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葉先色づき、紅に染まらむ  作者: 小屋隅 南斎


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第46話

 新しく設置されたピカピカの門を抜け、建物へと入る。まだ復旧途中の内部は、所々割れたり穴が空いたりと先日の惨状を物語ったままだった。廊下をはしたなく走り、エレベーターホールへと向かう。待っている間にアイボリーの髪を手で整え、ふんわりとした紅のグラデーションを描くスカートを叩く。息を整え、コホンと一つ咳払いを入れた。エレベーターが到着し、中へと入る。目的の階数のボタンを押すと、すぐに目当ての階へと到着した。エレベーターの箱を出て、カーペットの上をゆっくりと進んで行く。やがて観音開きの大きな扉の前で、足を止めた。背筋を正し、三回ノックをした。

「どうぞ」

 中からの返事を確認し、若葉は重い扉を開いた。ここは桜に案内された時に説明を受けた、所謂バンケットルームである。中には桜と梅、そして林檎の姿があった。だだっ広い空間の中央に巨大な机が鎮座し、その周りを椅子が囲っていた。その手前で、三人とも突っ立って立ち話をしていたようだった。しかし今は全員、話を止めて新しい訪問者へと顔を向けていた。注目を浴びた若葉は少し緊張した面持ちで、「失礼します」と断りを入れた。扉を閉め、三人のもとまで進む。桜と梅の間へ来ると、歩みを止めて横に並んだ。梅の腕には包帯が巻かれ、桜の身体は松葉杖によって支えられていた。しかし二人に自身の怪我を悲観している様子はなく、その視線は興味深げに現れた人物へと注がれていた。

「やー……。どもども」

「制服、意外と似合っていますね」

 桜は若葉の紅色の全身を見て、笑みを浮かべた。

「意外と、は余計だよ」

 後頭部を摩っていたのをやめ、むすっとして横に視線を送る。それから逆方向へと顔を向け、「梅」と目の前の少女の名前を呼んだ。

「文樺のノート、持って来たよ。後で一緒に読もう。きっと、何か手掛かりが得られるはずだから」

 少し身体を捻り、肩に掛けた鞄を示す。梅はそれを見て、希望に満ちた表情で頷いた。彼女は長い前髪の奥の瞳を細め、「ありがとう」と御礼を言った。その様子を正面で見ていた林檎が、口を開く。

「……桜、梅。若葉は正式にわたし達の組織へ迎え入れることになりました」

 林檎は改めて二人へとそう告げた。

「共に手を取り合い、『ブルー』や『ラビット』を殲滅して参りましょう」

 いつもの上品で完璧な笑みを浮かべ、林檎はそう宣言した。若葉、そして桜と梅は、長の言葉にゆっくりと頷きを返した。林檎は若葉へ顔を向け、じっと見上げた。

「信頼していますよ」

 林檎はそう言って薄く笑った。若葉はその言葉の重みに一度唾を呑み、そして嬉しさに口角を上げた。

「はい。任せてください」

 若葉は語気に力を込めて、言い放った。その答えに、林檎は柔らかな微笑みを浮かべた。その目は穏やかだった。

「……では、『ブルー』への先日の報復に向けて会議がありますので、ここで他の者を待ちましょう。あなたについても、会議の前に皆へ紹介します」

 林檎の言葉に、若葉は頷いた。会議の開始までは、若葉はここで待機していればいいらしい。ということは、人が集まるまで少し時間が出来ることになる。伝えておきたいことがあるなら今の内だろう。若葉は思い出したように「あ」と零した。すぐに鞄を開けると、中をごそごそと探り始める。冷たく硬い感触にあたり、それを握りしめた。林檎、桜、梅はそれを不思議そうに眺めていた。

「朱宮さま。これ、良かったら」

 鞄から取り出したものを、両手で持ち直して、そっと差し出した。若葉の両手に包まれていたのは、年代物の懐中時計だった。ハンターケース型の時計は、上蓋から竜頭に至るまで繊細な模様が彫られていた。本体から鎖に至るまで、その表面は室内を鮮明に映し出している。手入れが行き届いている証拠だ。

「……」

 林檎はしばしそれを見下ろし、そして若葉を見上げた。

「……わたしに? 貰って良いのですか?」

「はい。家を出る時に整理していて見つけたんです。この組織では一分一秒が物を言う、って頼りになる先輩にアドバイスを貰ったので、朱宮さまのお役に立てるかと」

 頼りになる先輩へ視線を移すと、先輩はよくわからない感情を貼り付けて若葉を見つめ返していた。自身の小言を告げ口された恥ずかしさかもしれないし、『頼りになる先輩』というのが本心なのか煽りなのか判断がつかない困惑かもしれないし、抜け駆けして林檎へ贈り物をしたことへの敵対心かもしれなかった。

 林檎は若葉の手から慎重に懐中時計を持ち上げた。長い鎖を垂らし、小さな手で大切そうに包む。竜頭を押し込むと、上蓋が開いた。中は外装よりさらに緻密な装飾が施してあり、三本の針が規則正しく時を刻んでいた。時計内部の歯車が見えるようになっていて、幾重にも並ぶ精密な歯車が、お互いに歯を噛ませながらその身を回し続けていた。まるでサンタに初めてプレゼントを貰った子供のような目で、林檎はそれをじっと見下ろした。やがてそっと上蓋を閉じ、若葉に向かってはにかんでみせた。

「……大切にしますね」

 若葉も柔らかな笑みを返した。仕舞い込むばかりだった大事な母の形見が、適切な人のもとへと渡ったという確信が心の中で芽生えていた。林檎が懐中時計を制服のポケットへと丁寧に入れるのを眺めながら、若葉は再び口を開いた。

「……そうだ。それと、気になってたこと、きいてもいいですか?」

 若葉の言葉に、三人は興味をひかれた様子で次の言葉を待った。三つの顔を見渡して、若葉は至って真面目な顔で言葉を続けた。

「ここの組織、組織名とかってないんですか?」

 敵対する組織は『ブルー』や『ラビット』という名乗る名前があるというのに、この組織だけはそのような名前を耳にしてこなかった。桜は若葉の素朴な疑問に、言われて気付いたというような温度感で答えた。

「そうですね、表立って行動を始めるのはこれからですから……、まだ名前を決めていませんでしたね。重要なのは名前より活動ですから、然して気に留めてもいませんでした」

 若葉はその言葉を受けて、「ふむ」と唸った。

「……じゃあさ。『レッド』なんて、どうかな。組織名」

 三人の視線を浴び、若葉は笑みを以ってそれを受け止めた。

「『ブルー』に準えて、うちの長は朱宮さまだから、『朱』で『レッド』。どう? ぴったりだと思わない?」

 口元に弧を描く若葉へ、その場の者達はきょとんとした顔を向けた。そして三人は、お互いに顔を見合わせた。それから再度、自信満々の様子の若葉へと視線を戻す。

「……いいんじゃないかな」

 遠慮がちに同意の声をあげたのは、梅だった。彼女は口角を上げる努力をしながら、長い前髪の間から若葉へと視線を送っていた。

「そうですね。朱宮さまの名前を準えているのなら、反対する理由もありません」

 桜もそう言って同意した後、窺うように林檎へと顔を向けた。桜と梅の反応を静観していた林檎は、二人の意見を以ってして心を決めたようだった。

「採用しましょう」

 穏やかにそう言って、ゆっくりと両の手を合わせた。

「ただし、会議で提案し、反対意見が出なかったら、という条件つきですが。……きっと本日からこの組織は、あなたの命名した名前で呼ばれることとなるでしょう」

 林檎の上品な笑みに、若葉は快活な笑みを以って答えた。新しい居場所に、自ら名前をつけることも悪くないだろう。大切で頼りになる長の名前を冠しているこの名前は、きっと新しい『家』にぴったりだ。若葉は満足して、自ら命名した名前をもう一度だけ呟いた。始まりを予感させる、期待に満ちた音にきこえた。

「……そろそろ会議の時間ですね。梅、皆を呼んできて頂けますか」

 林檎は梅へと顔を向け、柔らかな口調で声を掛けた。

「わたくしも呼んで参ります」

 林檎は桜の足の状態を考えて梅だけに声を掛けたのだろうが、桜は自ら名乗り出て真面目な声を響かせた。身体ごと傾けるように一礼すると、松葉杖を使って踵を返す。若葉の入ってきた扉へと向かい、すぐにその奥へと消えていった。

「……」

 梅は返事をせず、突っ立ったままだった。若葉は隣を不思議そうに窺った。梅は視線を床へ這わせ、僅かに眉を下げた。林檎は梅に視線を向けつつも、何も言わずに口を閉じたままだった。

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