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 白い天井がガコンと開き、大きな黒い塊がそこから降ってくる。重い音を立てて訓練所の床に着地したそれは、まるでゴリラのように両腕を上げて大きく鳴いた。といっても、上がったのは生き物の鳴き声ではなく、甲高い電子音ではあるけれど。

 黒い装甲に、角ばった手足がそれぞれ二本づつついているそれは――いわゆる、訓練用ロボットというやつだった。唯奈が昔にチラっと見た、男の子が大好きなロボットアニメに出てくるロボットと形状はよく似ている。あるいは、特撮で戦隊ヒーローが操る合体ロボもこんなかんじだろうか。兜のようなものを被り、金色に輝く電子の目でこちらを睨むそれは、自分達が外の世界で戦っている存在と酷似している。訓練用に用いられるのだから、似た外見と性能をしていなければ意味がない。


「総員、撃ち方始め!」


 指導員の先生の声と共に、唯奈は構えた電子銃の引き金を引いていた。瞬間、青い光と共にレーザーが飛び、ロボットの足を中心に撃ち据えていく。被っている防御用のヘルメットのせいで視界は極端に狭い。それも加味して正確に、ロボットの弱点を狙ってレーザーを撃ち込んでいかなければならないのである。

 大きなロボットを倒すには、本来頭の中心に埋め込まれているコアを破壊することが必須だ。ただし、どうしても3mを超えるような大型ロボットが相手では、頭を直接狙うことが難しい。

 よって、まずは足を破壊して転ばせた後、頭にレーザーを撃ち込むという作業が必要になってくる。

 そして脚を撃つにしても、ただ脚ならどこでもいいなんてわけではない。ロボットにも硬い装甲がある。狙うのは、駆動のための関節部分。繋ぎ目の装甲が薄い箇所に撃ち込むことによって回線をショートさせるのが狙いである。かなり正確な判断力と技術が求められるのは確かなことだ。残念ながら、唯奈の成績はまだあまり良い方ではない。


「そこまで!試験終了、C班は着替えた後にミーティングルームに集まるように!」

「イエス・サー!」


 次々天井から降ってくるロボットを、いかにこちらの当たり判定を少なくした上で、短時間に数多く倒すか。基本的にこの学校の試験はそういったもので構成されている。敵AIを倒すための訓練学校なのだから当然だ。ここで優秀な成績を収めた者だけが卒業を許される。基本的には中学・高校の六年間を費やすことになるが、中には中学に入ってすぐ卒業認定を受けた天才も過去にはいたという。

 当然だが、唯奈は平均の平均程度の腕しかないので、まだまだ卒業にはほど多い。この学校の外に、兵士として飛び出していける日はあと数年は来ないことだろう。


「お疲れ様、ユイナ」


 更衣室でアーマースーツとヘルメットを脱いでいると、同じC班の友人が声をかけてきた。鮮やかな金髪に青い眼の少女、アリシアである。天真爛漫で度胸もある、この班のムードメーカーと言っていい。ついでに大変可愛いボインちゃんなので男子勢からもモテる。飾らないし威張らない、自らの容姿を誇示することもないので、女子勢に嫌われることもないわけだが。


「やー、今日はちょっとハードだったねえ。ごめんよ、あたしが前に出てツッコみすぎたの、多分減点になっちゃったと思うんだぞ。前々から先生に言われてるのに、なかなか直せないんだよなあ。悪い癖だね」

「アリシアは無茶しすぎるから怒られるんだよ。それで実際、アーマースーツ破損して怪我したこともあるでしょ?勇敢なのはいいけど、だからって無理は禁物。訓練場だから怪我してもすぐ治療ができるけど、実際の戦場じゃこうはいかないんだから」

「はーい、わかってまーす」


 しょんぼり気味にベンチで座る彼女は、金色の頭もあいまってまるでヒヨコのようだ。腕も身体能力も悪くないのに猪突猛進で失点が多い、そういう彼女のことを揶揄してヒヨコちゃんと呼ぶ者は少なくない。――唯奈からすれば、何事にも一生懸命で、誰かを守るためには命だって賭けられる彼女のことを心から尊敬しているのだけれど。

 C班のメンバーは、唯奈も含め全員高校一年生相当の年齢で構成されている。基本一つの班は同じ年齢の者達で組織され、合格認定された者がでて欠員が出た場合、そこで調整が入る仕組みだ。

 このメンバーが決まったのも中学生になった時からだが、それでも結成当初と今ではだいぶ顔ぶれが異なっている。数人は卒業し、数人が新たに組み込まれた。唯奈とアリシアは最初からの古参メンバーのうちの二人であるが。どちらもそれぞれ能力に癖があったり単純に低かったりで、合格する気配のないという共通点がある。アリシアが前者で、唯奈が後者だ。


「まあ、アリシアはいいよ。……だって、実際の能力が低いわけじゃなくて、戦い方にちょっと癖があるだけだもん。仲間がピンチになるとフォローしようとしすぎちゃって減点されるけど、全部誰かを助けるためだし。その結果、撃破数だけで言えばとっくに合格者になっててもおかしくないレベルでしょ?」


 彼女の可愛いヒヨコ頭をポンポンしながら、唯奈は言う。


「それに比べて私ときたら。……ドンくさいし、射撃の成功率も低いし……みんなに助けて貰って、どうにかここまで進級できたようなもんだもん。アリシアが合格できないのだって、私が足引っ張ってるからっての絶対あるよ。落ち込むべきは、アリシアじゃなくて私の方だよ……」


 唯奈が素直に本音を漏らすと、アリシアはばっと顔をあげて「そんなことないぞ!」と怒った。


「そんな卑下しちゃだめだ!唯奈はあたし達よりずっと頑張ってるじゃないか。確かに体力は少しないかもしれないけど、誰より勉強して観察眼を磨いてるし、唯奈が的確に指示を出してくれるからみんな安心して戦えるんだよ?教官も言ってたじゃないか、唯奈は指揮官向きだって。もっと自信もっていいんだぞ、あたしが保証する!」

「アリシア……」

「六年前にいなくなっちゃった友達を、ずっと探してるんだろ?その友達を見つけるために、外に……戦地に行かせてもらえるように頑張るんだろ?こんなところで挫けてる場合じゃないぞ!」


 彼女の言う通りだった。唯奈は頷く。


「うん。……ありがとう、アリシア。その通りだね」


 六年前――この世界に、テレポートブロックを使って唯奈がやってきた、その日。

 唯奈は突然襲ってたロボットの襲撃事件によって、真紀とバラバラに引き離された。そして異世界へ転移するための学校を、あのテレポートブロックを失ったのである。

 自分達の意思で、全てを選択できたわけではなかった。

 むしろもう、選ぶ余地もない場所に立たされたと言っても過言ではない状況である。この世界が、自分達の終着地点。この世界で生き抜く覚悟を決める――あるいは、元の世界に戻る手段が見つかるまで頑張り抜く決意を固める必要があるということを、嫌でも悟らざるをえなかったのである。


『真紀……真紀!お願い、真紀を連れて行かないで!真紀――!』


 両親はテロで死に、真紀はあのロボット軍団に連れ去られてしまった。自分達がこの世界に飛んできた、その日。世界の歴史に残ってしまう、最悪の事件がこの世界で起きたのである。

 それは日本史上、最悪と呼ばれるテロ。

 某国がネットワークの世界に放った人工知能が暴走し、ロボット達を操って国々を占拠しようと動き出したのである。日本は、宣戦布告代わりに襲われた国の一つだった。東京は火の海になり、ロボット達は人々を虐殺、一部の人間達は連れ去られて行方知れずとなった。彼らの目的はわからない。風の噂によれば「愚かな人間達にこき使われ、乱雑に扱われるロボットやAI達を救うための、意思を持ったAIによる革命ではないか」と言われているが、それも定かではないことだ。

 政府は他国と協力し、日本に対ロボット軍団のための前線基地を置くことにした。機械達を破壊し、元凶となるAIを捕まえて全てを終わらせるために。平和ボケしていると揶揄されてきた国は、いつしか団結してロボット狩りを行うための軍事国家と化していったのである。

 子供達の中から選ばれ、あるいは志願した者達は、ロボット軍団と戦うための軍事訓練を行う学校に入れられることになった。唯奈は身体能力的にあまり良い判定が出なかったため徴収対象ではなかったのだが、自ら志願して軍事学校に入った一人である。全ては、両親の敵を打つため。そして、攫われてしまった真紀を、どれほど時間がかかっても必ず助け出す決意を固めたがゆえに。


「……私さ。此処に来るまではずっと、堕落しているというか……努力なんてカッコ悪いって思って、生きてきたんだよね。勉強も運動も、何もかも本気で打ち込んだことなんかなくてさ」


 異世界転移しても、神様なんて存在が現れることはなく。

 身体能力は元のへぼへぼな唯奈のそのまま、便利なスキルなんてものを与えられることもなく、当然無条件で愛されまくるようなチート性能もなく。

 生きて目的を達成するためには、地道に頑張るしかなかった。例えそれがどれほど険しく、報われるかどうかもわからぬ茨の道であってもだ。それしかない――むしろ、この世界の自分達に限らず、多くの世界の人々はそうやって生きていくしかないのだと、ようやく唯奈は理解したのである。

 勝利がわかっている試合だけに挑める者が、一体どれほどいるというのか。

 基本的にはどんな戦いだって、確実に勝てる保証などどこにもない。それでも挑み、本気で戦うことを選び、未踏の大地へと歩むことを選んだ者達がいたからこそ、自分達の文明は進化を遂げてきたのである。

 唯奈は思う。きっとただ、その番が自分に巡ってきただけなのだと。

 同時に頑張り続ければ、それを見てくれる人は必ずいるということを。この世界で出会った、新しい親友である彼女がその一人であるように。


「報われるかどうかもわかなないのに頑張って、失敗したらカッコ悪いって思ってた。そういう努力をする人を笑ったりもした。……一番みっともないのは、そういう努力をする勇気もないくせに、勇敢な人たちを笑ってマウント取った気になってる自分自身だったってのにさ」

「そうだね。一生懸命頑張ってる人を、頑張ってない人が笑う権利なんか何処にもないよね」

「でしょ?」

「うん。でも、今の唯奈はそれに気づいたし、めっちゃ頑張ってるだろ?だから、それが全てだとあたしは思うけどな。大丈夫さ、確かに勝負に絶対なんてものはないけど……戦い続ける限り、可能性の道が繋がるのは紛れもない真実なんだから」


 ね、と向日葵のような笑顔を向けてくるアリシアに胸が熱くなる。

 大丈夫、と唯奈も胸の内で繰り返す。

 きっと、大丈夫だ。――彼女がそばにいてくれる限り。そして、自分が立ち向かう勇気を忘れない限り、きっと。


「そうだね、アリシア。一緒に頑張ろう……これからも、ずっと!」


 門脇唯奈はもう、自分達の運命から逃げない。

 己が生きる世界を、けして捨てたりはしない。

 生き抜くべき現実は異世界ではなく、目の前に存在するものなのだから。

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