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天国への水先案内人 〜三途の川の渡し船〜

作者: 舞茸 満
掲載日:2026/03/31

 俺は平吉、船頭をやっている。毎日多くの客が来て、ひたすら川の渡しをやっている。この川は「三途の川」と呼ばれていて、基本的に往路しか客は乗らない。


 客も色々で、善人ばかりならば優雅な船旅。悪人が揃うと高波の中を進めなきゃならん。そんな時は、それはもう死ぬ思い。死んだ俺がさらに死を感じる、シビアな世界だ。


 さて、今日のお客さん達はどうだろうかね。


「船頭さん、川の向こう岸までやって下さいな」


 着物の若い御婦人が来た。


「あいよ、船賃は六文ね」


 御婦人が船に乗り込む


「じゃあ船出すけど、未練は持っていけないよ」


「ええ、もう十分生きましたわ。病気の連続だったからね。夫が延命しないって、お医者さんに言ってくれたのよ」


「そうかい、やっと解放されたってわけか」


「今度はあたしが見守ってやる番よ」


「良い心掛けだ。今日は波が落ち着いてるよ!あんた、徳を積んだ人生だったんだな」


 御婦人と俺はそんな話をしながら、あっという間に岸に着いた。


「この先真っ直ぐ行くと天国だから」


 俺が説明すると、御婦人は手を振って歩いて行った。


「こういうお客さんばっかりだと助かるんだけどなぁ」


 出発地点へ戻ると、同業のトメ雄も戻ってきた。


「平さんは良いなぁ、上客掴んで。俺はとんでもねぇの拾っちまったよ」


 トメ雄はずぶ濡れになっている。


「さては、地獄方面に行ったか」


「あぁ、会社でパワハラやってたらしくてさ。追い詰められてここに来たみたいなんだけど、船賃負けろだの、現世へ戻らせろだの、カスハラ野郎だよ」


 トメ雄がボヤいている。実際この手の客は多いのも事実だ。


「今頃、閻魔さんのところでこってり絞らてると良いな」


 俺はトメ雄の肩を叩きながら話した。


「まったくなぁ。まぁそういう奴は、来世は人間にはなれないだろ」


 俺はトメ雄に煙草を一本渡した。


「なんとかは死ななきゃ治らねぇって言うけど、死んでも治らねぇんじゃ救えねぇなぁ」


「ほんとだよ平さん。乗船拒否とか出来ないもんかね」


 そんな話をしていると、また一人やってきた。


「おい船頭、船出してくれ」


 中年の男が来た。気難しそうな表情に高圧的な態度だ。


「トメ、今度は俺がやる」


 俺が船を出すことにした。


「六文ね」


「領収書書いてくれ」


「なに?」


「これは経費で落とす。自分の金はビタ一文使いたくない」


「領収書なんか出せねぇな。嫌なら自力で渡ってくれ」


「お前ら、本当は誤魔化して税申告してないだろ」


「あのなぁ、この船は国営なんだよ。俺たちは天国で雇われている公務員なんだ。金ごまかすようなマネするか」


「貴様ら怪しいな。私は港町税務署の税務署長だ…元だけどな」


 その時、次第に波が時化し始めた。同時に俺の持っているタブレット端末に顧客情報が送られてきた。この元税務署長のものだ。


「元税務署長さんよぉ、あんた偉そうな事言えた義理かい?現世で『脱税』を見逃した企業のリスト、ここに全部あるぞ」


 俺はタブレットの情報を見せた。


「それは…付き合いで仕方なかったんだ…天下りも禁止されているから」


「あぁそうかい。波も時化てきたようだ。あんたの送り先は、どうやら閻魔さんの方になりそうだな。しっかり掴まってろや」


 俺は勢いよく船を出し、荒波の中を地獄の入口まで向かった。戻ってきた時には先程のトメと同様、水浸しになっていた。


 トメ雄が煙草を吹かしていた。


「平さん、ご苦労さんでしたね」


「おぉ、久々に荒れたな。さっきの野郎、閻魔さんが手ぐすねひいてたよ」


「元税務署長なんて、散々甘い汁吸ってたんだろうなぁ。現世じゃ年金が出ないからって、こっちは死ぬまで働いてたのに」


 トメはやるせない表情になっていた。


「挙げ句の果てに、死んでも働いてるってか。なあトメ」


「平さん、それを言っちゃあおしまいよ」


 俺とトメは大笑いをした。


 そんな俺達のもとには、時々迷い人が来ることがある。


「平さん、お客さんだよ。まだ若いな」


「トメ、お前が行け」


 トメはその客に声をかけた。まだ若い男性だった。車の鍵を持っている。


「ここが渡し場ですか?」


 男性は不安そうな表情を浮かべている。


「そうだよ。六文で船を出しているよ」


「自分は、渡りたくありません」


 沈んだ表情でそう呟いた。俺は事情を聞くことにした。


「兄さん、何かワケありってとこだな。話聞こうじゃねぇか」


 俺は近くの茶店に彼を誘った。


「自分は車を運転中に事故に遭いました」


「そりゃ気の毒だったな…」


「相手は飲酒運転のトラックで…」


 そう言うと、彼は俯いてしまった。


「まぁ、茶でも飲もうや、な」


「その上相手は信号無視でした。自分はまだ死にたくありませんでした。規則を守っていたのに…」


「そうだよな。それが現世の理不尽って奴だ」


 彼は茶を一気に飲み干した。


「自分はまだやりたい事がたくさんありました」


 未練がある。この若さでは無理もない。20代で理不尽に人生を断たれた心中を慮る他なかった。


「なぁ青年よ。この仕事してるとな、地獄送りなる奴を一定数見てきた。死んでからじゃ遅えけどな。あんたの人生を奪った罪は軽くねぇ」


 慰めにもならなかったのは百も承知だ。青年が涙を流しているのを、俺は肩を抱くしかできなかった。


 そこへトメが現れた。


「青年、こいつトメって言うんだけどな。こいつなんてヒドイぞ。75で土手で交通整理の仕事しててな。イヌの糞を踏みそうになって避けたら、足を踏み外して川に落っこっちまったんだ」


「どざえもんってヤツだな、平さん」


「河童の川流れじゃねえのか、トメ」


「俺の頭見て言うなよ平さん」


 俺達が笑うと、青年もかすかに微笑んだ。


「青年よ。見たところ、あんたはまだ戦ってるんだな」


 俺は下界を見た。集中治療室で懸命な治療が続けられている青年の姿があった。


「助かる見込みはあるのかい」


 トメが青年に聞いた。


「分かりません…明日あたりが峠だと」


 しばし、沈黙が流れた。


「船頭さん、船に乗せてください。戻っても、元通りになるか分かりません」


「良いんだなそれで」


 俺は青年に一言だけ聞いた。


「はい、お願いします」


 そう言うと、俺は船に乗り青年を待ち構えた。


 青年が船に乗る。


 途端、船が傾いて沈みかけた。


「ダメだ!青年、降りてくれ!」


 トメが青年を引っ張り降ろした。


「ど、どういうことですか!?」


「未練だよ、あんたの未練が重すぎるんだ。だから沈んじまいそうになったんだ」


 トメが青年に説明した。


「つまり、あんたはまだ逝っちゃならねぇって事だ。そうだなトメ」


「ああ、この船は未練だけは運べねぇんだ」


「戻れってことですか…」


 俺は煙草に火をつけた。


「まぁ、そういう事だな。あんたが生きている事を何より大切に思う人たちがいるだろ。生きるってのは、辛くてもそれに応えることだ」


 下界で彼の両親や恋人らしき女性が寄り添っている姿を、俺は見ていた。


 青年は俯いたまま、拳を握っている。


「船頭さん、戻ります」


 静かに青年が顔を上げた。


「それが良い。今のあんたを船に乗せるのはゴメンだぜ。未練の重さで沈没して、俺は死んじまうからな」


「平さんよ、俺たちはもう死んでるんだぜ」


「そうだったな」  


 俺達が笑うと、青年も大笑いをしていた。


「ありがとうございました」


 青年は深く俺たちに頭を下げると、背を向けて戻って行った。やがて、青年の姿がふっと消えた。


「平さん。大丈夫かね、彼は」


「さぁな。まぁ、あの未練のまま送ったら、化けて出ちまうだろ。それなら戻してやらねぇとな」


 俺とトメは新しい煙草に火をつけた。煙が空へ消えていく。


「船頭さん、船お願いします」


 遠くから声が聞こえた。


「トメ、新しいお客さんだ」


「あいよ、平さん」






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