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第5話

 若葉は家を出る時にばっちりときめたセーラー服と髪を振り乱し、全力で駆けていた。先程まで向かっていたはずの学校からどんどんと遠ざかり、辺りのセーラー服姿の少女達に逆行していく。少女達は若葉を不思議そうな顔で振り返っていたが、若葉には気にする余裕はなかった。息が切れるのも厭わずに、目的地へ一秒でも早く向かうため足を動かし続けた。

 真っ青な顔で告げたクラスメイトに若葉がいの一番に尋ねたのは、『ブルー』の襲撃した場所についてだった。彼女は震える声で、近くのショッピングモールの名前を告げた。その際耳にした名前の躍る大きな看板を見上げ、若葉は足を止めた。肩で息をしながら、様子を窺う。六階建ての広い建物は、今やほとんど半壊状態だった。これだけ建物が崩れているということは、登校中にきこえた爆音はどうやらこの建物が襲撃に遭った音だったらしかった。もともと一、二店舗しか入っておらずほとんどがら空きの建物ではあったのだが、その入っていた数少ない店舗も廃屋と化したようだった。窓は大部分が割れてガラス片さえほぼ落ち切っており、地上からでも中が良く見えた。明かりが消えた建物の内部は、どこも薄暗い。剥がれた壁や天井から鉄筋が剥き出しになっており、瓦礫やガラスが散乱している。売り物だった商品も辺りに散らばり、それらに混じって煤と血だらけの死体もいくつか見えた。しかし遠目ではセーラー服を着ているような死体は見当たらなかった。

(!)

 二階の一角で、人影が動いた。若葉は即座に近くの茂みの陰に身を隠した。駐車場を囲うように植えられた草木、その後ろにしゃがみ込む。じっと目を凝らして、動いた影を注視した。

(長い袖、太い帯、薄群青色の制服……『ブルー』だ!)

 遠くからでも、特徴的な制服はよく目立っていた。さらに目を凝らすと、奥にも同じ制服姿の少女が数名見えた。壁も窓も消えた開放感のある窓際に立ち、『ブルー』の少女達は何やら一言二言話し込んでいるようだった。かと思えば突然話を止め、全員が即座に部屋の奥へと銃を構えた。素早い動きにも拘わらず、その内の一人が瓦礫塗れの床へと倒れた。飛び散った血が、建物の外へ落ちていった。相手の方が引き金を引くのが早かったらしい。残りの『ブルー』の少女達は、同じ方向へと銃を発砲した。発砲音が二つであることから察するに、その部屋にいる『ブルー』の少女は全員で二人らしい。仲間を殺した相手を追い駆けるためか、二人の姿は建物の奥へと消えていった。

 この場所で『ブルー』が関係する抗争があったことは、どうやら間違いないらしい。人影の見えなくなった廃墟を見上げる若葉の頭の中で、クラスメイトの言葉が反芻された。……文樺が、殺された。彼女は確かにそう言っていた。……でも。

(何かの間違いかも)

 つい昨日、文樺の笑顔を見たばかりなのだ。彼女の謙虚さが滲む、上品ながらもあどけない笑み。漆黒の艶やかな前髪の間から、若葉を見つめる細められた瞳。信頼と友愛が滲む、いつもの、ずっと昔から若葉が好きな顔。先週借りた小説だってまだ返していないし、誕生日にあげようと思って用意したプレゼントだって渡せていない。文樺におすそ分けしようと多めに作った肉じゃがだって鍋の中に入ったままだし、文樺の苦手な数学のテストに備えて勉強だって教えないといけないと思っていたのだ。

 例えば、他の生徒と文樺を見間違えた可能性。もしくは、そもそも生徒の犠牲者などいなかった、誤解の可能性。『ブルー』や『ラビット』による、作為的なデマの可能性。まだまだいろいろな可能性が考えられる。

(確かめないとね)

 無駄に広い駐車スペースは、伽藍としていて人影も物影もなかった。車も端の方に一台しか停まっていない。襲撃によってコンクリートにはひびが入り、崩れて所々穴が出来ている。若葉は茂みから勢い良く飛び出し、でこぼこの地面を駆けていった。クラスメイトに鞄を押し付けてきたため、今の若葉は身軽である。半壊した巨大な建物の前まで来ると、鉄筋の見える壁に身を潜め、中を確認した。

(人影は見えない)

 瓦礫と商品が床に積み重なり、奥には血や弾痕も見える。若葉は足元のガラス片で音を立てないように注意しながら、慎重に足を踏み出した。暗い建物の中を、瓦礫やパッケージを踏みつけながら進んで行く。背を低くして隠れるように移動していると、辛うじて形が残っている壁を見つけた。そろそろと近づき、その陰へと飛び込む。材質が剥き出しになっている黒焦げの壁へ、セーラー服越しに背中をはりつけた。そして、壁から顔だけを覗かせる。フロアは広く開けていて、どこもかしこも黒く染まり、瓦礫や商品で床が埋め尽くされていた。じじ、と音を立てているのは切れた電気ケーブルか何かのようで、天井で時々火花が飛び散っている。中央部分は吹き抜けになっていて、上の階も同様の光景が広がっていることが見渡せた。真ん中に位置するエスカレーターは側面が割れ、手摺りとステップが大きく外れてもう動いてはいなかった。エスカレーターの辺りには大量の弾痕や血に混じり、死体もいくつか見えた。そのどれもが、黒と白のフリルとレースに塗れた制服を着ていた。

(『ラビット』と『ブルー』の抗争現場だったみたいね。……やっぱり文樺が死んだなんて、嘘だったんじゃ? こんなところにいるわけがないもの)

 上の階で、影が動いた。若葉は警戒するように壁へ顔を引っ込めた。それから、慎重にそろそろと顔を戻した。再び見上げて目を凝らすと、動く人影は薄群青色をしていた。『ブルー』の者だ。幸い、少女は下の階へ注意を払ってはいないようだった。彼女は周りを警戒するようにゆっくりと歩を進め、構えた銃の先を自身の進路へと向けていた。何かを探すかのようにその照準の先を動かしている。どうやら先刻『ブルー』の者を撃ち殺していた侵入者を探しているようだった。

(見つかったら殺されそうね。……でも)

 このまま帰るわけにはいかない。文樺が死んだなんて嘘だったと、確認してからでないと帰れない。上の人影が背を向けているタイミングで、若葉はこっそりと陰から飛び出した。『ブルー』の少女が歩を進める真下まで来ると、なるべく端に寄りながら歩みを進めた。真上に位置する『ブルー』の少女からは見えない角度だ。より慎重に足を踏み出し、瓦礫と数多の食材や文具、家具や本を踏みつけていく。時折倒れている死体は、踏みつけないように避けていった。頭を撃たれている者、胸を撃たれている者、身体のほとんどを負傷していて血だらけの者、打撲痕ばかりで足や手が曲がっている者、様々だった。若葉は広いフロアの隅々へと視線を向けた。商品棚だったと思われる寂れたラックが並ぶ先、マネキンが転がる仕切られたエリアの中、机と椅子の残骸がいくつも転がっているエリアのカウンターの奥。見つけた死体は、どれもセーラー服を着ていなかった。

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