表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/48

第38話

 殺したのか、と問いはしなかった。口を開く代わりに、右手に持った銃を目の前の仲間に向かって突き付けた。振り向いた少女は顔を強張らせたまま、目つきを鋭くした。彼女も目の前の仲間に向けて、拳銃を突き出したところだった。

「大将って……お前か!」

 部屋の中で少女は叫んだ。この部屋に来る前、薄群青色の制服に身を包んだ少女が言っていた。敵の大将を見つけた、と。指定された場所へ来ると、既に仲間が死んでいた。さらに道中で出会った手負いの仲間は言っていた。同じ制服を着た、裏切り者がいると。そして先刻、この辺りからきこえてきた発砲音。……つまり、扉の前に現れた人物こそ、大将なのではないか。

 二人は同時に引き金を引いた。しかし、倒れたのは一人だけだった。その眉間に穴を開け、扉の前の少女は仰向けに倒れていった。その両手に持った銃は、最後までしっかりと握られたままだった。彼女が発砲したはずの銃からは、硝煙は昇っていなかった。

「……」

 自身の後ろ、そして前に出来た同じ制服の死体達に囲まれながら、『ブルー』の少女は大きく息を吐きだした。部屋の中央に、一人立ち尽くす。……これで、大将を殺せたのか? 二挺使いの少女の持つ銃は空撃ち用のダミーカートか何かが使われていたようだったが、今更そんな些細なことを気に留めるような余裕はなかった。同じ制服に身を包んだ少女を殺した言い様のない背徳感が徐々に消えていき、偉業を遂げた高揚感が顔を出す。胸の鼓動が、早くなる。

「よし、縹様に報告を——」

 僅かに笑みを浮かべた時、扉の奥から新たな人影が現れた。物音もなく姿を現した相手に、『ブルー』の少女は息を呑んだ。同じ制服を着る少女を殺した動揺、そして敵を殺した達成感により、柄にもなく気がそぞろになっていて気付かなかった。現れた少女は、『ブルー』の制服を着ていた。そして、彼女の顔は制服に負けないくらい真っ青だった。脂汗がいくつも額に滲み、その足には鏢が突き刺さっていた。彼女は扉に手をついて寄りかかり、二つの死体、そして部屋に佇む『ブルー』の少女を視界に捉えた。彼女は眉を寄せた。冷や汗が零れ落ちて床に垂れた。

「お前……こいつを殺したの?」

 咎めるような視線に、死体とともにいた少女は僅かに唇を震わせた。目の前の少女から発せられた糾弾するような声色、明確に敵に向けるような瞳。きっと彼女に何を言っても無駄であろうことが、その強い視線から嫌でもわかった。

「大将は……お前——」

 扉の前の少女が言い終わらない内に、銃声が声を掻き消した。部屋に佇む少女が、手にした銃で再度発砲したのだった。仰向けに倒れた死体の横に、血だまりがもう一つ増えた。

「誤解だ……私は、敵じゃない」

 硝煙の昇る銃を下ろし、『ブルー』の少女は小刻みに首を横へと振った。弁明に答える声はなかった。薄群青色の動かない身体が辺りに三つ、静かに転がるだけだった。

「物分かりの悪い奴を消しただけだ……私は悪くない」

 『ブルー』の少女は譫言のように小さく呟いた。そして勢い良く駆け出して、部屋を飛び出した。部屋の壁へ背を預ける撃ち抜かれた仲間を部屋に残し、扉にもたれ掛かって大量の血を流している身体を押しのけ、仰向けに倒れる眉間に穴のあいた仲間を飛び越えて行った。二枚歯の音が廊下に高らかに響き渡った。その音は段々と遠ざかり、やがて消えていった。狭い部屋には、静寂が訪れた。その中で、くぐもったうめき声が小さく発せられた。震える青白い手が、扉を這った。

「う……」

 大量の冷や汗を流しながら、もう片方の手で撃たれた胸下を抑える。小刻みに震える手に、べっとりと血がついた。

「……」

 彼女はまだ生きていた。撃たれた場所から血を垂らしながら、鏢の刺さった足をなんとか引き摺る。

「伝えないと……」

 掠れた声は、ほとんど言葉になっていなかった。動かない口でぼそぼそと、しかしどんなに小さくても、確かに音にして発する。

「早く皆に……伝えないと」




 廊下を駆ける少女は、息を切らせていた。長い袂とフリルが彩る短いスカートが、風を切って揺れていた。ギラギラと辺りへ視線を這わせる姿は、まるで獣のようであった。興奮から荒い鼻息が漏れる。動いている者が目に映ればすかさず撃てるよう、銃口は常に前へと向けられていた。今の彼女は無敵だった。例え目の前に現れた服が赤色でも薄群青色でも何色でも、その引き金を引いてしまいそうな気迫があった。全力で急ぐ彼女の目指す先は、仲間のもとだった。早く自身の偉業を伝えたかった。同時に同胞の印である薄群青色を撃ったことについての弁明を渇望していた。いらぬ誤解を鎮めて、自分は無実なのだと認めて欲しかった。静かな廊下に荒い息と、連続した二枚歯の音が響き渡る。窓から差し込む月明かりの下を潜る度、仲間や縹様に称えられる瞬間が近づいているようで、無意識に足を動かすスピードが増した。血走った目が、動く気配を捉えた。相手が誰かすら確認することなく、その引き金を引いた。相手は胸元を血で染めて倒れていった。制服が何色かは、血で真っ赤になっていてよくわからなかった。

 そのまま突き当たりに差し掛かり、角を曲がる。全速力が乗せられた身体をなんとか傾けて、大きく弧を描きながら壁の向こう側へと駆けた。壁の先も、変わり映えのない長い廊下が続いている。転がる死体、戦闘の爪痕が残る壁や床。二枚歯は止まることなく、先へと進み続けた。

 彼女の身体が、突然つんのめった。上手く足を前に出すことが叶わず、そのまま勢いよく床へ叩きつけられる。思い切り手と顎を擦り、どちらも血が滲んだ。『ブルー』の少女はうつ伏せに倒れた状態から、勢いよく上体をあげた。忌々し気に足元を振り返る。自身の足は、何かに引っかかっているようだった。足に感触はあるのに、暗闇には何もないように見える。『ブルー』の少女は目を凝らそうとして——その頭を撃ち抜かれた。起こしかけていた上体が、再び床へ叩きつけられる。血が溢れるばかりで、彼女はそのまま動かなくなった。近くの開け放たれた窓から冷たい風が入り込んで、宙に浮かぶように掛けられた包帯の先を靡かせた。包帯が揺れる度に、裏に塗られた毒がピンと張られたピアノ線に付着する。ここの組織にとっての罠の合図であることなど、『ブルー』の少女には最後まで知る由もなかった。



 仲間に撃たれた瀕死の少女の姿が廊下の奥へ消え、辺りには静寂が戻っていた。閉じた扉の隙間から息を殺してその様子を窺っていた少女は、やがて静かに立ち上がった。扉を開ける音が、廊下に小さく木霊する。二枚歯で音を立てないようゆっくりと部屋を出て、隣の部屋を確認した。部屋には自身が移動させた死体がそのまま置かれていて、そして扉の前には新たな死体が増えていた。少女は残弾数の減った拳銃を握り直し、廊下の奥へと駆けて行った。階段へと曲がると、そのまま上へとのぼって行って姿を消したのだった。




 一階は、外の暴徒達の暴れる音がよくきこえていた。ここは『ブルー』の者が多く、その分赤い制服の死体も多かった。しかし、建物内部にいる赤い制服の数はまだ多いだろう。外に逃げようとしたところを捕まえるべく、五人の『ブルー』の少女達が立ちはだかるようにして廊下の奥を監視していた。

「大将の居場所吐きなよ、本当に死んじゃうよ?」

 『ブルー』の少女の一人は、赤色の制服の少女を後ろから羽交い絞めにして捕まえていた。細長い透明な線を何やら振り回して突っ込んできたのが、数十分程前。そんな貧弱なもので太刀打ちできるわけがないのにと、『ブルー』の少女達はせせら笑った。彼女は銃やナイフも駆使して意外にも善戦したが、最終的に『ブルー』の暴力の前にあっけなく屈した。そんなことを幾度となく繰り返した『ブルー』の少女達は、ある確信を持ち始めていた。……この組織の者達は、弱い。腕力もなく、体力もない。武術や体術に秀でている様子もない。今日の襲撃は、このまま皆殺しで終わるに違いない。大将の場所もいずれ知れて、『ブルー』の圧倒的勝利で幕を閉じるのだ。分かりきったことではあったのだが、赤色の制服の少女と対峙する度にその確信は強まっていった。『ブルー』の少女が、赤色の少女の頭を力強く殴った。捕らわれた少女は、殴られた衝撃で頭を大きく傾けたあと、小刻みに右に左に揺らし始めた。どこが正面なのか、上手く認識できなくなってきているらしい。横の『ブルー』の少女が、手に持った鉄パイプを振りかぶって赤い服越しに肩を殴打した。何度目になるかわからない打擲は、制服の下の紫の痣をさらに広げた。

「……吐かないねえ。こいつももう、終わりじゃない?」

 呼びかけに応じず、狂ったように頭を振るばかりの相手を見て、『ブルー』の少女はつまらなそうにそう言った。周りの少女達も改めて敵の様子を確認し、口々に同意の声を上げた。鉄パイプを持った少女が、一歩前に出た。捕らわれた赤い制服の少女の目の前に立つ。彼女は抵抗せず、反応すら示さなかった。状況を理解しているのかすら怪しい。少女はただ、頭を小さく左右に揺らすばかりだった。『ブルー』の少女は両手で握った鉄パイプを振り被った。天に向かって鉄の棒が高く伸びる。狙う先は、敵の頭だ。

「おい」

 全力で振り下ろそうとした時、廊下の奥から弱々しい声がきこえてきた。今にも消えそうな、掠れた声。しかし、明確に自分達へ向けられているようだった。『ブルー』の面々は楽しい最後の一撃をお預けし、そちらへと顔を向けた。薄暗い廊下、その奥からやってくる少女の姿があった。彼女は声を掛けたあと、限界だったのか崩れるように床に膝をついた。彼女は血だらけだったが、その右前で合わせた襟、長く垂れた袂、胸の下に結ばれた太い帯は、『ブルー』の仲間であることを意味していた。彼女は顔面蒼白で、掠れた荒い息を吐いていた。冷や汗が頬を伝い、それ以上に胸下から血が流れて垂れていた。床についた両手は身体を支えることが出来ない程に震えていた。力が入れられないらしい足はだらんと投げ出され、その太ももには鏢が刺さっているのが包帯越しに見えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ