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第19話

 休憩スペース、そして食事スペースへ繋がる通路の横を通り抜ける。角を曲がって現れた長い廊下を突き進み、フロアの端、先程の会議室の真逆の位置までやってきて、桜はようやく足を止めた。そこにはいくつかの扉が並んでいた。

「ここにあるのは、全て小スペースの会議室です」

 並ぶうちの一つを開けて、桜は部屋の照明をつけた。狭い部屋の中央に置かれた細長い机、囲むように両側に位置する六脚の丸椅子。飾りっ気のないシンプルな部屋は、桜の言葉通りいかにもな会議室だった。

「さて、次は……時計を取りに行きましょう」

「案内はもう終わり?」

「そうですね。貴女は正式にわたくし達の組織の一員になったというわけではありません。あまり建物のことを知られるのは避けたいですから」

「もう死ぬんだからいいじゃん」

「もうすぐ死ぬならこの建物にいる時間も短いはず。知る必要はないですよね」

 桜は素っ気なくそう言って、照明を消した。すたすたと歩いていく背中を、若葉は早足で追いかけた。

「でも私って、作戦で有効活用して貰うんでしょ?」

「そうらしいですね?」

「じゃあ、作戦で指示された場所がわからなかったら、捨て駒として最大限活かせなくない?」

「……」

「どこへ向かうのかわからなくて迷子になって、作戦なんて遂行できなくなっちゃうよ」

 桜は若葉へと胡乱な目を向けた。

「……本当、ああ言えばこう言いますね」

「正論でしょ」

「……」

 桜は口をへの字に曲げた。しかし、言い返す言葉は飲み込んだらしい。

「……仕方ありませんね。全ては無理ですが、上の階も軽く案内しましょう」

「流石、優しいね! いやー、いい上官を持ったわ! これで作戦もバッチリ!」

 若葉はにこにこと手を叩いた。

「全く、調子がいいんですから……」

 桜はため息交じりにそう言うと、長い通路を戻っていった。向かう先はエレベーターホールだった。

 エレベーターに乗り込み、一つ上の階まで上がる。振動も音も最小限に抑えられた内部は、非常に快適だった。エレベーターを出ると、桜はエリアの端まで若葉を連れてきた。

「この階の部屋はどこも比較的広めです。特に用途が決まっているわけではありませんが、その広さを生かして戦闘訓練に使用したり、臨時の会議室にしたりすることもあります」

 廊下を進みながら、桜は事務的に説明をする。一方には扉が並び、反対側には下の階同様いくつもの窓が並んで、陽射しが差し込んでいた。

「……」

 若葉は窓の外の青い空を一望しながら、足を動かした。二人は突き当たりまでくると、角を曲がった。広がった視界の中には、見渡す限りに扉が一つしかなかった。目を凝らせば、廊下の最奥にもう一つ扉があるようだった。

「ここは?」

「図書室ですね。数多の本が保管されています」

「本?」

「はい。知識を得る手段として、書物を読むことは大切です。戦術指南書から、果ては児童文学書までありますよ」

「この区画全部? 立派だね……」

 若葉の脳裏に、学校の図書室が蘇った。薄暗い廊下の一角、その中に部屋の半分程を埋めるように並んでいた本。それでもかなり多く感じていたが、きっとここにはその何倍もの本が収められているのだろう。

(文樺がここにいれば……喜んだだろうな)

 きっと読んだことのないような医学書に山ほど出会えただろう。若葉は密かに顔を曇らせた。

「さて、もう一つ上の階へ行きましょう」

 桜は図書室を開けることなく背を向けた。若葉もそれに続いて、背中を追い掛ける。

 エレベーターホールへ戻ると、一つ上の階へと案内された。下の階と比べて、扉が多かった。

「ここは小さな部屋が多いです。大体倉庫や書類の保管庫として使っています」

 桜はそう言うと、並ぶ扉を掌で指し示した。そして、指を天へとぴんと立てた。

「案内はここまでです。上の階には主に事務作業を行う作業空間が続いています。会社時代のオフィスのようなもので、同じ階にあるのはロッカー室や休憩室くらいですね。さらに上には客人を持て成す応接室や貴賓室、あとは朱宮さまの書斎や執務室があります。他はこの階より使用頻度の低いものを入れている倉庫や保管庫、そして最上階に客人を泊めるための部屋があったりします。どちらも作戦で使うことはないかと」

 桜の人差し指の先、天井を見上げる。照明器具が煌びやかに輝いていた。

「……なるほど」

 若葉は顔を戻し、承知したとばかりに頷いた。それを確認すると、桜は廊下を歩きだした。辺りは下の階に比べて人が少なかった。

「ねえ、部屋の大きさや位置は違うけど、どの階も構造は大体同じって認識でいい?」

「構造、ですか?」

「窓の位置とか、建物の形。ここ、L字型だよね」

 若葉は突き当たりへと顔を向けた。あの先は曲がり角になっていて、角を曲がれば向こう側に今いる場所と同じような廊下が続いているはずだ。

「……」

 同じ方角へと顔を向けていた桜は、若葉へと顔を戻した。

「はい、そうですね。どの階も構造は同じと考えて差し支えありません」

「上の階へ行く手段は?」

「エレベーターと、階段ですね」

「階段ね。後で案内して貰える?」

「構いません」

 桜は真面目な顔で頷いた。若葉の質問は止まることなく続いた。

「ちなみに、個人用の部屋の並ぶ区画とこの建物の行き来は、どこからするの?」

「一階と二階に渡り廊下があります。あとは五階ですね」

「建物の位置的にはどこ?」

「そこから見えますよ」

 桜は窓の先を指差した。若葉は窓へと近づき、顔を寄せた。桜が指差す方向、窓が規則的に並ぶ建物が見えた。恐らくその中の一つが、若葉へとあてられた空き部屋なのだろう。

「なるほどね……」

「熱心ですね」

 桜は感心したようにそう言った。

「私を捨て駒として有効活用するんでしょ? その時私が腑抜けを晒すようじゃあ世話ないからさ。……っていうか、場所の特性の把握は癖みたいなものなんだけどね」

 窓の外を確認しながら、若葉は淡く笑みを作ってそう返した。

「意外と抜け目ないのですね」

 桜は少し驚いた様子で、若葉を繁々と見つめた。

「そういえば、貴女は現場でも時計を使った即席の罠を仕掛けていましたね。その場にある物や地形を利用する心構えを常に持っていたから、あのような行動に出られたのですね」

 そこまで言って、桜は一瞬動きを止めた。何かに思い当たったように眉を寄せると、顎に手を当てた。「まさか……」と零すと、彼女は静かに俯いた。何か、頭の中で考えているようだった。

 若葉は窓の外の確認を終え、桜へと振り返った。一人考え込む桜を見て、若葉はパチパチと目を瞬いた。声を掛けることなく、目の前でじっと見守る。廊下の奥から、少女達の話し声が遠くきこえてきた。しばしの間を挟んだあと、若葉は口を開いた。

「で、時計は?」

「ああ……そうでしたね」

 若葉の言葉に思考を切り上げ、桜は顔をあげた。扉の並ぶ廊下を、再び歩いていく。

「ふふ……」

「なんですか?」

 柔らかい笑みを零す若葉に、桜は眉を寄せた。

「ああ……ごめん。君の突然考え込むところ……あの子を思い出しちゃって」

「あの子?」

「うん。文樺もさ……小さいことにも真剣に悩んで、何に対してもいつも真面目に取り組んでいたから。他のことを全部忘れて、それだけに集中しちゃうときがあって」

 若葉は遠くを見つめて、ふんわりと笑んだまま続ける。

「そういう時は、私が声を掛けるの。じゃないと、いつまでも考え込んじゃうからさ」

「……」

「私は文樺のそういう所、すごく好きだった」

 桜は足を動かしたまま、目を細める若葉をじっと見つめていた。やがてはっとしたようにその歩みを止めると、来た通路を数歩戻った。そして通り過ぎそうになった扉を開け、照明をつけた。明かりがつけられたはずなのに、中は薄暗いままだった。中には棚が並び、物が所狭しと置かれていた。

「少しお待ちを」

 若葉は部屋を覗き込んだあと、言われた通りに入り口に突っ立った。桜は部屋へと入ると、きょろきょろと辺りを探す。しばらくして、奥から置時計を持ってきた。横に備え付けてある書類を取り出して何やら書き込み、それを戻す。一連の流れを終えると、手にした時計を若葉へと差し出した。

「どうぞ。部屋に持っていってください。その後、先程案内した食事スペースの前へと向かってください。梅が待っているはずです」

 桜の案内はこれで終わりらしい。差し出された時計を、若葉は両手で大事そうに受け取った。置時計は現在時刻を映していて、ちょうど分が変わったところだった。

「……ありがと」

 文樺がいないのに進む時間。なんだか、自分勝手だと思った。

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