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悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました  作者: パンドラ
第一章 消えた悪役令嬢編

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第10話

 力が強い。

 殿下が私の右手首を掴み、壁に押し付けるのに抗おうとしてもピクリとも動かない。


「レオ様、落ち着いてくださいませ」

「落ち着く? 落ち着いているとも。だからこそ、君を糾弾している」


 私が偽物だと確信されている?

 だとすれば、これ以上の弁明は無意味です。


 いや、レオ様の瞳を見なさい。そこにあるのは恐怖、何かを恐れている。

 確信を持っている人物の瞳ではありません。

 何を恐れているのでしょうか?

 ミリス様がいないこと? 私がミリス様であること?

 ――彼の中のミリス様が、変わってしまうこと?


「君はミリスではない。なのに、どうして君はミリスの見た目をしている?」

「それは……私が、ミリスだからですよ」

「違う。ミリスは君のように相手に合わせることを知る女性じゃない」


 やはり。

 殿下の中には絶対的なミリス様像がある。

 それにそぐわないから、私がミリス様じゃないと糾弾している。

 ならば私のやるべきことは?

 このままミリス様ではないと認めること?

 それともミリス様の演技を続けて認めさせること?


「――レオ」

「――違う、君はミリスじゃない」


 レオ様の瞳が揺れている。

 やっぱり、ミリス様はレオ様を呼び捨てにしていたんだ。


「レオ!!!」


 怒気を乗せて、叫ぶ。

 びくりと体を震わせて、彼は私の腕から手を離した。

 そのまま、数歩下がって距離を取る。


 ああ、なるほど。

 レオ様は、ミリス様に畏怖を抱いていたのですね。


「私がいつ無礼を許しましたか?」


 可能な限りの怒気を込めて、淡々と告げる。

 我こそが上位者である。という自負を込めて。

 変わられる前のミリス様をレオ様が求めているのであれば。

 きっと、太陽のごときあの方を求めているはずだから。


「ミリス……いや、違うんだ。違う」

「何が違うと言うのですか?」

「違う、違うんだ……」


 ふらふらと、頭を抱えてその場に膝をついてしまう。

 レオ様。

 一体ミリス様とレオ様はどのような関係だったのでしょう。


 少なくとも、今の私に、レオ様はミリス様の面影を見ている。

 そこを、利用させてもらいましょう。

 ……心苦しいですが。


「レオ。何をもって私がミリスではないと糾弾するに至ったんですの?」

「……」

「レオ、答えなさい」


 不満であるという意思表示を。

 上位者から、下位者へ向けて指示をするように。

 あの時期のミリス様であれば、きっと王子殿下であろうとへりくだらない。


「――ミリスが、失踪したという知らせを聞いた」

「っ!?」


 ミリス様が失踪したという情報は、ごくごく一部の人間しか知らないはずですのに。

 秘密裏に捜索していた動きを察知された?

 可能性としてはそこでしょう。ご当主様や執事様が情報を漏らすとは思えません。

 王家の情報網も伊達ではありませんね。


「どうすればいい。ミリスは僕が王になるためには、超えなければならない壁なんだ」


 滔々(とうとう)と、レオ様は語り始めます。


「彼女がいなければ、僕は何を目指せばいい。どんな王になればいいんだ……」


 ああ、そういう関係だったのですね。


 ミリス様は完璧な方でした。完璧な淑女でした。完璧すぎる方でした。

 レオ様は、ミリス様を目標になさっていたのですね。

 目標が失われてしまって、行くべき先に不安を感じてしまっている。


 だから、私がミリス様ではないと。

 いいえ。

 ミリス様で、あってほしくはないと。

 願わざるを、得ない。


 私はこの方にどのような声をかけるべきでしょうか。

 あの時期のミリス様ならば、きっとこうおっしゃるでしょうという言葉は浮かびます。

 そこまで深い付き合いではありませんでしたが、あの方の圧倒的な魅力は十全に浴びてきましたから。

 ですが――。


「第一王子殿下」

「……なんだい。ついに、惨めな僕を見限ることに決めたのかな?」

「いいえ。ご無礼をお詫びいたします」


 レオ様が顔をあげられる。

 変わらず、瞳には不安の色が揺れている。

 弱い方だ。いいえ、ミリス様が強すぎたのでしょう。


 私はミリス様に教えていただいた完璧なカーテシーを披露し、仰々しく礼をします。


「私の名前はティカ。——ミリス様の影武者です」


 そう。本当の事を打ち明けることに、決めたのです。


 レオ様は心の底から驚いた表情を浮かべ、改めて、上から下まで、私の様子をじっくりと観察されております。

 どこからどう見てもミリス様にしか見えないでしょう。

 だからこそ、私はあの方の影武者に選ばれたのですから。


「出身はスラム、卑しい身分でありながら、詐称していたことをどうかお許しください」

「待て。待ってくれ」


 待たない。待つはずがない。


「ミリス様に拾われ、その御恩を返すべく、今日までその座を損なうことなく守ることを決めておりました」


 全てを打ち明けたのは、決して同情心からではありません。

 このままでは、きっとこの方は壊れてしまう。そう思ったからです。

 ミリス様に理想を見出しているこの方は、私がミリス様の名誉を棄損しないためにしていた行為に納得ができていない。

 ならば、ミリス様がしているわけではないと納得してもらうほかないでしょう。


 これは、私の独断です。

 レオ様がおっしゃっていたように、私は他人に合わせてしまう人間ですから。

 それもそのはず。

 私自身が、ミリス様に合わせるようにチューニングされた人間なのですから。


「なら、本物のミリスは……?」

「おっしゃった通り。現在行方不明となっております。我が家で秘密裏に捜索しておりますが、本気でお隠れになったミリス様を見つけ出すのは大変厳しく……」


 見つけられていない。までは言わない。

 死んでいる? かどわかされた? あり得ない。

 だって、いなくなったのはミリス様だから。

 あの方を害せる存在なんて、いるはずがない。


「……だろうね。ミリスがその気になったのなら、覆せる人がいるはずがない」

「はい。どこかで元気にしておられることでしょう」

「その通りだ」


 ゆっくりと、レオ様が立ち上がる。

 その表情に覇気はなくとも、元の王子としての表情に戻っておりました。


「ティカ、だったね」

「はい、殿下」

「レオでいい。その顔で殿下と言われるのは……気味が悪い」


 困った表情をして、私の殿下呼びを否定されました。

 確かに。違うと分かっていても、ミリス様の顔をした人物に畏まられるのは思うところがあるのでしょう。

 ここは従うとしましょう。


「わかりました。レオ」


 私が軽く砕けると、これもまた少しだけ嬉しそうに。

 懐かしむように、レオは笑われました。


「――ありがとう、本当の事を話してくれて」

「いえ。私の独断ですから」

「なら、これは僕たちの間の秘密だね」


 口調が戻っている。

 どうやら調子を取り戻されたようですね。


「そうか、ミリスが……」

「ミリス様は、七年前から様子が変わられました」

「あまり姿を見せなくなったのはそのせいか」

「はい。挨拶なども、実は代理で私が行っておりました」

「……その時期から入れ替わっていたのか」


 あの時のミリス様は、周囲の様々なものに怯えていました。

 ですので、外にお姿を見せるわけにはいかなかったのです。

 ちょうど私の教育が間に合ってよかったと、ご当主様もこぼしておられました。


「公表、するわけにはいかないね」

「はい。アークライト家の娘が失踪となれば、大事になりすぎるだけでなく――」

「――ミリスの名誉にも大きな傷がつく」


 私の言う事の先取りをしてくださったので、黙って頷きます。

 それだけは、あってはならない。

 あの方の名誉が傷つけられることだけは避けなければならない。

 だからこそ、私はレオに影武者であることを明かしたのですから。


 私がミリス様であると勘違いさせたまま、理想だったミリス様を捻じ曲げられるのは。

 あの方の生きざまを否定するのと同じことですから。


 何かを少し考えた後、レオは深く頷きました。

 それまで取り乱していたのが嘘のように。


「ティカ、だったね」

「はい」

「悪いが、僕は君を利用する」


 堂々とした宣言。

 思わず、笑ってしまいます。

 一瞬だけ、ミリス様が重なってしまったのですから。

 ――あなたは、あなたが理想とされているミリス様に近づいておられますよ。

 言葉にこそはしませんが。


「ミリスの名誉を傷つけないため、君には僕が知っているミリスの情報を与える」

「では、私からは殿下の存じ上げない変わられた後のミリス様の情報を提供いたしますわ」

「ああ。僕らは――共犯者だ。ミリスを見つける、その目的のための」


 やはり、暗君ではありませんね。

 ミリス様を思っていることを、私がミリス様を未だに追い求めていることをこのやり取りで見透かしたのですから。


 改めて、レオがこちらへ手を差し伸べてきます。

 エスコートを誘う手ではなく。

 共犯者へ捧げる、地獄への誘い。


 これより、私はご当主様にも執事様にも話せない秘密を抱えることとなりました。

 家に雇われている身としては合ってはならないことです。


「改めて――今後よろしく頼むよ、ティカ」

「はい――レオ」


 私はレオの手を取り。

 共犯者として、握手を交わしたのでした。

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