雪の涙とクリスマスの夢
クリスマス企画です
友人から一人語りでお題は〔雪と涙〕というリクエストをいただき書き上げました。
姉妹愛というか家族愛を感じて貰えればいいなぁ(願望
感想などお待ちしております
これは、とある看守の記録である。
その日、私は赤い表紙の本を手に取った。
看守である私には慣れた事だ。 本の中の檻に入る感覚。 吸い込まれるような、そんな感覚を感じながら私はただ目を閉じた。
目を開けたらそこは見渡す限りの銀世界。 自分の吐息が真っ白に染まり、ツンと寒さが鼻に突き刺さる。
此処は冬の世界なのだろうか。 何もないように見えたその雪原を歩く。 ラフな恰好をしているのにそこまで急激な寒さを感じない。 雪に足が埋もれる事もない。
サクリサクリと軽快な音を立てて私は一歩ずつ歩く。
暫く歩いていると表示板が出てきた。 その表示板はどの檻にもあるルールとクリア条件が書かれていたモノだった。
そこに書かれていたのは、こうだ。
――ルール:あの子を笑わせない事
――クリア条件:雪を止ませる事
全く以て訳が分からないこのルールとクリア条件。 そんな世界も何度も見てきたがこうも固有人物を中心に書かれていると困ってしまうのも真実。
私がため息を吐くと雪原だったはずが賑わっている商店街だろうか、店や家が所狭しと立ち並ぶ通りにいた。
通りにはクリスマスツリーが飾られ、子供は母親の手を握りニコニコ。
中年男性の手には似合わないケーキ箱。
寒さを温め合う様に寄り添う若者たち。
一瞬にして理解した。 この世界は、この檻は、クリスマスなのだと。
私の人生が狂った日と言っても過言ではない日。 私は早く終わらせようとこの世界の核となる存在。 この世界では〔あの子〕を探すことにした。
深々と降り続く雪は確実に私の記憶を呼び覚ますのに十分だった。
忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。 私が看守になるきっかけのあの日をまだ覚えている。
まだ私は引き摺っている。
私には一時期の記憶がない。 看守になる少し前の記憶。 元々自分がどこの檻にいたかすら覚えていない。
ただ覚えているのは紅く染まった私の大切だったはずの人。
私は〔あの子〕が誰なのか、何処にいるのか分かっているかのようにすたすたと雪道を歩き続ける私。
自分でも分からなかった。 でも、この道を、この風景を私は知っているように思えた。
ようやく止まったのは一つのログハウスの前。
呼吸が乱れる。 疲れや寒さからではない。 このログハウスを私は知っている。 そう確信した。
消えている記憶の何処かで私はこのログハウスを見た。
そしてこの中には……。
――ガチャリと開かれたドア。
そのログハウスの中で見た物とは……。
泣きじゃくる少女とその涙がキラキラと雪となって落ちその雪はログハウスの煙突へと吸い込まれ煙の様に降り注いでいた。
ルールには少女を笑わせてはいけないと書いてあった。
何故泣いているのかと問いかけたら少女の肩がびくつき私を見るとホッと安堵の息を吐く少女。
だがその少女の顔に笑みは浮かばなかった。
此処で何してるの、ボクは化け物だからここで雪を降らせるだけの存在だから、雪はもういらないんだよ。
クリア条件は雪を止ませる事だった。 私は少女を抱き寄せ呟く。
少女は驚いたように目を見開いた。
そんな事言っていいの? そう少女は大粒の雪を流しながら問いかけた。
意味が分からなかった。
そんな事言っていいのかとはどういう意味なのか。 そして少女の大粒の涙の訳はなんなのか。
私は早くこのジングルベルの音から逃げたいために頷いた。
少女は少し泣いた後にピタリと止まり弱気そうな目だったのがしっかりとした芯の強い目に変わり真っ直ぐ私を見ていた。
彼女の緑色の瞳に映った私。 その姿は血塗れだった。 どこかで見たことのある女。 あぁ、そうか、私か。
幾度となく脳裏に過ったのは私の姿だったのか。 血塗れで倒れていた女は私だった。
だから、泣き続けて居たかったのよ。 そう少女は苦しそうに眉を潜めた。
少女に辛い思いをずっとさせてきたのだと思った。 それと同時に私は死んだはずなのに何故看守をやっているのだろうと思った。
ありがとう。 私が少女に告げると
消えないで。 そう少女は私の手を取り悲痛な叫びをあげた。
首を振る私。 看守として色んな世界を見てきた。 死者は長く動けない。 私は私の死から逃げた彼女の願望だと思いだした。
看守を作るのは《牢獄図書館》の司書か、看守が死んだ檻の核となる存在だった。
そして私の妹が核だった。 私は彼女の前でクリスマスを嫌う看守に殺されたのだった。
私は紅く染まった自分の腹を庇いながら妹をも殺そうとする看守を殺したのだった。
あぁ、愛してるよ。
―――行かないでお姉ちゃん。 遠くで妹の悲痛な叫びが聞こえた。 大丈夫だよ、そう言いたかったが私の体はもう世界から消えていた。
なぁんで記録が残ってんだか。 俺、月華はぱらぱらと記録簿を見ながらため息をこぼした。
俺しかいない《牢獄図書館》にはいつも通り虚しく響き渡った。
クリスマスに家族を奪われた核は家族をプレイヤーへと変貌させた。
そして家族は核の記憶を少し受け継いだ。 なんとも滑稽な話じゃないかと笑う声が響く。
―――くだらない。 死んだら全て終わりじゃないか。
目を覆いその呟きは響き渡る事もせずにただ消えていった。
=雪の涙とクリスマスの夢 完 =
此処まで読んで下さりありがとうございます
メリークリスマス!