世界が沈んでも、僕は君のそばにいる…灰色の時代を生きる Z 世代へ
❥『世界が沈んでも、僕は君のそばにいる』
――灰色の時代を生きるZ世代へ
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◆あらすじ
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世界中のZ世代は、
生きるために声を上げ、デモをし、
時には“グレーな仕事”に沈んでいる。
一方、日本のZ世代は、
戦争も洪水もない部屋で、
「自分の未来が見えない」という理由で
動けなくなっている。
ある夜、ニュースとディスコードを通して
アジア中のZたちの“本音”を聞いてしまった僕(17歳)は、
・なぜ自分が動けなかったのか?
・なぜ日本という国は地球規模の危機になると
「止まる」ことで生き延びてきたのか?
・それでも、なぜ今
「まず第一歩を踏み出す必要がある」のか?
を、少しずつ理解していく。
これは、
世界が灰色になった時代に、
「戦う」かわりに「寄り添う」ことを選んだ
日本のひとりのZ世代の物語。
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第1章 ニュースが、僕の部屋を割った夜
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世界ニュースは、いつもBGMだった。
YouTubeの自動再生みたいに流しっぱなしで、
ぼくは布団の中でスマホを握りしめていた。
その朝もそうだと思っていた。
「ドイツ、イスラエル アメリカと共同で
防空システム“アロー3”配備へ」
「ヨーロッパ各地、サッカースタジアムで
顔認証と検問強化」
「スリランカ、大洪水の被害額1兆円」
「フィリピン 本年度 21個の台風直撃」
「インドネシア、赤道直下で
本来ありえない“台風級の嵐”」
「中国南部、進路が南にずれた台風で
過去最悪規模の被害」
「韓国、新政権による前政権の大規模粛清
社会の分断深まる」
「ガザ地区、検問所封鎖で水も食料も届かず
長期間 雨が降らず国民の飢餓深刻化」
「ロシア大統領、インド訪問
地団駄踏む 米大統領を横目に
最新鋭防空システムS-500共同生産を協議」
世界は、同時多発的国難に沈んでいた。
一方、日本はどうかというと――
その年、
日本にはほとんど台風が来ていなかった。
黒潮が大きく蛇行し、偏西風が北にずれ、
台風の通り道は
フィリピン・ベトナム・中国南部・インドネシアへと
落ちていった。
ニュースは言う。
「今年の日本は“奇跡的に”
台風被害が少ない年になりました」
――奇跡。
その言葉が、妙に喉にひっかかった。
(なんで僕だけ、
なんで日本だけ、
“何も失ってない側”にいるんじゃろう)
布団をぎゅっと掴んだ。
ニュースの音量を下げても、
世界の呻き声だけは耳から離れなかった。
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第2章 ディスコードに落ちてきた、アジアZ世代の悲鳴
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深夜、何となく開いたディスコードの海外サーバー。
そこには、同じZ世代のチャットが並んでいた。
■スリランカZ:
「家も倉庫も流された。
“将来のための貯金”だと思ってた米も全部。
僕らは大人になる前から“負債”を背負う。」
■インドネシアZ:
「小学校の給食が無料になった。
未来の話ができると思ったら、
赤道台風で学校ごとなくなった。
うちの村は、地図から消えた。」
■インドZ:
「武器の工場で働くか、
ブラックITで働くか。
そのどっちかを“夢”って呼べと言われても困る。
外では狂犬病の犬が走り回ってる。
俺たちの人生はいつも、
誰かの戦略の外側だ。」
■韓国Z:
「ここじゃ、声を上げた政治家はほぼ全員終わる。
大統領はいつの時代も死刑か投獄。
大学出ても仕事はない。
落ちたやつは、カンボジアやタイで
“詐欺の下請け”をするしかない。」
僕の指先から血の気が引いた。
(同じZ世代、
同じ歳くらいのはずなのに、
なんで世界がこんなに違うんじゃ)
そして、胸の奥で
もっと嫌な気づきが浮かんだ。
(僕は何も失ってないのに、
同じくらい不安で、
同じくらい苦しくて、
何もしてないまま動けなくなっとったんじゃないか…)
心のどこかで、
自分の涙の理由が
「世界の痛み」なのか「自分の弱さ」なのか、
もう分からなくなっていた。
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第3章 僕が動けなかった理由
――“引きこもりDNA”という日本の生存戦略
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「動かんといけん」
そう思えば思うほど、体が重くなった。
頭では分かっとる。
世界のZは、生きるために声を上げとる。
僕は、何も失ってないのに布団の中から出られん。
ずっと、自分を責めていた。
――でも、ある日ふと気づいた。
もしかして俺は、
「ただの弱虫」なんじゃなくて、
「日本に生まれたZ世代」だから
動けんのじゃないか、と。
日本という国は、
世界が大洪水になった時、
ときどき“ノアの箱舟”みたいな生き残り方をしてきた。
・外が嵐なら、内側に引きこもる
・国境が危ないなら、鎖国する
・世界が戦っている間、島の中で次の世代を育てる
そしてアジアに出た時、
日本史上初めての敗戦を味わう。
その時は、神風は吹かなかった。
それは臆病さじゃない。
「家と村と子どもだけは守り抜く」という、
千年以上続いた生存戦略だった。
台風、地震、津波、飢饉、戦乱、疫病。
日本列島は昔から、
世界トップクラスの“災害ステージ”だ。
それでも滅びなかったのは、
走り回ったからじゃなくて、
「動かずに、家族で寄り添って耐える術」を
選んできたからだ。
法隆寺が千年以上、
木でできたまま立ち続けているのも、
ただ技術がすごいからじゃない気がした。
「守るものを、静かに守り抜く文化」
そのDNAが、
建物にも、人にも、社会にも刻まれている。
引きこもりも、鎖国も、
もしかしたらこの国が選んできた
“静かな抵抗”であり、
生き延びるための形だったのかもしれない。
――僕が動けなかったのは、
僕がダメだからじゃない。
「嵐のとき、家に籠もる」ことを
選んできた国の子どもだからだ。
そう思えた瞬間、
胸の奥で固まっていた氷が、少しだけ溶けた。
世界から距離を置く知恵を持つ国の若者が、
初めて一歩動くとき、
その一歩は、どの国よりも重い意味を持つ。
そう気づいたとき、
足がほんの少しだけ、軽くなった。
目の奥がじんわり熱くなって、
僕は枕に顔をうずめた。
悔しさと、安堵と、
よく分からない「ありがとう」が混ざった涙が、
じわっと滲んだ。
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第4章 世界のZがくれた“言葉の武器”
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僕は、震える指でようやく一行打ち込んだ。
「俺、何も知らんかった。
世界から目をそらしとった。
何をしたらいいか分からん。」
しばらくして、ゆっくりと返信が来た。
■スリランカZ:
「お前は弱いんじゃない。
“知ろうとした瞬間”に、
もう強くなり始めとる。」
■インドネシアZ:
「動き出すのは、一歩でいい。
その一歩が、
どこの誰かの心を救うこともある。」
■インドZ:
「お前の国には“考える余裕”がある。
その余裕は、
アジアが一番ほしがってるものだ。」
■韓国Z:
「ここは、声を出さんと生き残れん国だ。
お前の国は違うかもしれん。
でもな、“声を飲み込む痛み”は同じはずだ。」
胸の中に、
小さな火が灯った。
それは、戦うための炎じゃない。
誰かの隣に立つための
「寄り添いの火」だった。
画面の光が、
暗い部屋の天井をぼんやり照らす。
僕はその小さな光を見上げながら、
自分の心にも、
同じように小さな明かりが
ぽつんと灯った気がして、
またひとつ、静かに涙がこぼれた。
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第5章 僕が世界に返した手紙
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僕は深呼吸して、長い文章を書いた。
たぶん人生で一番、本気の文章だった。
■「世界のZへ。
俺はずっと“自分の未来”だけを怖がっとった。
台風も洪水も、戦争もない部屋で、
それでも不安で布団から出られんかった。
でも今日やっと分かった。
世界の未来も、俺の未来も、
本当はつながっとるんじゃって。
俺は弱いし、勇気もない。
何をしたらいいかも、まだ分からん。
それでも――
“何も知らんまま”終わりたくはない。
ニュースのきれいな言葉だけじゃなく、
お前らの生の声を知りたい。
だからお願いだ。
これからも真実を流してくれ。
灰色の世界でもいい。
一緒に見させてくれ。」
送信ボタンを押した瞬間、
胸の中で“カチリ”と音がした。
しばらくして、世界中から
たった一言ずつ返信が届いた。
■「Welcome.」
■「We hear you.」
■「You walk with us.」
スマホの画面が、
小さな光で埋まっていった。
その光の一つ一つが、
知らない誰かの「生きとるよ」というサインに見えて、
僕は画面を握りしめたまま、
声を出さずに泣いた。
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第6章 “Side by Side”という旗
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数日後、スリランカZが
一枚の画像をアップした。
灰色の背景に、
白い文字でこう書いてあった。
■「Side by Side」
――そばに立つ。
それを見て、
インドネシアZも、インドZも、韓国Zも、
同じ画像を自分のアイコンにし始めた。
救うんじゃない。
勝つんじゃない。
正義をふりかざすんでもない。
ただ、
「あなたの苦しみを、あなた一人のものにしない」
という合図。
それが、
アジアZ世代の旗になった。
スマホ越しの小さな旗かもしれない。
それでも、
その旗を見ただけで、胸が少し温かくなる夜がある。
一人で泣いていると思っていた涙が、
どこかで誰かとつながっている気がして、
僕は画面にそっと指先を当てた。
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第7章 嵐の十年と、アジアZの心の叫び
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それからの十年は、
歴史の教科書に一行で書かれるような
“きれいな期間”じゃなかった。
スリランカでは洪水が「年中行事」になり、
インドネシアでは赤道台風が毎年のように村を沈めた。
中国南部は台風の通り道に変わり、
韓国はデジタル監視国家としてますます窮屈になった。
一方、日本は――
黒潮の蛇行と気流の変化で、
他国に比べれば、比較的穏やかな十年を過ごしていた。
魚の回遊は変わり、
サンマが不漁の年もあったし、
地震や豪雨もあった。
それでも、
家も家族もまるごと奪われるような災害は、
アジアの他の国に比べれば圧倒的に少なかった。
その十年の間、
SNSのタイムラインにはこんな声が流れ続けた。
■スリランカZ:
「雨の音が、未だにトラウマだ。
だけど、遠くで“聞いとるで”と
言ってくれる奴らがいる。
それで、なんとか起き上がれる日がある。」
■インドネシアZ:
「学校は三回沈んだ。
でも、そのたびに
“また建てよう”と冗談を言ってくれる
日本のZがいる。
それだけで、笑える日がある。」
■韓国Z:
「この国はますます息苦しい。
でも、お前らが聞いてくれるから
“まだ死なんでおこう”と思える。」
■インドZ:
「俺たちの国は武器を増やし続けてる。
だけど、お前らとのチャットだけは
武器の匂いがしない場所だ。」
世界は良くなっていなかった。
むしろ悪化していた。
それでも――
Z世代の心のどこかに、
“折れないもの”が一本だけ育っていた。
それは、大声を上げる強さじゃなくて、
何度傷ついても「またつながろう」とする、
静かな頑固さだった。
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第8章 日本Z、最初の一歩
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十年目の冬の朝。
僕はいつものように、
スリランカZの投稿を見ていた。
■「また大雨が降るらしい。
正直、怖い。
でも、今日は子どもたちに授業をする。
“世界は怖いけど、それだけじゃない”って。」
気づいたら、
僕の指は勝手に返信していた。
■「今日の空の写真、送ってくれん?
日本からも空を見上げるけぇ。
同じ空の下におること、
子どもたちに伝えてくれ。」
送信してから、
ちょっとだけ玄関の方を見た。
(…行くか)
ドアノブに触れると、
少し冷たかった。
外は相変わらず灰色の空。
ニュースは相変わらず、
世界の崩れ方を報じている。
それでも僕は、
一歩だけ外に出た。
■「今日は誰かの話を、画面越しじゃなくて、
ちゃんと“この足”で聞きに行ってみる。」
世界はすぐには変わらない。
けど、その日から僕の“世界の見え方”は
確実に変わり始めた。
玄関の外の冷たい空気が、
なぜか少しだけやさしく感じたのは、
あの旗「Side by Side」が、
ポケットの中のスマホで
静かに光っていたからかもしれない。
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第9章 寄り添う哲学と、“見えない誰か”のこと
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ある晩、
僕はふと思った。
(なんで僕らは、
会ったこともない誰かの痛みに
こんなに胸を締めつけられるんじゃろう)
画面の向こうで泣いている人の声を聞くと、
なぜか自分の胸の奥も熱くなる。
助けられているのは、
もしかしたら僕の方なんじゃないか――
そんな気がしてきた。
そのとき、
ふと頭に浮かんだイメージがある。
世界のあちこちで、
がれきの下敷きになってる人。
布団の中から出られない人。
SNSで「もう無理」と呟いたまま
スマホを落としてしまった人。
そのすぐそばに、
名前もついていない、
でもどこか懐かしい“誰か”が
ただ静かに座っている。
優しいおじいちゃんみたいな顔をして、
小さく手招きしながら、
こう言っている。
■「もうこれ以上、落ちるところはないよ。
ここが底じゃ。
だから、もうそれ以上自分を責めんでええ。
しんどいなら、ここで一緒に座っとこう。」
宗教とか、
神様とか仏様とか、
そんな難しい名前は、
僕にとっては正直どうでもいい。
でも――
「自分は完全な一人じゃない」
と感じられる“何か”の存在を、
僕の世代は本能的に探しとる気がした。
画面の向こうの誰かに寄り添うとき、
寄り添われているのは、
実は自分自身なのかもしれない。
■寄り添う者は、
寄り添われている者でもある。
そう思ったら、
涙がすっと頬を伝った。
これは悲しみの涙じゃない。
「気づけたこと」への、
小さなありがとうの涙だった。
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あとがき ――灰色の世界でも、人は寄り添うことで生きられる
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Z世代は弱くない。
世界が、あまりにも重すぎるだけだ。
戦争、気候危機、格差、粛清、災害、
そして、SNSという巨大な鏡。
あまりに多くのものを同時に見せられて、
心がフリーズしてしまった世代。
それが、僕らZ世代だと思う。
でも、
一つだけはっきり言えることがある。
■「寄り添うこと」は、
どんな時代でも、どんな場所でも、
誰にでもできる“最強の行為”だ。
救えなくていい。
正義のヒーローになれなくていい。
完璧な答えを持っていなくてもいい。
ただ――
誰かの話を聞くこと。
遠くの誰かに「生きとるか」と声をかけること。
布団の中からでも「ここにおるで」と
メッセージを送ること。
それだけで、
世界のどこかの灰色に、
小さな色が一つ増える。
そして、その色はきっと、
自分の心のどこかにも
そっと灯りをともしてくれる。
この物語が、
日本のどこかでスマホを握りしめている
ひとりのZ世代の
「最初の一歩の光」
になれば、
それで十分です。




