表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/48

第24話

 若葉は窓際へと近づくと、レースカーテンをひいた。青い空はどこまでも広がり、木々は風に気持ち良さそうに揺れている。

(未だに違和感があるな。隣に文樺がいないなんて)

 窓の外から、自身の隣へと視線を移す。そこには、人影のない空間が広がるばかりだ。いつも黒髪を揺らす小柄な姿が横にいたため、それだけでなんだか寂寥として見えた。

(学校は……そろそろ授業が終わる時間かな)

 つい昨日までは、若葉も文樺もいつも通りに学校に通い、眠さと格闘しながら退屈な授業を受けていたというのに。突然世界が変わってしまったかのようだ。……大切な人を連れて。

 文樺の死に顔が過る。毎日見ていた顔が見たことのない程青白くなっていて、閉じられた瞼と唇は二度と動くことがない。まるで別人みたいなのに、見れば見る程いつも一緒にいた愛しい顔と同じなのだ。こびりついて離れない記憶。気を緩めると、すぐに脳裏に過る映像。窓ガラスに反射した若葉の顔は、悲しみに染まっていた。

「……ん?」

 視界の中で何かが動き、大切な人の死に顔に囚われていた若葉の意識は現実へと引き戻された。動いた影は、窓の外だった。門にいる少女へ紅色の髪の少女が近づき、何やら話しかけている様子が遠目に見えた。綺麗な紅の髪色、サイドで輪を作って留めた髪型、一段と小柄な身体。林檎だ。二言三言会話をしたあと、門の前に立っていた少女は深く頭を下げた。それを確認した林檎は、彼女のもとを離れていった。

「なんだろう」

 頭をあげた門衛の少女は、一度首を傾げた。そして去っていく林檎に背を向け、自身の役割へと戻っていった。責務を全うするように、門の周りに目を光らせ始めたようだ。

(まあ、いいや。やることもないし、ぼーっとしてよ……)

 若葉はレースカーテンを閉じた。ベッドへ移動し、ぽすんと腰を埋める。

(文樺のいない世界で生きることが、こんなに辛いだなんて。想像もしてなかったな……)

 そもそも、文樺のいない世界を想像したことがなかった。ずっと一緒に生きていくのだと、心の底から信じていた。それが当たり前すぎて、他の状況など考えられるはずもなかった。

 ベッドの上に、身体を投げ出す。天井をぼんやりと見上げた。

(文樺……)

 目を細め、恋焦がれるようにその姿を求めてしまう。天へ向けて手を伸ばすが、その先は虚空を掴むだけだった。若葉は無意識にため息を零した。




***




 ゆっくりと、意識が浮上する。ぼんやりと視界が開けて、白いシーツ、見慣れない狭い部屋の壁、サイドデスクの丸い角が映り込む。何度か瞬きを挟み、いつもとは違う光景を緩慢に見渡した。

「うちじゃない……ここどこ? 文樺、いる……?」

 寝起きのふにゃふにゃの声で、小さく呼びかける。目を擦りながら、段々と覚醒して来た頭で現状を理解し始める。……そうだ。ここは自宅ではない。新興組織の領地だ。そして、文樺はもういない。『ブルー』に殺されて死んだのだ。

「……」

 現実を突き付けられる度に、心に冷水を浴びたような痛さが広がる。ベッドから上体を起こした若葉は、一人きりの部屋を再度見渡した。もちろん、返事が返ってくるはずもない。

「寝ちゃってたのか」

 ぽつりと独り言を零す。それから、部屋の外がやけに騒がしいことに気が付いた。人の走る音、怒号、叫び声、銃声。どうやらこの騒がしさに起こされたらしい。近くで抗争でも起きたのかもしれない。現状を確認するべく、若葉は皺の寄ったセーラー服から両足を伸ばした。ベッドの下へ着地し、そのまま窓へと急ぐ。外を確認した若葉は、寝起きのぼんやりさが一気に消し飛んだ心地がした。

(え……『ブルー』!?)

 窓の外、領地の門には、薄群青色の制服に身を包む少女達が密集していた。門の前に収まりきらず、後続にもまだまだ『ブルー』の少女達の姿が湧いて出てくるかのように現れていた。少女達の手には拳銃や刃物、バッドや小型爆弾などが握られていた。当たり前だが、とても話し合いをしに来たような雰囲気ではない。どの少女達の顔も好戦的に昂っていて、その目は若葉のいる新興組織のアジトを見据えていた。彼女達の前にある門は激しく拉げ、破壊され尽くしてその機能を失っていた。そしてその残骸を二枚歯で踏みつけ、長い袂と短いスカートを揺らして、『ブルー』の少女達は堂々と内部へ侵入していた。若葉の頭の中で、梅の言葉が想起された。

『あたし達は、明確な敵対の意思表示を、既にしているの。『ブルー』が襲ってくるのも、時間の問題』

(『ブルー』が……ついにこの組織を襲撃しに来たんだ)

 若葉はごくりと唾を呑み込んだ。戦いの火蓋は切られた。……『ブルー』の手によって。

(こっちだって二日後に動くはずだったのに……間に合わなかったのね)

 突然、扉が三回、素早くノックされた。若葉はびくりと身体を跳ねさせ、急いで扉へと向かった。開けた途端、少女達の走る音と叫ぶような声が押し寄せてきた。遠くで何かが崩れるような音もした。扉の前に立っていたのは、おかっぱを揺らす桜だった。

「姿が見当たらないと思っていたら……まさかまだ部屋にいたとは」

 桜は重い瞼の下から若葉を見上げ、その顔付きを険しいものへと変えた。

「急いでこの場を離れてください。『ブルー』が襲撃してきました」

 桜は一度廊下の奥へと警戒する顔を向けた。桜の背後で、何人もの少女が慌ただしく通り過ぎていった。

「離れて、って……。一体どこに? というか、私は肉壁として参加しなくていいの?」

「……」

 困惑に染まる若葉の顔から、桜は一度目を逸らした。勢いを失ったように、声を小さくする。

「……貴女の扱いは、保留です。ですから『ブルー』に捕まらないよう、身を隠してこの建物から脱出してください」

「……逃げるとは考えないの?」

 歯切れの悪い言葉に、若葉は探るような目を桜へと向けた。

「逃げたら追いかける、それだけです。わたくし達から逃れられるとは思わないように。……ともかく、まずは『ブルー』から逃げることが先決です。わたくし達も、貴女を有効活用する前に失うのは惜しいですから」

「じゃあ今すぐに私を肉壁にすればいいだけの話じゃない?」

 話が見えてこない。桜は一度不本意そうにした後、憂いの表情を浮かべた。

「……実は、朱宮さまのお姿が見えないのです」

「朱宮さまの? ……もしかして、『ブルー』に……」

「いえ、そうではありません。朱宮さまは易々と捕まるようなお方ではないですし、置手紙でわたくし達にいくつか策を授けていかれました。恐らく意図的に姿を消しておられるのでしょう」

(この手際の良さ……まるで朱宮さまは、『ブルー』の襲撃が分かっていたかのようね)

 そういえば林檎は、門にいた組織の少女に何事か話しかけていた。先程門を確認した時、その少女は見当たらなかったし、その少女の死体もないようだった。事前に何か共有していたのかもしれない。

(じゃあなんで、二日後の作戦を前倒ししなかったんだろう……)

 敵が攻めてくるとわかっていれば、こちらも策の実行を早めれば良かったはずだ。それなのに、林檎はそうしなかった。ならばそれには理由があるはずだが、若葉には見当もつかなかった。

「で、策を授かったんだよね? 私はどう動くって書いてあったの?」

「……貴女への言及は、何もありませんでした。というより、書かれていたのはそんなに詳細なものではなく、要点のみの簡易的なものばかりでした。詳細は各々に一任する、と」

「まあ急いで書いて姿を消したのなら、そうなるか」

(あれ……襲撃されるとは、やっぱり知らなかったのかな。でもそれなら、門衛を事前に外したり出来ないはず……)

「ですので、細かい動きはわたくし達の方で考える必要があります。朱宮さまに無断で貴女を使うわけにはいかないので、この場は離れて貰うより他ないのです」

 近くで怒声がきこえてきた。ここの組織の者にはそぐわない、粗暴な言葉遣い、荒々しい語気。『ブルー』の者だろう。

「この建物まで来ましたか」

 桜は唇を噛んで、廊下の奥を睨みつけた。

「とにかく、貴女はこの場を離れてください。わたくし達にとっても、策に貴女が巻き込まれるのは意思にそぐいません」

 桜達も既に『ブルー』の者達に対抗しうる方法を考え、実践しようとしているらしい。『ブルー』が一方的に蹂躙しているような状況ではないようだ。若葉は桜をじっと見下ろし、真剣な顔で頷いた。

「……わかった」

 桜がホルスターから銃を抜き、音のした方向へと向けた。若葉は部屋から飛び出し、その背中の奥へと走る。桜を置いて、若葉は逆方向へと廊下を駆けた。

 数人の赤い制服の少女とすれ違う。若葉だけがその中を逆走していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ