~北九州・境界観測録~ かしわ飯(短編)
短編part2
■「ない日」
昼過ぎ、スクーターを止めて店に入る。
ガラスケースの前で、一瞬だけ手が止まった。
ない。
かしわめし が、置いてない。
売り切れ、という感じでもない。
札は出ているのに、その場所だけきれいに空いている。
「今日はまだですか」
なんとなく聞くと、店の人は首をかしげた。
「今日は入っとらんよ」
あっさりした言い方だった。
そういう日もあるのかと思って、他のものを買って店を出る。
そのままスクーターで戻りながら、少しだけ引っかかった。
昨日はあった気がする。
いや、昨日じゃないかもしれない。
でも、ここに来れば普通に買えるものだと思っていた。
――次の週も、同じ時間に寄った。
また、ない。
札はある。
場所も同じ。
そこだけ、きれいに空いている。
今度は何も聞かずに出た。
三度目で、気づく。
曜日だ。
同じ曜日に来ると、ない。
別の日に来ると、普通に並んでいる。
試しに、時間をずらしてみる。
午前でも、夕方でも、同じだった。
ない日は、ずっとない。
ある日は、ちゃんとある。
売り切れた様子もないし、
慌てて補充する様子もない。
最初から、その日は置いていないみたいに見える。
店に戻ると、九十九がカウンターに肘をついていた。
いつものように、勝手に酒を取っている。
「なあ、あれ」
声をかけると、面倒くさそうに目だけこちらに向ける。
「折尾の、かしわめし」
「ああ」
興味なさそうに返す。
「曜日で、ない日あるんだよ」
少しだけ間を置いて、九十九は頷いた。
「あるな」
知っているような言い方だった。
「なんで?」
聞くと、九十九はグラスを回しながら言った。
「日付で切ってるんだろ」
「仕入れかね」
九十九は少しだけ笑う。
「そういう意味じゃない」
「じゃあ何だよ」
グラスを回す。
「向こうの都合だ」
それ以上は続けなかった。
グラスを置いて、何もなかったみたいに酒を飲む。
そのあと、もう一度だけ確かめに行った。
ない日だった。
やっぱり、ない。
札の下に、きれいな空白がある。
その場所だけ、触ると少し冷たい気がした。
手を引っ込める。
周りを見ると、他の弁当は普通に並んでいる。
減っている様子も、増える様子もない。
そこだけ、最初から何も置かれていないみたいだった。
店を出て、スクーターにまたがる。
エンジンをかける前に、もう一度だけ考える。
買えた日は、いつだったか。
思い出そうとして、少し止まる。
味は覚えている。
甘い醤油の匂いと、少しだけ濃い飯。
鶏の脂が、あとに残る感じ。
箸を入れたとき、飯が少しだけ固まっていて、
そこを崩すと、下から濃い色の部分が出てくる。
確かにそういった感じは覚えている。
でも、それをいつ食べたのかが、はっきりしない。
昨日だった気もするし、
もっと前だった気もする。
エンジンをかける。
考えるのをやめると、すぐにどうでもよくなった。
帰り道、別の店の前を通る。
同じ札が出ていた。
中を覗くと、かしわめしが並んでいる。
少しだけ安心して、通り過ぎる。
バックミラーに、さっきの店が小さく映る。
そのガラスケースの中で、
ひとつ分だけ、空いていた。
雰囲気重視




