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 女の子という存在は、いつの時代もおまじないやら怪談やらが好きなものと相場が決まっている。――先日門脇唯奈(かどわきゆいな)が読んだ小学生向けの恋愛小説は、そんな書き出しで始まっていた。いくらなんでもいっしょくたにしすぎだろうと思ったけれど、唯奈個人に限定すれば強ち間違いでもないと思う。怖いものが好きだ。というより――不思議な力というものに、小学生の女子という存在は興味を示しがちである。

 唯奈のクラスでも、怪談話というのはそれなりに流行しているところだ。現在昼休み、教室の唯奈のグループは七不思議の話で持ちきりである。平凡な毎日に、ちょっとしたスパイスが欲しい。不思議な力を持ったり、不思議な体験をしてみたい。そう考えるのは多分、今の子供も昔の子供もさして変わらないことだろう。特に昨今は、ライトノベルで異世界に転生するような話が流行っている背景もあるから尚更だ。


「七不思議って、結構年代によって変遷していってるらしいよ?」


 言い出したのは、同じ四年五組のクラスメートにして、唯奈の親友である太田真紀(おおたまき)だ。ショートカットでちょっと明るい髪色をした美人。唯奈にとっては、幼稚園からの幼馴染でもある。


「ほら、トイレの花子さんとかって昔から有名じゃん?でも、今のうちのガッコにはないよね。トイレにいるのは“首吊りカナコちゃん”だし」

「花子さんとか古いもんね。三回ノックしてお返事してくれるだけじゃつまんないし」

「そうそう。昔の学校の怪談とか載せてる短編集読んだけどさ、そこで話終わってて思わずツッコんじゃったよ。だから何?ってかんじで。せっかくならその後面白いイベント欲しいよね。もう少し怖がらせてくれないと怪談らしくないというか」

「うわーお、真紀殿は厳しいでござるのー」


 思わずけらけらと上がる笑い声。うちの学校にも七不思議というものは存在している。ただ、ここの学校の卒業生である祖父に聞いたところ(なんとこの学校、戦前から存在しているくらい古いらしいのだ。名前は昔と変わっているらしいけれど)、昔の七不思議はやっぱり種類が違っていたらしい。少なくとも携帯電話を使った七不思議なんてものあるわけないだろ、と言われて納得したものである。

 こう考えると、話を伝える子供達の思想に合わせて、噂話というのもどんどん変わっていくのが常なのだろう。確かに、携帯電話がない時代に携帯にまつわる怪談など存在するはずがない。逆に、今は古井戸がどうの、なんて言われても首を傾げてしまうこと請け合いだ。昔学校の裏手にあったという井戸なんか、とっくに潰されてなくなってしまっているわけなのだから。


「音楽室で特定の番号に連絡すると、スマホに幽霊からの着信がある……なんて七不思議なんか超最近のものっぽいもんね」


 うんうん、と頷く唯奈。


「せっかくだからどれか検証してみたいと思ったけど、あんまり新しすぎるものって信憑性なさそう。できれば徒労に終わりたくないし。あと、できれば一番怖いのがいいな。うまくいったら夏休みの自由研究のネタにできそうなやつ!」

「ほんと唯奈ってば怪談好きなんだから!あたしも人のこと言えないけどさー」


 バンバン机を叩いて笑う真紀。うっかりシャツの隙間から下着の紐がもろに見えている、というのは指摘してもいいのかどうか。彼女はいかにもな姉御肌で、小学生離れした長身美人だが――少々、いろんなところに隙が多すぎる。足を組んだ時に高確率でスカートからパンツが見えているなんてことは、教えてあげるのが優しさなのかどうなのか。


「じゃあ、あんまり新しすぎなくて、ちょっと怖い体験ができそうな奴がいいってことでOK?ならこれはどうかな」


 ぴん、と指を立てて発言したのは、怪談好き仲間の一人の女子だ。


「テレポートブロック。七不思議の三個目ー」

「テレポートブロック?どんなのだっけ。うろ覚えなんですけど」

「一見すると地味だもんね。西校舎の一階の階段下、色の変わっているタイルを踏むと、異世界に行くことができるってヤツ!」


 ああ、そういえばそんな噂もあった気がする。唯奈は手帳を取り出して、自分が作った七不思議メモを見直した。七不思議にも、歴史の古いものから誰がどう見ても新しいものもある。この近隣の大人は、少なからずこの小学校出身者が多い。祖父もそうだし、先生や親兄弟もそう。今大学生をしている叔母から聞いたのが、確かそのテレポートブロック、の話ではなかっただろうか。

 彼女が子供だった頃。つまり、十年以上前からこの七不思議は存在しているのだという。


「西校舎の床ってタイルばりみたいになってるじゃん?四角く区切られてるアレ……をタイルって呼んでいいのか知らんけど。緑色のタイルが敷き詰められてる中、西校舎の階段下の一個だけ赤いタイルなんだよね、不自然に。で、夕方の逢魔が時の時間に、呪文を唱えながらあのタイルを踏むと、異世界に飛ぶことができる……んだっけ?あってる?」


 唯奈が尋ねると、友人達はあってるあってる!と声を揃えた。

 異世界という言葉は新しそうだが、実際は十年以上昔から存在する七不思議である。こうして考えると、実際はもっと古いのかもしれない。同時に、ライトノベル、なんて言葉が流行する前から、異世界転生に興味を持つ人間は少なくなかったのかもしれなかった。

 そういえば、異世界転生モノでよく見かける“異世界”の概念は、かの有名なファンタジーのRPGが源流になっていると聞いたことがある。ドラクエの一作目、なんてのは発売された時のハードがファミコンだったのではなかっただろうか。スーファミでさえない。ということは、下手をしなくても1980年代だ。唯奈はおろか、二十を超えた叔母さえも産まれていない時代である。


「どんな異世界に飛ぶのかっていうのは、聞いたことある?」

「さあ?怪談そこで終わってるし。そもそも異世界行って戻ってきましたーって報告してきた人いないもん」

「えー」

「むしろ尻切れトンボだから怖いってタイプじゃないの、唯奈。どんな異世界なのか、自由に想像できる方がわくわくするし、怖いし。本当にやばい怪談であればあるほど、結末がぼんやりしていることが多いって聞くしねー」

「なるほどねえ」


 異世界に飛んでしまうという、テレポートブロック。一体どんなところに行けるというのだろう。唯奈がちらり、と親友の方へと視線をよこせば。好奇心旺盛な真紀は、にやり、と少年じみた笑みを浮かべて応えた。


「よし、じゃあやってみるか、今日!」

「今日!?」


 予想していたが、なんともまあ行動力がジャブジャブ溢れすぎている女である。

 そして、話題は自然と、どうやって実行するか?ということに移った。理由は単純明快である。


「ところでさあ、逢魔が時っていつなのよ?」


 誰もその肝心なところを知らなかったのだ。全員一斉に携帯を取り出して検索をかけたのは、言うまでもない。



 ***



「真紀、むくれないでよー」


 そして今。夕方の四時半頃、唯奈は空き教室にて、正座してしょんぼりしている真紀を慰めているところである。

 彼女はなんとしても、今日テレポートブロックの検証をしたかったらしい。で、提案したはいいのだが――突然「今日調べるよ!」と言ってもみんなの都合があうとは限らないのだ。特に今は、中学受験を考えている子供達も少なくない。四年生の段階で、既に塾通いを始めている同級生は非常に多かった。結果、今日の四時過ぎまでこっそり学校に残って検証する!という突然すぎるスケジュールに付き合えるのが、真紀本人を除けば唯奈しかいなかったのである。

 今日の時間割は、六時間目まであった。公立小学校の六時間目は四時二十分に終了となる。帰りの会が十分で、総じて終わるのは十五時半といったところだ。四時には帰りのチャイムが鳴り、それ以降残っていようとすると先生からお叱りを受けることになる。つまり、既に唯奈と真紀は、先生達の目を盗んでこっそり一時間も粘ってここに残っているということになるのだ。

 逢魔が時というのがいつなのか調べてみれば、大体大昔の時間表示法で五時から七時くらいの時間を指すとのこと。つまり、先生達から帰れと追い出される時間より、かなり粘って学校に残らなければ逢魔が時に到達できないのである。あるいは、先生達の目を盗んで、そのくらいの時間に学校に忍び込むか、だ。真紀は前者を選ぶ方が簡単だと判断したのだが――当然それだけ長い時間、彼女に付き合える人間はそう多くはないのである。

 いつもの友人グループの大半から「塾があるから」「ピアノの稽古があるから」「バスケのクラブ活動があるから」などの理由でパスされてしまった。テレポートブロックがいいと言いだしっぺした女子でさえ、今日は塾があるから無理!とのこと。結果、今この場には真紀と唯奈しかいないのである。みんなでワイワイ調査したかったであろう真紀ががっかりするのは仕方ないことだろう。まあ。


「今日いきなりチャレンジするよ!って言っても普通みんな都合あわないからね?そこ考えなしな真紀もどうかと思うよ?」

「うー、あたしはやりたいと思ったら即座に実行したいタイプなんだーい……」

「そりゃよーく知ってるけどさあ。付き合い長いし。ま、今日は私だけで我慢してよ、ね?」

「うー、真紀様ぁ……!」

「よしよーし」


 帰りの会が終わってからずっとこの調子である。普段は明るくて元気な真紀だが、落ち込むとかなり長いのが玉に瑕だ。でっかい彼女が、比較的小柄な唯奈に抱きついてめそめそしている図はなかなかシュールなものがあるだろう。誰も見てないところで良かった、と思う唯奈である。

 ちなみに、下駄箱に靴が残っていると、見回りにきた先生に残っているのがバレてしまうことになる。少々不便だが、唯奈達は靴をランドセルにつっこみ、上履きは脱いで靴下で歩いていた。少々靴下が汚れて親に叱られるかもしれないが、そこは普段からみんなが掃除を頑張っていてくれることに期待するしかない。そして、外履きの靴を持っていれば、異世界に本当に飛ぶことになったとしてもちゃんと対応できるはずである。

 七不思議というものを心から信じているわけではないが――万が一に備えてそれなりに準備はしてきたつもりだった。まあ、水筒を一本多く持ってくるとか、折りたたみ傘を持ってくるとか、筆箱の中に武器になりそうなカッターナイフを入れてくるとか、その程度の準備ではあるけども。


――あ、でも怪談なんだし、ファンタジー系の準備より塩とか持って来た方が良かったのかなあ。家の塩、勝手に持ち出したらお母さんに間違いなく怒られるけど。


 そんなことをつらつらと考えていた時、あ、と真紀が小さく声を上げた。見れば彼女は自分のスマートフォンを凝視しているではないか。


「五時になった!」


 そしてさっきまでの落ち込みぶりが嘘のように立ち上がり、よっしゃ!と一人気合を入れている。


「唯奈、行くよ!五時になったから、もう逢魔が時ってことで大丈夫だと思われ!」

「はいはい。単純ですねえ、真紀殿は」

「うるさーい、しっかり異世界転移の準備してきたくせにー!いっくよー!」


 まあ、このテンションが、彼女を見ていて飽きないところであり、一緒にいて楽しいところでもあるのだが。

 唯奈は苦笑しつつ、ノリノリで歩き出した彼女の後を追った。目指すは西校舎の階段下、赤いテレポートブロック、である。


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