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第34話

 程なくして、金属が床に当たるカン、という音が廊下に響いた。それだけで若葉の前の二つの背中は反応し、瞬時に前へと走り出した。若葉もなんとかついていこうと、足を踏み出す。直後、後ろから爆音が響き、風圧が若葉の身体を前へと押し出した。足が廊下から浮く。背中を熱さが支配し、一瞬自分が炎に包まれたのかと錯覚した。前へ吹っ飛ばされる身体の横を、瓦礫や窓ガラスの破片、そして金属の細かい破片が我先にと跳んで行った。窓四つ分ほど風圧に押し出されたあと、床へ落ちていく重力を感じ、すぐさま体勢を整える。廊下へ衝突しそうになる直前に受け身の体勢をとり、前回りで衝撃を受け流した。最後は二枚歯をカンと叩き、止めた身体を起こした。自身の薄群青色に包んだ身体を見下ろすと、怪我もしていなければ、燃えてもいなかった。ほっと息をつく。前へと顔をあげると、前の二人も同様に衝撃を和らげて着地していて、その身体には傷一つついていなかった。足を怪我して引っ張られたままだった桜は、床に叩きつけられたようでその身体を投げ出して倒れていた。若葉は後ろを振り返った。先程まで若葉達のいた廊下の先は、煙がもくもくと立ち込め全体を覆っていた。その間から見える床や壁、天井はどこも大きく抉れており、瓦礫が顔を覗かせていた。上からぱらぱらと建材が降ってきて、崩れた壁が時間差でさらに壊れて落ちていった。

 前方で動いた気配がして、若葉は後ろに向けていた顔を前へと戻した。『ブルー』の少女が、桜の身体へと手を伸ばしているところだった。彼女は気が付いたのだろう。手榴弾を投げ込まれたことにより後方にも敵がいるかもしれないが、それよりももっと大事なことがある。……狙撃相手に有効だった肉壁が、自身の身体から離れてしまった。今の無防備な状態では——狙撃される危険がある。つまり第一に優先すべきは、廊下の奥への発砲でも、手榴弾を投げた新たな敵への警戒でもない。桜を立たせて、再び壁にすることなのである。

 『ブルー』の少女の手が桜の腕を掴む、というところで、少女の身体から血が吹き出した。床に赤がばらまかれ、若葉の手前の床にまで飛び散った。梅が狙撃したのだ。

「くそが……っ」

 急所は外したらしく、彼女は生きていた。『ブルー』の少女は負傷した身体を床へと落とし、それでも伸ばした手の先、銃の引き金を引いた。廊下の奥の暗闇へ目掛けて、発砲する。銃口が廊下の先へと向けられているのを確認した桜は、すかさず左手に持ったトランシーバーのアンテナを、項垂れた『ブルー』の少女の腹へと勢い良く突き刺した。丁度銃創の部分に合わせて、力を込めて抉る。同時に、右手はスカートのポケットへと入れられていた。出てきた手には折り畳みナイフが握られていて、取り出した勢いを乗せて刃を出す。若葉の前の『ブルー』の少女がそれに気付き、素早く銃口を桜の頭へと向ける——。

(まずい)

 若葉の銃を持ったままの手に、力が入った。しかし若葉の腕では、撃ったところで当たる保証はない。逸れれば最後、演技もばれて、桜も若葉も殺されて終わりだ。銃ではなく力づくで止めようとしたって、『ブルー』相手では太刀打ちは難しい。今の梅が狙撃出来るような状況かもわからない。

(何か一瞬でも、気を逸らすことが出来れば——)

 桜を捕らえていた『ブルー』の少女は、抉られた傷口の痛みに顔を歪めながらも、廊下の先に向けていた銃口を桜へと動かしているところだった。この銃口も桜へ向けられれば、すぐさま引き金が引かれるのは明白だ。一か八か、やるしかない。若葉は後ろを勢い良く振り返った。その先は煙が立ち込め、崩壊した廊下が無残な姿を晒している。若葉はその黒い煙の先を指差して、大きく口を開いた。力の限り、腹から叫ぶ。

「あれ……ここの大将じゃないですか!?」

 傷を負った少女が桜に銃口を向けようとしていたからか、若葉の前の『ブルー』の少女は即座にその照準を桜から変えた。後方へと身体を向け、すかさずその奥へと銃を構える。煙だけが立ち込める虚空へと向けられた銃口からは、当たり前だが発砲されることはなかった。若葉は焦燥感のまま視線を床に落とすが、鼻緒のついた特徴的な履き物が視界に映るばかりだった。若葉は完全に後ろを向いてしまっており、桜の状況を確認することは出来ない。『ブルー』の一人の気を逸らすことには成功したが、もう一人は恐らく桜を撃とうとしているままだろう。さらには、誰もいない廊下を確認した『ブルー』の少女がどう出るかも予測がつかなかった。若葉は必死にここからどうすればいいかと頭を動かした。動かせば動かす程、この場の『ブルー』の銃口から逃れる方法などないように感じた。

「あれが……、ここの大将?」

(え?)

 横からの呆然とした呟きに、思わず思考の海に沈んでいた意識が浮上した。その声には少しの戸惑いと、心からの驚愕が乗せられていた。若葉の指差した先には、人などいないはずだ。手榴弾を投げたばかりで荒れ果てており、今も天井や壁の一部が崩れ落ちている。煙が立ち込めていて、とても人が近づけるとは思えない。若葉の言葉はハッタリもハッタリ、虚言である。若葉は顔をあげ、廊下の先を確認しようとして……横で血が飛び散り、少女の身体が倒れたことによってそれは叶うことはなかった。愕然として振り向くと、『ブルー』の少女の身体は床へと投げ出されていた。頭から血が流れ、動く気配はなかった。

(……梅が狙撃したんだ)

 気が逸れ、銃口も他所を向いた瞬間を梅は逃さなかったらしい。若葉は急いで後ろを振り返った。丁度その時、桜が逆手で持った刃が、『ブルー』の少女の首、喉頭隆起目掛けて突き刺さったところだった。刃は既に赤く染まっていて、どうやら突く前の予備動作として、銃を持った手の筋を切っていたらしかった。桜は桜で、目の前の少女の気が僅かに逸れた瞬間を逃さずに行動していたようだ。少女が若葉のハッタリに騙されたかは定かではないが、その後の『ブルー』の仲間の感情の乗った呟きはどうしても無視出来なかったのだろう。桜は首から刃を抜いた。そのまま大きく振りかぶり、同時にトランシーバーを投げ捨てた左手で『ブルー』の少女の肩を乱暴に倒した。『ブルー』の少女は呼吸が出来ず、苦し気に顔を歪めていた。手に力が入らないらしく、桜の攻撃に対処できる余力はないようだ。逆手に持った刃物は『ブルー』の少女の延髄目掛けて、一気に突き刺さった。先程の喉元よりも深く、桜が自身の体重を掛け、この一手にかけて全力を込めたことが伝わった。『ブルー』の少女はそのまま動くことはなかった。首に刃物を突き刺したまま微動だにせず、だらんと力が抜けて項垂れただけだった。桜は突き刺した折り畳みナイフから、そろりと手を離した。

「ふう……」

 肩で荒く息をする桜は、一度大きく空気を吸って、肺から目一杯吐き出した。目の前の敵が死亡していることを確認すると、漸くその顔を若葉へとあげた。

「……まさかそんな格好で現れるとは、驚きました。……怪我はありませんか」

「だ……大丈夫。それより……桜の足」

 刃物が刺さっている桜の足を見下ろす。薄い生地のスカートは、血で真っ赤に染まっている。

「応急処置しよう。水を使えるところへ移動して……」

「桜、若葉!」

 ぱたぱたと靴音がきこえてくると同時に、名前を呼ばれた。若葉と桜が顔を向けると、梅が駆け寄ってきたところだった。

「梅。……ナイスだよ、ありがとう。流石だったね」

 若葉は笑みを浮かべ、功労者を労った。梅は照れているのか一度目を逸らして口をもごもごと動かした。それから我に返ったように、廊下に半分伏せたままの桜を見下ろした。心配そうに眉を下げる。

「無事でよかったけど、怪我……してるね」

「うん、応急処置するために場所を移そうって言ってたところ。一緒に桜を運んでくれる?」

「担架を作ろうか。その辺の部屋のカーテンを持ってくれば作れるはず。あとロープも……」

 梅は言いながら近くの部屋へと入っていった。若葉も手伝おうかと、そちらへと顔をあげた。

「……『ブルー』の下っ端」

 ぼそりと聞こえてきた言葉に、若葉は桜を見下ろした。彼女はにやりと笑みを浮かべていた。彼女の額には冷や汗が滲んでいたが、それが怪我の苦しさによるものなのか、『ブルー』との命を賭けた戦闘の名残によるものなのかはわからなかった。

「板についていましたね」

「なんだ、思ったより元気そうだね。何よりだよ」

 若葉は肩を竦めた。冗談を言う余裕があるのなら、あまり心配し過ぎなくていいのかもしれない。桜は笑みを零したあと、顔を廊下の奥へと向けた。

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