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第27話

「鉄砲玉さん。だ……大丈夫そう?」

 梅は立ち上がると、若葉へと中腰になって問いかけた。若葉は上体を起こし、梅へ笑みを作った。

「うん、もう大丈夫」

 腹に力を入れ、立ち上がる。まだ少し圧迫感と鈍い痛みは残っていたが、動けるくらいには回復した。無事に立ち上がった姿を梅へ見せつけ、気丈に振舞う。梅も安心したのか、ほっと息をついた。

「えっと……倉庫に武器を取りに行くんだっけ?」

「そう……。……ついてきて」

 梅はそう言うと、暗い廊下を歩きだした。若葉も後ろをついていく。

 二人は辺りを警戒しながら、並ぶ扉の横を進んだ。窓から差し込む月明かりを、いくつも潜り抜けていく。幸い、近くに『ブルー』の姿はないようだった。しばらく進んだ後、梅は並ぶ扉の内の一つを前にして足を止めた。どうやらここが目的の倉庫らしい。桜や梅と時計や銃を取りに来た部屋とは別の場所だった。

「ここ……」

 梅は短く言って扉を開けると、若葉へと先を譲った。梅は廊下へ目を配り、警戒を欠かさない。梅に導かれるまま、若葉はそそくさと部屋へと入った。中は真っ暗で、何も見えなかった。パタン、と扉の閉まる音が後ろで聞こえ、続けて鍵の閉まる音が聞こえてきた。廊下から漏れていた月明かりさえなくなり、若葉の視界は黒一色となった。

「梅……明かりつけてくれる?」

 暗闇の中、若葉は手を虚空に伸ばした。何か掴まるものを求めて指を動かすが、空気を掴むばかりだった。

 後ろにいるはずの梅からの返事もない。自分の息遣いが、嫌に耳に残る。

「梅……?」

 声色に不安が滲む。若葉は仲間の少女の名前を呼び、縋るように後方へと顔を向けた。変わらず黒が広がるばかりだった。

 闇の中で、何かが動いた気がした。そちらに意識が向くより前に、首に何かが当たってそちらへの違和感が先に擡げた。ひんやりとしていて、いくつもの細い繊維が編み込まれているような感触だった。滑らかなのに、部分的に細い糸のようなものが出ているようで首を擽る。そう認識したのも束の間、それが首に絡みついてきて、痛いくらいに圧迫してきた。先程までの印象は霧散し、まるで蛇に巻き付かれているような錯覚に陥る。突然のことに、口から「ひゅっ」と息が漏れた。

 首を絞められている。そう思った時には必死にもがいていた。口は酸素を吸おうとはくはくと動くのに、全く求めているものを得られない。折れるのではないかという激痛が首に走る。頭から血が引いていくような、冷たい感覚が後頭部から広がる。苦しみを掻き分けるように、無闇矢鱈に闇へと手を伸ばした。指にあたった滑らかな感触を辿り、その向こうにある衣を無我夢中で掴んだ。そして火事場の馬鹿力で引っ張った。縄を持つ相手を、強引にこちらへと引き摺り込む。若葉の力に太刀打ち出来ず、相手は縄を握ったまま体勢を崩し、若葉へと倒れ込んだ。若葉は突っ込んできた相手と共に、冷たい床へと転がった。若葉の上に、軽い身体が覆い被さる。その間も、相手は首を絞める手を緩めないままだった。若葉は苦しさの一方で、頭がぼんやりしてくるのを感じた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 狂ったように呟く声は、梅のものだった。壊れたラジオのように繰り返される言葉が、酸素の届かない頭の隅で響く。その声が、なんだか遠くなっていく感じがした。まるで頭に靄が掛かったようだった。

「お兄ちゃんのためなの!」

 身体が密着する距離になって、暗闇の中に初めて梅の顔がぼんやりと浮かんだ。彼女は泣きそうな程顔を歪めていた。

(よくわかんないけど……お兄ちゃんのためなのか)

 きこえてきた単語を、頭の中で噛み砕こうとする。しかし酸素が供給されない脳は、まるで膜が張ったように曖昧模糊な思考しか出来なかった。痛みと苦しみと重さが全身を支配して、意識が沈んでいく。

(じゃあ……このまま死ぬのが、いいんじゃないかな。私も文樺のところへ行けるし……梅のお兄ちゃんの役にも立てるらしいし……)

 苦しみにもがいていた腕が、力を失ったようにぱたりと放り出された。抵抗することをやめた若葉の首は、相変わらず梅によって強く強く締め付けられていた。

(朱宮さまは私を駒として使えなくて残念がるだろうけど……)

 ぼんやりと脳裏に浮かんだ、紅色の髪に彩られた、人形のような小顔。

(ああ、いや……違うか。朱宮さまはもしかして……最初から、このために私を……)

 これこそが、本来の『捨て駒』の仕事だったのではないか。……頭がぼんやりとして、回らない。若葉は重くなってきた瞼を、ゆっくりとおろした。

(文樺……)

 ふわふわとしてきた意識の中で思い浮かべる顔は、やはり文樺だった。この場に文樺がいたとしたら、どんな表情をしていただろうか。心配そうに顔を覗いて、泣きそうな顔をしているかもしれない。……彼女はとても、優しいから。真面目で熱心で最後まで粘り強い彼女は、もしかしたら若葉の意識が途切れる最後まで、死なせないように手を尽くすかもしれない。最後まで諦めずに若葉に声をかけ続けるかもしれない。そんな光景が、手に取るように目に浮かんだ。そんな彼女はいま、きっと死後の世界で一人きりだ。早く傍に、行かないといけない。

 意識を手放し、支配する重さに身を委ねようと思った時だった。突然、轟音が響いた。何かの爆発する音、窓ガラスの割れる音、建物の崩れる音。近い。この建物の上からだった。床は小刻みに振動し、天井の四隅からパラパラと建材が落ちていった。一瞬、縄の締め付ける力が弱まった。

(上で爆発……?)

 寝起きのようなぼんやりさの中、手放そうとした意識が浮上する。

(…………桜……!)

 上の階には、桜が向かったはずである。爆発が上の階で起きたのならば、桜が巻き込まれている可能性は高い。若葉はぼんやりした思考を、一瞬で覚醒させた。

 真面目で、優しくて、誠実で。小柄な身体で、黒髪を揺らす背中が若葉の脳裏に過る。……わかっている。彼女は、文樺ではない。

(それでも……!)

 若葉は苦しみと痛みを掻き分け、足へと神経を集中させた。鉛の様に重くなっていて、上手く力を入れることが出来ない。まるで自分の身体ではないようだった。歯を食いしばって、なんとか右足へと意識を研ぎ澄ませる。

(文樺を死なせて……彼女まで死なせたら駄目だ!)

 彼女を文樺に重ねているわけではない。……いや、もしかしたらそう思いたいだけで、心の奥底では重ねてしまっているのかもしれない。でも、そんなことはどうだっていい。

 まだ、助けられる。文樺は殺されてしまったが、彼女は生きている。出会ってから間もないが、彼女は若葉を『ブルー』から守り、そして文樺の望むことについて助言をくれた。短い付き合いながらも、若葉は彼女の人となりを知り、関わりを持った。真面目で誠実で優しいことを知ってしまった。彼女を、文樺のように死なせてはいけない。彼女は——まだ若葉が、守ることが出来るのだから。

(ごめん文樺。私……まだこの世でやること、あったよ!)

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