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第40話

 サプレッサーを取り付けた小銃の先を窓から出し、梅は引き金を引いた。狙撃した相手は、見事に血を散らして倒れていった。スコープから顔をあげ、梅は短く息を吐きだした。肉眼で下を窺うと、倒れた『ブルー』の少女の隣にいた少女が、憎々し気な顔で他の少女へ向けて刃物で切りかかるところだった。切りつけられた少女も応戦し、切りつけ返す。相手の攻撃を信じられないような身体の曲げ方で避け、そしてそこから本来なら無理であろう体勢のまま刃を持った手を突き出す。それでも相手は避け、次の一手を繰り出す。どちらも体術や銃撃に優れているからこそ、その力は拮抗し、早々に決着はつかないようだった。止めようとする少女や流れ弾に当たった少女も次々と参戦し、同じ制服を着ている少女達が、血をまき散らして殺し合いを繰り広げていた。梅は息を潜め、その惨状をじっと見下ろした。

「縹がいないということは、纏められる者がいない、ということですからね」

 後ろからかけられた声に、梅は肩をぴくりと震わせた。しかしその声がいつもきいている真面目なものであると気付き、彼女は色素の薄いボサボサの毛先を舞わせて振り返った。そこには、壁に手をついて身体を支える桜が立っていた。彼女の足には変わらず刃物が刺さったままだが、なんとか壁を使って梅のもとまで来たようだった。梅はクマのひどい瞳を桜から窓の外へと戻した。怒り、泣き叫び、困惑。様々な色に染まる『ブルー』の面々を、静かに見下ろす。

「こちらは動乱の種を撒いてやるだけでよいのです。彼女達は注意力が散漫で、情報を疎かにしがちです。また、感情に従って動き、縹に絶対的な忠誠を誓っている分、自分達で考えるということをあまりしません。疑心暗鬼を生み出せれば、あとは勝手に殺し合ってくれます。……絶対的な強者に、こちらが真正面から戦う必要はないのです。絶対的な強者を潰すには、絶対的な強者をぶつければいい。そうすれば、勝手に自滅してくれます。我々はそれを眺めて待つだけで良いのです」

 痛み止めがきいてきたのか、桜の顔色は幾分かよくなっていた。桜も下界の乱闘を見下ろし、その惨憺たる光景を見て僅かに眉を寄せた。数多の死体が積み重なる横で、血と怒声を散らして相手の命を奪う者達。今さっきまで仲間として協力し笑い合っていたはずの者を、次々に死体に変えていく。野蛮な暴力と下劣な言葉達は、この組織の敷地内で繰り広げられるにはとても相応しくないものばかりだった。

「……まあ、『疑心暗鬼を生じて相手の自滅を誘うべし』というのは、朱宮さまの受け売りなのですがね」

 林檎は姿を消す前に置手紙を残し、そこにいくつかの策を書き残していった。桜はその内の一つを昇華させ、策に用いたということなのだろう。付け足された言葉に、梅は桜へと振り返った。

「流石、朱宮さまだね……。勿論、桜も流石だよ。えっと……、それ、持とうか?」

 梅は躊躇いがちに、桜の手の中へと視線を向けた。壁についていない方の手はおろされていて、その掌は金属の柄を握っていた。

「いえ、梅は味方が撃ったと錯覚させるために、狙撃を続けてください」

「わ、わかった」

 桜の言葉に、梅は再度スコープへと顔を近づけた。いつでも撃てるよう、引き金に置いた人差し指の位置を調整する。桜は壁に身体ごと寄りかかると、壁から離した手でホルスターから拳銃を抜き取った。身体の向きを変えて背中ごと壁に預け、廊下の左右を見渡す。親指で安全装置を外しながら、暗闇の広がる廊下の先へと視線を這わせた。警戒するように人影を探すが、廊下は物音もなく、動く影も現れなかった。外であれ程の騒ぎになっているのだ、建物の中に残っている敵はもうほとんどいないのだろう。怪我を負っている桜がこの場に現れたのも、それを見越しての事だ。

 梅が狙撃する音が、小さくきこえてきた。梅も桜も何も言葉を発することなく、お互いの役割に徹していた。やがて、廊下の奥で影が動いた。桜は警戒するように重い瞼の先を鋭くした。

「若葉……、ではないですね」

 小さく呟かれた言葉は梅の耳にも届いた。しかし彼女は背中を桜に任せ、スコープの先を覗いたままだった。もともとお互いに割り振られた仕事はこうであったし、また梅は桜の腕を信用していた。梅は引き金にかける人差し指に神経を集中させ、また桜も梅がそのような判断をすることがわかっているようだった。桜は対象を注視しながら、息を潜めた。静かな廊下には、段々と靴音が響くようになった。二枚歯の音ではない。窓のもとを通った時、影は月明かりを浴びてその輪郭を露にした。その制服の色は、赤色だった。

「……」

 桜はあげかけた銃口を下げた。制服本来の赤に混じって、その生地は血で汚れているようだった。月明かりをいくつも潜り抜け、仲間は徐々に近づいてきた。合わせて走る靴音も、廊下に木霊していた。生憎、今は手元に応急処置が施せるようなものは持っていない。せめて包帯のある場所だけでも教えようと思いながら、桜は彼女を歓迎する言葉を放とうとした。開けた口が言葉を発する前に、ぴたりと止まる。

(遠目に見てわかる程血に汚れるような怪我を負っているのなら——走れるはずがない)

 床に向けていた銃口を、即座にあげた。近づいてきた相手は、顔が見える距離まで来ていた。銃口の先の顔は、桜の見覚えのないものだった。桜はこの組織に所属する者の顔は全員覚えている。桜は開かれた口から、歓迎の言葉ではなく、叫び声をあげた。その言葉の相手は、梅だ。

「敵が接近、身を守——」

 赤い制服の少女は、にやりと口角をあげた。桜が気付いて声をあげたのは窓をいくつも隔てた先だったが、逆に言えば顔が見える程度の距離に近づいてしまえば、この少女にとって勝ちも同然だった。なにせ、『ブルー』は体術に優れているのだ。見える範囲に敵がいれば、懐に入って相手の武器を無力化し、殺してしまうことなど造作もない。

 赤い制服に身を包んだ『ブルー』の少女は、足を蹴り上げた。二枚歯の高らかな音は鳴らなかったが、その靴音は廊下に大きく響いた。その勢いを乗せ、少女の身は瞬時に二人のもとへと迫った。桜はすかさず発砲したが、少女は上体を極限まで低くしてその射線上から逃れた。その間も迫る足は止まらない。バランスを保つために広げられていた両腕が、前へと伸ばされる。その先は桜だ。掴みかかってくる両手の隙を狙い、桜は顔色を変えずに再度発砲した。『ブルー』の少女はその軌道が読めていたかのように、身体を大きく反ってそれを避けた。そして赤に身を包む少女は、桜の太ももを一瞥した。未だに刃物が刺さったまま、包帯が巻きつけてある。彼女は桜の腕に手を回り込ませ、手首を捻り上げた。一瞬の出来事だった。桜は再度発砲しようとして、その人差し指を曲げた。人差し指は虚空を掴むだけだった。『ブルー』の少女は拳銃を流れるように奪い、そしてその銃口を真横へと向けた。視線は目の前の桜に向けながら、全く別の場所に向けた銃の引き金を引く。銃口の先——梅は、これを頭で予測していたらしく、真横へと身体を滑らせていた。彼女の動きは鈍かったが、引き金が引かれるより前に行動を始めていたため、銃弾に当たることはなかった。銃弾は窓ガラスに突っ込み、その穴を中心に瓦解して下の階へと落ちて行った。真下にいた『ブルー』の者達は、不審そうな顔を頭上へとあげた。しかし、この場にいる三人に下界の様子を覗く余裕はなかった。梅はその顔を強張らせ、小銃の引き金を引いた。サプレッサーをつけたままの銃は、何かを叩いたような乾いた音を発した。『ブルー』の少女は桜にもたれ掛かる勢いで身体を傾け、弾丸を避けた。押された桜は身体を支えることが出来ず、後ろへと大きく押された。彼女の片足は負傷中である。体重をかけることが出来ず、そのまま床に倒れ込みそうになる。『ブルー』の少女も倒れ込みそうになる程身体を傾けていたが、その自慢の筋肉で踏ん張り、その場に踏み止まった。そして桜の腕を引っ張りながら、その上体を勢い良く起こした。釣られて桜の身体も起こされる。『ブルー』の少女は桜の身体を自身の前へと乱暴に引っ張った。梅の小銃の先と自身の身体の間になるよう、桜を立たせる。桜を盾にした『ブルー』の少女は、梅へ下卑た笑みを向けた。梅は悔し気に唇を噛んだ。『ブルー』の少女は自身の身体を桜で守ったまま、拳銃を梅の位置へと突き付け直した。同時に桜は自身のスカートのポケットから手榴弾を取り出し、その口元へと持ってきていた。桜を捕らえている『ブルー』の少女は、桜と密着している。言い換えれば桜もこの少女を捕らえ、この場にとどめておくことが出来るはずだ。自身の足元に手榴弾を投げれば、確実に相手を始末することが出来る。作戦は、もうそろそろ終わりを迎える。ここで邪魔されるわけにはいかない。この少女を殺せれば、犠牲以上の成果を上げられることになるのだ。ピンの先が、桜の唇へ迫る。その横で、梅に向けられた拳銃の引き金が、かけられた人差し指によって引かれようとしていた。

 桜の唇がピンに触れるよりも、『ブルー』の少女の人差し指が引き金を引くよりも、発砲音が響く方が早かった。『ブルー』の少女の拳銃でも、梅の小銃でもない。『ブルー』の少女の身体が揺れ、太い帯が赤く滲んだ。『ブルー』の少女は素早く銃口の先を梅から逸らした。その先は、暗い廊下の奥だった。そこには、薄群青色の制服に身を包む少女が立っていた。彼女が両手で伸ばした先の拳銃からは、硝煙が昇っていた。肩で息をしながら、赤い制服の少女を睨みつけている。

「お前が……っ」

 赤い制服に身を包んだ『ブルー』の少女は、その光景を視界に捉え、はっとしたように声をあげた。

「お前が裏切り者か……!」

 桜と梅が息を呑んだ。廊下の奥、薄群青色の制服に身を包んだ若葉は、その問いに答えることはしなかった。その代わりに、照準を合わせ直した。先程の銃弾は、腰に当たった。次は絶対に……胸に当てる。若葉は細めた目を、さらに鋭くした。桜は捕らえられ、梅は桜を盾にされていて銃を撃てない。二人を守るためには、桜の身体を避けて撃てる位置にいる若葉が殺すしかない。若葉の銃の腕は素人に毛が生えた程度のものだ、それは若葉自身がよくわかっている。それでも……このままでは、二人とも殺されてしまう。大切な人達を守るためには、若葉がやるしかないのだ。

 赤い制服に身を包む少女は、廊下に立つ薄群青色の制服に拳銃の照準を合わせた。視界の隅で梅が一歩移動したため、すかさず盾にした身体の位置を調整する。隙を狙える位置に回り込もうとしていた梅は、小さく唇を噛んだ。その間も、『ブルー』の少女は若葉を見据えたままだった。何の障害もなかったはずなのに、若葉の撃った銃弾は腰へと当たった。致命傷になる胸や、頭ではなかった。そのため若葉に射撃能力がないことは、『ブルー』の少女には筒抜けだった。ならば先にそちらを殺して、後でじっくりと残りを処理した方がスマートだ。それに裏切り者の死体は仲間に見せる必要がある。後回しにして逃げられるわけにはいかない。

「梅!」

 盾が叫んだ。

「『ここに裏切り者がいる』ことが証明されるのが一番まずい、撃ちなさい!」

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