時計の夢
スランプに陥った為今日からお題配布サイト、あなぐら様の物書きさんに30のお題をお借りして毎日1話を更新していきたいと思います。
――カチッ……カチッ……
頭の中に鳴り響く歯車が噛み合う音。 意外と面倒な仕事だな。
ため息を一つ吐いて俺は立ち上がる。 知ってのとおり俺は月華。
周りに建物はなくあるのは歯車や数字、そして時を刻むはずの様々な時計。
動いているものは少なく、少ない動いているものですらてんでばらばら。 何が本当の時間なのか分かったもんじゃない。
「ま、時間なんて合ってないような所だけどさ」
あんまりにカチコチ言うので俺もついつい独り言が出る。
さてはて、人の気配がさっぱりないこの《ドリーミー・ケージ》でどうするか。
つか、一向にいつものクリア条件とルールの書かれたものが出てこない。
こんな事は今まで一度もなかった。 言いようのない焦燥感が俺を襲って来る。
焦燥感なんて囚人である時だけだったのでないのかと頭の隅で考えながら、俺は頭を回転させる。
現れないパネル。 周りを見渡しても看板なんてものは見当たらない。
地平線の向こうまで平坦地が続き歯車や時計、そして文字盤が地面に突き刺さっているだけの世界。
なんて意味不明。 いや、今まで意味があった《ドリーミー・ケージ》などなかったのだけれども。
それでも、その中では囚人、つまりその世界で生活している人間達がいるはずだった。 俺もその一人だったから。
自分の意思で動いていたのか、それとも世界の中心とも言える核にそうさせられていたのか。 それさえも分からない存在。
それが《ドリーミー・ケージ》の囚人だ。 本の中の世界という檻に入れられた哀れな人。
本の世界から抜け出せる唯一の存在。 それは看守だ。
好きに出入り出来る訳ではないが。 本の世界に吸い込まれ、その世界のルールとクリア条件を守ればその世界、いや《ドリーミー・ケージ》から出られる。
出た先はだだっ広い図書館。 中心に塔のように高さのある本棚がありそこから丸くなっている建物、《牢獄図書館》。 数え切れない程の本の量。
その一冊一冊が全て《ドリーミー・ケージ》。 つまり牢獄なわけだ。
そんなおさらいのようなことを考えていなければこの檻は時計の音で頭がおかしくなりそうだった。
思考力を根こそぎこそぎ取っていくような音に俺はこの《ドリーミー・ケージ》の囚人がどうなっているのかが察せた。
この時計全てがきっと囚人なのだと。
「これ、詰じゃない? え、俺帰れる??」
不安により声を出す。 情けないほど震える声に苛立ちを覚えつつも俺は足を動かした。
道らしき砂が続く場所が見えて始めて看板が現れる。
『ルール、囚人を直さない事。
クリア条件、壊れた時計を知る』
「いや、意味わかんないから」
誰がいるわけでもないのに一人ツッコミを入れる。 これは言わなきゃやってらんない。
ルールの囚人を直さないというのはやはり時計が囚人という事で合っているのだろう。
だがクリア条件は真面目に意味わからない。 壊れた時計を知るって何。 ここの時計みんな壊れてんじゃん。
どうやって何を知るの?
そんな事を考えていると看板自体が消えた。
自分で考えろという事か。
恐らく壊れた時計はこの《ドリーミー・ケージ》の核に近いのだろう。 よって普通のとは少し違うのだろう。
どこもかしこも時計時計、時計の檻。 その中からたった一つの時計を探せってどんな鬼畜だよ。
想像しただけでげっそりとしながら俺は道に沿って歩く。
一体何時間歩き続けただろう。 足が動きづらい。 もうしんどい。
考える気力すらあまりない。 体が重く足を止めそうになる。
頭の中ではカチコチと時計特有の歯車が噛み合う音が大きくなっていく。
もう諦めてしまおうか、そう思った時。
俺の耳に届いたのは、嘆きだった。
遠くから何を言っているのかわからないがその声は悲しげに響いていた。
自然と足が声のする方に向かう。
徐々に木霊していく色々な声。 だが俺の耳はただ一つ、最初聞こえてきた悲しげな声だけを拾っていた。
「お前か、壊れた時計は」
「貴方は誰? あの子はいつ来るの?」
予想とは反してその時計は古ぼけておらず、むしろ新しいと言える腕時計だった。
あの子という言葉からきっと子供の持ち物だったのだろう。 デザインが可愛らしい。
「俺は月華。 あんたの事を知りに来た」
「私の事はいいの。 あの子は? あの子はいつ。 私を迎えに来てくれるの?」
話が通じない。 いや、時計と話している事自体おかしいんだが。 それでもこいつはわからず屋だと思う。 うん、きっとそうだ。
「あの子に頼まれたんだよ。 自分は当分来れない事を伝えてくれと。 そしてあんたの事を知りたいと」
嘘も方便。 俺は元々詐欺師だった。 嘘はお手の物。
「あら、そうなの? 私はね」
ほぉら。 簡単に引っかかる。 逆に心配になるぐらいのちょろさ。
俺は聞き役に徹した。
その時計はある少女の10歳の誕生日に送られたモノだったらしい。 その子はずっと何年もつけていてくれた。
だが、突然、外したきり付けてくれなくなった。
その子になにかあったのか、それともただ子供っぽいデザインが気に入らなくなったのだろうか定かではないが徐々に時計は壊れていった。
そして子供を待ち続け、その悲しさからこの檻の全てのものを時計にしてしまった。
時を刻まなくなった時計は亡骸なのだろう。
「私はいつまでも、待つわ。 あの子はきっとまた私をつけてくれる。 私と一緒にいてくれる。 壊れてても、直してくれる」
その声は希望に満ちていた。 俺には一生出せない声。 時計は信じているのだと理解した。
それ以外にないのだとも。 なんとも哀れで滑稽なのだろう。
そう思った瞬間、体が浮く感覚がした。 目の前に現れる文字、クリア。
我に返った時にはいつもの暗くも明るくもない重々しい空気の《牢獄図書館》。
耳の奥にこべりついた時計の音がとても不快だったが俺は見たこともない司書に提出する為に簡潔にまとめあげる。
まとめあげてから自分の横に置いてある時計の表紙の本を拾い上げて本棚に突っ込む。
そして本棚の塔の下の方にあるカウンターに適当に放り投げる。
不思議な《ドリーミー・ケージ》もあったものだと一人笑いながら俺はまた吸い寄せられるようにこの広く重々しい牢獄を練り歩く。
=時計の夢 完=
お題、壊れた時計。 質問配布元:あなぐら様 http://99.jpn.org/ag/