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第39話

「だ……大丈夫か?」

 『ブルー』の少女達は仲間の無惨な姿に目を見張り、たまらず駆け寄った。羽交い絞めされていた赤い制服の少女は、まるで興味を失ったおもちゃのように、その場に投げ出された。敵の手から解放されたというのに、彼女はまだ頭を揺らし、虚ろな表情で虚空を見つめていた。その顔は痣だらけで、痛々しい程青紫色に腫れ上がっていた。

「一体何があったんだ」

 『ブルー』の少女達は、満身創痍の仲間へ向かって焦りを滲ませて尋ねた。何せ、ここの組織の者達が弱いことはこの場の誰もが知っていた。今までに相手をした赤い制服の少女達は、どれも『ブルー』の暴力の前に歯が立っていなかった。ここまで傷を負わされる状況など、予測もつかなかった。

 転がり込んできた『ブルー』の少女は、もう口を動かすことすら叶わないようだった。それでもなんとか伝えるべきことを伝えるために、意地でその固い口を動かそうと努めていた。青白い手は老人のように震え、その瞳は細められて、今にも閉じてしまいそうだ。彼女の胸下からは血が流れ続けていて、その生命の灯はもう長くないことが明白だった。

「大将、が……」

 彼女は儘ならない口を僅かに開き、なんとか言葉を発した。ほとんど吐息のようだった。『ブルー』の少女達は、各々の耳を彼女の口へと近づけた。皆、彼女の言葉を聞き漏らさないよう、微塵も音を立てなかった。外で暴れる暴徒達の銃声や怒声が大きく聞こえ、遠くのそれらすら五月蠅いように感じた。

「私らの中に、いる……」

「……なんだと?」

 『ブルー』の少女達は、思わず顔を見合わせた。

「どういうことだ? 大将って、敵の頭ってことだろ? 私らの中、って、どういう……」

 耳を澄ましていた少女はそう問いながら耳を離し、青白い顔の少女を覗き込んだ。彼女は既に息絶えていた。

「……どういうことだ?」

 『ブルー』の少女は眉を寄せて、仲間の顔を見渡した。皆一様に不可解だという顔で見つめ返すばかりだった。

「私達の中にいたら、流石に目立つだろ」

 首を傾げながら、『ブルー』の少女は唸った。薄群青色の中に赤色があれば、流石に大雑把な『ブルー』の面々でも気が付くだろう。しかし最期の力を振り絞って伝えに来た仲間の様子を見る限り、どうにも冗談の類いには思えない。

「……もしかして、変装してるんすかね?」

「変装?」

「あの制服、着ていないってことじゃないっすか」

 隣の少女が、今さっきまで暴力を振るっていた対象を指差した。『ブルー』の少女達は指の先にある真っ赤な制服を揃って見つめた。

 その時、廊下の奥、怪我を負った少女の来た方角から、二枚歯の音が響いてきた。段々と近づいて、すぐに薄群青色の制服姿の少女が姿を現した。『ブルー』の仲間である。……仲間? 本当に?

「お疲れっす。そっちはどうですか? こっちはまだ居場所が掴めていなくて——」

 新たに登場した小柄な『ブルー』の少女は、仲間達に緩い笑みを浮かべながら駆け寄ろうとした。あと数メートルという距離になった時、その場の者は全員、一斉に建物の出口を振り返った。彼女達の鋭い瞳には、血を吹き出して倒れていく薄群青色の制服姿が映っていた。彼女は丁度建物に入ろうとしていたらしかった。仲間の死体が床に倒れた時、『ブルー』の者達は全員出口へと銃を突き付けていた。彼女達は警戒するように辺りへ視線を這わせた。撃ったと思われる人物は見当たらなかった。

「な……なんすか? なんすか?」

 遅れて合流した『ブルー』の少女は、突然死んだ仲間と見えない敵に、忙しなく視線を動かした。その顔には、困惑が浮かんでいる。しかし五人の少女達は、向けられた問いに誰も返事をしなかった。静かな空間には、いくら待てども敵の姿は現れなかった。やがて答えを待つ少女へ、一番近くにいる少女が振り向いた。そして答えの代わりに、その頭へと銃口を突き付けた。仲間に銃口を突き付けられた少女は、ぽかんと口を半開きにした。

「……え?」

 状況にそぐわない、間の抜けた声が漏れた。

「……お前が来た瞬間、あいつは死んだ」

 銃を突き付ける『ブルー』の少女は、目の前の困惑に溢れる少女を睨みつけた。

「それはなぜだ?」

「え……し、知らないっすよ」

 五人の視線を浴びた少女は、無実を示すように両手を大きく振った。

「お前が……注目を引いて、狙撃をサポートしたんじゃないのか?」

「いやいやいや……私仲間なんすから、そんなことしませんって」

 貼り付けた苦笑いは、疑惑の前では一種の余裕のようにも見えた。冗談を言われてからかわれていると思っているのか、彼女は助けを乞うように仲間達を見渡した。銃を突き付けた少女は、そんな少女を探るように見つめた。そして、短く息を吐きだした。

「……ま、そうだよな」

 少し、疑心暗鬼になり過ぎていたかもしれない。そう心の中でごちて、突き付けた銃口を、おろす——その瞬間、極至近距離で発砲音が鳴り響いた。四人は一斉に音のした方向を振り返った。その先は、一緒にいた仲間の一人だった。彼女は硝煙の昇る銃を突き付けていた。両手を振って苦笑いを浮かべていた少女は、頭を撃たれて目玉が飛び出しそうになったまま、床に倒れた。彼女は動かなかった。銃を突き付けたまま動かない少女に、他の四人の視線が集まった。静寂が支配する。誰も何も、言葉を発しなかった。

「まゆらを返しなさいよ」

 歯軋りを挟んだ言葉は、憎しみに満ちていた。その場の『ブルー』の少女達は気が付いていなかった。出入口付近に倒れている死体の顔が、引き金を引いた少女の顔に良く似ていたことに。

「お……、落ち着け」

 言葉を失った他の少女達から率先して、死体となった少女の前に立っていた少女が声をあげた。動揺を押し殺し、宥めるようにはっきりと告げる。

「敵が紛れてるにしても、こいつが殺していなかったことは確かだ。一旦、冷静になれ」

「はあ?」

 まるで地の底から響くような怨毒の声が、仲間へと掛けられた。銃を構えたままの少女は、言葉を投げてきた少女に向かって射殺さんばかりの視線を投げた。

「直接殺してないからって、妹殺されて黙ってられないでしょ」

「だから、落ち着け。大将が紛れてるかもしれないって話があっただけで、こいつが加担していたと決めつけるのは」

 言葉は途中で遮られた。その先が紡がれることはなかった。彼女も風穴を開けて、その場に倒れたからだった。

「おい……!」

 三人に減った周りの『ブルー』の少女達は、仲間を二人も殺した少女へ向けて銃を突き付けた。どの顔にも焦燥が滲んでいた。

 引き金を引かなきゃ、殺される。仲間がいかに戦闘に長けているか、仲間だからこそ身に染みてわかっている。

 四人はほぼ同時のタイミングで引き金を引いた。三人に銃を向けられた少女は、三発の銃弾を身体に埋め込み、その場に崩れた。彼女が死ぬ前に撃った弾は少女達の内の一人に当たり、彼女は苦痛に呻いた。三つの死体と血を流す怪我人、二人の銃を伸ばしたままの少女。そこに、新たに闖入者が登場した。薄群青色の制服を着る仲間が、連続する銃声をききつけて建物の外から様子を見に来たのだった。

「獲物が来……」

 彼女は声をかけようとして、ぴたりと固まった。目に入った血だらけの惨状、しかしそのほとんどは赤色の制服ではなかった。硝煙の昇る銃を持っているのも薄群青色の制服で、死体も皆薄群青色の制服だった。何がなんだかわからなかった。

「何してんだ、お前ら……?」

 呆然と呟いた時、現場にいた少女が「違う!」と叫んだ。

「私らの中に、ここの組織の大将が紛れているんだ。だから私らは——」

 敵を排除しただけなんだ。そう言い終わらない内に、彼女は撃たれて他の死体とお揃いになった。怪我をした少女と、残り一人になってしまった突っ立ったままの少女の顔が強張った。

「なんでお前ら、晴を殺してるわけ……?」

 床に倒れて動かない死体を一瞥し、引き金を引いた少女は目を細めた。

「あたしらの中に敵がいるとするなら——お前ら以外の何者でもねえよ!」

 続けて発砲音が響く。その叫び声と繰り返されて止まない銃声をききつけて、建物の外や建物の奥にいた『ブルー』の少女達が集まってきた。そして血塗れで倒れる見知った仲間や友、肉親の顔を発見し、同じ薄群青色の制服を着る少女へ刃や銃口を突き付ける。その繰り返しだった。次々と少女が駆け付けてきて、その度に引き金が引かれる。叫び声があがる。怒声があがり、悲鳴があがる。数人から始まった現場は、混乱を極めていった。血が飛び交い、死体がどんどんと増えていく。皆一様に薄群青色の制服を着ていて、仲間として一緒に来たはずの相手だった。彼女達は目の前の『敵』を、次々と殺していった。




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