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葉先色づき、紅に染まらむ  作者: 小屋隅 南斎


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第21話

「頂きます」

「い、いただきま……」

 二人は手を合わせてから、吸い物椀へと手を伸ばした。裏返して椀の右へ置くと、若葉は湯気の立つ水面を覗き込み、口元へと持っていった。華やかな香りが一面に広がり、温かさが口の中を支配する。かつおの旨味が、身体に沁みた。湯気越しに、正面の少女を盗み見る。梅もお吸い物を美味しそうに飲んでいた。

(お腹が減ったことは意識していなかったけど……やっぱり腹ごしらえって大事だね。なんか……元気出てきた気がする)

 美味しさに、脳が喜んでいる気がする。食べるだけで、不思議と身体に力が漲る。

(合理性って、大事なのかもね)

 すぐに椀の中は空になった。親子丼に箸を入れる。

(それに、同じ釜の飯を食うって大事だもんね。一緒に食事をすることは、お互いを知る第一歩のはず)

 若葉は文樺と食事をするのが好きで、お互いの家はもちろん、学校でも机をくっつけて一緒に食べていた。それが二人にとっての、当たり前だった。だからこうして人と食べることは、若葉にとって日常を取り戻すことにも繋がる。ちらりと梅を見ると、梅は味を噛みしめるようにしてまだ吸い物椀を傾けていた。

「美味しいね」

「……そ、そうだね……」

 しばらく味の染みた親子丼のふわふわさに舌鼓を打っていると、ようやく親子丼に手を付け始めた梅が口を開いた。

「鉄砲玉さんは……、どのくらい敵の情報を知ってる?」

「敵? 『ブルー』とか『ラビット』ってこと?」

「そう……」

 梅は箸を持った手をお盆に置いた。若葉も卵の生地と鶏肉、白米を箸の上に乗せたまま、丼からあげようとはしなかった。

「『ブルー』の長が縹だってことは知ってるよ。『ブルー』が暴力を好むってことも。体術が得意な者が多くて、乱暴者が多い印象かな。『ラビット』は愉悦を求めている奴らの集まりだってことも知ってる。いつも笑って人を殺していて、ちょっと気味が悪い」

「今までに、どちらかの組織と、何か関わった経験は……?」

「ないよ。というか、怖くて近づけないのが普通じゃない?」

 今までに出会った二つの組織の組織員達を頭に描く。若葉は苦い顔をして言うと、親子丼を口へと運んだ。梅はお盆に手を置いたまま、動かそうとはしなかった。

「では、最近の二組織の動向については、あまり詳しくない……?」

 若葉は咀嚼しながら首を縦に振った。

「そう……。二組織は、他の組織を壊滅させる勢いで、手当たり次第に排除してまわってたんだ。うちの組織も、今までにかなりの人数を、殺されてる……。でも最近は、この辺りの中小組織を粗方殲滅しきったのか、『ブルー』と『ラビット』のぶつかる度合いが、日に日に増えているんだ。あたし達はその情報をいち早くキャッチして、二組織の抗争現場へ密かに向かい、残った方を殲滅して回ってる……」

 『ブルー』と『ラビット』が抗争をすれば、現場には勝った方のみが生き残る。その生き残りを、この新興組織が密かに処理する。そういうからくりらしい。確かに、桜がショッピングモールでまさに梅の言うような動きをしていた。『ラビット』を襲撃した『ブルー』の面々は、桜によって殲滅させられ、アジトに帰ることはなかった。

「あたし達はそれを繰り返して、『ブルー』や『ラビット』に悟られることなく、その数を減らしてきた。……でも、そろそろ限界」

 梅は親子丼の上に艶めく鶏肉に視線を落としながら、険しい表情で静かに続けた。

「流石に抗争に行って帰らないメンバーの数が増えすぎて、どっちの組織も、きっと不審に思い始めてる……。あたし達は、そろそろ行動の方針を、変える頃合いが来た……」

 若葉は嚥下を終えると、僅かに身を乗り出す。

「いよいよ、正面から戦うってこと?」

「そう……」

 今後戦いの方針を変え正面突破をするとなったら、その最初の襲撃は重要な意味を持つだろう。不意をついて先制攻撃を取れれば、大きなアドバンテージとなる。そしてそれを実行する場合、必ず敵の目を引きつける役が必要になる。そこに、若葉が現れた。おあつらえ向きの、捨て駒が。若葉の脳裏に、幼い長の顔が過った。

「……今まで密かに行動していたのは、その方が二組織の怨みを表立って買うことなく、直接狙われにくいから。でも、実は他に理由があって……」

 若葉は親子丼を箸で掴み、再び口に入れた。

「あたし達は一度、『ブルー』の縹の要請を断っているの……」

 咀嚼を終え、嚥下する。

「要請?」

「一緒に、『ラビット』を壊滅させて欲しい、って……」

 若葉はぱちぱちと瞬きをした。

「え……、『ブルー』が協力の要請を? しかも、断ったの?」

「そ、そう……。あたし達は、明確な敵対の意思表示を、既にしているの。『ブルー』が襲ってくるのも、時間の問題。『ブルー』は暴力に長けている……正面から襲われたら、こっちが不利。だから……あたし達は、目立った行動を避けて、裏で密かに動いてきた。事を荒立てずに、悟られないように。表立って抗争することになった時に、少しでもこちらが有利になるように……」

 つまり、今までは準備段階だったということだ。表立って抗争する時までに相手側の人数を削り、その時に備えて力を蓄えてきた。そして今、いよいよ『ブルー』や『ラビット』と明確に抗争を始める時が近づいたということなのだろう。

「『ブルー』や『ラビット』の情報も、大体集まった。最近の二組織の戦い方も、全部把握済み。武器の入手経路も確保したし、奴らからも沢山奪った。あたし達は……ようやくやりあう手筈が整ったの……」

 そこで、梅は顔を僅かに上げた。長い前髪の間から、若葉をじっと見つめる。

「恐らく、最初にあたし達と公に事を構えるのは『ブルー』だと思う。『ブルー』は喧嘩っ早いし、あたし達に敵対する意思があるってわかってるしね……。て、鉄砲玉さんは、『ブルー』に恨みがあるんでしょ? 良かったね……たぶん、貴方が戦う相手は『ブルー』だよ」

 目が合うことに慣れていないのか、暫く見つめた後、梅は慌てて目を逸らした。

「だから貴方が得る情報は、『ブルー』に絞っていいと思う……。鉄砲玉さんも知ってると思うけど、『ブルー』は暴力に長けた集団、だよ。縹を始めとして、鍛えられた身体を持つ者が多い。単純に力が強いし、急所も把握してる。正面から殴り合うのは、おすすめしない……」

 若葉は耳を傾けながら、飴色の玉ねぎを白米の上に乗せ、箸で口へと運んだ。

「武器の扱いにも長けてる。た、例えば銃。撃つことは勿論、避けるのも、得意。とても人の技には思えないくらい、有り得ない反射神経と、身体の動きで、銃弾を避けられる……」

「……じゃあ、どうやって殺すの?」

「……正面から戦わなければいい。もしくは、武器や身体を使わせなければ、いい……」

 梅は相変わらず逸らしたままの目を細めた。若葉は真面目な顔で、口を開いた。

「つまり、『ブルー』を無効化してこっちが有利に戦えるような『策』を駆使するってことだね?」

「そう……」

 梅は僅かにはにかんだ。意図が伝わったことが嬉しかったのか、組織の考え方が若葉に浸透していることに安堵したのか、どちらなのかはわからなかった。

「その策は、朱宮さまが?」

「……たぶん。そして恐らく、そこに起点として組み込まれるのが……」

「……私ってわけだね」

 梅は頷いた。

「『ブルー』の奴らは、手ごわいけど……ちゃんと弱点だって、ある。彼女達は自分達の力を、驕り過ぎている節がある。正面から殴りかかることに慣れ過ぎていて、注意力が散漫。情報の重要性を、わかっていない。仲間意識が強すぎて、理性より感情を優先しがち……」

 若葉は丼に残った最後の米粒を箸で掴み、口へ入れた。

「だから……『ブルー』の誰かを仲間のフリして誘き寄せて、人質にでもすれば、いいよ。一番手っ取り早い……ああ、『不可侵の医師団』からは、なるべく遠いところで実行に移してね。それで人質諸共突っ込んで、自爆しちゃえばいい……」

 梅はにやにやと笑いながら言った。彼女の心からの笑みを見たのは、初めてだった。

 若葉は空になったどんぶりの手前へ箸を置き、水の入ったコップを手にした。口元に持っていき、傾ける。

(もし文樺が私に心中を望んでいないとしても……)

 コップの中で透明な液体が揺れるのを、ぼんやり眺める。

(もう、死は避けられないのかもな。梅の話からして、朱宮さまはずっと『ブルー』と戦う起点役を求めていたのかもしれない。乗り込んできた私に目をつけて、鉄砲玉にならざるを得ない状況を仕立て上げたのかも……)

 きっと、もう逃げられない。若葉が生きていて困るのは、敵対組織の『ブルー』だけでなく、この新興組織も一緒だ。例え『ブルー』との抗争で生き延びても、今度はこの組織から命を狙われることになる。

(それに……例え生き残っても、もう生きる理由がないしね)

 守るべき存在はいない。一緒に笑う相手もいない。例え文樺が若葉に『生きて欲しい』と願っていたのだとしても、この世に若葉の居場所はない。

「……参考にするよ。自爆に巻き込まれないように、注意しておいてね」

 淡く笑みを浮かべて返すと、梅はその不気味な笑みをさらに深くした。

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