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<8>

「前の世界はうまく追跡できなかったが、どうにかこの時点でお前達にもう一度追いつけた。だが、次お前らが移動したらそこに俺がいられるかどうかはわからねえ。だから、忠告は実質これで最後と思え」


 聖也は最初に見せたような愛嬌のある顔などせず、ただただ冷徹に事を告げた。


「もう二度とテレポートブロックは使うな。以上。これ以上繰り返してもろくなことにならねーのは、お前らだって薄々気づいてるんだろうが」

「ちょ、ちょっと待てよ。勝手なこと言うなよ!」


 戸惑う唯奈の隣で、真紀が叫ぶ。状況が想像した以上に悪いことは、とっくに彼女もわかっているはずだった。だが、だからといってこのままこの世界で生きるなど有り得ないし、同時に、起こしてしまったことを今更過去に戻って修正などできるはずがない。

 恐らく、彼女のその焦りは、唯奈と同じだろう。

 自分達が間違っていたかもしれない、もう取り返しがつかないかもしれないなんて信じたくない――その一点だ。


「そりゃ、忠告を最初に無視したのは事実だし、悪かったとは思わなくもないけど!でもだからって、こんな訳わかんない世界になるなんて思うわけないじゃん。ちょっと不思議な世界に行ってみたいとか、今より良い世界があるかもしれないから捜してみたいって思うことがそんなにいけないことなのかよ!」


 周囲がざわつく声がした。そういえば、教室にいるのは自分達だけではない。数は少ないとはいえ、既に来ている生徒は何人かいる。彼らからすれば、自分達の会話は完全にイカレたものでしかないだろう。

 本来ならば最初の時のように、時間がある時に場所を移して話をした方が無難であるはずだった。だが、恐らく真紀は今そんなことさえ思考の端に上らないのだろう。この疑問を、苛立ちを、今この場でぶつけなければ気がすまないのだ。同時にそこには、「多少トラブルが起きてもどうせ今日またこの世界からオサラバするのだから関係ない」という気持ちもあるのだろう。――傍で聴いている唯奈が、まさにそう考えているのと同じように。


「一回二回、試したらそれで終わらせるつもりだったし!それが、こんなことになるなんて思わなくて……!」

「自分の想像力のなさを誰かのせいにするんじゃねえよ。何度も言うが俺はちゃんと、お前らにわかる言葉で警告したはずだ。それを無視して、三回も転移して困ってるのはお前らだろうが、完全に自業自得以外の何物でもねえ」

「で、でも……!」

「そしてこうも言った。テレポートブロックの話には、帰り道の件が一切含まれてない……一方通行だってな。ヤバイ世界に行ったところで完全に片道切符だってこと、理解できねえくらい脳みそ詰まってねえのかよ。もう小学四年生だろうが」

「う、うう……な、何もそこまではっきり言わなくたって……」


 きっと、彼が言うことは正論なのだろう。だが、最初に話をした時とは明らかに違う。聖也が激怒しているのは見て取れるし、自分達が失敗したのも全くわからないことではない。けれど、だからってモノは言いようではないのか。もう少し、優しい言葉を選んでくれたっていいではないか。

 それとも、自分達にはもう、そんな余地もないというのか。


「甘い言い方したら伝わらねえと思ったから厳しく言ってる。理解したか?」


 聖也は容赦ない。そしてちらり、と窓の向こうへと視線を向ける。

 相変わらず学校の正門付近では、紫色の服の信者達が好き勝手に闊歩し、演説している。教頭先生は何度目かもわからぬお辞儀をしているし、それに対して笑ったり批判する気配のある生徒はひとりもいない。そんなことをしたら、恐ろしい目に遭うかもしれないと理解しているからだ。

 自分達が来たかった世界は、こんなよくわからない宗教が支配する国ではなかった。

 現代に近いとしても、それこそ魔法文明が進化したような――そういう、もっと夢のあるワールドを期待していたというのに。そこまでいかなくても、それこそ自分達を好きになってくれる素敵なイケメンが現れるとか、漢字テストだけではなく他の教科のテストも最高点を取ってみんなに褒められるとか、いつの間にかスポーツ万能で何をやっても期待されるチートになれるとか――本当にただ、それだけのことをちょっとだけ期待していただけだというのに。


「……確かに、高望みしすぎたと思う。最初の、ちょっといいことが起きた世界だけで満足していれば、こんなことにならなかったし」


 唯奈は、苦々しく言葉を紡ぐ。反省は、ないわけではなかった。でも。

 それを、今の時点でこんな厳しく責められたって、普通の女の子でしかない自分達に一体どうしろというのだろう。


「でも、私達じゃ……チートでもなんでもない普通の女の子の私達じゃ、こんな怖い世界なんか生きていけないよ。剣と魔法の世界に行きたいとか贅沢言わないから……せめて、今までいた世界に近い、普通の世界に戻らせてよ……。それができるかもしれないのは、あのテレポートブロックだけなんだから」

「一方通行だっつっただろうが、なんべんも同じこと言わせるんじゃねえ。ちょっと亜種の呪文見つけてきたみたいだが、それ試したって元来た道を戻れるわけじゃない。マシな世界に行ける保証なんか一個もねえんだぞ。それで、また大変な世界だったら同じ言い訳してテレポートブロックを踏むのか?」

「だ、だって……それしかないじゃん。じゃあどうしろっていうの。あんたたどうして欲しいってのよ!」


 尋ねるばかり、責めるばかりで答えをくれない聖也に、段々唯奈もイライラしてくる。ダメだというのなら、他に打開策が欲しい。テレポートブロック以外でまともな世界に行ける方法があるというのなら是非ともそれを提案してほしいものである。それも言わずに、これ以上禁じ手を行うなと叱られるばかりでは、本当にどうしていいのかわからない。

 もう小学四年生だ、なんて言うけれど。まだ小学四年生なのだ、自分達は。考えが浅いところがあったのは認めるが、逆にその浅いところだって許されてしかるべきではないのか。失敗したら、それをやり直すチャンスが与えられるのは当然のことではないのか。


「どうして欲しいわけでもねえよ。俺からすれば、お前らが不幸になろうが破滅しようが知ったことじゃない。余計な被害を増やすのがちょいと気に病んだから忠告しただけだ、あくまでちょっとした善意だ。それを足蹴にしたのはお前らだろうが」


 救いようがない、と言うように大きく息を吐く聖也。


「俺が一番呆れてんのは。お前らみたいな馬鹿を何人も見てきてるからだ。異世界に行きたい、異世界で今の自分と違った自分に生まれ変わりたい、都合のよいチートになりたい美少女になりたい無条件で愛されたい退屈じゃない刺激的な毎日を過ごしたい……いや、そういうものを想像するのは自由だぜ?妄想するのだって創作するのだって好きにすりゃいいさ。けどな。それを『本当に望んでいいのか』ってことに、どうしてどいつもこいつも気づかねぇのかね」

「何が……っ」

「何が言いたいのかって?わからねーのか。……お前らは揃いも揃って『自分で努力して変わろうとしてない』からだよ。不可視の力だの、カミサマだの、不思議パワーだの、ご都合展開だの。そういうものに縋って、己の力で理想を掴み取ろうと全然してねえ。努力する気もねえ。……現実はそんな甘くなんかねえんだよ。都合の良い異世界転生・転移なんて起きない。都合の良いだけの物語なんざない。どんな世界だって……お前らが今すぐ捨てて逃げたいと思ってるこの世界だって、生きてる連中は精一杯今を頑張ってんだ。望んだ未来を掴みとるために、血まみれになって汗かいて傷ついて、それでも足掻いて足掻いて頑張ってる奴らがごまんといる。そんな努力してる奴らでさえ叶わない夢が山ほどあるのに、どうしてお前らみたいに努力する気も誰かの為に頑張る気もない奴らの目の前に、都合よくやれカミサマやら異世界転生させてくれる世界の意志やらが現れると思ってんだ?」


 それは、と。唯奈は口ごもる。腹立たしいが、一理あると思った自分がいるのは紛れもない事実だった。

 確かに自分と真紀はそう。最初から、「少しでももっといいことが、努力せずに起きる世界に行けるならそれでいい」と思って――元いた世界を、捨ててきた。そう、一方通行の片道切符ということはつまり、元々生きてきた世界を捨てたと言われても否定はできないのだ。

 そして、都合が悪い世界に飛んだとわかれば、すぐさまもう一度異世界転移すれば問題ないとタカを括っていた。その世界でどう頑張るか、どうやって生きるかなんて、一切考えなかったのは事実である。

 むしろ、考えたくなかった、というのが正しいだろうか。そう、自分達は前々からそうだ。

 努力なんて、したくない。

 そんなものをして報われなかったら、努力した分がまるまる無駄になるだけ。そんなことは耐えられない、疲れるだけに決まっている、カッコ悪い、と。

 それはまるで。誰かが幸せという名の餌を運んでくれるのを、口開けて待っている雛鳥のよう。


「この世界はお前らが最初にいた世界と比べれば、荒れてるように見えるんだろうけどな。それでもまだ、普通の子供が普通に生きていけないってレベルじゃない。元の世界に戻そうと思えば、努力次第で戻していける可能性だってある。……でもお前らは、この世界で頑張る気なんかねえんだろ」


 聖也の声には、どこまでも呆れと嘲りの色があった。


「いや、前の世界でも、その前の世界でもそう。一つ都合が悪いことや満足ができないことがあれば、世界を捨てて次に移ればいいと思ってる。もっといい世界に行けるまで転移し続ければいつか『一番自分達に都合のいい世界』に到達できると思ってやがる。……断言するよ。お前らみたいな欲深くて、どんな世界でも一生懸命生きようとしない奴らが……本当に満足できる世界なんか、どんだけ転移しても辿り着ける筈ねえってな」


 聖也がそこまで言った時。唯奈が止める暇もなく――真紀が動いていた。

 そして自分より少しばかり背の低い少年の胸倉を掴み、鬼のような形相で叫ぶ。


「ふ、ふ、ふざけないで!ふざけないでよ!あんたに何がわかるってのよ!冗談じゃないよ!」


 それは。

 幼馴染の唯奈でさえ初めて見る――真紀の、必死を超えた必死の表情だった。血走った目に涙を溜め、血を登らせた頬を紅潮させ、少年の胸倉を掴んだ手をわなわなと震わせている。

 きっと聖也の言葉は、彼女の地雷を思い切り踏み抜いたのだろう。それこそ、全てが図星であったがゆえに。


「あんたみたいに……自由に他の世界に渡る力とか、魔法みたいなのとか、そういうのが一個もないんだよあたし達には!退屈で、自分のことが好きになれなくて、もっといい自分になりたいのにどう努力すればいいのかわかんなくて、でもって努力したのに報われないとか怖すぎて嫌で……そんなあたし達が、ちょっと夢見たいと思っただけじゃん!ささやかなお願いしただけじゃん!それをなんで、さも大罪みたいな言い方されないといけないわけ!?そんな、悪いことなんかしてないじゃん、ねえ!!」


 その真紀の言葉に、有様に、一体聖也は何を思ったのだろう。今にも殴られそう、あるいは締め上げられそうな状況だというのに、本人はまるで慌てる様子がなかった。

 ただ憐れむような眼で、真紀を見つめるばかりである。


「普通の女の子のあたしらに、そんな努力とか求めないでよ!こんな世界でも頑張れるとかあっさり言わないでよ!あたし達はただ、ただ……っ」

「どうしてもテレポートブロックを使って、この世界から逃げたいってなら。……俺はもうこれ以上は何も言わねえ。俺は使うなって忠告したが、お前らに強制するだけの力はねえからな」

「!」

「だから、これだけは言っておく」


 彼はすっと真紀の手に己の手を添えて、真紀に、そして唯奈にそれぞれ視線を投げた。これが本当に最後だと、そう言うように。


「いつまでも繰り返し続けることができると思うな。……どんな運命にも、必ず終着地点はあるのだから」



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