第23話
「は、はい……これ。……拳銃……最初はやっぱり、オートマチックがいい、よね……」
若葉へと差し出される。若葉は枯れ枝のような手から拳銃を受け取った。
梅は桜と同じ様に、備えられた書類を取り出して何やら書き込んだ。もとの位置に戻し、若葉へ声を掛ける。
「じゃあ、一つ下の階に行こうか……そこで軽く練習、するよ……」
梅の言葉をきき、若葉は部屋の外へと出た。梅は部屋の照明を消すと、扉を閉めた。二人は並んで廊下を歩み出した。
(流石に会って少ししか経ってないし、ポケットに何か入ってるとは気付かないみたいね)
彼女達とは着ている服が違うため、見慣れていないのだろう。入る時と出る時でポケットの膨らみ具合が僅かに違うことに、梅が気付いた様子はなかった。部屋の中の物が一つ無くなっていることに感付いた様子もない。若葉は何食わぬ顔で、梅の横を歩く。
(ナイフだけじゃ、心許ないからね。用心するに越したことはないわ)
周りの環境の把握と同様だ。いざという時に使えるものを見定め、手にしておくことは大事である。梅に許可をとっても、銃同様持ち歩きを禁止されることは目に見えている。ならばこうして自分から動いていくべきだし、緊急時にとれる選択肢を増やすような動きをすることは若葉の得意とするところだった。
一つ下の階へと降りると、梅はある部屋へ若葉を連れて行った。だだっ広い部屋には、ほとんど物が置かれていなかった。辺り一面に、床ばかりがひたすら続いている。そのせいか、隅に立て掛けられた何枚ものパネルがやけに目を引いた。
「はい……」
部屋を見渡している若葉へ、梅が差し出したのはベストだった。防弾ベストのようで、いつの間にか既に梅も同じものを装着していた。お揃いのベストを着ている間に、梅は部屋の奥へと向かい的の設置を終わらせた。戻ってくると、彼女は若葉の横へと立った。
「的が見える……?」
「見えるよ」
「その中心を狙って撃つの……。銃の持ち方は、こう。アイソセレス・スタンスって言って……最初は、膝をついて撃とうか……」
梅は横で膝をついた。若葉も姿勢を真似る。
「こう、両腕を伸ばして……的と重なるように……」
言われた通りに腕を伸ばす。梅の手が触れて、僅かにその位置を調整した。
「撃ったことがあるなら、わかると思うけど……撃ったときの反動に注意してね……」
「わかった。撃つよ」
「うん……」
セーフティレバーを下げ、若葉は的を睨んだ。引き金を引く。銃声、そして身体に伝わる衝撃。銃からは硝煙が立ち上り、独特な匂いが鼻に舞い込む。遠くの的へと顔をあげると、弾痕は一つもついていなかった。設置前と同じ、綺麗な模様を保っている。
「う……やっぱり難しいね。照準が大きく逸れてる……」
若葉は苦い顔で銃身を見下ろした。
「グ、グリッピングが甘いかも。銃の中心と身体の中央が、一直線になるイメージ……。伝わる……? あ、あとは引き金を引く時の、人差し指の位置も、注意して。これは……コツを掴むまで、何度かやった方が早いかも……」
梅のアドバイスを受け、若葉は指の位置や姿勢の微調整を繰り返しながら、発砲を繰り返した。最初は的の外へと飛んで行ってしまった銃弾は、何度か試行するうちに的へと当たるようになった。最終的に、的に描かれた幾重にも重なる円の端に、辛うじて当てることが出来た。
「あ」
やっと円へ当てることが出来たと喜んだのも束の間、手に持った銃の機関部が露出した。
「た、弾が尽きたね……」
梅はそう言って、若葉の傍へとよった。
「鉄砲玉さん、飲み込みが早いね……。着実に狙いが良くなってるよ……」
いくつか丸く穴のあいた的を一瞥し、梅はぎこちない笑みを向けた。
「こ、ここまでにしようか……。貴方が戦いの素人だってことは、朱宮さまもわかっているから……。朱宮さまに言われて一応練習はしたけど、作戦内で貴方が銃を使うことは、たぶんないと思う……」
若葉は梅の言葉を大人しくきいたあと、銃身を見下ろして唇を尖らせた。
「うーん、なんでこんなに的の中心に当たらないんだろう?」
「……引き金を引く力で、砲身がずれるから……。手元ではほんの僅かでも、着弾地は大きく狂う……」
梅は自身の腰のホルスターから、銃を抜いた。細い指で、セーフティレバーを下げる。
「引き金を引く時に掛かる力を予測して、銃身を真っ直ぐ保つように、僅かに左手に力を込める……そうすると、上手く、いくかも……。えっと、こんな感じ……」
梅は膝をついたままの若葉の横に立った。的に向けて、両腕を伸ばす。両手で握った銃身、その引き金に掛けた人差し指を動かした。銃声が響く。
若葉は目を丸くした。的の幾重にも描かれた円の中央に、新しい弾痕が出来ていた。その位置は寸分狂いなく、的の中心だった。
呆然とする若葉の横で、梅は銃を下ろした。ゆっくりとセーフティレバーをあげる。
「実際は的は動くし、野外なら風とか環境も考慮しないといけないから……。もっと難しくなる……。距離があるなら、重力によって、弾が山なりに放物線を描くことも考慮しないと……」
梅は長い前髪を垂らし、銃身を見下ろした。
「……鉄砲玉さんが相手にする敵は、それらをすべてクリアした銃弾さえ、いとも簡単に避けてのける相手だよ……。貴方が撃ち殺せることは、ほぼないと思っていい……。殴りや蹴りも言語道断、刃物や鈍器を使っても、近づくことすら出来ないと思う……」
梅は横の若葉を一瞥し、再び視線を逸らした。
「……朱宮さまの作戦内では、貴方はたぶん、敵地に突っ込むような動きになるんじゃないかな……。爆弾……いっぱい抱えて、一人でも多く吹き飛ばしてね……」
梅はその光景を想像したのか、にやにやと笑った。
「あたしが、遠くから貴方へ狙撃して、着火してもいいよ……」
「……」
「妹さんに、いっぱいお友達連れて行ってあげようね……。……あ、い、妹ではないんだっけ……。でも、家族みたいに、大切だったんだよね……?」
笑みを浮かべた青白い顔を横目で見やり、若葉は自身の持つ銃へと視線を落とした。
「うん。……家族以上に、大切だったよ」
静かに、ぽつりと零した。
(文樺がもし私に『生きて欲しい』と願っていたとして……。もう状況的にも心情的にも、それは無理。……だから、私は一人でも多くの『ブルー』の奴を殺す。私から文樺を奪っていった奴らを道連れにしてやる。……これしか、今の私の生きる理由はないから)
若葉は項垂れ、その下でくしゃりと顔を歪めた。
(ごめん……文樺。ごめんね)
射撃のレクチャーを終え、梅と別れた若葉は、自身の部屋へと戻ってきた。部屋に入った途端、見慣れない白が目に映る。部屋の中央に置かれたミニテーブルの上に、便箋が一枚置かれていた。若葉が部屋を出た時にはなかったものだ。若葉は思わず、閉じたばかりの扉を振り返った。
(鍵、かけておいたんだけどな……。セキュリティもくそもないわね)
テーブルまで来ると、上体を折って手紙と顔の距離を近づけた。手紙には、まるで機械が書いたかのような達筆な字が並んでいた。
『作戦の実行は二日後、策の共有は明日行います』
内容からして、どうやらこの手紙を書いたのは林檎らしい。
(二日後か……早いな)
目を走らせた行の下に、もう一文続いていた。若葉は視線をそちらへとスライドさせた。
『追伸 使い方は、レバーを握りながら安全ピンを抜去し、投擲』
若葉は息を呑んだ。背筋が凍った。思わず自身のスカートのポケットを見下ろす。僅かに膨らんだ中には、くすねた手榴弾が入っている。
(監視カメラでも仕掛けてた……?)
倉庫にいる時に軽く確認したが、該当するような物は見当たらなかったのに。若葉は警戒するように、今いる部屋の天井を見上げた。四隅を中心に視線を走らせるが、やはりカメラのようなものは見当たらなかった。
(いつ見られてるかわかんないな……。注意しないと)
苦い顔を戻し、再び便箋を見下ろす。しばらく睨めっこをした後、上体を戻した。大きく伸びをする。
「とりあえず……作戦実行に備えるかあ」
二日後に若葉が『肉壁』となるような作戦が実行される、つまり若葉の命はあと二日ということになる。若葉は大きく深呼吸をした。……だからといって、若葉に何かが出来るわけでもない。自身に命じられる作戦内容を、粛々と実行するだけだ。