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敗軍の將

〈南國...と唱へつ齧る黑糖パン 涙次〉



【ⅰ】


天神一享博士はかう云ふのである。「大脳新皮質のシナプスの連携が、ずば拔けて鋭敏になつてゐる。受け取り側のシナプスの受容體の間口が廣いのだ。それに依つて一回の通信に於ける情報傳逹が、末端では倍々ゲーム式に膨れ上がり、こゝに天才脳が出來上がると云ふ譯だ」* 博士は有言實行の人で、「何処かの大學から給料を踏んだくる」の言葉通りに、今では東亞大學のバイオテクノロジー研究處顧問教授として、禄を食んでゐる。この「講義」は、研究處内の「面会室」で行はれた。テオは** 袴田小六を造り得た博士に、自らの天才脳について教へを乞うた。先の博士の述懐はその答への一部である。テオは丁寧にメモを取つた。



* 前シリーズ第200話參照。

** 前シリーズ第199話參照。



【ⅱ】


テオは思つた。僕の場合、カンテラ兄貴と云ふ見出してくれる人がゐたから良かつた(じろさんも大藏官僚時代に* 兄貴に「發見」され、大枚5千萬圓を積まれスカウトされた)。だが、** 天才豚のとんちやん、***「シュー・シャイン」の淸作などは、誰も認めてくれる者のない儘、過知能のお蔭で不倖な生涯を閉ぢざるを得なかつた。翔吉の場合、それがだうなるかはまだ未知數(前回參照)。然しテオにとつては、自分の過知能について探る事は、懐かしいルーツ探しの旅に似てゐた。それを過知能と云ふ「病氣」の一症狀と思はれたくはなかつた。



* 前々シリーズ第45話參照。

** 前シリーズ第30話參照。

*** 前シリーズ第173話參照。



【ⅲ】


で、話は親ルシフェル派の【魔】逹の事に移る(これは、起承轉結の謂はゞ「轉」に当たる譯だが、筆者の不器用さが露呈されてしまつてゐる。お詫び致します)。ルシフェルは骨となつたが、まだ魔界にその骨の一欠片でも持つて帰れば、蘇生魔術に掛ける事は可能だ。ゆゑに、親ルシフェル派【魔】の連中は、ルシフェルの墓を狙つて、事あるごとに騒ぎを起こす。カンテラは、彼らの息の根を止め、長年の魔界との抗爭に終止符を打つてしまひたかつた。



※※※※


〈Sun King出ておいでよと呼び掛ける我莫迦なのか風邪も引かない 平手みき〉



【ⅳ】


彼らの殆どは【魔】として取るに足らない雜魚揃ひだ。だがリーダー格の出石幕(いづし・ばく)と云ふ男だけは違つた。彼はまるで、榎本武揚のような「敗軍の將」で、榎本が幕末、蝦夷共和國に立て籠つた故事を踏まへてか、この圧倒的な【魔】逹の劣勢を、有終の美で飾らうとしてゐた。水晶玉で、彼の動きを観察してゐたカンテラ、「この男を屠れば、全ては終はる」として、出石の出て來るのを待つてゐた。



【ⅴ】


出石は疲れ切つてゐた。「だうせ俺は敗軍の將、親ルシフェル派には後がない」。カンテラ一味の堅固なブロックのせゐで、ルシフェルの墓を暴くのは、最早不可能と云へた。出石はだうやつてその責任を取らうか、そんな事ばかりを考へてゐた。自刃か-【魔】である彼には、死はさして怖い事ではなかつた...



【ⅵ】


(それにしても、せめて最期の一太刀を-)カンテラ・此井に浴びせてからの話だ。俺の生涯の全てがそれに集約される。出石は氣ごゝろの知れた手勢のみを連れて、またルシフェルの墓の前に立つた。カンテラ・此井は、そんな彼を嘲笑ふかのやうに、彼の動きを「讀んで」ゐた。先回りして、ルシフェルの墓を防護してゐて、後は出石軍の出馬を待つばかり。余裕さへ感じられた。



【ⅶ】


「最早これ迄」。 出石は軍刀を拔くと、兼ねてからの用意の通り、腹をかつ捌いた。然し、介錯の者が余りに刀の使ひ方が惡く、なかなか首を刎ねられない。見兼ねたカンテラ、自分の傳・鉄燦を拔くと、見事に出石の首を斬り落とした。「しええええええいつ!!」-斬られたばかりの首は、「濟まぬ」と一言發した...



【ⅷ】


後の連中は、じろさんが掌底で突き、片付けた。碌にものを食つてゐない【魔】逹には、じろさんの掌底は、キツい一撃だつた。余りに呆氣ない、親ルシフェル派の潰滅であつた。カンテラ一味に、「魔界健全育成プロジェクト」より報奨金が下りた。仲本堯佳は内心、(また無駄な死者を-)と苦り切つてはゐたのだが。



※※※※


〈冬我のアイス珈琲歴重ぬ 涙次〉



 ルシフェル「濟まぬな。また手數を掛けさせたやうだが」-カンテラ「何、これで永遠のThe Endだよ。氣にするな」。然し、明日の敵はまだ見えて來ぬ、カンテラ一味であつた。-お仕舞ひ。


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