いたずら攻防戦 ~ウィルの手のひら上で~
「こんにちは」
「はいこんにちは」
「そしてさようなら」
後ろにやっていた手を勢いつけてこっちに出してきた。その手には何か握られているけれど、見定める前にやる事があってちゃんと確認できなかった。
つまり、
「まっさかぁ」
相手が言うところの“さようなら”を回避するために、思いっきり地面を蹴っ飛ばして相手に土をぶっかけながら後退した。
土とか砂をぶっかけるのって、ちゃちな感じするけど結構効果的なんだよね。
四日前、いや五日前だったかな。
色々人をおちょくったり陥れたり騙したりが好きで得意な悪友ウィルが、いつもの如く他人をそういう感じに弄んでいたんだ。
その時に何の気まぐれか声を掛けられて、そういう趣味の悪い遊びに参加しない?って誘われて、それなりに退屈していたオレは二つ返事で頷いた。
ただちょっとマズくないかなーって思ったのは、その相手が複数でちょっと公的な機関だったってところ。
でもそんなのウィルの遊び相手としては今更だったし、そう残念ながら今更だったし、そんな奴と未だにつるんでいるオレもまぁ正直そんなの慣れっこだったんだ。嫌な事に。
だからそう、つまり何だ。
遊び相手は選びましょうって事か?
だだだだだ、と街中を走りながらどこか隠れ場所が無いか目で探す。プチゴーストタウンなこの街は多分どこに隠れても服に埃が付くんだろうな。ああもうこの上着お気に入りな方なのに!
追っかけてくる奴との距離を確認しながら、上着の胸ポケットに入れておいた機械を取り出して電話の短縮番号を押す。とにかくあいつに文句を言いたい。
〈……――はい、ウィルだけど〉
「おいこらウィル、何か追っ手がいるんだけど! しかもプロの殺し屋っぽいし! おっ前どれだけ危ない事をオレにさせたの!?」
〈えー追っ手?って事はやっぱりあの鍵本物だったんだぁー、やった! いや~同じ日の宝石よりあからさまに警備多いから寧ろ嘘くせーと思ってたんだけどマジで本物とは〉
「ちょっと待てお前偽物にあんな労力使ってたの? 目の下のクマやばかったじゃん! 馬鹿じゃないの? 馬鹿だろ!」
〈うっせーなー結局本物だったみたいだし結果オーライでしょ。だいたい弄びごたえがあるならそれでいーんだよ〉
「うぅわ性格わるっ」
〈それ今更? あーでもちょっと傷ついたなー、助けて欲しそうだけど僕傷ついたしなー、助けてあげるのやめ〉
「ごめんごめんホントごめん、お願いだからあのおばさんどうにかして!」
今のところ狙撃されていないから銃とかの飛び道具系は持っていないみたいだけど、じわじわ距離が縮まっている、気がする。このままじゃどう考えてもウィル言うところの“ゲームオーバー”だ。
そりゃあそれなりに覚悟はしてたさ。なんせやたら厳重警備の中に置かれた物を盗み出したわけだし、失敗したなら警察に捕まるなーくらいは覚悟していた。
しかしまさか一週間経とうかって時にどう見ても普通のおばさん、って感じの人間が挨拶を二回もしてくるなんて思わないよ。まぁ盗んだこっちが悪いかもしれないけど、手段がちょっと極端過ぎない?ウィルが「ちょっと人通りの少ないとこ歩いてみてくれない?ちょっと確認しときたいからさ、一応だよ一応」って事前に言ってきていなかったらもう心構えがゼロだったぞ。
あいつの「ちょっと」が全然ちょっとじゃなくて「一応」が全然一応じゃないことは凄くよく知っていた。いやあいつにとってはちょっとで一応なんだろうけど。
でも賭博場まるまる一つ分の金を懐に入れてそのまま建物を完全爆破するような奴だ。そんな奴の物差しなんだからあとは推して知るべしってところだろう。
そんなんだからそれなりに何か危ないかなーって少しは準備した。
準備したよ。
でもこれ流石に予想以上過ぎるから!
〈仕方ないなー助けてあげよう。にしても割と予想通りかなー分かり易過ぎてつまんないくらい。あ、その街の外にもう一人配置されてるはずだから街から出ないようにね〉
「えっ何それどういう事?」
〈ん? 何が? あっ伏せて〉
反射的に従う。そうしたら何かキラッと光るものが前方に飛んでいった。
……ああ、そうだね。飛び道具じゃなくても飛ばせば飛ぶもんね。刃物とか。
〈あっ丁度いいや、横の赤い看板の店ん中に入って〉
「……お前、おいウィル、」
〈でさぁカウンターにスタンガン置いてあるでしょ? 熊用の。それ持って外に出てやっつけといてー〉
電源入れたらバチッと見事に青い火花を散らしたやたら綺麗なスタンガンを見て、遂にオレは叫んだ。
「全部分かってて遊んでやがるなこの野郎っ!!」
指示からして街の防犯カメラをジャックしているみたいだし予想通りとかつまんないとか、極めつけはこの新品のスタンガンだ!
これ、このプチゴーストタウンごとウィルのゲーム盤になっている!
しかもプレイヤーキャラにオレも含めてやがるな!?
〈う……っせーな、何なの?〉
「“何なの”はこっちのセリフ! 今回のゲームは参加表明してないはずだぞっ」
店を出る前に電話をヘッドセット用に切り替えて、まさか使わないだろうけどお守りみたいな感じで、と持ってきていた折り畳みマイクを装着した。両手が塞がっていたら緊急事態に対応できない。……できればそんな事態は起こってほしくないが。本当に。マジで。
けどウィルがどんな“ミニゲーム”を用意しているか知れない。
〈あっはは、何言ってんのさ。これは五日前の遊びのちょっとしたオマケだよ、ちゃんとしたゲームですらねーし。ゲームに謝れ〉
わざと窓から飛び出して、ドア横に張り付いていたおばさん:職業おそらくプロの殺し屋をほんのちょっと驚かす。そして思いっきり、
「ッSooorry!!」
謝りながらスタンガンをバチッと当てた。
一瞬ビクッと痙攣したおばさんはそのままぐるんと白目をむいて、膝を折りつつ横ざまに倒れた。うわっ砂埃がちょっと……きったなっ。おばさんメチャクチャ砂まみれだよ。
うーん威力は最大よりも少し弱めに設定してたけど(ちなみに最初はMAXだった。おいウィル)、熊用らしいし結構マズかったかな?
とりあえず脈はあることを確かめて一息つく。
「なぁウィル、何で人間用じゃなくて熊用だったのさ。危ないだろ」
〈あーのーね、人間用で大人が気絶するやつって実際はなかなかねーんだよ。熊用で丁度いいの。そりゃ人間用でもあるにはあるけど違法が多いしー〉
白っぽく汚れたその襲撃者をさっき出てきたばかりの店にズルズル引っ張り込み、放置されてた何かのコードでぐるぐる巻きにしておいた。
「お前が違法か合法かなんて気にするタマか?」
〈だってこれただのオマケだよ? なのに特別仕様の物なんて使いたくないね! それに違法のってチェック甘いからヤだ〉
「結局お前の好みなんだな?」
〈うん〉
今度はドアから外に出て、ぐるっと周りを確かめた。
〈ああ、他には街の外に一人だけだから大丈夫だよ〉
やっぱり防犯カメラで見ているらしい。
「なるほどナルホド。それでだな親愛なるウィル君」
〈何その呼び方キモチワルっ〉
「皮肉に決まってるだろ親愛なるウィル君」
〈分かった分かった、何かなマイ・ディア〉
返された言葉にぞわっとしながら、とにかく聞かなきゃ落ち着けない、と悪友どのに質問する。
「君のオマケのプレイ内容とそれに関する背景を、このプレイヤーキャラにご教授願えない?」
何も聞こえない電話の向こうで、にやりと笑ういたずらっぽい顔が見えるようだ。
くっそ、今度からはお気に入りじゃない方の服で出掛けさせてもらうからな。