星を待つ村
むかし、むかし、山のふもとに、小さな村がありました。
その村には、もう何十年も、星が一つも見えない夜がつづいていたのです。
空には分厚い雲がかかり、晴れる日も、月さえぼんやりとにじんで、夜になると村全体が黒いふくろの中に入ってしまったようでした。
「むかしはね、あの空に、たくさんの星があったんだよ」
と、年老いた祖父たちは、囲炉裏の火を見つめながら話しました。
けれども、子どもたちは星というものを、絵本のなかでしか知りませんでした。
銀色のつぶが空に散らばっている絵を見ては、それがどれほどのものなのか、誰にも想像することができなかったのです。
そんな村に、一人の少女がいました。名前はユリといいました。
ユリは、星を見たことがないのに、星が好きでした。
それは、祖母がまだ元気だったころ、星を見ながら祈っていたという話を聞いたからです。
「お星さまはね、遠くにいても、ちゃんと見ていてくれるのよ」そう言って、祖母は、幼いユリの髪をなでたのでした。
それから数年。祖母は眠るようにして旅立ちました。
そして空には、変わらず雲がかかり、星は一つも見えませんでした。
ある夜のことです。
ユリは村はずれの古井戸のそばに、一つの小さな石が置いてあるのを見つけました。
それは、夜の闇にかすかに光っており、手にとると、ふしぎなあたたかさがありました。
その時、何処からともなく声が聞こえてきたのです。
「星は消えたのではない。ただ、忘れられているだけ。」
ユリは石を胸に抱き、心の中で、はじめて祈りました。
お星さま。どうか、もう一度、この空に帰ってきてください。
その夜から、ユリは毎晩、丘の上に立って、目をつむり、星の絵を思い浮かべながら祈りました。
誰もが笑って言いました。
「空に祈ったって、星は戻りやしないさ」
「そんなことするより、寝たほうがいくらかマシだ」
けれどユリは、祈るのをやめませんでした。
それは、自分のためではなく、誰かが、ずっと信じてくれていたことを知っていたからです。
十年目の冬、風のない夜のことでした。
ユリがいつものように丘に立ち、静かに目を閉じていたそのとき。
空のうえ、ほんのひとすじ、雲が裂けていました。
その裂け目から、小さな、小さな光がこぼれ落ちました。
星でした。
村人たちは、その光を見て、はじめて思い出しました。
かつてこの空に、どれほどたくさんの星があったかを。
その一つひとつを、どうして忘れてしまっていたのかを。
ユリは泣きませんでした。
ただ、そっと手をのばし、光を見つめていました。
まるで、それが、だれかのまなざしのように思えたのです。
その夜から、空には一つ、また一つと、星が戻ってきました。
人々が、忘れられていた何かを、胸の奥から呼び戻すたびに、空は少しずつ澄んでいったのです。
村の灯りは今も静かにともっています。
そして空には、ユリが見つけた、あの時の星が、今も小さく光っているのでした。