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第12話

 ……え?

 若葉は口角を上げた表情のまま固まった。言っている意味がわからなかった。林檎はその双眸に呆けるセーラー服の少女を映し、淡々とした声色で続けた。

「わたしから提案できるのは、新しい組織を設立することです。『ブルー』の壊滅を掲げ、あなたがリーダーとなることで復讐を果たせばよろしいでしょう」

「え、い、いや……ちょっと待ってよ。私一人じゃ難しいからこそ、この組織に入りに来たんだってば。そんな戦いの素人についてくるような人間いないでしょ。組織の立ち上げなんて無理だよ」

 若葉は困惑を押し込め、怪訝な顔で続けた。

「ここって、『ブルー』や『ラビット』と敵対してるんだよね? 新興組織であって、人員も募集してるんだよね?」

「……ええ、そうです」

「だったら、お互いウィンウィンだと思わない? 共に手を組んで『ブルー』を壊滅させられれば、私にとっても組織にとっても目標を達成できるはずじゃない」

「……」

 林檎の顔は変わらないままだった。彼女は言葉を返す代わりにカップを手に取り、温くなったお茶に口をつけた。こくんと喉が上下する。揺れる水面を見下ろした後、林檎はやっと口を開いた。

「ここの組織の武器は、『頭脳』です」

「頭脳?」

 突然の言葉に、若葉はおうむ返しをして首を傾げた。カップがソーサーに戻され、カチャンという小さな音を響かせた。

「はい、そうです。粗暴で乱暴な『ブルー』、愉悦と狂乱の『ラビット』に対抗する我々の武器です。わたしどもは、情報を駆使し、策を使って二組織をねじ伏せようとしています」

 ……確かに、黒い髪の少女は、突然現場に現れた若葉を最大限に利用して『ブルー』を殲滅していた。思い起こせば、車に爆弾を仕掛けたり、催涙弾を用いたり、若葉と同じ罠を仕掛けたり。彼女の行動は、『ブルー』の暴力とも『ラビット』の狂気とも違ったやり方だった。

 『頭脳』、そして『情報』。それがこの組織の特徴であり、勝算なのかもしれない。

「……ですが、あなたの今の行動は、とても組織の方針に合うものとは思えません」

「な……!」

 淡々と続けられた言葉に、声を荒げる。

「今のあなたは、周りが見えていない。怒りと憎しみに完全にその身を委ねてしまっています。組織に迎えるに相応しくありません」

 ぴしゃりと言い切り、林檎は冷たい視線を投げた。若葉は膝の上の拳を握り、歯軋りをした。『感情任せの、軽率な行動』。黒い髪の少女に言われた言葉を思い起こす。目の前の長は、彼女と同じことを言っているらしかった。若葉は身を乗り出し、冷めきった眼差しに真正面から食って掛かった。

「確かに私の頭は文樺の復讐、『ブルー』の奴らへの怒りでいっぱいだよ。でも、だからって周りが見えてないわけじゃないし、頭だってちゃんとまわってる。『ブルー』の奴に勝つために即席の罠だって張ったし、自分の実力もちゃんと客観視出来てる。君達の組織に入るという、目標のための手段にもちゃんと辿り着いた。アジトの場所の特定にだって成功したし、こうやって長の君と話す機会にまでありつけた。組織に入るに足る実力だと思わない?」

 それに、と付け足す。ワントーン下げた声色は、部屋に静かに響く。

「私の復讐心は本物なの。軽はずみなものでも一時的なものでもない。証明したっていい——私なら、縹を殺せるよ」

 凛と冷たく、はっきりと説く。怒りで燃えた瞳で、目の前の長を射貫いた。心のままに発した言葉、その思いの深さは、林檎にも伝わったはずだ。

「……」

 目の前の人形は、その大きな瞳を瞬くだけだった。若葉の言葉はまるできこえていないかのように、じっと座ったまま。若葉は心に焦りと怒り、そしてほんの少しの気味悪さが芽生えるのを感じた。

「ねえ……きいてる?」

「……縹を殺せる、と?」

 林檎は、ぽつりと零した。若葉の言葉を繰り返したようだった。『縹』は『ブルー』の長の名前だ。若葉は自身の言葉を証明するように、力強く頷いた。僅かに弛んだ林檎の口は、なんだか不思議と呆けているようにも見えた。

「……うん」

「本気で言っているのですか?」

「本気だよ。私なら殺せる。組織に迎え入れるに相応しいでしょ」

 林檎は口を結んだ。どこまでも値踏みするように、若葉をじっと見つめたままだった。時計の時を刻む音が、部屋に嫌に響いているような気がした。

 やがて林檎は、絡め続けていた瞳を伏せた。そして彼女は、髪飾りと艶やかな髪を揺らして立ち上がった。腰から銃を取り出すと、デスクの上を勢い良く滑らせる。黒い銃身が、若葉を映すティーカップの横で止まった。若葉はそれを困惑を滲ませて見下ろした。林檎は反対側の腰に装着したヒップホルスターから、自身が投げたものと同じ銃を取り出した。その小さい手で握り、テーブルを挟んで向かいに座る若葉へと真っ直ぐと向けた。

「あなたに殺して欲しい人間がいます」

 こちらを向く銃口の奥で、林檎は淡く上品な笑みを浮かべた。

「……縹でしょ?」

 若葉は自身の前に横たわる銃へと手を伸ばした。一度躊躇うように僅かに引っ込められ、それをなかったことにするように銃身を握り締めた。

「……」

 薄く笑んだ顔は若葉から視線を逸らし、横へと向けられた。若葉も釣られて林檎の視線の先を追う。そこには白い繊細な模様が連なるレースカーテンがあった。その奥の窓の外には、広がる青い空とその下で敷地内を歩く紅色の制服が小さく見えた。丁度中央に見える少女は、黒髪のおかっぱを揺らしていた。ここの場所を探し出すのにずっと凝視していたのだ、見間違えるはずがない。先程の黒髪の少女だ。

「あの子です」

「……え?」

 若葉は驚愕を貼り付けて、林檎へと振り返った。彼女も窓の奥へ向けていた視線を若葉へと戻した。変わらずその口角は薄くあがったままだ。若葉はしばし見つめたあと、戸惑いを飲み込むように視線を泳がせた。

「なんで……あの子を殺す必要が? 仲間、なんだよね?」

「あなたを連れてきたのはあの子の落ち度でしょう。素人につけられるなんて初歩的なミス……落とし前は付けるべきです」

 林檎はその口角をさらにあげた。

「あの子を処理してくれたら……あなたをこの組織に迎えて差し上げましょう。いかがでしょう?」

 銃口の奥で、可愛らしい笑みが咲いていた。しかし若葉は愕然としてその顔を見つめることしか出来なかった。何度か瞬きを挟んで、ようやく言葉を放つ。

「ま、待ってよ。私、あの子が介入してくれなかったら、とっくに『ブルー』に殺されてたんだ。あの子は、私にとって命の恩人なんだよ。それを、殺すなんて……」

「出来ないと? ……まあ、そうですよね。その程度の覚悟でやってきていたのなら、どうせ縹なんて殺せませんでしたよ」

 穏やかな口調なのに、その言葉は詰るような鋭さがあった。若葉は小さく首を横に振った。

「……言ったでしょ、私は怒りに支配されてはいるけど、頭はちゃんと回ってるの。復讐のために恩人を殺すなんてこと、しないくらいにはね」

「そうですか。組織に入ることは諦めた、と」

 引き金にかけられた指が、僅かに動いた。銃口は真っ直ぐと若葉に向いたままだ。

「わ……私を殺すの?」

「ここの場所を把握されて、生きて帰す選択肢があるとでも?」

 この組織としては若葉の処遇は二択に絞られる。組織の情報を知った若葉を、組織に迎え入れるか、殺して消すかだ。若葉は彼女の望む行動を拒否した。ならば自ずと処遇は決まることになる。

 若葉は顔を強張らせて、向けられている銃口を一瞥した。そして窓の外へ視線を投げ、眉尻を下げた。

「……復讐心は本物だし、諦めるつもりもないよ。……それでも、あの子の事は殺せないよ。あの子を殺す以外のことじゃ、駄目なの?」

「復讐のためならどんなこともやってみせるのではなかったのですか? あなたの思いが本物ならば、復讐のために一人二人殺すくらい、造作もないことではありませんか」

 彼女の言葉は、正論だ。彼女の言う通り、復讐のためならなんでもやると言ったのは、他でもない若葉自身だ。実際に復讐のためならこの身を粉にして、なんだってやるつもりでいた。それなのに、今の若葉はその決意と矛盾した行動を取っている。それは若葉にもわかっていた。……それでも、出来ない。あの子を殺すなんてこと、出来るわけがない。そんなことをしたら、あの世で文樺に顔向け出来なくなる。

「自分は組織に迎えるに相応しい人物であると、あなたは行動で示すべきでした。しかし、あなたは目の前の人間一人すら殺せません。結局感情に支配され妄言を口にしていただけだった、ということです」

 林檎はそこで一度口を閉じた。笑みは消えていた。冷たく刺すような視線が、若葉を射貫く。僅かな静寂を挟み、彼女は再度口を開いた。

「ですが、あなたの前に、まずは——」

 そう言うと、彼女は若葉へ向けていた銃口を窓へと向けた。若葉は息を呑んだ。銃口の先には、黒髪の少女の姿があるはずだ。林檎は一歩、窓の方へと足を踏み出そうとした。

「——待って!」

 若葉の力強い声が、部屋に響いた。林檎は動きを止め、窓へ向けていた銃口を再び若葉へと突き付けた。若葉は真っ直ぐと目の前の長を見つめていた。視線を逸らさぬまま、ゆっくりとサイドチェアから腰を浮かす。そして毅然とした表情で、口を開いた。

「……わかった。やるよ。殺す」

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