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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虎の威を狩る悪役令嬢

作者: たまごやき

書いてた小説のデータ全部飛んじゃった…………


今回は過激すぎる婚約破棄をお届けします。


「お前達──妾の顔に泥を塗るつもりかえ?」


 ああ、終わりましたわねあの方達。そんなことを頭の片隅で思いながら慌てず騒がず扇で口元を隠す。面白いことがはじまる微かな期待と、ほんの少しの憐憫を込めて微笑んで。



 はじまりはいつだったか。そんな些細なことは私──公爵令嬢マリアベル・ルゼ・ロードスにはどうでもいいことだ。だが、終わりが確定した日のことはよく覚えている。

 婚約者でもある第二王子サミュエルがある夜会で自分ではなく話題の娘をエスコートした日のことだった。

 娘─名前をノラ・カミル。シュトラウス男爵家の庶子であり、王立学園の卒業をもって男爵家の令嬢として迎え入れられる予定の、平民の娘だ。ペールブラウンのふんわりとした髪を肩までおろし、大粒のエメラルドのように輝く瞳をもつかわいらしい娘だった。

 そんな彼女は今、ぶるぶると震えながら床に這いつくばり、体を動かせぬように近衛の槍によって動きを封じられている。


「のお、平民の小娘よ。なにゆえ妾の茶会に招きもなく入り込んだのじゃ?」


 そう、扇を不愉快そうに揺らしながら嘆息するのは王太后─ランファ妃。そろそろ五十を超える息子がいると思えないほどの美貌をもつ彼女は先王の寵愛を一心に受けた、今国王の母…つまり国母である。


「っ、そ、それは、サミーが、私を連れて」


「誰が直答してよいと言った。やれ。」


 ザシュッ!と音がした。それと共に、広がる血の臭いと甲高い絶叫、胴から泣き別れになった彼女の素足。かわいそうに、そんなことを思いながらすっかりさめてしまった紅茶を淹れ直させ、ランファ妃にそっと差しだした。……彼女はことさら、女の甲高い声を嫌うから口直しに茶菓子を用意させるのも忘れない。


「あぁ!うるさいうるさい!これだからしつけのなっていない豚は……!!!!…おお、マリア、そちは気の利くよい子じゃのお、いいぞ、直答…いや好きに囀ることをを許す。」


「……王国の真珠、ランファ妃の寛大なお心に感謝いたします。口直しの茶菓子を用意させましたのでそちらも是非…。」


「よいぞよいぞ、せっかくのお主との茶会であるのに無粋なものを紛れさせてしまってすまないのぉ、新しい場所を用意させよう、このような穢らわしい血で汚された庭は早速燃やしておくゆえ、心ゆくまで楽しむがよい!」


「まぁ……お心遣いに感謝いたします。しかし…かなしいですわ。こちらの庭園の芙蓉の花、大変美しいと聞いておりましたので…少々勿体なく存じます。」


「芙蓉は妾も好きな花だ、また新しく庭を造るときに植えさせよう。そうだ!新しく植え直すその花の株をそちにも授けようぞ、別の場所で暮らしていても同じ花をいつでも見ることができる!うん、そうしよう!」


「よろしいのですか?ああ、なんと光栄な…大切に育てます。……その、初めて咲いた芙蓉を届ける名誉をいただいてもよろしいでしょうか?」


「よいぞよいぞ!そちならいつでも歓迎しよう!………ところで、サミュエル、まだそこにおったのか?さっさといね。その豚を連れて。」


 コロコロと鈴の音のような愛らしい笑い声を上げていたかと思えば氷のような冷酷な言の葉を彼女は紡ぐ。ぞっとするような視線の先にいたサミュエルは地に這いつくばった格好のまま血を流す恋人を必死で介抱しようとしたその手をびくりと止めた。


「……、お、お祖母様、なぜですか!?なぜ、ノラにこのようなことを…!」


 ──この男、こんなに愚かだっただろうか?そんなことが頭によぎり、しかしすぐに消し去った。

 なんてことはない。この男は慎重で臆病だった。だから、致命的な間違いを犯さずにすんでいただけの─凡人だった。それを思い出したからだ。


「さっさといねというておるに……。当然であろう?口の利き方も礼儀も常識もない豚が不快だったからだ。…マリアが躾をいくらしても変わらぬのだろう?なら言い聞かせる必要もあるまい、言葉すら理解できぬ豚に割く時間は妾にはないゆえな。」


 柳のように流麗な眉を顰め、嘆息しながら彼女は優雅に立ち上がる。


「し……しかし!彼女は私の恋人で、」


「妾はマリアしかお前の妻に認めておらぬが?……マリア、今一度妾に説明してくれぬか?このような愚か者の声はこれ以上聞きたくない。」


「承知いたしました。ではまず……先日の夜会の件から参りましょうか。サミュエル殿下が私との婚約を破棄し、そこにいるノラさんと婚約を結ぶと宣言をしたことから端を発します。」


「ふむ、そもこの婚約は妾が直々に、直々にそちの両親である公爵夫妻に頼んで結んだものであったはずよな?それを、こやつが己の一存で破棄をしたと。」


「さようで御座います。とうぜん、王国の太陽であらせられる国王陛下によりその婚約破棄は認められぬと宣下が下りました。それ故本日も私は半年後に予定されている婚儀のため登城し、第二王子妃となるべく調整に入っておりました。─恐れ多くもランファ妃自ら茶会に招待していただきましたので、お邪魔しておりましたところ…ここからは想像となりますが、サミュエル殿下とノラさんが婚約破棄を後押しして貰おうと乗り込んできたと推察いたします。」


 ぐ、と言葉に詰まる第二王子を冷めた心で見ながら言われたとおり淀みなく答えていく。そう、あの夜会。真実の愛を見つけたのだとかいいながら自分達こそが世界の主役なのだと言わんばかりに酔いしれていたあの姿。ほんとうに、滑稽で仕方がなかった。


「なんでしたかしら……、あぁ、そうだ。『お前のように冷酷で血も涙もなく、人を人とも思わぬ高慢な女など誰が好きで婚約などするものか!』……と、申しておりましたわ。」


「……っ!き……さまぁ…!!!!!!」


 ぶるぶると震えながら顔を赤黒く染め上げる第二王子。とても高貴な血の流れる男とは思えないその姿に思わず吹き出してしまう。


「ふっ、ふふ、申し訳ありませんランファ妃。」


「………いや、いい。なんともまぁ、愚かで滑稽なこと…。」


「…!お祖母様!!なぜです!!なぜこのような女を私の婚約者に!!」


「近衛兵。よい、許す。」


 ─やれ、その言葉が落ちる前に、ゴトリと重いなにかが崩れる音がした。





















 ──殿下も、愚かなことだ。

 この国で最も権力を握っているのは国王ではなく、その母であることをもっとしっかり理解していればよかったのに。そうすれば、


 庭と共に焼け落ちることも、なかったのにね。


 王国の美しき真珠、王太妃ランファ妃。彼女の苛烈さを、彼女の残忍さを、彼女の美しさを、その野心を、そして─優秀さを知らぬものはいない。

 なぜなら、彼女はかつて東方からこの国に売られてきた奴隷の娘という身の上でありながら先王の寵愛を得、この国の最も高貴な女性までなった女傑なのだ。

 この国において、女性の、それも奴隷の立場は弱いものだ。消耗品とすら思われている。しかし彼女は違う。この国を支配するまでの権力を持っている。

 なぜか?答えは簡単だ。──美しかったから。


 彼女の主は同い年の公爵令嬢。彼女は聡明で心優しく、そして病弱だった。先も短いだろう彼女の心を慮ってか、同い年の同性の奴隷を友人として買い付けた親心は想像に難くない。ランファ妃の美しさは当時から際立っており、当のご令嬢は美しい友人をことのほか大切に扱い、奴隷とは思えぬ生活と知識を与えたという。

 そんな彼女はその地位の高さから、病気でありながらも求婚者は後を絶たなかった。しかし多くの求婚者は彼女の横にいるランファ妃の美しさに心を奪われ、それがまた体のいい断り文句になると彼女は喜びずっとランファ妃を横に置いていたという。

 しかし、そんな優しい時間も長くは続かなかった。

 ランファ妃の美しさに狂った男達が公爵令嬢を殺害したのである。曰く、彼女がいるからランファ妃を自分のものにできないと。─そう、本来奴隷であれば主の許可さえあればいつでも好きなように使って(・・・)もいいのが、この国の法なのだから、けして許可を出さないご令嬢は男達にとって邪魔でしかなかったのだろう。──それがどれだけ愚かなことか、分からなくなるほど若かりし頃のランファ妃は美しかったのだ。


 これに、公爵家は激怒した。令嬢のご両親は、令嬢のご両親らしく本当に心が穏やかで美しい方々だったという。ランファ妃を守り、娘を手にかけた男どもをけして許しはしないと大鉈を振るうほどに。…しかし、それが王家の怒りに触れた。

 あまりに多くの男たちが令嬢の死に関わっていた。その中には、王太子であった王子すらいたのだ。……公爵家は、負けだのだ。政争に、男の醜い欲望に。

 結局、多くの手足をもがれた公爵家はランファ妃を守り切れなかった。ランファ妃は、彼女は主であった令嬢の死に関わった王太子にまるでおもちゃのように手籠めにされ、愛妾ですらない性奴隷として傍には侍らされたと、憎々しげに本人が語っていたのだから間違いはないとは思う。──誇張はされてはいるだろうけれど。


 彼女は、ランファ妃は誓った。決して許しはしないと、必ずやご令嬢と公爵家の汚名をそそぎ、名誉を回復し、須く罪を償わせると。

 故に、彼女は王太子の子を身ごもった。奴隷の子供だ。けして王にはなれない。王家の席に加えることはゆるされない。既に王太子には妻と子供がいたから、すぐに処分されるはずだった。……だが、


『お願いです、愛しい陛下、私とあなた様の血を継ぐ幼子をどうか見逃してくださいませ…なんでもいたします、なんでも、どのようなことでも……!』


 そう、全てを狂わせる美しい容貌で、甘やかな声で囁かれて首を振れる男などどこにもいなかった。……愚かなことだ。


 後は簡単。同じように狂わせた男どもに、自分が指示したと思わせないように王太子の妻と子を、王家のことごとくを殺し尽くさせた。そして、王太子には子をなせないように自ら毒を煎じ飲ませ、己以外の女など抱けなくなるほど夢中にさせ…まるで魔法のように、彼女は奴隷でありながら周囲に正式に妃と認めさせた。

 この国の女の立場は低い。それはもう、相当に。だからこそ、男どもを籠絡すれば簡単に高貴な身分を手に入れることができる。そう呵々と笑う彼女の姿は酷く憐れで、悍ましく、美しかった。

 そして、王太子が王になったその年に彼女は王を殺した。自らの手で、確実に、残酷に。どのように殺したのかまでは教えてくれなかったけれど、きっと惨たらしく殺したのだろう。四肢を切断され、顔を潰された公爵令嬢よりも酷くといっていたから、人としての形すら残ってはいないのではないだろうか。


 その後、まだ幼い王子の後見として彼女は暫定的な女王となり、国をとませた。それはもう、徹底的に、誰の文句も受けつけないほどに。

 奴隷は、まだいる。しかしその待遇はかつてほど酷くはない。今や奴隷は自国の犯罪者か借金を返しきれないものが落とされるだけのものになり、伝手のない孤児や浮浪者がとる職業の一つとすらなっている。犯罪者でない限り、給金を得ることができるうえ、自身の値段と同等の金銭(あるいは借金の同額)を国に治めたらいつでも自由市民になれる上、稼いだお金は自身の財産にしてもよいのだ。

 女性の立場も強くなった。かつては男性になにもいえなかった女たちはいまでは社交界という独自の社会を築き、それは男達の政治にすら影響を及ぼしている。これによって高位貴族であればあるほど女を尊重しなくては足元をすくわれるようになり、今や公然と夫の悪口を言っても咎められることはなくなった。


 ──ランファ妃は、全てを手に入れた。今でも、息子である国王は母に頭が上がらない。己よりも母の言葉を聞き入れる家臣に囲まれればそうもなるだろう。

 公爵家の名誉も回復した。彼女が、「今の自分がいるのは公爵家のお陰」と公言しているのもある。─ありがたいことだ。


「マリア。」


 蕩けるように彼女は笑う。


「すまぬのう。あのような愚か者をそちの伴侶になどと押しつけてしまって……。やはりあの男の血はだめだ。腐りきっておる。」


「まぁ、ランファ妃…そのようなことを言わないでくださいませ。私、あなた様の孫となる日を楽しみにしていたのです…。」


「マリア…………。」


 皆、知らないのでしょうね。

ランファ妃…ランファ様が、こんなにも本当は脆く弱い方であるということを。…悲しいくらいに、情の深い方であるということを。


「私の前ではどうか、どうか心に嘘をつかないで欲しいのです……。サミュエル殿下は、あなた様のお孫様だったのです。それだけは、けして…。」


「……まりあ……そちは、ほんとうにやさしいこだなぁ……。あの方に、そっくりじゃ……。」


 マリアベル。それは、私の祖父の妹の名前。…ランファ様が誰より愛し、誰より守りたかった公爵令嬢。


「ふふ、優しくなど……ランファ様。どうか、また大叔母様のお話を聞かせてくださいませ。杏のジャムがのったクッキーを一緒に食べましょう?」


「あぁ、あぁ、もちろんだとも。マリアベル様の…ベル様の話ならいくらでも。」


 優しげに目を細め、懐かしむように、悼むように紡ぐ言葉には今でも大叔母への隠しきれぬ思慕が浮かんでいた。


「…今でも、考えるのだ。ベル様なら、きっともっと上手くやれたと、ベル様なら、きっとこのようなことなどせずともよい結果をなせたと、ベル様なら…どうするのかと。」


「妾は、今もベル様の影に縮こまって隠れている小娘のままじゃ…。」


「そんなことはありませんわ!」


 彼女の手をヒシッと握りしめ目を合わせる。まだ、まだだ、まだ、


──()()()()()()()()()()()()()()


「ランファ様が起こした政策は全て国のためになっております!あなた様のおかげで民の暮らしは豊かになり、私もまた…このように、幸福にくらせております。あなた様が私達のためにしてくれたことが、どれ程私達一族の救いになったことか…!マリアベル大叔母様のお墓もたてることができました!全てあなた様が、あなた様の思うままに…それだけで私たちは……嬉しいのです…。」


「……マリア。」


「私達がお支えいたします。これからは…私達に、その重荷を少しだけわけてくださいませ。…サミュエル様とのことは残念でしたが、それもまた天の意思なのでしょう。」


 握った手が少しずつ温かくなっていく。それに少し安堵しながらはしたないことをしてしまったと恥じらう様子を見せれば彼女は再び目を細め、口角を緩く持ち上げた。


「……よい。マリア。よければこれからも妾の話し相手になっておくれ。…結婚も、そちの望むようにと公爵に声をかけておこう。」


「お心遣いに…感謝いたします。…さ!ランファ様!お茶会を再開しましょう!……楽しいことで今日という日を彩りましょうね。」


 ランファ様。なんて可哀想な方。

 壊れた幻影を追い求めて、救い求めて、権力を得て誰よりも強くなったのに、私のようにかつて縋った人と同じ姿をした小娘を見るとそれすらもどうでもよくなってしまう、哀れな愛の奴隷。

 

安心して、大叔母様、サミュエル殿下。そしてノラ様。

 貴方方の犠牲は無駄に致しません。貴方方のお陰で、私はこの方に近づけた。お陰で──私はこの国の全てを手に入れることができる。


「末永く、おそばにおりますねランファ様。」


 貴方の持つもの全てを手にするまで。ずっと。


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― 新着の感想 ―
『虎の威を借る』を『虎の威を狩る』としてるので威を誇る虎を狩る悪役令嬢の話かと思って読んだのですが、虎にヘイコラする令嬢の話だったので只の誤字?ってなった。
過激な婚約破棄というより、正当な復讐であると感じました。 すべてを与えて慈しんでくれた令嬢に対する感謝と愛情。その大恩ある令嬢の惨たらしい死因となった己の美貌を疎ましくも憎みさえしたかもしれません。そ…
大抵の権力は半分にするとさらに半分になってどんどん小さくなるので、全部貰うために死ぬまで待つのは胆力要りますが悪い判断ではないと思いますよ。 自分を大切にしてくれる物凄い権力者のおばあさま、そりゃ好き…
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