただきありがとうございました