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葉先色づき、紅に染まらむ  作者: 小屋隅 南斎


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第25話

(門付近には『ブルー』の奴らが沢山いたから近づけない……)

 桜に建物を案内して貰った時の様子を思い起こす。

(そういえば、この建物には大きな木が埋まってたよね。あそこから登って、敷地を囲う柵を越えられないかな……)

 若葉は小さい頃から木に登ることが得意だった。文樺を連れて、二人で木の上で読書をしたり昼寝をしたりするのも好きだった。木に登ること自体は可能だとは思うが、問題はその間『ブルー』の者に見つからずに済むかだ。登る間は無防備になる。見つかれば即、発砲されて死は免れないだろう。となると、木を登る案はあまり現実的ではない。

(あるいは、正門以外の出口があれば……。この組織の傾向からして、どこかに裏口を用意してはいそうだけれど。どこにあるのか、余所者の私じゃわからないな……)

 階段のところまで来て、廊下を逸れてそちらへ駆けた。階段を上がり、二階へと向かう。二階の廊下に出ようとして、近くから銃声がきこえてきた。思わず、壁に沿って身を隠す。廊下の方へと僅かに顔だけを乗り出すと、薄群青色の制服がいくつか動くのが見えた。

(やば、こっちにも『ブルー』の奴らが……)

 この建物を出られるかすら怪しくなってきた。若葉が息を殺していると、反対側、位置的にメインとなる建物からやってきたであろう紅の少女達が、若葉の隠れる階段の出入り口を通り過ぎていった。『ブルー』の少女達へと、撃ちながら突っ込んでいく。

(え、正面から戦ったら勝ち目がないんじゃなかったの? 体術や武器の扱いにも優れているから、近づかないような策で戦うしかない、って……)

 梅の話では、そのように言っていたはずだ。しかし紅の制服に身を包む少女二人は、『ブルー』の少女達へ足の動きを止めることなく進んでいった。奥から銃声が鳴った。『ブルー』の少女が撃ったらしい。苦痛に喘ぐ声が僅かに耳に届いた。再び銃声が鳴り、廊下に何か重い物が倒れるような音もきこえてきた。直後、若葉は階段の奥側から腕を引っ張られた。完全に廊下へと意識を集中させていた若葉は、思わず肝を冷やした。

 若葉の警戒に反して、銃声も、刃物で掻っ捌かれることもなかった。敵ではない。腕を引っ張る力は、弱々しくも緩められることはなかった。引っ張られるまま、紅の背中へついていく。腕を掴んだ主は、そのまま階段を駆け降りた。若葉も釣られて先程上がったばかりの階段を降りていく。色素の薄くなったぼさぼさの毛先が目の前で揺れていた。

 突如、上から巨大な音、そして熱い爆風が舞い上がった。伝わる振動に、大きく身体が揺れた。瓦礫の一部が、階段の踊り場まで飛んで窓ガラスを破る。同時に、赤い血が階段の壁にべっとりと付着した。崩れた天井から階段を仰ぎ見た若葉は、顔を青くした。煙が立ち込めて、二階は何も見えなかった。

「え……。待って、今の爆発……」

「い、一階から……建物、移るよ……」

 若葉を振り向いた顔は、青白く痩せこけた顔、クマのひどい瞳をしていた。梅は若葉の返事を待たず、顔を廊下の先へと戻した。二人は階段を抜け、廊下を駆けていく。

(『ブルー』の子達へ突っ込んだの……あれ、わざとだったんだ。爆弾を仕込んで『ブルー』の子に近づいて、たった二人の犠牲で何人もの敵を屠った……。恐らく、この組織の作戦……)

 少人数で多くの『ブルー』を殺せる、彼女達好みの効率的で合理的な策。若葉は思わず恐怖で顔を歪めた。そのような策を躊躇いなく実行してしまう彼女達の倫理観が怖かった。……そして。

(本来なら、あれは私の役目……)

 まるで自分の未来を見せつけられたかのようだった。自分も先程の少女達のように、多くの敵を巻き込んで、肉片すら残らない程爆破されると思うと、言い様の無い恐怖に駆られた。

 ……なんでこんなに、怖く感じるんだろう。文樺のもとへ、いきたいはずなのに。文樺のいないこの世に、居場所なんてないはずなのに。

(文樺のために敵討ちが出来ないだけじゃなくて、死ぬことすら怖いなんて……ほんと無力だな、私)

 梅は渡り廊下へと足を踏み入れた。腕を引かれたままの若葉も続く。渡り廊下は一面ガラス張りで、外の様子がよく見えた。見渡すと、数多の薄群青色が稠密して蠢いていた。彼女達は拳銃で発砲したり、建物を破壊したり、捕まえた紅色の少女達に暴力を振るったりと、やりたい放題をしていた。遠くに火の手も見える。若葉は現実から目を背けるように、顔の向きを戻した。渡り廊下を走り抜けると、桜に案内された大きな会議室の扉が見えてきた。廊下にはいくつも死体が転がっていた。薄群青色も、紅色も入り乱れていた。建物も弾痕や血で汚れ、破壊された跡が目立っていた。梅は走るスピードを緩め、若葉を振り返った。体力がないようで、息があがっていた。

「て、鉄砲玉さん……ここには『ブルー』の奴らが沢山いる。……わ、悪いけど……あたしが先行して道を作るから……後から、来てくれない……?」

「わ……わかった」

 戦闘の素人である若葉に出来ることはない。鉄砲玉の役割さえ、林檎の指示がない今果たすことは禁じられている。若葉はぎこちなく頷いた。

 梅は若葉の返事を確認すると、廊下を進みだした。先程とは違い、慎重に歩みを進める。若葉は会議室の重い扉を開け、中へ隠れた。中は真っ暗闇だった。

 心の中で十秒ほど数え、再び廊下へ出る。争うような音は聞こえてこなかった。奥を見渡すと、梅の少し遠くなった背中が見えた。銃を構えつつ、辺りを窺っている。やがて休憩スペースを通り過ぎ、食事スペースに続く通路の手前まで来ると、若葉の方を振り返った。短く頷く。若葉も頷きを返し、梅の通った通路を警戒と共に歩き出した。廊下の死体を踏まないように、避けていく。痣だらけの顔、銃創だらけの身体、焼け落ちた制服。青白い顔達は、もう動くことはない。血だらけの床から目を背けるように、唯一の動く人影、梅へと顔を向ける。

(この付近にはもう、『ブルー』の奴はいない……?)

 先程渡り廊下から見た限り、多くは外に集まっているようだった。この組織のやり方を目の当たりにし、爆弾を使われるのを危惧して建物から外に出たのかもしれない。

 突き当たりに辿り着いた梅が、壁に身を潜めた。若葉も一応、食事スペースに続く通路の壁へ身を隠す。顔だけを梅の方へと乗り出した。梅はポケットに空いた方の手を突っ込み、何かを曲がり角へと放り投げた。カラン、と物が落ちて音を立てるのと同時に、銃声が響いた。合わせて二発。曲がり角の先からだった。落ちた折り畳みナイフの横、銃弾は床にめり込み、二つの穴を開けていた。梅はポケットから、手榴弾を取り出した。口を使って安全ピンを抜くと、投げずにその場へと置いた。丁度梅が隠れていた、壁の影だった。梅は爆弾に背を向けると、若葉の方へ向かって全速力で逃げてきた。考えるより先に、若葉の身体は動いていた。壁から飛び出し、向かってきた梅へ両手を伸ばした。梅は長い前髪の間から驚きに丸くした目を覗かせたが、彼女は自身に伸ばされた手を、必死に掴んだ。若葉は梅の両手を掴んだ途端、身体の向きを変え、曲がり角から遠ざかるように走り出した。梅がスピードについてこられず足をもつれさせた。……関係ない。若葉は梅の手を握りながら、全速力で逃げ続けた。

 やがて、後方で手榴弾が爆発した。曲がり角の壁は大きく抉れ、瓦礫や窓ガラスが吹っ飛んだ。若葉はスピードを緩め、振り返った。息を切らした梅も振り返り、用心深く銃口を向けた。煙は徐々に晴れていった。廊下には、血が伸びていた。

「一応……あたしが確認する。ちょ、ちょっと……待ってて」

 梅はそう言うと、拳銃を構えたまま歩き出した。肩で息をしながら向かう背中は、少し苦しそうだった。

 曲がり角の先の確認を終えた梅は、若葉へ頷きを送った。若葉はそれを確認し、彼女のもとへと向かった。曲がり角のすぐ傍に、損傷の激しい二つの死体があった。足や手、胴体がいくつにも千切れていて、至近距離で爆発を食らったことが嫌でもわかった。曲がり角に潜む敵を確認しに行こうとして、置かれた爆弾の爆発に巻き込まれたのだろう。……恐らく、梅の作戦通りだ。

 その時、若葉の後ろから二枚歯の音が響いた。若葉ははっとし、後方を振り返った。それより先に反応していたらしい梅も、既に若葉の背後へとクマのひどい目と銃口を向けていた。

 銃声がして、奥で人が倒れるのが遠く見えた。その死体を通り過ぎて近づいてきたのは、薄群青色の制服ではなかった。紅と桃色、そして白の、梅と同じ制服だ。二人は見慣れた服に、警戒心を解いた。爆発をききつけて駆け付けた『ブルー』の少女を、どうやら処理してくれたらしかった。

「大丈夫?」

「う、うん。こっちは、大丈夫……」

 梅は視線を逸らし、たどたどしく答えた。空虚な貼り付けた笑みは、やはり少し不気味だった。 梅の返事を確認し、近づいてきた少女は少し安堵した表情を浮かべた。どうやら援護に駆け付けてくれたらしい。

「今は建物の外と、向こうの寮の方に『ブルー』の奴らが集中してる。あと、外の倉庫にも潜んでいる可能性が高い」

「わ……わかった。……上の階の倉庫で武器を補充したら、む、向かうね……」

「うん、気を付けて」

 少女はそう言うと、廊下を駆けて行った。階段へ向かい、姿が見えなくなる。

(紅色の制服を目にした途端、安心感がすごかった……。制服の影響って、大きいんだね)

 もしくは、それだけ緊張していたのかもしれない。何せ、死体が辺りに転がる中敵から命からがら逃げることなど、初めてなのだ。

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