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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

段ボールにメルの意識を飛ばし、それから俺も

作者: 後藤章倫
掲載日:2026/02/28

 目の前の面接官は、履歴書と僕の顔を交互に見ては首を傾げている。

「えっと、これ本名だよね?」

「はい」と応えたものの、面接官が何を考えているのか分からなかった。

「差別的な?何か、かわいそうな子?」

この人は何を言っているのだろう?

「はしのしたすみたろう?ん?違うか、もしかして、はしのしたすんだろ?プッ」

「はしもとじゅうたろう。です」

「じゅうたろう?はしもと?はいはい、失礼失礼メンゴメンゴ」

僕の名前は橋下住太郎。はしのしたすみたろうなんて呼ばれたのは初めてだった。この会社は駄目だな、面接来たのシクったわ。

「じゃ、いつから来られるかな?」

「え?いや」


 何だかバイト先がサクっと決まってしまった。翌週の月曜日、初めて出社すると、あの面接官が社長と呼ばれていた。

 週に一度、月曜日の朝だけ行われるという朝礼の途中で、弁を奮っていた社長から手招きをされ、二十名弱の視線を浴びながら社長の横へ立つ。

「ええ、今日からアルバイトとして働いてもらう、はしのしたじゃなかった、はしもと、ええ、すみたろう君です」

直ぐに小声で、「じゅうたろうです」と耳打ちするも、社長は笑顔で、ああそうだったみたいな表情をしていた。改めて社長が、「橋下住太郎君です」と紹介し直した時に、この職場のおどけ役みたいな男が、「スミタンよろしく」と声を発し、軽く笑いが起きてしまった。

 それから自己紹介を促され仕方なく、「今日からお世話になります橋下住太郎です。よろしくお願いします」そう言って頭を下げた。


 今週の売上目標や安全対策の重要性、工程の確認などが事務的になされ朝礼は終わった。

「スミタンこっち」

声のした方へ振り向くと、さっきの調子コキみたいな男が、「こっち、こっち」と僕の事を呼んでいた。

そこは六人が一組みたいに固まっていて、その輪の中にあの男がいた。

「はい、ではミーティングを始めます。とりあえずスミタンへ自己紹介しておきますか。じゃオカダマンから順に」

オカダマン?

「あ、岡田満作です。みんなわたしの事をオカダマンと呼んでいます」

「どうも土屋です。よろしく」

「じゃ、ツッチーの次はジャック」

「はい。鷹野友幸です」

鷹野友幸と名乗った男の身長はやけに低く、体つきは丸みを帯びていた。なぜジャックなのだろう?

「真野沙保里です」

「火野沙代です」

二人のおばさんが早口に名前を言ったところで、「で、俺が足立浪憲です。よろしくスミタン」

オカダマンにツッチーとジャック、で、僕はスミタンと呼ばれ始めた。

「じゃ、オカダマンとツッチーは営業、ジャックはメンテ周り、真野さんと火野さんは倉庫の方、スミタンは真野さん達と一緒に行って下さい。では構えて」

足立がそう言うと、皆、拳を握り胸の高さ辺りに留めた。

「今日も一日安全作業でガンバロー」

足立が勢いよくその拳を右斜め上へ突き出すと、各々が覇気の無い、「オー」という声をあげながら、拳を放つ。まるでフニャフニャに放られた拳は変な放物線を描き、中途半端に所定の位置に戻った。


 真野さんと火野さんに連れられ倉庫にやって来た。

 倉庫には段ボールに梱包された物が様々な大きさの箱が棚や床に置かれていた。幾分照明は暗い気がする。

「それではスミタン」

火野さんは初対面の僕にいきなりスミタンなんてアダ名で呼んでくる。いや、そもそも火野さんというか、あの足立という男が、朝礼の時に茶々を入れるみたいに、僕の事をスミタンと呼んだのが始まりだ。

「火野さん、すみません」

「なに?スミタン」

「その、そういうの、アダ名って言うか、この会社ではそうなんですか?」

僕の問に火野さんは薄ら笑いを浮かべた。そう言えば火野さんも真野さんも普通に呼ばれている。

「うちの会社は社長始め結構フランクで、特にこの部署のチーフのワイフがねぇ」

「ワイフっすか?」

そこで火野さんはちょっと照れたみたいだったけど続けた。

「足立さんよ、ダッチーよ」

ダッチワイフって事か?

「でも火野さんも真野さんも特にアダ名では呼ばれてないみたいでしたけど?」

「わたしたちも呼ばれてるのよ。陰ではね。でも今コンプライアンス的というか、女性に対してだと問題に成りかねないものだから表立って言わないだけでね」

そうなのかと思いつつも、では何と呼ばれているのかが気になった。

「わたしなんか陰でレンジャーって呼ばれてるんだから」

「レンジャーすか?」

と言ってから、あっ!と成った。なるほど火野だからかぁ。

「スミタンは、先ずは段ボールの整理からお願い」

真野さんが何と呼ばれているのかも気になったけど、とりあえず段ボールの移動を始めた。


 昼休みにコンビニ弁当を食べていると、ジャックと呼ばれていた鷹野が寄ってきた。

「どう倉庫?ダンバと上手くやってる?」

この人の事をジャックさんと呼ぶべきか、鷹野さんと呼ぶべきか迷ってしまう。

「え、ダンバっすか?」

「そうそう、ダンプババァ」

火野さんは自分の事をレンジャーと呼ばれていると思っているみたいだったけど、実際にはダンバだった。

「火野さん、仕事教えて貰ってますよ」

そう言うとジャックは変な事を言った。

「真野さんには気を付けた方がいいから」

「真野さんすか?」

聞き返したところで、背中に刺さるような気配がして振り返ると、遠くから此方を見ている真野さんが目に入った。直後に午後の作業開始を告げるチャイムが鳴った。


 段ボール箱を運びながら何となくジャックの意味が分かったような気がした。ジャックの姿を思い浮かべると、何だか豆みたいだなぁと思ったところで気付いた。

〖ジャックと豆の木〗じゃん。豆って呼ぶと、チビとかネガティブな印象でよろしくないからか。ワイフも考えたな。鷹野さんはジャックの意味を分かっているのだろうか?

「ちょっとスミタン」

声の主は真野さんだった。真野さんは日野さんよりかは若く見えたけど、幾つか?と聞かれてもよく分からない。そして何となく暗い感じがする。そう言えばさっきジャックが、真野さんには気を付けろみたいなことを言っていた。真野さんは何と呼ばれているのだろう。

「わたし魔女なんだけど」

「魔女ってアダ名なんすか?」

「アダ名じゃなくて、ガチで魔女」

「魔女って、なんか黒い服着てホウキに跨がって空を飛ぶみたいな、その魔女っすか?」

「スミタンの中ではまだそんな古いタイプの魔女なの?」

「古いタイプって言われても」

「あとね、空飛ぶホウキ、アレね実際はホウキでも何でも良いの。偶々何かの物語でそういう描写があっただけで」

真野さんはそう言うと徐々に身体が浮き始めた。

「え?嘘でしょ?」

真野さんはどんどんと浮いて、天井付近から僕を見下ろした。

「ほらね、ホウキなんか要らないの」

真野さんが微笑しながら言った時に、倉庫の入口のドアが開く音がした。

「スミタン、コレあそこに置いて」

 ダンバこと、レンジャーこと、火野さんが倉庫へ入ったと同時にそう言った時には、もう真野さんの足は床にあった。

 真野さんは僕を見ると、ゆっくりと頭を左右に振ってみせた。魔女である事は火野さんには内緒にしろと、真野さんの顔はそう言っていた。


 バイトの一日目から凄く疲れた。仕事事態は慣れてしまえばやっていけそうだけど、社長はじめ会社の人たちは個性的の集まりだし、スミタンなんてアダ名も付けられてしまった。極め付きは、魔女と知り合ってしまった。いや、まだ魔女と決まったわけではないけど、倉庫でのあの浮遊は真野さんを魔女たらしてめているように感じた。

 翌日の昼休み、コンビニ弁当を食べていると、またジャックが近寄ってきた。

「真野さんどう?」

ジャックは真野さんのアレを知っているのだろうか?

「どうって、何がですか?」

「なんか変じゃない?」

「すみません、なんか知ってる事があるなら教えて欲しいんすけど」

「俺さ、見たのよ」

うわ、きた!真野さんの浮遊の事だ。

「たまたま倉庫に物を取りに行ったら、真野さんが倉庫の隅で呪文みたいのを唱えてて」

「え?呪文?」

「ブツブツブツブツ気色悪くて、俺、倉庫から速攻出たし」

違うぞジャック、真野さんは魔女で、空も飛べるんだし、そう言いたかったけど飲み込んだ。

「アレ、何かを呪い殺すみたいなやつだって、藁人形に五寸釘みたいな」

「ちょっと」

声がしてジャックがびくりとした。僕とジャックの後ろに、いつの間にか真野さんが立っていた。

「スミタンに変なこと言わないでよ。呪文なんて唱えないからわたし」

そう言うと倉庫の方へ歩いて行った。

「危ねぇババァだな。いつ後ろに来たんだか?ま、気を付けろよスミタン」


 午後の仕事が始まると、倉庫には僕と真野さんだけになっていた。ダンバこと、レンジャーこと、日野さんは頭痛がすると午前中で早退したらしい。

「スミタン、まだ思い出さない?」

真野さんの言葉の意味が分からない。するとまた真野さんの身体が宙に浮いた。

「ほら、ほら」

そう言われても、目の前で浮遊している真野さんに圧倒されるだけだ。

「仕方ない。こっち見てスミタン」

真野さんが二メートル程の高さから僕を見下ろして、手刀を奮い何かの儀式みたいな動きを始めた。すると鼻の奥がツーンと成って、少しずつ身体が震え始めた。頭の中でカチッという音がして混乱してきた。真野さんが、いやメルがゆっくりと降りてくる。

「メルじゃないか、久しぶりだな」

今、声を発したのは僕なのか?何か話そうとしても声が出ない。そして信じられない事に身体が浮き始めた。

「よかったスザミ。計画は成功したみたい」

「メル、この殻はどうするんだ?」

「まだ脱いだらダメよ」

「殻の意識が残っていて気色悪いんだ」

何の会話なのか全く理解出来ない。

「あら、それはお気の毒。わたしのは完全に消えたのに」

「スミタン居る?」

そう言って倉庫に入ってきたのは、営業のオカダマンだった。

「真野さん、すみませんがちょっとスミタンの手を借りて良いっすか?」

「え、あ、はい」

「じゃスミタン一緒に来て、って何か雰囲気変わった?」オカダマンが少し躊躇した。

「普通だ」

僕は中に居るような変な感覚で、言葉を発しようとしても声が出ない。

「メル、もう始めないか?」

振り向くと真野さんが、メルが、メル?僕は、俺は、俺はスザミだ。スザミだ。ここでようやく一致した。

「AAAGGGHHH!!!GGGAAAHHHH!」

俺の叫びは、メルのやる気スイッチも押した。オカダマンが顔色を変えて走り出すが秒で追い付き首を折る。魔族の力を解放すると、其処ら中の物が巻き上がり吹き荒れた。

「ハハハハハ、痛快だ!」

デスクの下に隠れていたジャックがアタフタしている。人差し指をジャックへ向けると、硝子片が一気にジャックをめった刺しにする。動物の鳴き声みたいな声を出してジャックは絶命した。

 フロアを駆け上がると、逃げ惑う奴らが大勢居た。色々な音が重なり合って滅茶苦茶に吹き荒れる暴風を伴いながら全てを破壊する。机が、ロッカーが、パソコンやケーブルが、金属片が、容赦なく降り殴る。ワイフもツッチーも他の部署の奴らも、建物の中に居る人間は全員死んだ。

「ハハハハハ、死ね、死ね、死ねぇぇぇ」

グアングアンと吹き荒れる暴風で建物の内部は全て破壊し尽くした。力を収めると、吹き荒れていた物が一斉に床へ落ちた。

「メル、良い眺めだな」

「そうね」

床一面、机や椅子、棚にパソコン類、硝子片、書類なんかでぐしゃぐしゃで、従業員たちの死体からは、血や内蔵、その他の体液が流れ出ていた。

「気色悪っ、臭っ、でもまあ良いわ」


「スミタンと真野さんかな?」

呑気なことを言いながら、ボコボコに破壊された正面玄関から入ってきたのは社長だった。

「どうしたのコレ?」

俺は一瞬で殺してやろうとメルに目配せすると、メルの様子がおかしかった。

「スザミ、ちょっと待って。あいつ何処かで」

「何を言ってるメル。こんな奴」

振り向くと社長は視界から消えていて、背後で何かが床へ倒れた。それはメルの身体だった。その脇にメルの生首を掌に乗せ、半笑いの表情でこちらを見ている社長が立っていた。思わず声がでる。

「メル、」

掌でメルの生首が口を開ける。

「スザミ、こいつは・・・」

そこまで言ってメルの生命反応は消えた。

「スミタン、いやスザミよ、やってくれたな」

そう言いながら社長はメルの生首を投げて寄こした。嫌なものが記憶の奥から徐々に湧き上がってきた。


「お前は、あの時の・・・」


                           〈了〉










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