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<2>

 自分が平凡であること、それが唯奈にとっては最大のコンプレックスだった。

 身長は平均より少し小さめ、それなのに体重は平均よりちょっと重い。ぽっちゃり系と言えば聞こえはいいが、それが可愛いと本気で言ってくれる男子など希だ。丸顔で目が小さく、地味な顔立ちだというだけで既にマイナスポイントだというのに。

 特別ブサイクというほどではないのだろうが、かといって美人にはお世辞にも入れてもらえない。クラスの人気女子ランキングで、名前が上がったことなど一度もない。もっと言えば成績もさほど良くないし(親が最初から私立中学を諦めるのは、そういう理由もあったのである)運動神経だって残念だ。どんくさい、その一言に尽きる。女版のび太くんみたいなもの、と本気で思っていた。しかも例の少年と違って、自分には夢のような未来道具を出してくれる猫型ロボットなどいないのである。

 アイドルになりたいとか。誰かに認められてキラキラに輝きたい、とか。

 唯奈だって一応、そういう野望を抱いたことがないわけではない。そんなもの、即座に諦めてきたけれど。それはすぐ隣にいつもいた真紀が、美人で運動神経抜群だったからじゃない。そんな真紀でさえ、まともに男の子とお付き合いできたことがないと知っているからである。特に、小学校二年生の時はショックが大きすぎた。あんな理想的な美少女に見える真紀の告白を断るバカがこの世にいるだなんて、思ってもみなかったのだから。


――真紀でさえ、望んだ夢も恋もゲットできないなら……私なんか、欲しいものなんてなんても手に入れられないに決まってるじゃん……。


 情けないと言うかもしれないが――そんなことがあってから、唯奈はすっかり諦めモードだったのである。自分なんかが頑張ったところでどうにもならないのだと。ちょっと勉強したってマラソンの練習をしたってちっとも頭は良くならないし痩せない。期待するだけ無駄。神様が自分を、そういう運命として決めてしまったに違いないと。

 そんな自分を脱却したいなら、もっと何か――理不尽で不平等な神様以外のものにおすがりするしかない。

 唯奈が超能力や怪談、異世界というものに惹かれるようになるのは必然と言えば必然だったはずだ。今までテレポートブロックの怪談をスルーしていたのは、逢魔時まで学校に残っていなければいけないという手間がかかることと、その噂に唯奈があまり信憑性を感じていなかったからというのが最大の理由である。

 なんといっても、唯奈は既に真紀と共に、他の異世界転移ができる手段とやらは散々試し尽くした後だったのだ。エレベーターを使うやり方も、おまじないも、全部失敗して何も起こらなかった。こうやって噂になっているものは全部嘘っぱちなのかもしれない、そう思い始めていた矢先のことだったのである。


「真紀はさー」

「んー?」


 西校舎に向かいながら。唯奈は真紀のサラサラな栗毛の後ろ頭を見つめながら尋ねた。


「どうして不思議なものとか、怪談とか、異世界に興味あるの?真紀は、私と違って美人だし、みんなのアイドルみたいなもんなのに」


 昔からの、何でも言い合える友人だからこその質問である。なんとなく気づいてはいるのだ。彼女もまた、唯奈とは違うコンプレックスを抱えてそこにいるのだろうもということくらいは。


「前にフラれたことまだ気にしてたりする?そんな必要ないと思うよ。真紀可愛いもん。あれは、あいつに女を見る目がなかったってだけだよ」


 ちなみに、真紀がフラレた理由は単純明快。件の少年には、既に他に好きな子がいたのである。その少女は確かに大和撫子然として可愛かったが、唯奈からすれば「全然真紀ほどじゃないじゃん」という感想だった。真紀よりあんな少女を選ぶ男の気が知れないというものである。


「あー……まあ、それはもういいんだよ。あたしもさ、悪かったし。そもそも勝負の土俵に乗れてなかったわけだしさ」

「どういうこと?」

「一目惚れでさ、一方的な片想いしてただけというか。向こうはクラスも遠かったし、あたしのことなんか全然知らなかったんだよね。そりゃ、知らない女子にいきなりコクられても、じゃあ付き合いましょうって普通ならないでしょ。どんな人間かもわからんのに。ましてや他に好きな子がいるなら尚更だわ。うん、今ならはっきりわかってるんだよね、あれはあたしが悪かったって」

「今なら?」

「……コクった当初は、正直あいつを恨んだし、あいつのカノジョに嫉妬したから。でもって、そういう自分が死ぬほど嫌いになったんだよね、あたしは。自分が悪いのにさ、傲って失敗して、その責任を相手に押し付けようとしたわけ。超最悪じゃん?」


 唯奈は目を見開く。てっきり、真紀はずっと失恋を引きずり続けていると思っていたからだ。それも、相手を恨む方向で、だ。実際唯奈はそうだったのだから。


「……恨んでないの?ほんとに?」


 思わず尋ね返してしまった。彼女はちらっと振り返り、苦笑ぎみに笑った。


「恨んでどーするん?むしろ、あいつに感謝してるくらい。あたしが間違ってるって、身をもって教えてくれたんだからさ」

「間違ってる?何が?」

「人は見た目だけじゃないってこと。……イヤミっぽいかもだけど、あたしは自分の見た目ってやつに自信がそれなりにあってさ。この通りデカいし、小学校低学年の時点で中学生と間違われるくらいだったわけ。胸もまー、でかいですしおすし?スタイルもいいとか傲ってたわけです。……ようは、あたしの告白を断るオトコがいるとか思ってなかったんだよね。そんなはずなかったのにさ。いっくら美人だったとしても誰にだって容姿の好みはあるし、中身の好みならもっとでしょ。いくら見た目が可愛くても、中身ブスなゴーマン女だったら付き合いたくないでしょ。……全く性格わからん女でも同様にさ」


 だから感謝なんだよ、と真紀は言う。唯奈は曖昧に頷くしかなかった。一理あると思わないでもないが、それでもだ。やっぱり、凄い美人だったら性格がどうであってもひとまず付き合ってみたいと思うのが男心ではないのだろうか。裏があるのでは?と疑われることはあるかもしれないとしても、だ。

 人は見た目ではないなんて言うけれど、唯奈からすれば結局見た目が全てと思ってしまうのである。実際自分は、男子に告白されたことなんて一度もない。同じことを唯奈がしたら、きっと向こうの男子は普通に断ることさえしてくれないだろう。きっと、鼻で笑われるか、気持ち悪いと言われるに決まっている。――可愛くない女子とは、そういう運命と決まっているのだ。


「無理に理解しろとは言わないよ。……唯奈はあたしと違って性格ブスじゃないもん、わからなくても仕方ないでしょ」


 つまりね、と彼女は結論をまとめる。


「あたしは、そういうゴーマンで腹立つ女の自分が心底嫌いになったわけ。……そういう自分じゃない、別の何かになりたいのに、その努力とか放棄しておまじないやら不思議体験やら異世界やらにすがろうとしてるわけ。サイテーでしょ?軽蔑してくれても全然いーよ」


 そんなこと、するわけない。唯奈は黙って首を振った。それを言ったら自分こそ似たようなものだ。ただ不思議な世界に憧れるなんて可愛いものではない。自分だって、努力もせずに都合のいいものになりたくて、馬鹿げたことをして足掻いているだけなのである。他の、平凡ではない特別な存在になりたい。つまらなくない、自分が最強になれるような世界に行ってみたい。しかも、そのための努力なんてものをしたくない。

 しかもだ。自分は真紀のように――何かを反省しようとさえ、していないのだ。性格ブスではないと彼女は言ってくれたが、自分の性格がブスであると認める勇気があっただけ真紀の方が何倍も凄いと思うのである。

 それに比べて自分は。――何も、何一つ己を省みようとは、していない。ただ目の前の、ちょっと楽しいことに逃げてばかりいるだけで。


「これだよね?」

「!」


 真紀の言葉で、唯奈ははっとして顔を上げた。考え込んでいるうちに、目的地に着いていたらしい。

 西校舎階段下、一枚だけ不自然に赤く塗られたタイル――噂の、テレポートブロック。

 唯奈は念のためスマホを確認する。時間はちゃんと五時を過ぎていた。逢魔時、そう呼ばれる時刻に入っているとみて間違いないだろう。


「二人で一緒に同じ世界に行きたいからね、ちゃんと手を繋いでてね唯奈!」

「う、うん」


 水筒やらなんやらを詰め込みすぎて重くなったランドセルを背負い直し、唯奈は彼女としっかり手を握った。異世界に行くかもしれない、それについて不安がないわけではないが。それでもやはり、好奇心と親友と一緒であるという安心感が勝っている。退屈なこんな世界に、ろくに未練などないというのも事実だ。

 赤いテレポートブロックは、唯奈と真紀が片足ずつギリギリ乗せられる程度の大きさしかない。怪談通りならそれで充分らしいので、あとは呪文を二人で唱えるだけである。


「一緒に言うよ、真紀。せーの、でね?」


 早くしないと先生が来てしまう。真紀の手をしむかり握り直し、唯奈はメモした言葉をしっかりと睨んだ。

 そして。


「せーの!」


 思いきり息を吸い、吐き出したのである。

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