第11話
重い瞼の下の瞳が細められる。若葉は銃口を一瞥し、眉を吊り上げた。
「な……なんでよ。組織に入れてくれれば解決じゃない」
「先程も言いましたが。感情に任せた軽率な行動をするような人間を、組織に入れるわけにはいきません」
「軽率? 私は本気だよ。文樺の復讐のためなら、なんだってやる。『ブルー』の奴らを殺して、壊滅させるんだから。絶対に」
「それが軽率だと言っているんです」
「大事な人を殺されてその仇を討とうとするところの、どこが軽率なの」
「感情任せの向こう見ずにしか見えません」
「こっちは覚悟を決めたの。文樺の死に顔を見た時から」
鈍く光る銃口に負けじと、少女を睨みつける。
「それを『感情任せ』だなんて言わないでよ」
「……」
目の前の少女は、ほとほと困ったような顔をした。理解出来ない、という感情を滲ませながら、まじまじと若葉の顔を見つめる。若葉はそれでも、少女へと真剣な眼差しを向け続けた。向けられた銃口が見えていないかのように、一歩も引く気配を見せなかった。その様子を見て何を言っても無駄だと悟ったのか、赤い服の少女は口を閉じた。そして、彼女はゆっくりと人差し指を動かした。少女の指が、引き金を引く——その時だった。
「こんなところでソロライブですか? 最近の学生は元気ですね」
鈴のような声がきこえてきて、引き金に掛かった人差し指がピタリと止まった。幼さの残る声色、それでもその話し方は大人びている。若葉、そして目の前の少女は、驚いて声のきこえてきた方へと振り向いた。そこには、紅い髪を揺らす小さい少女が立っていた。頭の両脇に輪っかを作った髪を、川のような繊細な装飾が揺れる髪留めで留めている。おろされた内巻きの髪が彩る小顔には、人形のような愛らしい完璧な微笑みが浮かんでいた。その大きな瞳は、目の前の若葉をまるで値踏みするように細められている。彼女は銃を突き付けている少女と同じ服装をしていた。若葉を見上げる紅に包まれた身体は小さく、若葉や文樺はもちろん、この場の誰よりも年齢が低いであろうことが察せられた。それなのに、全く隙を見いだせない。彼女の立ち振る舞いは、一つの狂いもなく計算されているかのように整然としていた。
「しゅ、……朱宮さま」
銃を持った手は伸ばしたままに、黒い髪の少女は上擦った声をあげた。顔に焦りが滲んでいる。
「も、申し訳ございません! その……つけられたのです。それで、組織に入らせろと門前でずっと騒いでおりまして……。……わたくしの不手際です」
項垂れて釈明する。そんな少女を、若葉は横目でちらりと見やる。
(この子より上の立場なんだ。……もしかして)
新たに登場した少女へと、視線を戻す。紅い髪の少女は、若葉をじっと見上げていた。その視線の動きを、一つたりとも見逃さないとでも言うかのようだった。貼り付けた上品な笑みは崩さないままに、その瞳の奥は笑っていないような気がした。
「なるほど、お客様だったのですね。……どうぞ、こちらへ」
彼女は笑んだまま、建物の奥を示した。黒い髪の少女、そして若葉はそれをぽかんとして見つめた。
「朱宮さま!?」
「い……入れてくれるの?」
唖然とする二人へ、少女はくすりと笑った。
「こちらがお話をきくまで、ソロライブを続けるおつもりだったのでしょう? それは我々としても困りますから」
そう言うと、彼女は背中を向けて歩き出した。黒い髪の少女はそれを確認すると、その両手を下ろした。セーフティレバーがあげられる。そして、横の若葉へと顔を向けた。複雑な表情ながらも、早くついていけと言いたいらしかった。若葉は慌てて先導する背中を追いかけた。若葉よりも一回り低い位置にある後頭部を見つめながら、唾を呑み込む。ほぼ流された形なものの、なんとか組織のアジトへ入ることが出来た。……ここが正念場。復讐の第一歩だ。豪華な装飾に溢れた入り口へと吸い込まれながら、若葉は再び文樺の死に顔を脳裏に描いた。
案内された一室は、応接室ではないようだった。どちらかというと私室のようで、椅子は大きなエグゼクティブデスクの向こうに一つあるのみだった。壁に沿うようにして並ぶ本棚には、分厚い本がびっしりと収まっている。天井の中央から垂れ下がった球体の照明器具、デスクの横の小さいランプ。恐らく個人用の書斎か何かなのだろう。白いレースカーテンの引かれた窓の外からは、外界の音が全くきこえてこない。少女はデスクの奥から小さなサイドチェアを持ってきて、エグゼクティブデスクの正面へと置いた。そして奥に戻ると椅子へと座り、デスク越しにこちらを見上げた。掌を伸ばして、置いたサイドチェアを軽く示される。若葉は無言のまま突っ立っていた扉から離れ、デスクの前まで近づいた。用意されたサイドチェアへ座ると、正面の少女へと顔を向けた。
「自己紹介がまだでしたね」
紅い髪を揺らし、少女は柔らかく笑んだ。
「わたしは朱宮林檎と申します。この組織を総督させていただいております」
(……やっぱり)
黒髪少女の反応、そして何より林檎の隙のない立ち振る舞いは、只ならぬ気配を醸し出していた。この組織の長だとしても、納得以外の感情は浮かばなかった。
「私は夏目若葉。学校に通っている学生よ」
そうでしょうと言わんばかりに、林檎はセーラー服を一瞥した。その顔には絶えず笑みが浮かんだままだ。その時、扉をノックする音が響いた。扉を開け入ってきたのは、先程の黒髪の少女だった。彼女は若葉という問題児を連れてきてしまった手前決まりが悪いのか、その顔には憔悴が滲んでいた。彼女はお盆を持っていて、その上にはティーポットと二つのカップが乗っていた。お茶を注ぐと、林檎と若葉の前へとカップを乗せたソーサーを置く。彼女は最後に一礼をして、部屋から出て行った。それを見届けたあと、林檎は口を開いた。相変わらず、その顔には上品な笑みが貼りついている。
「……では、あなたがここに来るまでの経緯、そしてあなたの要求をききましょうか」
穏やかな口調に反して、やはりその瞳は若葉をどこまでも探る色をしていた。しかし若葉はその視線に怯まず、毅然とした態度で口を開いた。
「わかったわ。私の目的はただ一つ。……『ブルー』に復讐したいの」
「……」
林檎が僅かに目を細めた。その口が開くことはなかった。若葉は続けて、これまでの経緯、そして心中を話し始めた。文樺が『ブルー』に殺されたこと。そして、大切な存在を失った自分に出来ることはただ一つ、復讐であること。『ブルー』の奴を殺し壊滅させるためなら、なんでもするということ。自分はそのためなら『ブルー』の長だって殺すし、組織に多大なる貢献をしてみせること。事実、そして思いの限りを訴えた。今の若葉には、もう復讐しかないのだ。そして復讐をするには、この組織に入ることが必要だ。若葉は言葉を切ることなく熱い眼差しで訴え続けた。
「……」
若葉の話が終わったとき、林檎の顔からは笑みが消えていた。感情の見えない表情で、じっと若葉を見つめている。二つのカップから昇っていた湯気は、すっかり消え失せていた。
若葉は林檎の顔を窺い続けた。感情の浮かばない、紅色に彩られた、まるで人形のような顔。何を考えているのか、微塵も読み取ることの出来ない瞳。口を結び、じっとこちらを見つめている。若葉も目を逸らさずに、視線を交わらせ続ける。林檎はやがて、その重い口を開いた。
「あなたの要求はわかりました。あなたがどれだけ復讐を望んでいるのかも」
若葉は顔を晴らした。
「じゃあ——」
「……だからこそ、あなたにこの組織は相応しくありません」




