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第36話

「え?」

「組織として劣勢だとは思っておりませんが……危険な状況であることは事実。このまま敷地内にいれば、若葉の命は危険に晒されるでしょう」

 桜は僅かに頭を揺らした。漆黒の前髪の奥、重い瞼の下。若葉へと向けられた瞳は、真っ直ぐな視線を送っていた。

「大丈夫です。貴女は必ずや生きたまま外に出られるでしょう。勿論、この組織から完全に逃げられるとは思わないで頂きたいですが……少なくとも、今日のところは安全が保証されるでしょう」

 安心させるように口角をあげた桜の顔を、若葉は目を丸くして見下ろした。言葉を発せず、ただただ呆ける。そんな若葉から梅へと、桜は顔の向きを変えた。

「梅。……一旦若葉を外へ送り届けることを優先しましょう。その後、戦況が苦しそうなところに合流する形でいきます。加勢の優先度が高そうな人はいましたか?」

「えっと……」

 梅と桜が戦況を共有し分析していく横で、若葉は視線を下げた。部屋の床を覆う紅色のカーペットの毛先を、ひたすら見下ろす。

(このままじゃ、大切な人を守れない)

 せっかく守り切った命が、儚く散ってしまう。文樺のように、喪ってしまうことになる。若葉は拳を握った。焦りや不安を押し込め、努めて冷静に頭を動かす。このままだと自分だけが助かって、二人は死地へ赴くことになってしまう。それは駄目だ。今の状況を変える糸口を、頭の中で探し出す。

(私……私は確かに、戦闘面においては素人)

 若葉なりに、この状況を分析し始める。

(私は無力。文樺が死ぬことを、防げなかったくらいに)

 一番大切な人を喪ってしまったことは、事実だ。目を覆いたくなるほどの、しかし取り繕いようもない程どうしようもない、現実。

(でも、私はこれ以上、大切な人を喪いたくない。今の私の生きる意味は、目の前の人達を守ることだから)

 視線を僅かにあげる。桜と梅は険しい顔で、今後の行動について止まることなく話を続けている。こんな光景ですら失いたくないと思ってしまうくらい、いまや若葉に深く関わった戦友だ。

(私は本当に……無力? 桜や梅を守るために……何の役にも立てない存在?)

 ……先程の状況を思い起こす。桜を三人の『ブルー』の手から、見事に守り切ったではないか。これだって事実であり、現実だ。

(私は確かに戦闘面に関しては素人だけれど……私は私なりの強みを持っている。余所者であり、体力や運動神経があって、その場その場で臨機応変に動ける。私を……『使う』ことは、出来るんじゃない?)

 若葉はこの組織にとって、今までにないような駒だ。無力に見えても、周りにはない色を放っている。それはきっと戦況に新たな風を巻き起こし、この組織にとってメリットを齎すことも出来るはずだ。なぜならこの組織には、駒を上手く動かせる人間がごまんといるのだから。

(私が戦闘に加わった場合、組織や自分にとってデメリットは勿論ある。でも、それを超えるくらい……メリットも生み出せるんじゃない?)

 もちろんリスクはあるだろう。戦いが初めての人間が、襲撃現場にいることの危険性は誰だってわかる。

(それでも……客観的に見て、『勝てる』。桜は三人を相手取っても生き残れる程の策を持ち、梅は遠い兵相手でも外さないくらい狙撃の腕がずば抜けてる。そこに今までにない新しい特徴を持つ私が加われば……今の『ブルー』に勝ることは、可能)

 それに、この組織の枢要な者達はまだ生き残っている。この組織の幹部たちはきっと、桜や梅、そして林檎が信用するような相手だ。彼女達の実力なら、きっと複数人を相手取れる。先程、桜は一人で三人の『ブルー』の敵を対処していた。単純計算でいっても、幹部たちが各々同じ人数を相手取ったとして、数の多い『ブルー』の面々と渡り合うことは、充分可能だ。

 ……希望的観測に縋りついているわけではない。気持ちだけの勇み足でもない。状況を分析し、客観的に判断し、合理的に決断を下す。そしてその結果は——若葉にだって、大切な人を守ることは出来る。この場にある叡智と技術、そして異色の特徴を組み合わせれば、きっと。

「ねえ」

 話し合いを続ける二人に、若葉は声を張り上げた。割り込んだ声に真面目な声色は止み、二人は口を閉じた。場の視線が、若葉へと集まる。若葉は小さく息を吸い、二人の顔を見渡しながらはっきりと言葉を響かせた。

「私を使ってよ」

 部屋に静寂が広がった。二人は若葉を、真意を探るような目つきで窺っていた。

「……言いましたよね? 朱宮さまが不在のため、貴女を勝手に使うのは……それに若葉も言っていたではありませんか。心中は文樺さんの望むことではないと」

「そうじゃなくて」

 眉を顰めた桜へ、若葉は首を横に振ってみせた。

「私は、死なないよ。……鉄砲玉とか肉壁としてじゃなくて、仲間として、私を使ってほしい。そうすればきっと、新たな策を生み出せる」

 桜と梅は呆けたように、目の前の薄群青色に身を包む少女を見つめた。若葉は真剣な表情で二人を見据えていた。

「私……思うんだよね。私達なら、『ブルー』に勝てるって」

 二人は何も言わなかった。ただ、瞳をぱちぱちと瞬いただけだった。若葉は机に座っている桜へと顔を向けた。

「まず、桜。『ブルー』の奴らを一人で三人も相手取るくらい、策に長けてる。ショッピングモールでの動きも見てたけど、桜なら『ブルー』の奴らの裏をかけると思うんだ」

 若葉は次に、梅の青白い顔へと顔を向けた。

「次に、梅。梅は射撃がずば抜けてる。遠くからも標的を絶対に仕留められる。きっと梅の能力は、ここみたいな構造の建物で活かされると思うんだよね」

 そして、若葉は小さく息を吸った。

「それから——私。私は余所者で、桜や梅とは違う。制服だって着ていないし、武器だってろくに扱えない。……でも、二人より力は強いし、運動神経も結構自信ある。……自分で動くには不慣れですぐに殺されちゃうだろうけど、桜の指示に従うことくらいは私にだって出来る。二人が上手く私を使ったら、きっと今までにないような策を生み出せるんじゃないかな」

 部屋はしんと静まり返った。二人の口は半開きになっていた。

「例えば」

 だから、若葉は続けて声を張り上げた。言葉を失った二人へと、畳み掛けるように続ける。

「私が『ブルー』のフリをして、『ブルー』の奴らを建物の中に誘導する。そうすれば、『ブルー』の奴らを私達の得意とする場所まで引き摺り込める」

 ここはこの組織の拠点であり、桜や梅の知り尽くしている場所だ。これを使わない手はない。

「ここの建物はL字型で、個室の並ぶ建物が窓から見える。内部に引き込んだ『ブルー』の奴が曲がり角を曲がった瞬間——向こうの建物から梅が狙撃すれば、人数を減らせる。……どんな策を取るにせよ、私を使えば今までにない方法を使える。策に長けている桜、射撃の技術に長けている梅、それに加えて、この組織の者では出来ない動きをする私が集えば——『ブルー』を出し抜ける可能性は高いと思う」

 若葉は片手を二人へむけて広げてみせた。

「私は単に励ますためでも、無鉄砲に行動したいがために言っているわけでもないよ。客観的に分析して——私達なら『ブルー』に勝てると思った。だから言ってる」

 若葉のこの結論は、実際に梅が『ブルー』を狙撃している場面、そして三対一で長時間持ち堪えていた桜を見てきたからこそのものだ。

 ——きっと自分という駒を適切に動かせば、大切な人を守れる。

 若葉は自身の言葉に何の迷いもないように毅然としていた。その瞳は揺るがない。自分の考えを信じ、そして覚悟を滲ませて二人を見つめていた。桜は考え込むように俯いた。若葉の案を、慎重に咀嚼しているようだった。若葉を起用した場合のデメリット、メリット、リスク。策の幅の広がり方、それに対して戦術面の素人を加える失敗の可能性の高さ。刻一刻を争う状況、組織の未来を揺るがす一大事。勘案する要素は多いのだろう。

「や……やろう」

 静まり返った部屋で最初に声をあげたのは、梅だった。桜と若葉は、梅の長い前髪に隠れた双眸を見つめた。

「あたし達の武器は策……使えるものはなんでも使う、そうだよね」

 梅は銃を持つ手に、力を込めた。

「きっと若葉なら、状況を変えられる。あたし達なら、『ブルー』に勝てる」

 強い意志が垣間見える瞳を見て、桜は思案するように目を閉じた。そして、重い瞼を開く。結論は出たようだった。

「……やってみましょう。策略は、暴力に屈しません。貴女を交えて、それを証明しましょう」

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